東部幻獣領域 裏切りの聖騎士
東の幻獣領域は南のものとは違い、そう厄介な幻獣は潜んでいない。大型幻獣の目撃例もないくらいだ。ここの幻獣は大量発生したとしても、既存の武人術士で対応できるものだと推測されていた。
「マヨ、来たわよ!」
「……はい!」
万葉は流れる様な動作で符を複数枚取り出すと、そのまま術を発動させる。その動きは何度も鍛錬を積んだ者の動きだと分かるものであった。
「……高嶺の息吹よ。列氷穿陣」
万葉の正面方向に、骨まで凍らせるような寒波が走る。地は凍てつき、複数の幻獣は足を凍らされて身動きがとれなくなる。そこに幾本もの氷の槍が襲い掛かった。逃げる事もできず、幻獣はその身を貫かれていく。
「すごい……」
万葉の術を見ていた皇国の術士が、思わずといった様子で言葉を吐き出していた。偕は今の術士の発言が気になり、声をかけてみる。
「やっぱり万葉様の術はすごいんですか?」
「ええ。すごいなんてものではないです。今お使いになられた術は、氷の符術の中でもかなり上位のものになります。ですが、本来は前方の地を凍らせるだけのものです」
「え……でも……」
「地を凍らせる術と氷の槍を放つ術。これらは本来、別の術なのです。それを万葉様は、強引に二つの術を組み合わせ、発動させました。あれは万葉様の霊力とその独特の感性が成せる技。似た様な事ができる者もいますが、術の規模は小さい。九曜静華様に言わせれば、まだまだ荒いと言うでしょうが、我らには不可能な事です。強引でも何でも、術を完成させてしまうのはやはり才能でしょう」
武人である偕には術士の世界の事は全て理解できない。それでも万葉が並外れた才の持ち主である事はよく理解できた。最近になって術の習得を始めた事を思うと尚更だろう。よく見ると帝国魔術師の面々も驚いている者が多い。
(……今の万葉様の術。発動までの時間が帝国魔術師とそう変わらなかった様に見えた。彼らの目から見ても、万葉様の術は特筆すべき点があるという事なんだろう)
皇国民として帝国人を驚かす事ができたのはやはり嬉しい。それだけの実力がある万葉を誇りに思う。だが次の戦いでは偕達が驚いた。それはヴィオルガの放った術が原因だ。
「はい」
パチンッと左手で指を鳴らす。たったそれだけの動作で爆発が巻き起こり、迫る幻獣を爆散させた。
「木も生えているし、火事にならない様に調節しないと……。火属性が使えないのはもどかしいわね」
「……すごいです、ヴィオルガ姉様」
「そ、そう!? 本当はもっとすごい魔術も使えるのだけれどね!? そうだわ、皇都に戻ったら究極爆裂魔術を見せてあげる! その名もイ……」
「オルガちゃ……姫。衝撃波で周囲が吹き飛ぶのでやめてくださいね?」
ヴィオルガの術に皇国の者、全員が驚く。その様子を見た帝国魔術師たちはどこか得意気だ。
「す、すげぇな。帝国の姫様……」
「しかも全然本気を出していない……。見た通り、指を鳴らすくらいの労力しか使っていないのでしょうね……」
「確か爆発系統と火系統の魔術が得意だという話でしたね。しかし起動呪文も無しで、あれだけの事ができるなんて……」
偕達はヴィオルガが帝国最強格と呼ばれる理由がよく理解できた。彼女ほどの実力者であれば、近衛の様な護衛は不要かもしれない。そう思えてしまうほどの衝撃があった。
■
レイハルトは配下の聖騎士を率いてヴィオルガ達の後を追っていた。既に手は打ってある。あとは上手く事を運ぶ事ができれば、堂々と港から帝国に帰還する事もできる。
もうすぐだ。もうすぐで聖騎士の復権が叶う。レイハルトはヴィオルガの言葉を思い出していた。
(今更……! 今更になって……! 聖騎士の技の有用性が理解できただと!? ふざけるな! 我らが聖騎士として帝国に仕えて、何年経っていると思っている!? 今まで王族は聖剣技の事すら知らなかったというのか!? 我ら聖騎士の奥義たる聖剣技を! 何という屈辱! 魔術師というのはここまで傲慢な人種だったのか……!)
ヴィオルガは帝国に戻ったら聖騎士の聖剣技について詳しく話を聞かせてほしいと言った。今回の皇国との交流で初めて知ったのだ。
聖騎士の家系が帝国に組み込まれてもう百年以上経つ。確かに聖騎士の技が魔術師の前で披露される事はない。だが王族が、自分たちが今日まで伝えて来た奥義にまるで目を向けていなかったという事実は許し難いものだった。
「レイハルト様。正面、反応あります」
そう言った若い聖騎士ジルベリオは手にガラス板を持っていた。これはあらかじめ内通者に持たせていた石の座標が記される魔術具である。これによりレイハルト達は、迷わずヴィオルガの元へと向かう事ができる。
「よし……。皇国人は殺すな。むしろ相手にするな。これはあくまで帝国内の問題であると態度で示せ」
「もしヴィオルガ姫を庇うようであればいかがいたしますか?」
「……その時はやむを得ん。だが極力殺しはするな」
「はっ」
「全員、聖剣の抜刀も許可する。使いどころは誤るなよ」
■
異変が生じたのは偕達が幻獣領域から去ろうとした時だった。前方から複数の気配を察知した偕は、周囲に足を止める様に告げる。何があったのかとヴィオルガは眉をひそめた。
「どうしたのです、クガタチ」
「……複数の気配が近づいております。誠臣さん、清香さん!」
「おう!」
三人は前へと出る。間もなくして姿を現したのは、聖騎士レイハルトとその配下だった。
「……レイハルト? 何故あなたがここに? 皇都で待っている様に伝えたはず」
「それが事情が変わりましてね。御身にはここで死んでいただきたく思います」
レイハルトの放つ殺気から、これが冗談ではない事が伺える。ヴィオルガは一瞬驚いた様子を見せたが、直ぐに呆れ顔になった。
「あなた、自分が何を言っているのか理解しているの? それで? まさかとは思うけど、たったそれだけの人数で私をどうにかできるつもり?」
ヴィオルガがその気になれば聖騎士の一集団など相手にならない。レイハルトが何を血迷ったか知らないが、それを正面から叩き潰せるだけの実力があった。フィアーナも声を荒げる。
「よくそれだけの戦力で反乱など企てれたものね!? 帝国に仕える貴族でありながら王族に弓引くとは……。恥を知りなさい!」
「ふ……。王族に弓? 違うな。これはそんな行為には当たらないのだよ」
「はぁ!? あなた何を言って……」
レイハルトの発言にヴィオルガは半眼になる。
「はぁ……。そういう事」
「……オルガちゃん?」
レイハルトの自信の理由を何となく察したヴィオルガは、ため息を吐いた。
「裏で糸を引いているのは豚兄上の方ね。なるほど、あなた達は初めからこのために使節団に組み込まれたのね」
「え……グライアン王子が……!?」
「何の事か分からんな。疑うのは勝手だが、証拠は何もないぞ?」
「でしょうね……」
ヴィオルガはこの事態は兄が仕組んだものだと思い至った。あの兄の事だ、上手く事が運んだ暁には適当な罪をでっちあげてヴィオルガを罪人とし、その場にいた聖騎士に対応させたとでも発表するつもりだろう。おそらくレイハルト達を調べても兄と繋がるものは何も出てこない。
「でも豚兄上の人脈だけでこんな大それたことを行えるとも思えない。……もしかしてパスカエルも関係しているのかしら? 西国魔術協会はまだ次期皇帝に対する態度を鮮明にはしていないけれど、テオラール兄さまより豚兄上の方が距離が近いものね。でも……ふふ」
「……何がおかしい?」
「いえ、ね。いくら何でもオウス・ヘクセライの暗殺に聖騎士を抜擢する事もないでしょう。勇敢に挑んできたところを返り討ち。帝国に戻ったらパスカエルと豚兄上に、皇国で聖騎士が面白い事をしてきたのよ~って土産話を聞かせておしまいね」
レイハルトは左手を挙げる。後ろに控えていた聖騎士達はヴィオルガを囲う様に配置に付き、剣を抜いた。
「皇国人よ! これは帝国の問題である! 余計な手出しは無用、邪魔した者の命は保証せん!」
レイハルトの怒号が偕達に響く。だが万葉は気にした素振りもなく、珍しく普段より少し大きめの声で言葉を発する。
「……皆さん。帝国の姫、ヴィオルガ・ガリアードは皇国の客人。これを無事に送り届けるのは皇国人として当然の事。……無礼な賊を成敗してください」
「はっ!」
偕達にとって万葉の言葉は全てに優先される。これにより聖騎士達を賊と認定、戦う意思を固めた。ヴィオルガも万葉の言葉に嬉しそうだ。
「近衛も敵に回るか……! やむを得ん! やれ!」
レイハルトの号令に偕達は身構える。だが次に起こった出来事は思わず目を疑うものだった。三人の聖騎士が、それぞれ隣にいた聖騎士の心臓に向けて黒い杭を突き刺したのだ。
「え……」
「仲間……割れ?」
変化は直ぐに起きた。杭を刺された三人の聖騎士はそれぞれ乳白色に輝きだし、その身に変化が訪れる。身長が倍になるもの、腕が複数生えるもの、あらゆる箇所に目が浮かぶもの。それぞれが人の形から逸脱していく。
「これは……!」
「あ、妖!」
既に何度か見た手合い。偕達はこれが妖であると直ぐに認識した。だがこれまで会った妖は既にその姿を変えたものであった。実際に生身の人間が妖になるところは初めて見る。
「ヴィオルガ様! 気を付けてください、こいつらは……!」
清香がヴィオルガに注意を促そうと後ろを振り向く。その清香の眼に映った光景は、これまで一緒に行動していた帝国魔術師たちが、ヴィオルガの顔に向けて石を投げるところであった。背後に気をつけていなかったヴィオルガはこれをまともに受ける。
「いたっ!? ……これはっ!?」
複数の石はヴィオルガの顔に命中した瞬間、眩い光を放つと砕け散った。その様子を見届けたレイハルトはニヤリと笑みを浮かべる。
「吸魔晶石。知っているだろう?」
「……! あなた達も豚兄上の……いえ、パスカエルの指示ね!」
石を投げた魔術師たちも不適に笑う。投げつけた石は吸魔晶石。これに直接触れた者は魔力を石に吸われる。石を投げた魔術師たちは、手袋を装着していた。
まさか魔術師たちまで敵に回っているとは思っていなかったヴィオルガは、その余りある魔力の多くを石に吸われてしまった。
窮地ではあるが、こんな時こそ狼十郎の様に冷静な指示を出さなければ、と清香は思考を巡らせる。敵は聖騎士と魔術師、味方はフィアーナと自分たち、それに皇国の術士。今は魔術師と聖騎士に囲まれており、敵の中には妖も三体。まず優先すべきことは。
「みんな! 一度領域の奥に移動するわよ! 正面から迎え撃つ!」
このまま囲まれるのはまずい。そう判断しての事であったが――。
「うふふ。残念だけどぉ。そうはいかないみたいよ?」
帝国魔術師の一人が目深く被っていたフードを取る。中から現れたのは金髪碧眼の少女だった。少女は左指に嵌められた指輪を前方にかざす。瞬間、その場に突風が巻き起こった。
「きゃあ!?」
「あれはっ!? まさか、セイクリッドリング!?」
「偕! 万葉様を!」
突風の勢いはすさまじく、体重の軽い万葉は身体が宙に浮いていた。ヴィオルガは突風に押されながら万葉に追従する。それは明らかに二人をどこかへ誘導する、指向性を持った不自然な風だった。
一際素早い動きができる偕は、まとわりつく風を割いて必死に万葉を追いかける。突風が止んだ時、その場に残った敵は三人の妖と聖騎士、それに裏切った帝国魔術師だった。その中に風を巻き起こした少女の姿は見えない。一方、味方はといえばフィアーナと清香、誠臣に皇国の術士のみであった。
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明日ですが、正午前後くらいに投稿できる予定です。
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