叛逆の聖騎士の最後 悲しみのヴィオルガ
「さすがにしぶとかったな……」
目の前には大型幻獣だった肉の塊がある。もうその大きさも原型も留めていないが、まだ微かに蠢いている。
一体なにしたらこんな化け物ができあがるんだ。前に万葉に迫った化け物といい、人界もいつの間にか魔境になっていたのか。
「……いや」
パスカエルがベックやサリアの姿を変えた事を思い出す。あいつが人界の中で魔境を作り出そうとしているのかもしれない。いつか必ず殺すとして、今は目の前の肉の処理をしなくては。
俺は神徹刀を取り出すと肉塊に向けて足を進めた。さすがに術を使い過ぎた。それも一つ一つが大規模なもの。今までで一番、血を消失している。しばらく術は使わずに安静にする必要があるな。
ぼんやりとそんな事を考えていると、目の前の肉塊に変化が見られた。端からこそげ落ちていき、さらに収縮していく。やがてそれは一人の男を形作った。男の手には剣が握られている。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……! も……もどった……だと!?」
「もどっただと、じゃねぇ」
「うおおお!?」
俺の姿に気付いた男は驚きで尻餅をつく。
「その声、さっきの大型幻獣か。最後まで面倒な……」
「おお、お前!? い、一体、なんなんだ……何者なんだ……⁉︎」
「まぁいい、せっかく戻ったんなら聞かせてもらおうか。お前の幻獣化、パスカエルが関係しているのか?」
「それは……」
「早く答えろ。態度によっては生き長らえる可能性もなくはないぞ」
「…………」
話す気がないなら用は無い。こいつにも誇りというものがあるだろうし、そんな奴は何をしても話さない。雫に見せるまでもない、さっさと殺すに限る。そう思い、ヒュッと神徹刀で空を斬りながら男に近づく。
「まま、まて! まってくれ! げ、幻獣化の事だな!? 俺の知っている事は何でも話す!」
「……なんだ、話すのか」
どうやら買い被っていたようだ。話が聞けるなら何でも構わないが。
だがここで異様な力が迫る事に気付く。その力は風の刃となり、男の首を切り落とした。間違いない、あの女魔術師だ。
周囲を見渡すが、女の姿は見えない。今の魔術もかなり離れたところから放ったものだろう。威力はたいした事がないが、首を切り落とすだけなら十分だ。
「そういえばお目付け役って言っていたな。余計な事を話す前に口封じに出たか」
おそらくもうこの辺りから離脱しているだろう。だがこれではっきりしたな。間違いなくあの女は何らかの形でパスカエルと通じている。大型幻獣になった男のお目付け役なんてお役目を務めているくらいだしな。
「兄さま!」
「理玖様。……終わったのでしょうか?」
振り向くと万葉と偕、それに二人の帝国人がそろっていた。
「ああ。あの女にはまた逃げられたがな」
次はどうやってこの大地の壁で覆われた地から出るかだな。仕方ない、最後に何か適当な理術を使うか。……と考えていると帝国人の女、ヴィオルガが俺の前に来ると跪いた。
「……リク様。窮地を助けていただき、ありがとうございます」
「ん……なんだ、お前。そんな奴だったか?」
こいつどうしたんだ、という疑問の視線を偕と万葉に向ける。
「に、兄さまのお力に感心されたのでは……?」
「はい。このヴィオルガ、あなた様のお力を疑ってしまった事、今では恥じております。大精霊の契約者たる理玖様のお力を」
……そうか、こいつは帝国の王族。あれだけ派手に暴れればおおよその見当はつくか。
ヴィオルガの言葉に偕も驚きの表情を浮かべているが、万葉はいつもと変わらない表情だった。やっぱり六王に所縁のある奴……当然指月も俺の力の源泉については当たりをつけているだろうな。
「兄さま……。ほ、本当に、大精霊様と契約を……? 初代皇王様と同じ……?」
「……違う」
「え……」
「少なくとも初代皇王と契約した天駄句公とは契約をしていない」
「……! で、では……!」
「まぁ今はその辺りの話、どうでもいいだろ。早くここから出ないとな」
俺が大精霊と契約を交わした事。気づかれるのは仕方がないが、自分から公言するのはいろいろ具合が悪い。この事実は新たな権力闘争の原因になりかねないからだ。
今の世の中、幸いにして国家間同士の争いというものは存在していない。だが人間は緩やかにその生存領域を侵され、これに対して皇国も帝国も効果的な策を打てていない。
このままだと人間は幻獣によって蹂躙され、絶滅させられる未来しかない。皇国にせよ帝国にせよ、国内には少なからず恐怖や不満といった感情を抱いている者はいるだろう。
そんな連中が、かつての六王と同じ存在が現在に現れたと知ったらどうするか。人によっては俺に救いを求め、人によっては今の体制……すなわち皇国の秩序を壊し、王となって民を導く事を期待する者もでるだろう。そして俺を筆頭とし、新たな血族を創り上げていく事を望むはずだ。
だが俺はそんな事のためにこの力を得た訳じゃない。これはあくまであの魔境を生き抜いた結果であり、生き抜けたのはパスカエルへの強い復讐心があったからだ。
それに六王の様に、人類に救済を与えるために試練に挑んだ訳じゃない。その時とは事情も違うため、俺の力は一代限りのもの。万葉の守護という最低限の契約さえ履行しておけば、得た力をどう使うかは俺の自由。新たな王になるつもりはないし、謀略に使われるつもりもない。
「おい、お前もいつまでそうしてんだ。さっさと立て。それとも背負ってやらないとその場から動く事もできないのか?」
「だ、誰が……! あ、し、失礼しました」
「それからその態度もやめろ。お前、この間会った時は随分強気な態度でいたじゃないか。あっちが素なんだろ? 俺に変な気を使うのはよせ」
「……い、いいの?」
「良いも悪いも、俺がやめてほしいんだ。お前も疲れるだろ」
というか、帝国の王女に跪かれたら俺が悪目立ちしすぎる。俺とヴィオルガの会話に何か引っかかるところを感じたのか、珍しく万葉が会話に割り込んできた。
「……理玖様とヴィオルガ姉様は、以前どこかでお会いしていたのですか……?」
「ああ。こいつ、下町まで蕎麦食べに来ててな。故あって俺の蕎麦汁がかかってしまったんだが、謝ってんのに誠意が足りないとか、詫びに土地を寄越せとか散々言われたぜ」
「あ、あれは……! も、もう! 蒸し返さなくてもいいじゃない……!」
「ああ、いいぜ。だからお前も俺の力の事、無暗に他人に話すなよ。そっちの男もだ」
俺はもう一人の帝国人に目線を合わせる。少年は緊張した面持ちではい、と答えた。
「どうして力を隠すの? これだけの力、何も恥じる事はないじゃない」
「王族のお前が言うか……。よく考えろ、下手したら今の体制に影響が出るぞ」
「え……あ……!」
流石に聡いな。今の一言で俺の言わんとしている事が理解できた様だ。ヴィオルガや指月、万葉にせよ体制側の大本だ。普通の貴族以上に、この辺りの嗅覚には優れていなければ務まらない。
「でもあの風の術を使う帝国人には、兄さまの力を見られてしまいましたね」
「それなんだよなぁ……。あいつ、帝国貴族だろ? 面倒な事にならなきゃいいが」
「あの女。失われたはずのセイクリッドリング「ゲイル」を身に付けていたわ。あれも何としても回収しないと……」
「セイクリッドリング?」
ヴィオルガからセイクリッドリングについて教えてもらう。要は帝国魔術師の使う十六霊光無器の様な存在だ。ヴィオルガ自身、左指に嵌めている。
話を進めながらも俺は理術で隆起した土の壁を破砕した。そのまま清香達が残っているという場所へ向かう。
「万葉様、偕! ……て理玖!?」
清香と誠臣とは途中で合流できた。清香達も妖を相手に勝利を収めたと話を聞く。だが自分たちの他に生き残った者は、皇国の術士以外にいないと聞いた時、ヴィオルガに動揺が走った。
「え……。それじゃ、フィオーナ先輩は……」
「……すみません」
「うそ……」
清香達と向かった先では、皇国の術士達が帝国聖騎士と魔術師の死体を燃やしているところだった。
術士達は万葉の姿を確認できて皆安心していた。そんな中、聖騎士の遺体とは別の場所に移された死体の元へと、ヴィオルガが歩き出す。その女の死体には両腕がなく、胴体の横に女のものと思わしき腕と杖が置かれていた。
遺体はいくつも剣で突かれた痕が残っており、顔を含めて綺麗な状態とは言えなかった。誠臣は沈痛な表情でその時の事を話す。
「あ、ああ……。そんな……先輩……」
ヴィオルガは血で汚れるのも気にせず、先輩と呼ぶ女の遺体に触れる。しばらくして何かに気付いた様に俺を見た。
「そ、そうだ! リク、お願い! 先輩を元に戻して! マヨの左腕が治ったのも、あなたの力なんでしょ!?」
「無理だ」
「なんでよ!? 帝国人だから!? あなたにはその力があるんでしょ!?」
俺はヴィオルガが落ち着くのを待って、言葉を続ける。
「あの術をかけられるのは万葉だけだ。自分自身にも使えない。それに……失われた命は戻せない」
「そん……な……」
時の理に干渉するのはそう簡単な事ではない。俺自身、かなり限定的な使い方しかできないのだ。
俺はヴィオルガの様子にサリアの事を思い出す。もし過去に戻ってやり直しがきくのなら。俺はあの日あの時に戻るだろう。
帝国聖騎士の反逆。結果だけみればヴィオルガと皇国側の勝利に終わった。しかもヴィオルガも万葉も無事であり、敵の首魁も討つ事ができたのだ。
しかしそのために帝国は優秀な魔術師を失った。皇都への帰路は暗い雰囲気に包まれていた。
ご覧いただきまして誠にありがとうございます!
偕……すまん。絶影が得意だったために今回見せ場が……。
明日ですが、昼前くらいに投稿できると思います!
引き続き皇国の無能力者をよろしくお願いいたします!




