亀泉領の策謀 涼香・雫 対 武蔵
武蔵の後には二人の武人が続いている。最初に俺達を捕捉した二人はまだ姿を現していない。
「どうして……武蔵殿がここに?」
「いえ、何。大型幻獣探索に苦労されているのではないかと思った次第でして」
「……同行は不要と言ったはずよ」
涼香は既に武蔵の放つ殺気に気付いている。俺は雫に自分の後ろに回る様に合図を送る。雫は素直に従い、移動を開始した。通り過ぎる瞬間に「戦闘になる」と耳打ちをする。
「ふふ。その様子だと何にも成果が無かったのでは?」
「……ええ。そもそも妙な事続きだわ。村の人達も、大型幻獣なんて見た事ないって話していたし」
「それはそうだろう。これもすべてはお前たちの様な未熟者をおびき出すためよ」
「……なんですって?」
いよいよ本性を隠すのをやめた武蔵は、おもむろに刀を抜く。神秘の力を宿す神徹刀が抜刀された事に、涼香は緊張を表に出した。
「我々亀泉領に住まう武人には大きな力が必要になる。お前たちにはそのための犠牲になってもらう」
「どう言う事? 自分が何を言っているのか分かっているの?」
「ああ。分かっているとも。だが安心したまえ。善之助には、君は領域で幻獣に殺されたと報告しておこう。幻獣に食われて、見るも無残な肉片になっていたとね」
「今の言葉。裏切りと断ずるに十分!」
涼香も刀を抜く。だが相手は善之助の同年代でなおかつ神徹刀持ち。成人して日が浅い涼香では荷が重い相手だろう。武蔵も配下に指示を出す。
「お前たちは後ろの下男と術士をやれ! だが術士は殺すなよ!」
「はっ」
二人の武人が刀を抜いて俺と雫に向かってくる。涼香も負けじと声を張る。
「あなた達はそっちの武人を!」
「待て、涼香。そいつはお前には荷が重い」
「……だから何?」
「なに?」
「こいつは! 亀泉領を任された武叡頭にも関わらず! 父の、そして皇族の期待を裏切った! 葉桐家の者として許す訳にはいかない! 神徹刀を持っているからと、戦いを避ける理由にはならないわよ!」
……ああ、分かっていたさ。こいつも武人、そういう一本筋の通った芯を心に宿している事くらい。
「……雫。お前の元には誰一人絶対に通さん。だから安心して涼香を援護しろ。俺が四人片付けるまでもたせてくれ」
「う、うん!」
俺の力を直に見た雫ならこれで十分だろう。俺はスッと刀を抜くと二人の武人の前に立つ。
「なんだ、こいつ。刀を持っていたのか!?」
「だが霊力は感じない。葉桐のお気に入りになると、お前の様な下男でも刀を与えられるとはな……」
「そういう事か……。どこまでも武家をコケにしおって……!」
そういや俺の事は、葉桐家の下男で通していたんだった。しかしこいつらの目的はなんだ? 何故葉桐家を敵に回す?
「……で、お前らなんでこんな真似をするんだ?」
「ふん。下賤の輩と交わす言葉など持たぬ。己の不運を呪って死ね」
■
涼香と武蔵がぶつかる。互いに刀を当て、必殺の太刀を振るう。
「二進! 金剛力!」
「……!」
涼香の一太刀は当たりはしなかったものの、武蔵の衣服を裂いた。
「く……! 善之助の娘め、生意気な……!」
(このまま打ち合えば、刀の耐久度でこちらの分が悪い! 速攻で決めなきゃ! 相手が私を侮って本気を出さない内に……)
「後悔させてやるぞ! 神徹刀「北輝光」! 御力開放!」
「しまった……!」
涼香は武蔵に神徹刀を抜かせてしまった事を後悔する。これで武蔵は身体能力が全般的に向上した。
もし神徹刀の御力が絶刀であれば、その差はさらに広がる。だが不幸中の幸いか、武蔵の神徹刀は絶刀ではなかった。
「北輝光・絶空!」
「!」
その太刀の一振りから、鋭い斬撃が涼香に向かって飛ばされる。すんでのところで涼香はそれを横に飛んで回避した。
「くく。今のはわざと避けられる様にゆっくり飛ばしたのだ。こいつを抜くのも久しぶりでな。肩慣らしというやつだ」
「……なに、当てられなかった言い訳? みっともないわよ」
「ふん。お前も善之助同様、葉桐らしく生意気、傲慢さが直に出ておるな」
「さっきから何よ。お父様に何か恨みでもある訳?」
涼香は薄々ながら、武蔵が善之助に良い感情を抱いていない事を感じ取っていた。自分の背後に善之助を見ており、どこか言葉に棘を感じていたのだ。
「恨みだと!? ああ、あるとも! 本来ならば私が近衛頭となるところだったのだ! それをあいつは……! この恨み、絶対に忘れぬ!」
「……っ!」
武蔵は先ほどよりも数段上の速度で涼香に迫る。涼香はなるべく刀で受けるのを避け、回避に徹するが、薄く身体や腕を斬られていく。押されているところに凛とした声が響いた。
「穿て! 瞬閃雷蛇!」
涼香の背後から武蔵に目掛けて、五本の雷が蛇の様に曲がりながら迫る。
「ふっ!」
武蔵はそれを絶影の足でかわした。術を放った雫に視線を向ける。
「ふん、術者を押さえられんとは、情けない! だが未熟者が二人になったところで、神徹刀を抜いた私には勝てんぞ!」
「く……」
悔しいがその通りだ。霊力も武器も技量も全て涼香を上回っている。このままでは遠からず自分は斬られるだろう。だが理玖に言った言葉を思い出す。
「それが……なによ! だからといって私が退く理由にはならないわ! 皇国の敵として、ここで何としてもあなたを討つ!」
「それは相応の実力がある者のみが許される言葉よ!」
「っ! 雫、援護をお願い!」
「はい!」
再び迫る武蔵。涼香は自分一人では敵わないと判断し、素直に雫に助力を求める。武蔵の攻撃を自分に引き付け、雫には発動の早い術で援護をしてもらいながら粘る。
そう、今最も大事なのは武蔵を討つ事。そのためであれば、葉桐家の者としての矜持は一旦捨て置く。悔しいが、まだ自分にはその矜持を貫ける実力がないのだから。
「ちょこまかと逃げおって! 少しは葉桐としての意地を見せたらどうだ!」
執拗に迫る武蔵の斬撃。しかし雫の放つ雷術には警戒しているのか、術が発動した時にはしっかりと距離をとっている。雷撃はたとえ威力が低くても痺れが残る。雫もそれを狙っての事だった。
「雷術が……全然当たらない……!」
「面倒な術士め!」
涼香は神徹刀に警戒しつつ、武蔵と雫を近づけない様にも立ち振る舞う。さすがに体力が減ってきたのか、肩で息をする場面も増えてきた。それを見て武蔵は、ここで確実に涼香を削ると前に踏み込む。
「卑怯者の娘め! だが奴の娘を斬れるのだ、少しは溜飲も下がるというもの! 今からお前の死を聞いた善之助がどんな顔をするのか楽しみだぞ!」
「はぁ、はぁ……! 悪趣味なのよ、おっさん……!」
「ふははははは! そらそら、死ねぇ!」
体力的に回避は難しく、刀で攻撃を受け始めるが、こんな受け方をしていればすぐにでも折れてしまうだろう。涼香はギリッと歯を食いしばりながら叫ぶ。
「ただで! 死んで! たまるかあぁぁ!」
例え刺し違えてでも確実に深手を負わす。そう決意しての構え。そこに涼し気な男の声が聞こえた。
「ま、ここまでか。よく粘ったな」
「!?」
不意に聞こえた男の声に武蔵は横を向く。そこにはいつの間に迫られていたのか、すぐ側に理玖が拳を構えて立っていた。そのまま胴体に掌底を受け、大きく吹き飛ばされる。
「ぐぉっ……!」
「はぁ、はぁ、はぁ……! 遅いのよ、あんた……!」
「でもいい修行になっただろ?」
「まさかあんた、もうとっくに他の武人を倒し終えていたんじゃないでしょうね……!」
「はは、ご明察」
「ならすぐ助けにきなさいよ! せっかく私が……!」
悔しい。とにかく涼香は悔しかった。武蔵は自分では敵わない。雫が来た時、涼香は理玖が来るまで時間を稼ぐ戦略に切り替えた。
葉桐家の武人でありながら自分の手では倒せず、罪人である理玖に頼るしかない。しかし今一番優先しなければならない事は武蔵の討伐。理玖ならば確実に勝てるであろうと、どこか確信している自分にも腹が立った。
「せっかく私が……! 葉桐の武人としての矜持まで捨てて! あんたを待っていたのに……!」
「泣くな、悪かったよ。……ちょっと奴の狙いが知りたかったんだ」
「……え……?」
「あいつはお前を殺す気は無かった。殺気を放ちつつもその太刀は急所を外していた。どうにも妙に思えてな」
理玖がこれまでの涼香と武蔵の戦いに疑問を呈した時、少し離れたところから武蔵の声が届く。
「どういう事だ……」
理玖に吹き飛ばされた武蔵がその身を起こす。その相貌は不可思議な者を見る目で理玖を捉えていた。
「私の配下はどうした……?」
「まだ殺してないから安心しろ」
「……お前に……下男如きに武人が敗れたというのか……? だが……」
「後ろに控えさせていた二人ももう寝ている。残っているのはお前一人だけだ」
「なんだと……!?」
今度こそ武蔵は驚愕の表情で理玖を見た。
「貴様、何者だ……! 何故霊力を持たん下男にそんな事ができる……!」
「涼香が言っていただろ。俺の実力が見抜けないのなら、そこがお前の武人としての限界だと」
「貴様……!」
「武蔵、って言ったか。何で涼香を殺す気で斬らなかった? いや、お前は雫も殺さない様に指示を出していたな。だが後々殺す気だったのは最初の会話からも読み取れる。そもそもここで皆を殺しておかなければ、お前の裏切りが皇都に伝わるからな。殺す前に若い身体を楽しみたかったのか? ……それとも、左腕のそれと何か関係があったり?」
俺の指摘に武蔵は自分の左腕をスッと抑えた。
「……なるほど、善之助が特別扱いする下男というのは本当らしい。いつこれに気付いた?」
「最初からだ。領都で会った時と違って、妙な気配を漂わせていたからな」
何の話をしているのかと涼香が口を出す。
「なに? 武蔵の左腕がなんだというの……?」
「この気配には覚えがあってな。お前、十六霊光無器を身に付けているだろう」
「!」
「え……!?」
「兄さん、それって……!」
「ああ。あの時の奴らが身に付けていた武具と同じだ」
これまで見た十六霊光無器はどれも大精霊の気配を漂わせていた。こいつにも同じ気配を感じるのだ。
俺の指摘に観念したのか、武蔵はその左腕の袖を捲って見せる。そこには銀に輝く手甲が身に付けられていた。
「ふ……ふふ……! まさか下男如きに見破られるとはな! そうだ、これこそが十六霊光無器が一つ、併克猟左手甲よ!」
「併克猟左手甲……!」
「雫、知っているのか?」
「う、うん! 行方不明の十六霊光無器の一つよ! その左腕で掴まれた者は、装着者に霊力を奪われてしまうの!」
「霊力を……奪う?」
「うん。しかも奪った霊力をその手甲に溜め置く事もできる。際限なくため込み続ければ、万葉様をも凌ぐ霊力の保持もできるわ……!」
「なるほど。それで涼香と雫の霊力を奪うつもりだったか」
なかなか面白い能力だと思う。だがここである事に気付き、しまったと声に出す。
「なに?」
「兄さん?」
「善之助に十六霊光無器一つ確保するごとに、特別手当を寄越す様に交渉しておくんだった……!」
「……成果は出したんだから特別報酬はあるでしょ。最低」
霊影会の首ではなく、十六霊光無器一つ見つけるごとに百万朱という契約にしておけばよかったぜ……。
「……どういう事だ。何故葉桐家の下男が善之助を呼び捨てにする? 報酬とはなんの話だ?」
「おいおい、まだその冗談を信じていたのかよ。俺が下男な訳ないだろ」
「なんだと……? 貴様、何者だ……?」
「リクだ。苗字はない」
「……リク、だと……? もしや、陸立家の長男か!? 神徹刀を盗み、罪人とされた無能者の!」
「よく名前だけでそこまでたどり着けるな……」
涼香も一目で俺の正体を看破していたし、案外武人は俺が考えているより鼻が鋭いのかもしれない。
「さて、質問の続きだ。その手甲で二人の霊力を奪って何をするつもりだったんだ?」
「ふ……くく……。知れた事、この地、亀泉領を護るためよ!」
「え……?」
「ふん……?」
「我らは知っているぞ! 近い将来、幻獣の大侵攻が皇国を襲うという事を!」
「それは……!」
雫と涼香の二人は武蔵の言葉に動揺を見せる。そういやその事、知っている奴は少ないんだったか。
「だというのに、皇族は未だにその事を公表しない! 亀泉領は幻獣の領域と隣り合う最前線の地ぞ!? 我らに捨て駒になれと言うのか!? ならば! 皇族が頼りにできぬのなら、独自に力を持つしかない! これはきたるべき日への備えよ!」
「……それで皇都から霊力を持った奴を派遣させたのか? 秘密裏に霊力を奪うため?」
「そうだ! 皇都も最近は武人の手が空いていない事は分かっていた! 上手く未熟者が回される様に、依頼内容と時期を考え、策を練った! 本来ならばもう一人の未熟者が来るはずだったのだがな……!」
なるほど。大型幻獣が本当にいるかの調査程度であれば、無理に腕の立つ武人を用意する必要はない。涼香と誠彦の手が空いた時期を見計らったか。
どうやって皇都の状況を把握していたのか気になるが、雫が付いてきたのは嬉しい誤算だったのだろう。
「……幻獣の話、誰から聞いた? その十六霊光無器はどこで手に入れたものだ?」
「ふん、ここで死ぬお前らには関係ないだろう。さぁ疾く死ね」
武蔵はぎらついた殺気とは反する様に、静かに刀を構える。あいつも神徹刀を抜いているんだ、こうしている今も霊力を消耗しているはず。長くおしゃべりに付き合う気はない、か。
「理玖、あの……」
「分かっている。あいつにはまだ聞きたい事があるからな。ちゃんと手加減してやるとも」
「……! 無能者がどこまでもコケにしおって……! 少々武人を倒せたからと、神徹刀を持つ私も同じように考えるその未熟! 死んで後悔するがいい!」
「もう一度涼香の言葉を伝えてやる。俺の実力が見抜けぬその浅さが、お前の武人としての限界だ」
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