聖騎士たちの選択 レイハルトとマルクトア
残酷な描写がございます。苦手な方はご注意ください。
姿を消した万葉とヴィオルガの事は心配だが、向こうには偕もいる。清香は状況を整理すると指示を出した。
「く……! 誠臣! 私たちは妖を! フィアーナさん、帝国魔術師はお願いしてよろしいでしょうか!」
「わ、わかったわ!」
「術士達は分かれて私たちの援護を!」
「は、はい!」
帝国魔術師は手の内を理解しているフィアーナに任せる。同じ帝国魔術師でもフィアーナは優秀なオウス・ヘクセライ。複数人相手でもそうは遅れを取らないはず。妖に関しては交戦経験のある自分たちが受け持つ。清香の判断は迅速だった。
「誠臣! 相手は妖になり立てよ! まだ慣れていない今の内に……!」
「おう! 速攻だ! 松翁、御力解放!」
誠臣が神徹刀を抜く。その刀身には雷がまとわりついていた。刀を手に、近くの妖に斬りかかりにいく。
「おおおおおお!」
正面から迫る誠臣に妖は迎え撃とうと動くが、次の瞬間には見失ってしまう。誠臣は絶影で一気に後ろへ回り込んだのだ。
「金剛力! 破っ!」
妖に通常の斬撃は通じない。だが絶断の意思が込められたその太刀には抗えず、大きくその身を切り裂かれた。
「うああああ!? い、いてぇ!?」
強くなったはずの味方があっさりと切り裂かれ、聖騎士達に動揺が走る。誠臣はなおも斬りかかっていく。
そんな中、聖騎士達の前にどこからか飛んで来た飛来物があった。それはよく見ると誠臣が戦う妖とは別の妖の首。
「な!?」
聖騎士たちが視線を移すと、神徹刀「金銀花」を抜いた清香が首の無い妖の側に立っていた。
金銀花の御力は、神徹刀により向上した身体能力をさらに向上させる絶刀。その一撃は金剛力の一太刀に匹敵する。純粋な身体能力で言えば清香は今、この場で最も強い存在であった。
「こ、これが……! 皇国の近衛……!」
「な、なんだこいつら!? なんでこんな化け物相手に躊躇せず挑んでくる!?」
「はっ! こっちはもうさんざん戦ってんだよ! 今更こんな小物にびびっていられるかぁ!」
その戦い振りは遠目に見ていたフィオーナをも驚かせるものであった。裂ぱくの気合と共に誠臣も目の前の妖を切り伏せる。
「よし、残り一匹……!」
だがその最後の一人に変化が訪れる。一際眩く光り輝いたかと思うと、化け物の姿から元の人間のものに戻っていた。その心臓には黒い杭が刺さっており、乳白色の輝きを全身に纏っている。
「お、おい……。戻っちまったぞ……?」
「失敗……か……?」
狼狽える聖騎士達。だが清香と誠臣は強い緊張を覚える。元の人型に戻った聖騎士は軽く腕を振り、何度か拳を握ったり開いたりを繰り返していた。
「なんだ、このあふれ出る力は……。先ほどよりも明らかに強い力が宿っているのが分かる……」
「……清香」
「分かっているわ。毛呂山領の六角と同じだと言いたいんでしょ?」
「ああ。油断するなよ。間違いなくさっきまでより強い」
だがあの時とは違い、今の自分たちは近衛であり神徹刀もある。油断できる相手ではないが、負ける相手でもない。そう思った矢先だった。
「聖剣・ベシュロイニグング、抜刀」
妖だった男の手には光り輝く長剣が握りしめられていた。尋常ではない、ともすれば神徹刀にも迫る力を感じる。
「まさかこの状態で聖剣技が使えるとは……。皇国の近衛よ。悪いが今の俺がどのくらいできるのか、試させてもらうぞ」
「……へっ! 天下の近衛を捕まえて試し切りしようってか!? なめんじゃねぇ!」
「待って、誠臣!」
まずは相手がどうでるか、何ができるのかを探る。西人の妖は初めてという事もあり、勇ましい言葉とは裏腹に誠臣は本気では踏み込まず、何かしてきたらすぐに距離を取れる様に意識する。それが功を奏したのか、誠臣の見えない速度で、鼻先三寸の位置に斬撃が走った。
「な……!?」
「振るのが早すぎたか。なら」
男はその場から姿を消す。それは絶影にも迫る、いや。絶影をも上回る超速の移動術であった。
(見えねぇ! 気配は感じるが、速すぎる!)
首に何か嫌な気配を感じる。振り向こうとした誠臣の眼に入ったのは、自分に向けて振るわれる剣とそれを食い止める清香だった。
「くぅ……!」
「ほう、女。俺の速度に追いつくか」
清香と誠臣が男から距離を取ると、後方で大きな爆発音が鳴り響く。視線を移すとフィアーナが帝国魔術師たちを蹴散らしたところだった。
「はぁ、はぁ……! もう、はやくオルガちゃんを追いかけなきゃいけないのに……!」
やはりと言うべきか、帝国魔術師相手に勝利を収めたのはフィアーナだった。男はそんなフィアーナを横目に見る。
「……! いけない! フィアーナさん、防いで!」
「……え?」
次の瞬間、清香達の前から男は姿を消した。どこからかヒュッと軽く空を切る音が聞こえる。次に二つの落下音。そこには切り落とされたフィアーナの両腕が落ちていた。
「へ……? あ……ああ……ああああああああああ!? わ、わた!? わたしの、腕がぁ!?」
目にも止まらない速さでフィアーナの側へ移動した男は、そのまま両腕を切り落としていた。
「ふ……ふはははっははははは! 無様だなぁフィオーナぁぁ! 腕を落とされ、セプターも握れなくては何もできまいぃぃ! オウス・ヘクセライといえど我が聖剣の前では無力よ無力うぅぅぅ!」
「あ、ああああああ! せ、聖騎士如きがぁあ! 私の、私の腕をぉ!」
「ふん!」
男は両腕を失ったフィオーナの顔を強く殴る。周囲にはいくつか抜けた歯が飛んだ。
「うるさい奴だ……」
「ぎ……!?」
男はフィオーナの首を掴むと、そのまま全身を持ち上げる。フィオーナも必死で抵抗するが、腕がなくては何もできなかった。
「はぁ!」
そのまま仲間の聖騎士達に向けてフィオーナを投げる。
「俺は近衛の相手をする。お前ら、その女を殺しておけ。お前らもそいつには今まで散々、バカにされてきただろ?」
男の言葉に、聖騎士達は暗い目で腕の無いフィオーナを見る。皆幽鬼の様な足取りで剣を手に、起き上がれないフィオーナに近づいていく。
「や、やめ……。お願い、許して……」
「誠臣!」
「ああ!」
清香が男を、誠臣は聖騎士達を止めようと駆けだす。だが聖剣を持つ男は超速で清香を追い越し、誠臣の前に姿を現すとそのまま横に殴り飛ばした。
「が……」
飛ばされながら誠臣の耳に入ってきたのは、フィアーナの叫び声だった。
■
突風で飛ばされた万葉は、幻獣領域の中にある平地に居た。すぐ側には偕とヴィオルガが控えている。
「はぁ、はぁ……! 良かった、何とか追いついた……!」
突風で案内されてきた万葉やヴィオルガとは違い、偕には強い向かい風が吹いていた。それをなんとかかき分け、絶影で追いついてきたのだ。
「万葉様、ヴィオルガ様。ご無事ですか!?」
「……はい」
「あなた、あの突風の中で追いついてくるなんて。さすが近衛ね……」
「余計な人が付いてきちゃったなー。ここに運ぶのは二人の姫様だけのつもりだったのに」
万葉達の正面には二人の男女が立っていた。一人は帝国魔術師の中に潜み、突風を巻き起こした少女。もう一人は聖騎士レイハルトだった。
「少々近衛というものを甘く見ていたか……」
「レイハルト……この裏切り者……! それにそこのあなた! それはセイクリッドリングよね!? それも行方不明のセイクリッドリング「ゲイル」! どうしてあなたが使っているの!?」
「うふふ。やっぱり分かっちゃう? 姫様も持ってるもんねぇ、セイクリッドリング「ドゥンケル」を」
先手必勝。隙があれば即座に動く。そのつもりで偕は身体を傾けた。だがそこにもう一人、新たに走ってきた人物が現れる。
「ま、待ってください! レイハルト様、これはいったい……!?」
その人物は今回の使節団に同行した最年少聖騎士。マルクトアだった。
「あれ。聖騎士には風を吹かせていなかったけど。事情を理解していないの?」
「マルクトア……。お前は元から今回の旅に組み込まれていた人員だったからな。知らぬのも無理はない」
「う、うそですよね……!? レイハルト様が、ヴィオルガ様に剣を向けるなんて……。み、皆さんもどうしちゃったんですか……!?」
「マルクトア。これは聖騎士の未来のためなのだ。そこをどけ。これもお前たち、次の世代の聖騎士のため。安心しろ、我らの行動が罪に問われる事はない。お前も見たであろう? 魔術師の一派も我らの仲間なのだ」
レイハルトはマルクトアに優しく語り掛ける。マルクトアには今、何が起こっているのか、何が正しいのか理解ができていなかった。
だが皇国に来てから今までの出来事を思い起こす。その中にはヴィオルガと共に皇都を探索した出来事や、レイハルトが視線に暗い感情を込めて、ヴィオルガに向けていた事もあった。
「な、何が真実で。何が正義なのか。分からなくなった時、自分の後悔しない道を選べと。父上は話されていました」
「聖騎士総代殿のお言葉か。なるほど、至言だな」
「い、今。ここであなたの行いを見過ごしたら。僕は一生、この時の選択を後悔します……!」
「…………」
マルクトアから不穏な空気を感じ、レイハルトは目を細める。
「ヴィオルガ様が正しいのか、レイハルト様が正しいのか。僕には分からない……! なら! 僕は僕の後悔しない道を選ぶ! レイハルト・オグレス! 姫様に仇名す逆賊として、あなたを討つ!」
「……この数日でそこの女にたぶらかされたか! 私の行いはお前のためでもあるのだぞ!」
「う、うるさい! あなたはそう言って大儀に聞こえる様な事を言って! 本当は姫様を見返したいだけなんだ! そんな男に従うくらいなら、ここで戦って僕は死ぬ!」
マルクトアが決意と共に剣を抜く。その一連の様子を見てヴィオルガは薄く笑った。
「ふふ。レイハルト、あなた新人聖騎士にも見抜かれているじゃない。なに、本当は私への意趣返しが目的だったの? ああ、なるほどなるほど。豚兄上とパスカエルもそれであなたに話を持ち込んだのね?」
「う、うるさい! 私は、聖騎士の未来のため……!」
「黙りなさい! 皇国の姫を巻き添えに自らの謀略を推し進め! 正しい心を持った聖騎士を否定する! あなたの行いは聖騎士以前の問題、帝国貴族としても放っておけるものじゃないわ! あなたの存在は帝国貴族の恥! 皇国の地ではありますが、ガリアード帝国皇帝、タンデルム・ガリアードの名において! 王女たる私があなたを裁きます!」
レイハルトは敵に回ったマルクトアにヴィオルガ、それに万葉と偕をゆっくり見渡す。その目には怒り、嫉妬、憎悪、様々な負の感情が混じりあっていた。
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