表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
皇国の無能力者   作者: ネコミコズッキーニ
三章 帝国の姫と無能力者
72/155

迫る実戦 東の幻獣領域

 万葉とヴィオルガの一団は共に東の幻獣領域に向かっていた。皇国と帝国、両国の姫が行動を共にする事は非常に珍しい出来事だ。だがその規模は決して大きなものではなかった。


 理由の一つは、両国でも有数の実力者が編制されている事。もう一つは、野宿の予定が無いからだ。


 さすがに高貴な身分にある女性を野宿させる訳にはいかない。それぞれ生天目領と亀泉領で宿泊用の屋敷を用意している。


 一日毎に生天目領内と亀泉領内にある屋敷に着く必要がある一方で、人数が多くなるとその分足が遅くなる。幻獣領域も帰りの事を考え、長く居座る予定もない。


 サッと行ってパッと実戦を経験し、スッと帰る。そういう工程で組まれた旅だった。幻獣領域に向かうまでの間、皇国の用意した馬車の中では万葉とヴィオルガが言葉を交わしていた。


「へぇ! それじゃマヨは未来視の力を封じた事で、それだけの霊力が使える様になったんだ!」

「……はい。いずれくるであろう幻獣の大量発生に向けて、少しでも準備をしておきたいのです」

「うんうん、立派よ! 国を導く王族たるもの、やはりそうじゃないとね! 帝国も幻獣の大量発生に向けていくつか準備は進めているんだけれど。残念ながら派閥争いも多いのよ。特に一番上の兄がこの辺りに積極的でね。嫌になっちゃう」


 皇国は帝国に比べると、貴族の枠組みが小さくまとまっている。それは貴族間の意見と統一のしやすさや、行動の速さに現れていた。


 半面、多様性というものには乏しく、帝国ほど制度が整っておらず、派閥同士で様々な意見をぶつけ合うといった事も少ない。


「でも安心して。私、帝国では指折りの魔術師だもの。何かあったら私がマヨをフォローしてあげるわ」

「……ありがとうございます。そういえば。帝国の魔術師はセプターを使うと聞いたのですが」

「ええ。フィアーナや他の魔術師たちが腰に下げているアレね」


 そう言ってヴィオルガは馬車の窓から馬で並走する魔術師たちを指し示す。魔術師は皆、それぞれ腰にセプターと呼ばれる杖を身に付けていた。


 その長さや装飾など全員異なっており、統一されたものは見当たらない。


「セプターの装飾は家の家紋や何かの動物をかたどっているケースが多いわね。逆に何の意匠も施されていないセプターを持っている者は魔術師ではないわ」

「……? 魔術師ではないのに、セプターを持つのですか?」

「魔術師というのは、貴族院を卒業した者のみが名乗れるものなのよ。中には家の都合で貴族院に通わない者もいるわ。でも魔力自体は持っているでしょ? そしてその魔力で術を使うにはセプターを媒介にしなければならない。そういった人用に性能の低い、量産品のセプターがあるのよ。私の側仕え、リリレットが持っているものもそうね」


 いわば帝国貴族でありながら正規の魔術を学ばなかった者。破術師に近い存在とも言える。


 子供を貴族院に通わせるには金がいるため、後継以外の子にそこまで学費をかけない貴族も多い。他にも代々上級貴族に仕えている家系や、派閥抗争において失脚した貴族の子など、家の事情で通わない者も一定数存在する。


 帝国ではそういった者でも、量産品のセプターは申請すれば無償で貸与される。


「……ヴィオルガ姉様のセプターは、どちらに……?」

「はぅっ……!」


 万葉の「ヴィオルガ姉様」という言葉にヴィオルガは思わず悶絶してしまう。これはヴィオルガ自身の望みで、万葉に自分の事をそう呼ばせているのだ。


 妹の様に感じている万葉からの可愛らしい「姉様」呼びに、思わず抱きついてしまいそうになる。馬車という密室空間では尚更だった。


「い、いい……。ふ、うふふ……」

「……? あの……?」

「あ、ああ。ごめんなさい。私のセプターね。ふふ、私の専用セプターももちろんあるけれど、皇国には持ってきていないの。必要ないから」

「……必要、ないのですか?」

「ええ。私にはこれがあるからね」


 そう言ってヴィオルガは、左手の中指に嵌められた指輪を万葉に見せた。


「これは初代皇帝が作った、帝国に伝わる秘宝セイクリッドリング。素質ある者にしか使えないけれど、これがあればセプターが無くても魔術の行使が可能なのよ」

「……セイクリッド、リング……」

「ええ。しかもセプターを使うより数段上の魔術が使えるの。その分、魔力の消費は大きいのだけれど。そこはほら、私だから」


 セイクリッドリングは皇国で言うところの十六霊光無器の様なものだ。だが十六霊光無器と違う点として、魔術師にしか使えず、また魔術師全員が使える訳ではないという点があげられる。


「全部で十個あるのだけれど。その内のいくつかは紛失しているのよね。セイクリッドリングはそれぞれ対応した属性の魔術が使えるのだけれど、私の物は十あるセイクリッドリングの中でも特別なもの。火系統の魔術と爆裂系統の魔術、二系統の魔術が使用可能なのよ」


 そう言って万葉に見せるセイクリッドリングの名は「ドゥンケル」。闇を称える黒い宝石がはめ込まれた指輪だった。


 セイクリッドリングの中でも二系統の魔術が行使できるものは僅か二つ。帝国の歴史上、それを扱えた者は数えるほどしかいない。


 そのため帝国の秘宝ではあるが、ヴィオルガは自身が王族という事もあり、半ば彼女専用の指輪として認識されていた。


「これがあれば大型幻獣といえど、ある程度は一人で抑える事もできるわ。だからマヨは何も心配しなくても大丈夫」

「……心強いです、ヴィオルガ姉様」

「はぅっ……! か、かわいい……!」


 兄弟が兄二人というヴィオルガは、弟妹という存在に憧れを抱いていた。





 万葉達の乗る馬車とその周囲を固めるのは、皇国と帝国の精鋭たちであった。皇国からは偕、誠臣、清香ら三人の近衛に加え、幾人か術士も同行している。帝国からはオウス・ヘクセライであるフィアーナ、それに精鋭魔術師たち数人、聖騎士からはマルクトアが一人。他は皇都で留守にしていた。


 理由は単純、行軍速度を優先したためと、質をそろえたからだ。はっきり言ってこの集団相手となると、死刃衆といえど簡単に手が出せるものではない。


 誠臣は馬を走らせながら、遠目に帝国の魔術師たちに視線を向ける。


「皇国の姫に帝国の姫。両国の姫の警護なんて経験したの、近衛でも俺達くらいだろうな」

「そうですね。速度を優先して万葉様達の身の回りの世話をする者は最低限しかいませんが。それでもこの戦力は心強いです」


 偕達もこの数日、帝国との交流で魔術師の実力を目の当たりにしていた。魔術師は皇国の術士に比べると、全体的に攻撃力が高い。また攻撃魔術が発動するまでの時間も短いものが多かった。そんな帝国魔術師が複数人も味方でいる事が、偕には心強く思える。


「ヴィオルガ様はもちろん、万葉様も今では強力な術士だしね。霊影会みたいな連中もいるから注意はしないといけないけど、ここにいる一人一人が精鋭なのはありがたいわね」

「この面子なら毛呂山領で見た妖くらいなら問題ないな。生天目領で見たのはちょっと苦戦するかもだが……」

「でもあの時とは違い、今は誰も消耗していません。よっぽどの考えなしでもなければ、僕たちの姿を見て襲撃しようと思う者はいないでしょう」


 守るべき対象も含めて全員が精鋭。この事実は偕達の心理的な負担をいくらか軽くしていた。


 万葉も今や、身を守る強力な結界術を扱える。何かあっても、自分たちが駆け付けるまでの時間は稼げる算段が大きい。


「もうすぐ幻獣領域に入るわ。気を引き締めて行きましょう」

「そう言えば涼香ちゃんと理玖もここに来たんだよな?」

「ええ。お父様の仕事で訪れたのよね」

「そして亀泉領の謀反や楓衆と霊影会の繋がりを察知し、十六霊光無器も一つ回収されていましたね」

「それだけ聞くととんでもない功績だな……」


 調査でふらっと立ち寄った先で多くの成果をあげたのだ、理玖も金銭分の働きはしたと言えるだろう。


「報告にもあったけど。涼香達はここで帝国貴族と思わしき賊と戦っているわ。それも理玖が逃すくらいの実力者よ。最大限警戒はしていきましょう」「はい。確か風を操る魔術師、という話でしたよね」

「術である以上、俺の「松翁」で対応ができる。その時は任せてくれ」


 一行の眼前には幻獣領域が見え始めていた。時間も押しているため、ほんの数戦、万葉が実戦を経験すればすぐに引き返す予定だ。そう長い時間ではない。


 偕達は何事もない事を大精霊に祈りつつ、真っ直ぐに目的地を目指す。

ご覧いただきまして誠にありがとうございます!

明日ですがお昼過ぎたくらいの時間に投稿できると思います!

引き続きよろしくお願いいたします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ