レイハルトの提案 ヴィオルガが得たもの
皇国と帝国の交流はその後も順調に進んでいた。互いに術を伝え合う事はできないが、その思想や工夫は学ぶところが多く、結果的に双方にとって有益な時間を過ごせていた。
そして使節団の滞在期間ももう間もなくという頃、聖騎士レイハルトからある提案があげられていた。
「幻獣討伐の手伝い?」
「はい。皇都の東には幻獣領域があり、多数の幻獣が蔓延っていると聞きました。実戦の中でこそ、互いにより有益な交流が図れるのではと愚考したのです」
レイハルトの提案に対し否を唱えたのはフィアーナであった。
「あなたねぇ。わざわざ皇国にまで来てオルガちゃんを危険な目に合わせる必要はないでしょう。それにいくら何でも、この国の皇族がそれを許すはずがないわ」
最後の言葉はヴィオルガに向けて言ったものだ。この好奇心旺盛な姫は何に興味を持つかわからない。フィアーナとしては釘を刺しておく必要があった。
「は。ですがどうやら、明日からマヨ様が幻獣領域に行かれる様でして」
「……なんですって?」
「聞けばマヨ様、術の修行を始めたのは最近だとか」
「……確かにそう聞いたわね」
この数十日でヴィオルガは特に同性の万葉と清香、二人と親睦を深めていた。今では二人と知り合えただけでも、皇国に来てよかったと思えているくらいだ。
そして万葉が最近になって術の修行を始めたのだと聞いた。そんな事があるのかと思いもしたが、何か事情があるのだろうと詳細までは聞いていない。
「マヨ様は既にいくつか術を身に付けておりますが、まだ実戦でお使いになられた事はないとの事。先日でマヨ様と姫様の交流は完了致しましたので、明日から旅立たれるとの事でした。せっかくですので明日からの日程、合わせてみてはどうでしょうか」
ヴィオルガはレイハルトの提案を今一度、頭の中で思案する。確かに両国の交流は主要な予定は終わっており、明日からは自由時間が多い。
これは皇国が配慮したスケジュールであり、この間に皇都の観光や帰り支度を済ませておけという意図があった。つまり緊切の予定はない。
一方で万葉の事を考えてみる。ヴィオルガは今では万葉の事を妹の様に感じていた。またその身に宿す霊力には素直に感心もしている。
それに漂わせる儚げな雰囲気はどこか放っておけない。万葉の周囲にいる人間は、万葉の霊力の大きさからどこか敬い過ぎのきらいがあり、宮中において万葉が孤立している様にも見えていた。そこも放っておけないと感じているポイントだ。
(私は同じくらいの魔力があるから平気だけれど。でもああいう腫物みたいな扱いは私にも経験があるから、何となく放っておけないのよね。そのマヨが初めての実戦に幻獣領域へと向かう。……やっぱり)
「放っておけないわね」
「……オルガちゃん?」
「いいわ、皇国側に提案してみましょう。確かに実戦の中で学べる事もあるでしょうし」
「だ、駄目よ、オルガちゃん!」
ヴィオルガは慌てるフィアーナに大丈夫だと笑う。
「マヨの霊力の強さはフィアーナ先輩も見たでしょう? それにマヨが動くという事は皇国最強の武人、近衛も付くという事。そこに私とオウス・ヘクセライである先輩までいる。はっきりいって過剰戦力よ」
「それは……そうだけど……」
ヴィオルガの決意にレイハルトは内心でほくそ笑んだ。この数日、機を伺っていたがまったく手が出せなかった。スケジュール的にももう難しい。どうするかと考えていた時に耳にしたのが万葉の遠征だった。
この数日でヴィオルガが万葉に親近感を抱いているのは分かっていた。これを利用しない手はない。まだいくつか懸念はあるが、皇都を出てしまえばやりようはある。
「言い出したのは私ですので、話は私から通しておきましょう」
「頼むわね」
「はっ」
「ああ、そうそう。レイハルト、帝国に戻ったらあなた達聖騎士が使う聖剣技について、詳しく教えてもらえないかしら?」
「……は?」
一瞬、何を言いだしたのか思い、レイハルトは気の抜けた返事をしてしまう。
「あなた達の技。とても有用性が高いと今回の事で分かったわ。帰ったら陛下とも話して、聖騎士を帝国の武としてもっと大々的に打ち出せないか検討したいのよ。それこそ皇国の武の象徴、武人の様にね」
「……は。ありがとうございます。帝国にお戻りの際には是非」
そう言うとレイハルトは一礼し、部屋を後にした。今の会話を聞いたフィアーナは信じられない、という目でヴィオルガを見る。
「ちょ、ちょっとオルガちゃん。本気……? 聖騎士を引き立てようという風に聞こえたけど?」
「別に引き立てるとかそんなのではないわ。言葉通り、聖騎士の聖剣技。あれは帝国にとってとても有用性が高いと判断したの。魔術師に比べると流石に一朝一夕にはいかないけれど、その将来性、発展性には目を見張るものがあるわ」
聖剣技とは聖騎士の使う技。簡単に言えば劣化版神徹刀だ。だが神徹刀とは違い、聖騎士であれば練度の差はあれど、誰でも身に付けている技術であった。
数が揃えばヴィオルガの言う通り、その有用性は高い。帝国の将来に目を向けるヴィオルガからすれば、知らなかった事を知った時、それが帝国にとってどう役立つのか考えるのは自然な事だった。
だがフィアーナは魔術師。そして帝国魔術師は、聖騎士という格下がいてこそ、その権益が守られている事を理解している。
魔術師のみが通える貴族院や上級貴族院があり、そこで働く者や関係者も当然魔術師家系の貴族。また帝国に存在する数々の賞や名誉、役職も魔術師のためのものがほとんどであり、その派閥は多岐に渡る。
いわば帝国は、魔術師による魔術師のための制度によって運営されている。その恩恵を最も授かれるのは当然魔術師だ。
しかしもしここで王族が聖騎士を重用するとなると、話は変わる。今すぐどうなるという事はないが、時を経て聖騎士による制度、枠組みが出来上がってくるだろう。
それはそのまま聖騎士家系の台頭を意味する。つまり現在魔術師家系の貴族が持つ、多くの権益が脅かされる可能性があるのだ。
フィアーナ自身、聖騎士に対して侮蔑の情も何もない。だが貴族としては別。聖騎士に魔術師の領分を侵される訳にはいかなかった。そのため、隙あらば王族の前で聖騎士の立場を落とす事もいとわない。
「でも。聖騎士が今更魔術師よりも役に立てるとは思えないけど……?」
「それならその可能性も含めて検討すればいいのよ。術の有り様は様々あり、それぞれがそれぞれに利点や欠点がある。今回、皇国に来て私が学んだ事よ。これまで帝国魔術師が一番有能だと考えていたけれど、見方を変えれば皇国の符術が優れている点もあるし、近衛の技が勝っている点もある。もちろん戦闘や面での制圧という点では帝国魔術師が最適解だと思うけど。でもそうした戦闘面だけではない、術の発展を願うのならもっと多方面からの評価が必要なのよ」
中でもヴィオルガが一番驚いたもの。それは屋敷のあちこちに張られている符だった。これは貴族の屋敷にはどこも同じものが張られており、霊力を通すと一定時間、周囲を照らす。
定期的な張替えが必要なものの、夜にわざわざ明かりを灯したり、魔術で明かりを作らなくてもいい。
似た様なものが帝国にも無い訳ではないが、多くの貴族は火の明かりを使う。こうした生活に根差した術の使い方というのは、ヴィオルガに大きな衝撃を与えた。
「夜でも明るい街を見たでしょう? あれは毎夜、貴族がわざわざ街に出て符の明かりを灯しに行っているんだって。初めは何故貴族がそんな事を、と思ったけれど。皇都では人口の割に夜間での犯罪率が極端に少ないのよ。これってあの明るさと無関係じゃないと思うのよね」
「確かにあの符は便利だと思ったけれど。聖騎士にあんな芸当は不可能よ?」
「それは分かっているわよ。私が言いたいのは、これまで目を向けてこなかった聖騎士達の技でも何か発展性が秘められているかも、という事よ。魔術師だから聖騎士よりも強いというのは確かだと思うけれど、帝国はこれまで術について、強いか弱いかにしか目がいっていなかったと思うのよね」
「でも……」
なおも食い下がろうとするフィアーナの様子を見て、ヴィオルガは何となくフィアーナが何に懸念しているのかが分かった。同時に自分と見ている視線が違う事を理解し、少し複雑な気持ちになる。
そしてフィアーナのこの態度こそが、今自分の話した事の難しさを物語っていた。おそらく本格的に話を進めるとなると、普段はいがみ合っている魔術師派閥も一丸となって邪魔してくるだろう。
「……もっと前にやる事があるかもしれないわね」
そっと呟いたヴィオルガの言葉がフィアーナの耳に入る事はなかった。
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