指月の憂鬱 騒乱を終えて
「ふぅ……」
「お疲れですな、指月様」
「そういう誓悟殿こそ」
月御門指月と皇護三家の一角、薬袋誓悟は連日の疲れが表情に出始めていた。それというのも理玖たちによってもたらされた、亀泉領の争乱が原因だ。
報告を受けた指月達の判断は早かった。早急に動かせる皇国軍を編成、亀泉領に進ませると即座に領主である亀泉満徳を捕えた。同時に楓衆に対して、霊影会と今でも繋がりのある者がいないか捜査にも着手。
さらに並大抵ではない、帝国の魔術師の存在が指月達に警戒感をもたらせていた。理玖たちは何かあった時の備えとして、生天目領に滞在してもらっていたが、やっと亀泉領の事が落ち着いてきたので先日皇都に戻ってきてもらった。領主や武叡頭の新たな選別などやる事は山積みである。
「薬袋家が中心になって取りまとめてくれなければ、皇都はまだ混乱の最中にあっただろう。改めて礼を言うよ」
「もったいなきお言葉。ですがまだ問題が解決した訳ではございません。今回の件を含め、これからの皇国の指針を考える必要があるでしょう」
「そうだね……」
本来なら父が前に出て方針を定めるところなのだけれどね、と呟く。誓悟は聞こえなかった事にして話を続けた。
「急ぎ清真館にて人を集めましょう」
「頼む。……それにしても今回の事といい、理玖殿には感謝だね」
「…………」
指月は探る様な口調で誓悟と話を続ける。
「彼が皇国に戻ってきてくれたおかげで、多くの難題に取り組む事ができた。今回の事もそうだ」
「……出奔した陸立家の長男ですか。確かにそれなりの功績はありますが、彼自身は皇国籍に戻る気はないと話しているのでしょう? 罪人の身分が心地よいと考えているなど、何を考えているのか分かったものではございません。指月様、あまり深く入れ込まない様にお願い致します」
「ふふ。誓悟殿は厳しいね。……そういえば昔、彼を皇国籍から除外する様に言っていたのも君だったね」
「ええ。武家に生まれながらその責任を果たさないのです。民の税で生きる貴族としては当然でしょう」
「少なくとも今はあの実力が金で雇えるんだ。誓悟殿としては業腹だろうけれど、多少の付き合いは容認してくれないかな」
「……指月様のご判断に口を挟むつもりはございません」
「そうかい? それができるのが誓悟殿だと思うのだけれど」
「……資料をまとめて参ります。後程、清真館で」
「ああ」
立ち去る薬袋誓悟を見送りながら、指月は今の会話を振り返った。
(六年前に理玖殿に刺客を差し向けた黒幕……。勘でしかないが、誓悟殿ではない、か? しかし全くの無関係とも考えづらい。薬袋一派に関係はありそうだが、あの様子では下手人探しに協力してもらうのは難しそうだ。少なくとも時期をみる必要はある。誓悟殿もまったくの白と言い切れない現状では特に、ね)
指月は理玖からの頼まれ事を自分なりに進めていた。宮中で誰が信頼できるか分からなかったため、時間はかかるがこればかりは仕方がない。
それに最近は亀泉領の事も含め、皇族としてやらなくてはならない事が山積みだった。まだしばらくは十分に休めそうにないな、と指月は薄く笑う。
■
清真館の一室。そこでは皇護三家の当主三人と指月が会合していた。もう何度となく開かれてきている集まりだ。
「では……?」
「ああ。万葉の見た幻獣大侵攻の夢。これを公表する」
今回の亀泉領の事態を受けて、指月はいよいよ皇国の未来について各地方領主に公表する事を決めた。楓衆を通じて情報が洩れていた事は取り返しがつかないが、これ以上あやふやな情報が錯そうするのも放っておけない。
「大侵攻があるのは七年後。そして今、これに根本からの解決を見出すために国は策を講じている。決して皇国民を見捨てる様な真似はしないため、信じてその時に備えてほしい。そういう注釈を入れた声明を出す」
「……しかし、時期は確かなのですか? それに根本からの解決というのは……?」
「ああ。詳細についてはすまない、今しばらく待ってほしい。だが時期や解決策があるのは確かだ」
「それは……」
過去の記録では幻獣の大侵攻は三回起こった。その度に幻獣の領域は広がり、人は北へと追いやられてきた。根本からの解決というのは、この大侵攻そのものを食い止めるという事を意味する。
もはや自然の摂理とも言えるこの現象に本当に立ち向かう方策があるのかと、指月の言葉でも素直に信じるのは難しかった。
……葉桐善之助を除いて。
(……理玖に初めに目を付け、実際に交流を持たれたのは指月様だ。私はその指月様より、理玖は金銭で仕事の依頼ができると教えていただいた。そして実際、対価以上の成果を挙げてみせた。……これだけで断じる事はできんが、幻獣に対抗する方策、理玖も一枚噛んでいると思えてならん)
現に幻獣の侵攻の時期を明言し始めたのも、指月と理玖が出会ってからだ。万葉から予知夢の能力がなくなった今、そこまで詳細に未来を知るすべなど思いもつかないが、これらは全て理玖が皇国に戻ってから起こった事。善之助には無関係と捨て置く事が出来なかった。
「合わせて楓衆の調査も進める。そして静華殿と誓悟殿にやってもらいたい事がある」
「伺いましょう」
「霊影会の長、元楓衆の五陵坊。彼が楓衆だった時の事を今一度調べてほしい」
「……と申しますと?」
「彼が罪人となり、皇国を追われた出来事は知っているが。どうにも腑に落ちない。彼が楓衆を去ったのはもう何年も前の事だ。それなのに未だにその時を知る楓衆から信望を集めている。万葉の情報を漏らすぐらいにね。本当にただの考えなしの罪人であれば、果たしてそれほどの信望を集める事ができるだろうか?」
「所詮は市井の出身。我らと考えは違いましょう」
「ああ。だがそう言って何もせずにいる事を私は良しとしない。……やってくれるね?」
「はい」
「……はっ」
つまりこれはお願いの呈を成した命令だ。指月には何か引っかかるところがあったのだろう。こういう時の指月の直感には優れたところがあるので、二人は素直に従う。そして楓衆は九曜一派の管轄でもある。
「忙しい時にすまないね。……来月には帝国からお客様もくる。その準備も大変だよ」
「そちらの問題もございましたな。そういえば我が娘と理玖も、帝国の魔術師らしき少女と一戦交えたという話もありましたな」
「ああ。理玖殿の話では帝国の魔術師で間違いないとの事だったね。一体何故、この時期に亀泉領まで来ていたのか。霊影会と会っていたらしいが、帝国貴族が霊影会とどう繋がっているのか。こちらも分からない事尽くしだね」
「その少女が本当に帝国貴族であるという証拠はないのです。言っている事もどこまで本当かどうか」
証拠はないが確信はあった。何しろアンセスターの名を唱えて魔術を使ったというのだから。そんな魔術師、帝国にしかいない。指月はこちらの問題も頭が痛いと溜息を吐く。
「帝国貴族は皇国よりも家の関係が複雑だ。皇国の様に武と術が対等ではなく、術に圧倒的な比重が置かれている。その術も家の体系化が進み、多くの派閥が存在する。取りまとめ役として西国魔術協会があるが、かの協会に属さない魔術師もいるという話だしね。件の少女が本当に帝国の魔術師だったとしても、どこの派閥の意思によるものなのか。皇帝の意思と関係があるのか。来月訪れる帝国貴族達と関係があるのか。この辺りは何も分からない。くれぐれも慎重に頼むよ」
「はっ」
帝国貴族に皇国の武人が襲撃されたからといって、証拠はない。さらにこれは帝国の宣戦布告かと問うたところでその帝国とは何も関係がない、末端の派閥に属している者の可能性もある。要するに直接抗議したところで暖簾に腕押しなのだ。最も、皇族として何もしないのも業腹なので抗議の使者は派遣したが。
「まだまだ波乱が続きそうだねぇ……」
万葉の事が解決し、安心したのも束の間。問題は四方八方からひっきりなしに襲い掛かる。だが自分は逃げ出せる立場にない。
目下の懸念であった万葉の問題が片付いたのだ、いくらでもやってやると、指月は改めて決意を新たにした。
ご覧いただきまして誠にありがとうございます!
明日からは三章の始まりとなります!
昼前くらいに投稿できると思いますので、引き続き皇国の無能力者をよろしくお願いいたします!




