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皇国の無能力者   作者: ネコミコズッキーニ
二章 帰還した無能力者
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亀泉領で待つ者

「着いたわ! ここが亀泉領の領都よ!」


 皇都を出て三日。かなりゆっくりとした歩みではあったが、旅自体は順調に進み無事に三人は亀泉領に到着した。なるほど。初めて来たが、皇都にほど近いだけありそれなりに栄えた都だ。


「じゃ私と雫は領主様と武叡頭に挨拶を済ませてくるわ」

「ああ」


 ここに来る前にある程度段取りを話し合っていた。元々亀泉領に大型幻獣の調査に人を派遣して欲しいと頼まれていた善之助は、これに涼香と雫を充てた。


 だが万が一の事態に備えたかったのと、破術士集団の調査も同時並行で進めたいと考え、俺に仕事を依頼した。


 それ自体は構わないのだが、既に先方に涼香と雫が行くと話している以上、俺が付いていくと「誰だ?」となりかねない。


 善之助は涼香にそこの辺りもどうするか俺と話し合ってくれ、と伝えていたらしい。面倒ごとはとりあえず投げるってところか。……いや、俺が立ち回りやすい様に気を使ったとみるべきかな。


 考えた末、とりあえず挨拶には二人で行ってもらう事にした。俺が同行しない理由は先日涼香が話していた事……つまり目の前の事柄にしか意識がいかないばかりか、物事を深く考えもしない上に人の話を聞かず、俺を罪人だと断じて斬りかかってくる、とある単純女の様な奴との衝突を避けるためだ。


 とはいえ、俺の仕事は葉桐家当主から正式に依頼されたもの。騒ぎになっても正当性は俺にあるが。


 二人には領主と武叡頭から情報収集、俺は街で情報を集め、要件が終われば領都の入り口で待ち合わせる事にした。俺は目を閉じると少し集中して周囲の音を集める。


「隣の柳さんがよぉ~」

「うぃ~。昼から飲んで何が悪い!」

「万葉様……美しかった……」

「はいよ、そば一丁あがりっ!」

「ワンワン! ワンワン!」

「フシャーーー!」

「こ、これが……! 七星犬猫大戦……!」

「この間、真治さんがねっ!」


(……いろいろ情報は入ってくるが整理しにくいな……。というか変な奴混じってなかったか……?)


 うーん、聴覚の機能拡大は少ししんどいな。とりあえず犬と猫が戦っているのは分かった。しょうがない、宿を確保したらそば食べながら店主に話を聞いてみるか……。





 そして夕方。もうすぐ日も暮れるかという時に涼香と雫は戻って来た。


「二人とも随分時間かかったんだな。向こうからすれば事前に来ると聞いていても、今日訪ねたのは急だったからな。面会の都合がなかなかつかなかったか?」

「ううん、面会自体はすぐにできたんだけどね……」

「調査に亀泉領も武人と楓衆を出すとか、武叡頭の屋敷に泊まるといいとか、食事の準備をさせるとかいろいろ申し出されて。断るのに時間かかったのよ……」

「ああ、なるほど……」


 葉桐家の武人に術士だからな。当然の申し出とも受け取れる。というかよく断れたな。


 俺達は一旦、宿に荷物を置くと交代で見張りながら公衆浴場で汗を流しに行く。その後、簡単に食事をとりながら情報交換を進めていった。


「で、どうだったんだ? そもそも大型幻獣調査の依頼をしてきたのは亀泉領だったんだろ?」

「ええ。その辺りも聞いてきたわ。まずこの亀泉領の東が幻獣の領域になっているのは知っているわね?」

「ああ。といっても南に比べるとかなり薄いだろ」


 基本的に幻獣の領域は南からじわりじわりと迫ってきている。だが東大陸は、東の海岸線もあらかた幻獣の領域になっていた。


 これには過去、東大陸にもう一つあった国が幻獣によって滅ぼされた事とも起因している。とはいえ、海岸線から測るとその領域はそれほど広くはない。東部は幻獣との遭遇率は高いものの、南ほどではないのだ。


「そうね。実際、ここから幻獣の領域まで馬でおおよそ一日の距離があるわ。で、その中間くらいの場所に村があるの」

「……農業村か」

「ええ。幻獣の領域近くは作物が育ちやすいから。大型幻獣らしき鳴き声を聞いたのもその村の住人らしいわ」

「ならとりあえずはその村に行ってみないと、だな。……賊については何かあったか?」


 俺の質問に雫が答える。


「ううん。そっちは何にも。理玖兄さんの方はどうだった?」

「ああ、こっちもさっぱりだ」

「何よ、使えないわね。あんた本当に真面目に情報を集めていたの?」

「お前がやるより遥かに効率的な方法でな。少なくともこの街では大型幻獣の事も、賊の事も話題にはなっていないな」

「そうなの……? 騒ぎにならない様にご領主様が情報を伏せているのかしら……?」

「さぁな。ま、なんにせよその村に行ってみれば分かる事だろ。今日はさっさと寝よう」

「……そうね」


 涼香達は布団を敷いて寝る準備を整える。


「はぁ……。昨日は野宿だったからお布団で寝られるのが嬉しいわ……!」

「本当に……! 公衆浴場で汗も流せたし!」


 ここまでの道中、合間合間の村で寝床を借りていたが、昨日は村が無かったので野宿だった。二人共それなりに荒事にも慣れているし、箱入りでもないから野宿程度で文句は言わないが、それでもやはり布団で寝られるのは嬉しいものだろう。


「あんたは私たちの部屋に入ってこないでよ!」

「はいはい、分かってるよ……」


 俺は部屋の入り口付近に腰を下ろすと、そのまま壁に背を付けて刀を抱く。


「……なにしてるの? まさかその恰好で寝るつもり?」

「理玖兄さん、昨日も木にもたれかかりながら寝てましたよね……」

「ん? ……ああ、この恰好じゃないと落ち着いて寝られないんだ」

「なにそれ、変よ。ちゃんと布団で寝なさいよ」

「うるせぇな。俺が横になって寝る時は、死にかけている時だけだ。とにかく気にすんな、早く寝ろ」

「何よ! せっかく気を使ってあげたのに! いいわよもう、変人なんて放っておいて私たちも寝ましょ、雫」

「え……う、うん……」


 明かりを消し部屋が暗くなったところで、俺は寝るまでの間に話を整理する。二人の話を聞いて、いくつか気になる点があった。


(……亀泉領の領主は涼香達に武人や楓衆を付けようとしていた。つまりそれなりに人員はいるという訳だ。なのになぜ大型幻獣の調査をわざわざ善之助に依頼した? 自分たちで調べてはっきり確証を得てからでは遅いと判断したからか? 何を根拠に? 仮にそうだとすれば、腕利きを要請するはず。しかし実際派遣されたのは涼香と雫……あと本来ならば誠彦。雫の実力は分からんが、涼香と誠彦は……いや。二人とも成人しているし、武人の中ではそれなりの使い手に入るのか。これを判断したのは領主と武叡頭、どっちだ?)


 何か引っかかるものは感じるが、とりあえず大型幻獣の鳴き声を聞いたという村に行ってからだな。





 その夜。亀泉領の領主である亀泉満徳は、武叡頭の凪津根武蔵と二人で会話を交わしていた。


「結局我らの同行を拒みましたな……」

「ふん……。小娘二人に何ができるというのか」


 満徳は面白くなさそうに酒を飲む。


「それより。楓衆に調べさせたのだろう? どうだったのだ」

「ええ。どうやら万葉様が未来視のお力を失われたのは間違いないようです」

「そうか……! ではこれで懸念は消えた訳だ!」


 満徳は大きく笑うとさらに酒を飲んだ。


「ふん。しかし霊影会というのも侮れんな。こうも容易く皇都の情報を持ってくるとは」

「はい。霊影会の長はあの五陵坊です。今でも奴を慕う楓衆は多いという事でしょう。……ここ亀泉領においても」

「分かっておる。面白くは無いが、おかげでアレも手に入ったのだ。もはや皇族は頼りにならん。幻獣の領域と隣り合う我が領地、自らの武を持って守らねばならん……!」

「私も同感です。幸い亀泉領の武人のほとんどが満徳様のお考えに賛同しております。あとは……」

「わしの意思しだい、か。……武蔵よ、本気か?」


 満徳の探る様な視線に、武蔵は正面から平然と答える。


「無論。こうして狙い通り、皇都からは成人して間もない武人と術士、二人の未熟者が来たのです。我らを駒にしか思わぬ皇族に皇都の武家武人たち。何を遠慮する必要がありましょうや」

「うむ……」


 満徳は一度頷き、さらに酒に手を伸ばす。


(ふん。わしには葉桐善之助への意趣返しが動機に思えるが、な)


 心の内を表に出さない様に、大量の酒をその喉に流し込む。


「よし、やるか」

「おお……」

「どのみちこのままでは亀泉領は長く無い。我が領地の楓衆が霊影会に通じ、アレを得た時点で選択肢は広がったのだ。それに武叡頭としてもアレ……十六霊光無器の一つ、併克猟左手甲を試してみたいだろう?」


 満徳の問いかけに武蔵は暗い笑みを浮かべて答えた。

ご覧いただきまして誠にありがとうございます!

明日は昼前くらいに投稿できると思います!

引き続き皇国の無能力者をよろしくお願いいたします!

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