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皇国の無能力者   作者: ネコミコズッキーニ
二章 帰還した無能力者
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理玖と二人の同行者 亀泉領を目指して 

 翌朝。仕事の迎えに来たのは見覚えのある二人の女だった。その内の一人は若干腰が引けた様子で挨拶をしてくる。


「ろ、六郷雫です……。あ、あの、一応理玖兄さんの妹になります……」

「ああ、昨日偕に教えてもらったよ。まさかあの時のゲロ吐き女が雫だったとは思わなかった」

「あ、あはは……」


 雫は少し気まずそうに視線を逸らす。何を見たかは知らないが、まぁ碌な光景は見ていないだろう。そしてもう一人。こちらはあからさまに不機嫌そうに挨拶してきた。


「葉桐涼香よ。ったく、私と雫だけで十分なのに、なんでこんな男と……」

「こいつは清香の妹の涼香だ。勘違いで斬りかかってきた事は今でもしっかり覚えている」

「ちょっと! 心の声が出ているわよ!」

「なるほど。亀泉領に派遣するにあたって手の空いているのはお前たち二人。不安に思った善之助は俺に仕事を依頼してきた訳か」

「だから! 声に出てる!」

「今のはお前たちに言ったんだ」

「なお悪いわよ!」


 俺は涼香から支度金を受け取ると、皇都で携行食料と水をある程度購入する。善之助は親切に馬まで用意してくれていたので、俺達三人は早速東へと向かった。


「だから! 元々私と雫、それに誠彦の三人でこのお役目を授かる予定だったのよ!」


 皇都を出てしばらく。涼香は今回の仕事の背景について話し始める。


「で、何で誠彦は外れたんだ?」

「知らないわよ。まぁ誠彦はあなたに対してあからさまに敵意をむき出しにしていたし。お父様の事だから相性を考えたんじゃないかしら?」

「ならお前も外れていておかしくないような……」

「ちょっと!?」


 まぁ誠彦は一度その面ぶんなぐっているからな。恨んでいるなら道中俺の指示を聞かない可能性もある。その辺りを考慮したんだろうか。かといって涼香も俺の指示に素直に従うとは思えないが……。


 いや、善之助はその辺りよく言い聞かせておくって言ってたし。逆に言うとそこまでしないと言う事を聞かないという事でもある。むぅ。鶏が先か卵が先か。これ以上の問いかけは真理の探究に触れそうな気がする……。


「言っておくけど、一派の中にはあなたに否定的な人も多いんだからね!?」

「そうかー」

「だいたい罪人じゃないの! 何でそんな高額なお金を貰っているの!? 陸立家の長男なら受け取れないでしょ!」

「お前のおとん、金払い良いよなー」

「それは葉桐家の管理する資金よ!? あなた、返しなさい!」

「しかし今どきのお役目は術士も繰り出されるのか。雫も大変だな」

「う、ううん。そんな事ないよ、私も皇都から出て旅をするのは好きだし……」


 涼香がぎゃーぎゃーうるさいが、俺は雫との会話に集中する。何となく雫はずっと緊張しているというか、遠慮がちな感じがする。


「それにしてもあの時、化け物を前にして一歩も引かないお前の姿。かっこよかったぜ」

「そ、そう……!? というか理玖兄さん、あの時一体いつからあそこにいたの?」

「偕が吹っ飛ばされた辺りだな」

「……怖くなかったの? あんな妖を前にして」

「お前、俺の過去をある程度見たんだろ? 今更あの程度の奴にはびびらねぇって」

「う……」


 何か思い出したのか、雫は口元に手を当てる。


「おいおい、また吐く気かよ……」

「ご、ごめんなさい……。その、あまりにも刺激が強くて……」

「そんなに引かれる事だったかな……」


 だが確かに、武人でもない術士にとっては少々刺激が強い場面だったかもしれない。何度も身体を貫かれ、死と隣り合わせの毎日を送ってきた。我ながらよく生き延びたと思っている。


 それもこれもこの左目が生への執着を捨てさせてくれなかったからだ。


「ちょっと、聞きなさいよ…!」


長らく無視してきた涼香に顔を向ける。あまりにも相手にしなかったせいか、その目には薄く涙が浮かんでいた。これ以上拗ねられても面倒だしそろそろ話をきいてやるか……。


「ちょっと妹との会話を楽しんでいただけだろ」

「あなた私が葉桐家の者だっていう事、忘れてない……?」

「忘れてねぇよ。んでなんだ?」

「だから! あなたの事、知っているのは皇都の貴族だけでまだ他領には知られていないの!」

「そうなのか? 万葉絡みの事だから、ある程度知られているのかと思ったが」

「またそうやって皇族を軽々しく呼び捨てにして……! コホン、それだけあなたの扱いに困っているっていう事よ。皇国においてしっかりした身分は持たず、罪人なのに皇族に大きな恩を売ったあなたのね。今でもあなたを罪人として処罰すべしという声もある。いわばあなたは今、指月様と万葉様の格別のご高配により皇都に住む事を許されている身なのよ」


 おわかり? と挑発的に見下してくる。なんだこいつ、馬から落としたい。


「そもそも陸立家の長男といえば、皇国の武家の間では武人の恥さらしとして知られているわ。事情を知らない者があなたを見たら、問答無用で斬りかかってくるかもしれない」

「ああ、そうだな」


 たっぷり涼香の眼を見ながら返事を返す。


「くっ……! とにかく! 無用の騒ぎを避けるためにも、あなたには陸立理玖という名を隠して行動してもらいます!」

「元々陸立の名は名乗っていないんだが……」

「理玖って名前だけでも怪しむ武人は出てくるわよ。地方領に居を構える武家なら尚更だわ」

「ふん、かかってくるならくればいい。返り討ちだ」

「だから! それを避けるために偽名を使ってって話しているの!」


 こいつ事あるごとに、だから! て叫んでくるな……。俺はわざとらしくふぅ、と息を吐く。涼香は睨んでくるが、まぁ言いたい事も分からないでもない。葉桐家の者として、その辺りの摩擦を無くしておきたいのは当然の事。


 本来なら「何で俺がどこぞの武人に気を使って名を変えなきゃいけないんだ」とつっぱねるところだが、この仕事の依頼主は葉桐家当主、葉桐善之助。涼香の父だ。多少は葉桐家の都合に合わせてやってもいいだろう。


「わかった。しばらく偽名を名乗るよ」

「言ったわね!? じゃ今からあなたは私の補助として充てられた楓衆の一員、ゼンよ! この一行の長は私、楓衆のあなたは私の言う事には絶対服従よ!」


 涼香はふふん、と勝ち誇った様に指を立てる。


「寝言は寝て言ってろ。俺は葉桐善之助の隠し子、これまで善之助に秘密裏に育てられていた葉桐家の秘蔵っ子だ。今回のお役目も俺一人で十分なところ、未熟な妹を鍛えてやる意味も込めてしょうがなく同行を許してやった。よし、この設定でいこう。おい妹よ、お前、兄貴の言う事には絶対服従だからな」

「はあああぁぁぁぁ!? ふざけないでよ! 誰がお父様の隠し子よ!? だいたい私にはお姉様がいるの、兄なんてお呼びじゃないわよ!」

「お前こそふざけんな! 何で偽名一つ名乗んのにお前の下につかなきゃいけないんだ! だいたいなんだゼンって! 父親から名前取ってんじゃねぇよ!」

「お父様のゼンじゃないわ、天倉朱繕様のゼンよ! なによ、光栄でしょう!?」

「ややこしいわ!」


 雫は苦笑しながら俺達のやりとりを静観していたが、決して話に入ってくる事はなかった。不毛な言い争いだし賢明な判断だろう。


 その後も相変わらず涼香はうるさかったが、旅自体は順調だった。適度に休息を入れながら俺達は生天目領を越えて東へと向かう。





 万葉は理玖に未来視の能力を封じられてからというもの、本格的に九曜家の当主である九曜静華に術の習得を手伝ってもらっていた。


 元々その霊力が強大だっただけあり、短い期間で様々な術を習得していく。いくのだが……。


「万葉様。もう少し霊力を抑えましょう。今の万葉様はあふれ出る霊力に任せて半ば無理やり術を発動させています。術の基本はまず少ない霊力で確実な制御を始めるところからです。そしてこれこそが基本にして奥義。細かな制御が上達すれば、大きな霊力をさらに効率的に運用する事ができます」

「……はい。いざ自分の霊力を術に使おうとすると、これほど難しいものなのですね……」


 その有り余る霊力で、多少雑でも術自体は発動させられてしまう。本来であれば一から十までしっかり組み立てて発動するところ、万葉は八から始めて半ば無理やり十までもっていき、同じように発動させられる。


 一種の才能ではあるが、一から七が抜けているため術自体は脆い。九曜静華であれば途中で介入して崩せるくらいだ。未来視以外に霊力を使った事のない万葉には、術の制御というものが難しかった。


「覚え自体は早いのですが……。そうですね、しばらく術の修練はやめて制御に集中していきましょう」

「……はい」


 今の万葉は祭事などの公務が無い限り、毎日九曜家の修練場に通っている。九曜静華も仕事があるためずっと付き合える訳ではないが、一人でも一日中修練場で励む日も多かった。


 そして九曜家までの道中は近衛である偕達が護衛に付いていた。偕達も万葉のその霊力の圧倒的な強大さには、改めて驚かされたものである。


「万葉様、一日中霊力を使っても平気そうな時がありますよね……」

「ああ……。何なら普通の雷術を発動させても、雫ちゃんの雷鳴剣くらいの威力があるんじゃないか……?」

「でも静華様の様な一流の術者から見れば、中身が伴っていない様に見えるそうだけど……。私たちには分からないわね」

「そうですね……」


 術士の修練を見るのは偕達も初めてだ。正直、万葉がすごいという印象しかないが、あれでもまだまだ甘いという静華の評価にも驚いていた。


 静華は万葉の修練に決して手を抜かない。その目的が幻獣大量発生の未来を変えるためだと知っているからだ。


 理玖によってもたらされた、幻獣大量発生の未来を変える手段は、皇護三家の中でも主要な人物には既に伝えられていた。


 ただし、誰から得られた情報かというのは伏せられている。知っているのは万葉と指月のみだ。これは指月の判断で、皇国貴族内に理玖の事を目の敵にしている者がいるかもしれないと考えての事だった。


 全てを話すのは理玖に刺客を差し向けた者が明らかになった時か、もう少し理玖が皇国内でその地位を固めてからだと考えている。


「それにしてもまさか理玖ったら、万葉様の未来視を封じる事ができるなんてね」

「で、その未来視に使っていた霊力を日中自由に使える様になった訳だ。いや~、俺なら恐れ多くてとてもできないね」

「それ以前に封じ方も分かりませんけれど……。とにかく兄さまはやっぱりすごいです……!」

「ふふ。偕の兄さま凄いも久々ね。でも私も凄いと思うわ。だって、そもそも万葉様を前にして全然平気そうに話すじゃない?」

「ああ、それは俺も思った!」


 万葉の霊験あらたかな雰囲気は相変わらずだ。よっぽど慣れ親しんだ者でないと普通の会話もままならない。


 偕はその理由は霊力の質と量だろうかと思っていた。元々霊力自体が皇族由来のもの。もし質というものがあるのであれば、皇族直系こそが最も純度の高い霊力を持っているのでは、という仮説だ。


 そして理玖はその純度の高い霊力に引けを取らない、何か異質な力を手にしたのだろうと。


「そう言えば兄さま、今頃亀泉領に着いた頃でしょうか……」

「ああ……。誠彦が本来なら俺が行くはずだったのにって騒いでいたな……」

「涼香……理玖に迷惑かけていないかしら……。雫もいるから大丈夫だとは思うけど……」


 道中の八割は、理玖と涼香が言い合っているとは想像もしていない三人である。

ご覧いただきまして誠にありがとうございます!

明日も正午を過ぎたくらいに投稿できるかと思います!

引き続き皇国の無能力者をよろしくお願いいたします!

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