葉桐家当主の来訪 理玖と三天武
いつもの様に皇都の外まで釣りに出かけ、帰ってくると家の前に来客がいた。それもまぁまぁ重めの来客だ。
「あ、理玖! 帰ってきた!」
「兄さま! お帰りなさい!」
「よ、よぉ理玖!」
偕達三人だ。これだけならまぁまだいい。だがもう一人、見覚えのある顔が並んでいた。
「久しいな、理玖。私を覚えているか?」
葉桐善之助。皇護三家が一つ、葉桐家当主にして葉桐一派を取りまとめる者。前近衛頭。皇国最強と名乗れる武人の一人。
「今思い出したよ。なんだ、天下の葉桐家当主に近衛が三人もそろって一体何の用だ」
「お前の父から、用があるならこちらから出向けと聞いてな。こうして来た訳だ」
「ああ、そう……」
とりあえず家の前で武人が四人も立たれては近所の迷惑なので、中に入ってもらった。
「葉桐のご当主ともあろう者が、俺の様な罪人に何の用だ? あ、茶が飲みたければそこにあるから適当に飲んでくれ」
「……客人に対する態度ではないな」
「ん? 客人なのか?」
「指月様からは対価を用意すれば仕事を請け負ってくれると聞いたが」
「……仕事の話かよ」
どうやら罪人を捕えに来たという訳ではないようだ。
「あ、兄さま。お茶なら僕が淹れますね」
「おう、頼む」
偕に皆の分の茶を淹れさせ、俺は善之助の話を聞く。
「んで、仕事ってのはなんだ? 葉桐一派は罪人に頼るくらい人手不足なのか?」
葉桐家当主に一歩も引く構えのない俺を前に、偕達は若干慌てている。まぁ武家の生まれとなりゃ葉桐家にはかなり気を使うからな。俺には関係ないが。
「人手不足なのは否定せんよ。優秀な武人が一派に戻ってくれば多少はよくなるのだが」
「俺に言ってんのか? こうして対価をもらえば手伝ってやるんだ。十分だろ」
「ああ、分かっている。お前には多少なりとも恩もあるからな」
こいつに直接恩を売った覚えはないが……万葉の事を言ってんのかな。
「今の皇国には多くの問題があるが、中でも頭を悩ませているのが幻獣と霊影会と呼ばれる破術士の集団だ」
前置きはそこそこに、善之助は仕事の話をし始める。
「十六霊光無器を知っているか?」
「ああ。といっても名前だけだが。大昔の皇族が作った十六の武器だろ。あの時の化け物が使っていたやつもその一つかと思ったが」
「お前のおかげもあって四つの十六霊光無器が皇国に戻ってきた。これで皇国が管理していない残りの十六霊光無器は八つ。その内の一つは霊影会の長、五陵坊が持っている。だが連中は最近、この十六霊光無器を集めている様でな。死刃衆の件もある。我々は何としてもこれ以上、破術士の集団に十六霊光無器が渡るのを防ぎたい」
確かにあれは、ある意味誰でも使える神徹刀の様なものだ。楓衆の様な破術士が使えれば有用性は高いだろうが、犯罪を起こす破術士の手に渡ると厄介だろう。
例えば以前、涼香と戦う前にやり合った大男が振るっていた槌。あれの直撃を受ければ俺でも無事ではいられない。まぁ受けないが。
「それに俺にも協力しろと? さすがにいつ終わるかも分からん仕事を請け負うつもりはないぞ」
破術士の集団に十六霊光無器が渡るのを防ぐ仕事なんて、時限の無い労働に等しい。皇国に仕える武人ならともかく、雇われの身で大人しく呑める労働条件ではない。
「分かっている。お前に依頼したい仕事は二つ。一つ、亀泉領にて霊影会の暗躍が無いか調査して欲しい」
「亀泉領で……?」
亀泉領と言えば皇都の東。生天目領よりももう少し東だ。
「最近、亀泉領の領主から破術士の集団と一戦交えたと連絡があってな。生天目領にも霊影会が現れたばかりだ、もしやその辺りに拠点があるやもと思ったのだ」
「で、本当に亀泉領に霊影会の奴らがいるのか調査してほしいってか。あと一つは?」
「亀泉領より東は幻獣の領域となっている。その領域近くで大型幻獣の鳴き声らしきものを聞いたと報せがあった。もし本当に大型幻獣が出てきているのなら、大掛かりな討伐軍を組織せねばならん。霊影会が潜んでいるかの調査に加え、大型幻獣が本当にいるのかの調査も合わせて行ってもらいたい」
ふぅむ、と依頼の内容を考える。割と面倒な内容ではあるが、本来なら武人がやるべき事だ。それを俺に持ってくるくらいだから、葉桐一派の人手不足は相当深刻なのだろう。
「期間と報酬は?」
「期間は原則三十日。現場の判断で早めるのも伸ばすも自由だ。報酬として支度金に十万朱、移動日数も含めて一日二十万朱。もし何らかの成果を出せばさらに百万朱上乗せする」
「ひゃ……!?」
高額な報酬の提示に誠臣はえらく高めの声を出す。偕と清香も驚いていた。
「三十日働いて計六百十万朱、成功報酬も合わせると七百万朱、か」
近衛の給金がいくらか知らないが、間違いなく近衛一ヶ月分より高額だ。それだけ俺の実績と能力を評価しているという事であり、葉桐家当主として俺に恥をかかせない額を提示したのだろう。
……いや、そこまで払ってでも仕事を引き受けて欲しいくらいに人手不足なのかもしれない。罪人相手に随分と奮発したものだ。
「……いいぜ。だが一つ頼みがある」
「頼み……?」
「もし霊影会の幹部を捕えるなり殺すなりしたら、一人に付き追加で報酬を貰いたい」
俺からの厚かましい提案にも善之助は即答した。
「良いだろう。霊影会幹部の首一つにつき五十万朱。五陵坊の首であれば百万朱出そう」
善之助の回答に偕達はさらに驚くが、俺はニィっと口を歪める。せっかく遠征するんだ、もし本当に霊影会とやらが見つかったとして、そのまま放置するのはもったいない。
並の武人なら調査で十分だが、俺なら調査に加え一戦交えるところまで可能だ。いけそうな相手であればその場で捕えてしまった方が早いだろう。
「よし、契約成立だ。早速明日から向かうとしよう」
「よろしく頼む。明日、迎えをここに寄越す。支度金もその者に渡しておこう」
「迎え? なんだ、行くのは俺一人ではないのか?」
はぁ、と溜息を吐きながら清香が答える。
「理玖一人で向かったら、誰がしっかり仕事しているか評価するのよ……」
「……そりゃそうか」
亀泉領で適当に時間を潰して皇都に帰ってこられたらたまらないからな。同行者がいるのは妥当な判断か。
「心配しなくても、道中はお前の判断に従う様にしっかり言い聞かせておく」
「そりゃ是非頼みたいね。もう葉桐一派には三人に切りかかられているんだ」
「錬陽をも降したのだ。お前にとってはさして脅威ではあるまい」
「脅威かどうかはさておき。敵意を持って刀を抜いてくる以上、手加減はしないという話だ」
「……わかっておる」
ふぅ、と今度は善之助が溜息を吐いた。俺は偕達に視線を向ける。
「んで、お前たちは何の用だ? 善之助の話からして同行者はお前たちという訳でもないみたいだが」
「皇都でいろいろ話をしようって言ってたじゃないの……」
そう言えばそんな事を言っていた気がする。
「万葉様危急の時、その場にいなかった私が居ては話しづらい事もあろう。私はこれで失礼する」
そう言うと善之助は出て行った。この四人だけというのもかなり久々だな。ちょっと古傷が抉られる気もするが。
三人は最初、気まずそうにしていたがやがて偕が口を開いた。
「あの……兄さま。僕たち、謝りたくて……」
「謝る?」
「は、はい。その、昔。僕たち、苦しむ兄さまに何もしてあげられなくて……」
「あ、ああ……」
偕が割と直に俺の古傷を抉りにくる。親父に勝った事でいくらか昔の古傷はなくなっていたが、それでも好き好んで触れたい話題ではない。
「まぁ武家の生まれで霊力が無かったのは事実だ。どのみち武人としては生きていけなかった。そのおかげで得たものもある。お前らももうあまり昔の事は気にすんな」
「でも……」
「俺も誓いを果たせなかったんだ。それでおあいこでいいだろ」
「兄さま……」
霊力に目覚めなくて年下からはいびられ、心に余裕が無かった頃の俺は周囲に話しかけるなという雰囲気も出していたからな。
こいつらなりに気にしてはいたんだろうが、全ては過去の話。俺は俺で新たに得た出会いや力もあるし、こいつらも相応の年月を過ごしてきたのは近衛になった事からも理解できる。
今すぐ昔の様に四人仲良く、というのは難しいが、特に恨んでいる訳でもないんだ。俺達の関係はこれからおいおい、というあやふやな感じでもいいだろう。
「昔の話はこれまでにしよう。それよりお前ら、その年齢で近衛になるなんてすげぇじゃねぇか」
「お、おう! そうだ、俺達皇国最南の毛呂山領まで行ったんだぜ!」
湿っぽい空気を入れ替える様に、誠臣は大きな声で話し始める。次第に偕や清香も話に入り、いつしか俺達は昔の様にいろいろ話を広げていた。頃合いを見計らい、誠臣がおずおずと尋ねる。
「で、よ。理玖、お前の力って一体なんなんだ? 霊力……ではないんだよな?」
「ん、ああ……」
どう答えたものかと言い淀んでいると、清香も誠臣に続く。
「雫が理玖の過去を見て、地獄に居たと話したわ。その、言葉にするのもつらい経験をしてきたのだとは思うのだけど……」
「……ん? 雫?」
誰だ、と思っていると偕が若干あきれ顔で話す。
「僕たちの妹ですよ。ほら、六郷家に養子にいった……」
「お、ああ……。そういえばいたな。何で今、雫の話になる?」
「なんでって……。あの時、万葉様と一緒にいたではないですか」
言われて思い出す。そう言えば化け物相手に啖呵きってた女がいたな。
「ああ、あれ雫だったのか。というか偕。俺会ったのガキの時なのに、成長した姿を見て一目で雫と分かる訳がないだろ」
「そ、そうですね……」
偕達の話によると、雫の眼は対象の過去を覗けるというものだった。
「おいおい、人の過去を勝手に覗いてゲロ吐いたのかよ。失礼な妹だ」
「あ、あはは……」
「でもまぁそうだな。数年、人外魔境の地で生を繋いできたのは確かだ」
俺の言葉に三人は緊張した面持ちになる。魔境での出来事を語ろうとしてふと冷静になる。あの時の話をするとなると、俺の苦労話自慢大会になる。そんないかにも苦労してきましたよ感は出したくない。
「あまり話せる事はないが、そこで強くなったのは確かだ」
「じゃ、じゃああの術は!? 符も使っていなかったし、霊力の気配も無かった……」
「ああ。あれは魔境で何年か過ごした後に身に付けたものだ。これもあまり話せる事はない。切り札だからな」
「そう……」
理術は最強の術といっていいだろう。だが万能ではないし、使用には制限もある。詳しく話して分析されるのは避けたい。
「でも霊力無しって事は、金剛力や絶影も使わずあの妖と戦っていたって事だろ!? やっぱお前、とんでもなく剣の腕を上げたんだな……」
「どうかな。少なくとも今の俺の振るう剣には、葉桐一刀流の面影は残っていないと思う。純粋な剣の腕なら近衛になったお前らに及ばないだろ」
「そうかしら……?」
魔境では生きるために決死の刀を振るってきたし、時には刀に頼らず戦い抜いてきた。型にはまった剣術はもうずっと振るっていない。
「それなら久しぶりに手合わせでもしない!? 理玖がどれほどの実力を身に付けたのか、私確かめたいわ!」
「お、良いな! 俺も!」
「あ、あの! 僕も……」
「いや、だから俺には霊力が無いんだって。何で近衛と手合わせしなきゃいけないんだ……」
結局三人は夕飯の時間まで俺の家に居座り、そのまま飯を食って御所へ戻って行った。歳の近い者同士でこんなに話したのも随分久しぶりだな。不覚にも懐かしい気持ちになってしまった。
不思議な事に、今は皇国に来て良かった……とまではいかなくても、悪くはない程度には感じている。
まぁいいさ。明日からは暇つぶし代わりの仕事だ。気持ちを切り替えていこう。
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二章はもう少し続きます。
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