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皇国の無能力者   作者: ネコミコズッキーニ
二章 帰還した無能力者
61/155

東大陸に潜む魔術師 理玖と少女

「さて、聞きたい事は聞けたし。殺すか」

「え!?」


 当然の様に五人の武人を殺そうと、刀を持って歩み始める。喋れない武人たちは目に薄く涙を浮かべて首を振っていた。


「に、兄さん……本気なの……?」

「おいおい雫。こいつらはお前たちを殺す気で仕掛けてきたんだぞ? それが返り討ちにあったというだけの話だ。無抵抗だからって可哀そうになったのか?」

「そ、それは……その……」

「それに皇国を裏切った事には変わりない。ここで生かしておいても碌な未来は待っていないだろう。そうだろ、涼香?」


 俺は涼香に視線を向ける。葉桐家として相応の判断を下すかと思ったが、意外な事にその瞳には迷いの色が伺えた。


「そう……ね。でも戦いの中でならいざ知らず、縄で縛られた者を斬るというのは……」

「あれは戦いの中だったから仕方がないと、いちいち言い訳がなければ人は殺せないか?」

「っ! ……そんな言い方……」


 こいつもお役目を頂いている以上、これまでも何人か斬ってきたはずだ。だがだからといって、慣れるものではないんだろう。それが武人にとって良い事なのか悪い事なのかはわからないが。


「命を狙われたお前たちがそれで良いというなら別に構わないさ。だがどうする? 連れて帰るにしても大の大人五人だ。引きずりやすい様に四肢は斬り落とした方が良いと思うが……」

「そ、それも死ぬじゃない! 足の縄だけ解いて歩かせばいいでしょ!」

「葉桐様は随分と寛容でいらっしゃる。おいお前ら。涼香にたっぷり感謝して……っ!?」


 異様かつ異質な力が迫る気配を察知し、俺は涼香と雫を抱いてその場から全速で距離をとる。


「ちょっと!?」

「兄さん!?」


 俺達がいた場所に、真空の刃が幾重にも飛んで来たのはほぼ同時だった。身動きの取れなかった武蔵達五人の武人は、全員その身を細かく切り刻まれ、周囲には肉片が飛ぶ。


「え……!?」

「呆けるな! 襲撃だ! そこの樹の裏に一人、術者が隠れている!」

「……へぇすごい! 今のでそこまでわかっちゃうんだ!」


 木陰から出て来たのは一人の少女だった。歳は涼香、雫と同じくらいだろうか。だがこの少女は、この大陸で見るには不自然な特徴を持っており、場違い感が強く表に出ていた。


「うふふ。初めまして。お兄さん、今の私の術、よく気付いたわね! 参考までにどうして分かったのか教えてくれない?」

「その前に西大陸の人間が何故こんな場所にいるのか答えろよ」


 不自然な特徴。それは少女の容姿だった。金髪碧眼という外見は、主に西大陸の人種に見られる特徴だ。純粋な皇国人は髪も目も濃い色を持っている。群島地帯には両大陸の血も混ざり様々な人種がいるが、少なくともこいつが皇国人でない事は確かだ。


「いやよ。教えて欲しかったらもっと丁寧にお願いして? それともぉ。無理やり言う事を聞かせてみる? 男の人ってそういうの、好きなんでしょ?」


 試す様な甘ったるい声で語り掛けてくる。だが見た目通りの術者でない事は、先ほどの術でも明らかだった。


(さっきの風術。風精が弱いこの地で放ったにしては規格外の規模と威力だった。かといって符術の様に、あらかじめ呪を込めた何かを使った気配もない。……となると純粋な西国の魔術か)


 まず間違いない。西大陸のガリアード帝国、そこの貴族が使う魔術だろう。帝国では霊力を魔力と呼び、同じ力でありながら皇国とは全く異なる発展を遂げてきた文化がある。


 特に「術」においては深く探求され、攻撃面では皇国の術士をも凌ぐとまで言われる。


(しかしそれだけではないな。もし魔術師が全員こいつの様な魔術が使えるのなら、帝国は相当な怪物揃いの国となる。さすがにそれは考えにくい。こいつの強力な魔術。その要因になっているのは)


「随分としゃれた指輪をしているじゃないか。西の魔術師はセプターを用いて魔術を使うと聞いたが、最近は指輪を使うのか?」

「へぇ……?」


 こいつの装着している指輪。そこから十六霊光無器と同じ、大精霊の気配を感じていた。指輪がどういう性能をしているのかは分からないが、先ほどの風術と無関係という事はないだろう。


「雫。十六霊光無器には指輪はあるのか?」

「ううん。基本的に十六霊光無器は何らかの武具の形状をしているわ。装飾品の類の物は無いはずよ」

「じゃあれは違うのか。十六霊光無器と同じ気配を感じるんだがな」

「え……!?」


俺の指摘に少女は目を丸くする。


「……すごい! どうやら私の魔術を躱したのは偶然じゃなかった様ね! 私、お兄さんに興味が湧いちゃった。 ねぇ、どうしてこの指輪が分かったの? 私の術は発動してから直撃するまで、僅かな時間しかなかったはずなのにどうして気づけたの? 名前はなんていうの? 歳は? 恋人はいるのかしら? 皇国の貴族なの? ……ううん、魔力は感じない。 平民? そんな訳はないわよね、私の魔術が見えていたんだし。すごい、すごいわ! 出会って間もないのに、こんなに気になる男性なんて私初めて! 皇国人なんて、みんなけむったい粗暴な人しかいないと思ってたわ!」


 なんだこいつ。急に勢いよく喋り始めたぞ。少女はどこかうっとりした様な表情と声でそのまま話し続ける。


「命令とはいえ、最初は気乗りしなかったのだけど。お兄さんに出会えたし、皇国に来てよかったわ。あぁ……でもお兄さんは皇国人。どうしましょう……そうだわ! 首よ、首を持って帰りましょう! 私の部屋に置いてあげる。あ、ちゃんと毎日語り掛けるから安心して?」

「……帝国貴族の女はみんな頭がいってんのか?」

「あら。私は自分が帝国貴族だなんて名乗った覚えはないわよ?」


 俺は少女と会話を続けながら雫に目で合図を送る。上手く意図をくみ取ってくれたのか、小さく頷くのが見えた。


「とぼけんなよ。あれだけの術が使えるんだ、明らかに魔力の扱いについての教育を受けている。それに群島地帯の奴らは自分たちの術をわざわざ魔術だなんて言わねぇよ」

「分からないわよ? 群島地帯に住む人も、さかのぼれば帝国貴族もいるのだから」

「残念だったな。俺は群島地帯に住んでいた事もあるんだ。なまじ魔術を知っている分、あそこに住む奴らは自分たちの力を魔術だなんて、恥ずかしくて言えねぇ」

「へぇ? あそこに住んでいた事があるだなんて、お兄さんは皇国人にしては変わっているのね」


 少女はくすくす、とわざとらしく笑う。俺は雫の方に視線を向けるが、雫は首を横に振った。


「だめ、兄さん。指輪が邪魔しているのか、上手く視えないの……!」

「そうか。いや、大丈夫だ。……おい女。何故こいつらを殺した?」

「おしえなーい。お兄さんもそろそろおしゃべりは飽きちゃったでしょ? だからぁ」

「……! 二人共、俺から離れろ!」


 俺の叫びを聞いた涼香は、雫を抱くと絶影で距離を取る。同時に少女は指を鳴らした。再び幾重にも重ねられた真空の刃が俺に向けて飛ばされる。


「……っ!」

「あははは! すごい、すごいわ! 本当に見えているのね! ああ、その世の中全てを憎んでいそうな濁った目。首を持って帰ったら、ベッドの側に置いて一晩中眺めていたい……」


 俺の周囲には真空の刃によって斬られた樹が飛び散り、地面も大きく抉れていた。少女は何度も続けて指を鳴らし、攻撃を継続してくる。直撃は受けない様に、ただひたすら避け続ける。


(なんて威力だ! この威力に発動速度、風術だけなら代行者状態の俺にも匹敵するぞ!? しかも発動には指を鳴らすだけ、起動呪文も何もない! こちらも理術を使いたいが……!)


 この際、涼香に見られるのは構わない。口留めすればおいそれと話す様な奴じゃないだろう。だが一度理術を使用すれば、万が一にもこいつに逃げられる訳にはいかない。完全無敵、完璧な術ではないんだ。情報を持ち帰られて分析され、対策を練られるのは避けたい。


(理術を使うとすれば、確実に殺せる確信を得てからだ! まずは今の状態でやれる事をやる! 無理と判断すれば使う! これでいく!)


 方針を定め、俺は神徹刀を手に少女に向かって駆けだす。まさか向かってくるとは思っていなかったのか、少女は驚きの声をあげた。


「まぁ! 勇敢なのね、お兄さん! じゃあ……」


 これまでの指を鳴らす動作ではない。少女は指輪を付けた左腕を、俺に手の甲を見せてかざす。


「ゲイル。私にその力を見せて。ウィズダム・アンセスター。シュケルテ・ヴェント!」

「なに!?」


 指輪から強烈な気配が強まり、かざされた腕から圧縮された空気の塊が何百と放たれる。嵐の様に吹きすさぶそれらをさすがに全て回避するのは不可能だった。手に握る神徹刀に力を込め、正面から術を切り裂いていく。


「おおおお!」


 だが全て切り裂く事は不可能。急所に当たるものだけを優先して切り裂き、致命傷を避ける。いくらか圧縮弾の打撃を受けるが仕方がない。 

 

 嵐が止んだ時、俺の周囲は暴風が通り過ぎたかのような惨状になっており、俺自身は上半身の服がボロボロになっていた。露出した肌にはいくらか打撲の痕が残る。


「まさかこれでも倒れないなんて……! 剣で術を斬るだなんて、器用な事ができるのね? ああ、それにそれに! お兄さん、その身体はどうしたの? 今の魔術によってできた傷だけじゃないわよね!?」


 俺の肉体には、魔境で受けた傷跡が今も全身に刻まれて残っている。切り裂かれた痕、貫かれた痕、溶けて焼けた痕。これらを見た少女はさらに歓喜の声をあげていた。


「鍛錬で付いた筋肉とは違う、必要に迫られて出来上がった身体ね! その無数の傷、お兄さん、一体どんな場所で暮らしていたの!? その目もそこで失ったのかしら! ああ、いい。お兄さん、本当にいいわ! その醜い身体も私は大好きだから安心して?」


 どこまでも舐めた口調。自分が上だと信じてやまない態度。……ああ、左目が疼く。俺は何を出し惜しみなんてしている? 万が一逃げられたら? 


 ……関係ないだろう。俺にできるあらゆる手段を使って。


 こいつを殺す。


「……っ!」


 俺が絶殺の決意をしたと同時に少女の表情は一変して真面目なものになり、俺から大きく距離を空けた。その顔にはいくつも汗が浮かんでいる。


「ふ、ふふ……。少し興が乗り過ぎたわ。私がここに居た理由、教えてあげる」

「……なに?」

「霊影会というグループに用があったのよ。もう終わったから帰ってもよかったんだけど、安全な幻獣領域なんてそうそうないから興味がでちゃって。しばらくここで遊んでいたのよ」

「霊影会に用だと……!? 一体それは……」

「それは……ね!」


 不意に少女は左腕を空に掲げる。少女の周囲に突風が巻き起こり、葉が、石が、土が舞う。視界が塞がれるが、風が止んだ頃には少女の姿はどこにも無かった。目を閉じて集中するがもう近くにはいない。


「逃げた……だと?」

「理玖!」

「兄さん!」


 二人が駆け寄ってくる。どうやら上手く巻き込まれない様に立ち回っていた様だ。


「あの女は!?」

「逃げた、な。もうこの辺りにはいない。風術の応用で飛んで行ったんだろう」

「そう……」


 あの少女の霊力……魔力か。魔力は途中からかなり消耗していた。指輪は強力な魔術媒体なのだろうが、無制限に使える代物でもないようだな。少女にとってはさっきの瞬間が、これ以上戦うか退くかの分水嶺だったのだろう。


「あ、あの。兄さん……」

「うん?」

「その。身体、大丈夫なの……?」


 言われて上半身の服がボロボロなのを思い出す。約六年に及ぶ戦いの積み重ねが、そこには刻まれていた。涼香も何か言いたげな視線を送ってきている。


「ああ。もっと酷い時もあったが、最近は平和だからな。見た目はこんなでも、何ともないから気にすんな」


 自分で言って笑いそうになる。そう、平和だ。人界に戻ってから今日までの生活、戦い。食う物の心配はいらず、一秒たりとも緊張を切らさず過ごさねばならない訳でもない。どれも魔境に居た頃と比べるべくもない、平和な一頁の一つだ。


 だが今の少女との戦いは、久々に魔境での日々を思い出させるものだった。途中からではあったが、左目も熱を持って疼き出していた。


 あの指輪、おそらくは魔術を効率的に発動させる事に特化したもの。帝国の魔術師が使うとこうも洗練された術になるのか。皇国で言うと武人が十六霊光無器を使う様なものだな。


「もう日も落ちて来た。急いで村まで戻ろう」


二人は何か言いたげだったが、今は幻獣領域から出る事を優先する。





 理玖と戦っていた少女……アメリギッタ・ハーヴァンドは既に亀泉領から出ていた。指輪の能力で、ある程度自由に飛行できる彼女は、条件さえ整えば単独で大陸間をも移動できる。


「ふふ……」


 少女は理玖の事を思い出していた。単独で東大陸に飛べるからといやいや受けた任務ではあったが、収穫は大きかった。


「魔力も無いのにあれだけの事ができるなんて……! あんな傷だらけになる様な環境で生き抜いたから? 人は環境次第では魔術師より強くなるというの!?」


 アメリギッタは昔の出来事を思い出し、少なくとも自国の並の魔術師より強かったのは間違いないと考えていた。


 いや、並の魔術師どころではない。もしかしたら自分も殺されていたかもしれないのだ。アメリギッタは最後に感じた殺気を思い出すと、恍惚の表情を浮かべた。


「ああ……っ! まさか私が殺されると感じるだなんて……っ! あのまま見誤っていたら間違いなく殺されていたわ……!」


自慢の風術を耐え凌がれた直後に発せられた殺気。これまで自分の勝利を疑っていなかったが、ここで一変。このまま残りの魔力で戦いを続けては殺されると判断したアメリギッタは、理玖の興味を引く話題を出す事でその判断を遅らせた。


 もしあそこで何の情報も明かさなければ、理玖は問答無用で少女の首を刎ねに行っただろう。幸い情報を小出しにする事で、理玖に生かしておく価値があると思わせる事に成功した。そうしてできた隙で見事に逃げる事ができた。


「でも最後の脱出も含め、手の内を明かし過ぎたわ。次は上手くいくかは分からない。ああ、でも! お兄さんが欲しい! うふふ、悪い人。こんなにも私を悩ませるなんて」


 自分の容姿はここではどうしても目立つ。少女は人目に付かない様に静かに移動を開始した。

ご覧いただきまして誠にありがとうございます!

また評価及びブックマークまでいただきまして本当にありがとうございますm(_ _)m

大変大きな励みになっております!

明日ですが、夕方くらいに投稿できると思います!

引き続きご覧いただけましたら幸いです!

よろしくお願いいたします!

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