新たな決意 西大陸で動く者
理玖の去った部屋で、指月と万葉は兄妹水入らずで会話を交わしていた。
「まさか幻獣の押し寄せる未来を回避する術まで知っているとは。とんでもないな、理玖殿は」
「……はい。私の未来視をも完璧に封じてみせました。この様な事、できるとすれば……」
「ああ。間違いないだろう。理玖殿は我らが先祖と同じ。大精霊と契約を交わしたのだ」
既にその確信が二人にはあった。大精霊と契約を交わした初代皇王も、強力な力を使えていたと記録にある。そして霊力に干渉できるほどの神秘の力となると、思い当たるのは大精霊の力だけだった。
「おそらく大精霊と契約した事で、理玖殿はこの世界の成り立ちや仕組みに関する知識を得た。だが不思議なのは何故その事を隠したがるのか、だ。公表すれば初代皇王の再来として多くの貴族や破術士を取り込み、皇族にとって代わる事もできるだろうに」
「……お兄様は理玖様が本気でその様な事を望む方に見えますか?」
「はは、まさか。言ってみただけさ。そんな野心を持って大精霊と契約した訳ではないだろう」
万葉は少々不機嫌な様子で指月に問いかける。滅多に感情を表に出さない、妹らしからぬ反応に指月の顔には思わず笑みが浮かんだ。
「幸い理玖殿は我々と対等な関係を望んでいる。差し当たってこれから私がやるべき事は、なるべく理玖殿に仕事を依頼して良好な関係を続けていく事、刺客の調査を進める事かな」
「……私は術の習得に励みます。理玖様の様に、自分で未来を変えられる様に」
「そうだね。……でも本当に良かったのかい? 未来が見られなくなって」
指月の問いに万葉は静かに頷いた。
「……はい。私の見る未来は、当てになりませんから」
ただ一つ懸念があるとすれば、これからは昼まで寝る事ができなくなる事。そう思い、柔らかく笑う万葉であった。
■
ガリアード帝国、帝都ガリアスタッド某所。そこでは上級貴族であるパスカエル・クローベントとある王族が会合していた。
「……それは本当か、パスカエル」
「はい。完成形一号の成果を見るため、ダジョウサイには監視の目を飛ばしていたのですが。隻眼の男によって目は潰されました。その後、杭の反応も消えた事から、おそらくは……」
「その隻眼の男に敗れたというのか!?」
「……いえ、それは考えられません。確かに隻眼の男は只者ではないでしょうが、魔力は感じませんでした。魔力無き身で、あの状態のダジョウサイに勝てるはずがありません。現に皇国自慢の近衛でも敵わなかったのですから」
「しかし現実は敗れたのだろう?」
「お恥ずかしい限りではありますが。おそらく杭はまだ完成していなかったのかと」
「……ではこれまでの試験品と同じく、使った者が時間切れを起こしたと?」
「はい。今、完成品二号作成に当たって原因を究明しているところでございます」
基本的にガリアード帝国の魔術師は、九曜一派よりも術の扱いに長けている者が多い。その帝国の魔術師パスカエルは、完成品である黒い杭を渡した死刃衆に、魔術で作成した監視の目を付けていた。
騨條斎が杭を使用してからはずっとその経緯を見張っていたのだが、隻眼の男……理玖によって術を無効化されてしまった。
「だが魔力を持たない男がお前の術を破れるとも思えんが」
「魔力は確かに持っておりませんでしたが、代わりに神徹刀を持っておりました」
「神徹刀……! 皇国自慢の武器ではないか!」
「はい。あれには皇族由来の特別な力が宿っております。おそらく偶然その刃が、私の放った目に当たったのでしょう」
「……ちっ! 隻眼め、運のいい奴だ……!」
もちろん偶然でも何でもない。それがパスカエルの放った監視魔術とは気づかなかったが、妙な霊力の気配を感じ取った理玖は、騨條斎の攻撃かと警戒してパスカエルの術を破ったのだ。
「お前にはもう何年も協力している。例の式典も近い、早く研究を完成してもらわないと困るのは俺だぞ。ただでさえ妹も調子づいてきているというのに……!」
「はっ。誠に申し訳ございません。ですが、もうすぐ。もうすぐでございます」
「ふん。前もそう言ってこのざまではないか。……いいか、パスカエル。俺達は一蓮托生。お前の研究が表に出ずに進められるのも俺のおかげだという事は忘れるなよ」
「心得ております」
「……ふん。わかっているならいい」
そう言うと男はその場を立ち去った。一人残ったパスカエルはその表情を大きく歪ませる。
「くく……。低能な豚ほど分不相応な夢を見る。まぁ御しやすいのは確かだ。せいぜい利用させてもらおう。それにしても……」
これまで多くの時間と実験体を使って、とうとう完成した究極の杭。これを使えば何のデメリットも無く人を1つ上の段階に進化させられるはずだった。自分の研究の成果は完璧だったはず。一体どこに穴があったのかと思う。
「材料に東大陸の大型幻獣の心臓を選んだのがまずかったか……? いや、大陸の違いでそこまで幻獣の質が変わるとも思えない。……もしや本当にあの隻眼の男が勝った? いや、近衛三人でも敵わなかったのだ、やはりあり得ない。ふぅむ……」
理論を構築し、研究を続けてもう十年以上経つ。実験内容は非道なものととられる事も多いため、権力者の協力や自分の地位を上手く使わねばならない。
要するに一つ実験をするにも多大な労力が必要とされる。だが既に完成しているはずの杭を前に、これ以上いらぬ実験で時間は使いたくなかった。
「まぁいい。より性能を高めた杭も作ろうとしていたのだ。そのために皇族の姫をさらう様に頼んだというのに、死刃衆め。失敗するとは……。聖騎士や二流三流の魔術師を上回る実力だからといって期待しすぎたか」
杭の更なるアップデートをどうするか。渡航制限もある中、今は東大陸に手を打つ事が難しい。群島地帯には碌な魔力持ちがいない。となると。
「ん? ……う、ふふ! うふふふふふふふふふふ! そうだそうだ、姫ならこちらにもいるではないか! 皇族の姫と同じ、魔力自慢の姫が!」
パスカエルは手元にあるハンドベルを鳴らす。すると一人の女性が部屋に姿を現した。
「お呼びでしょうか、パスカエル様」
「ああ、ああ! アイリーン、西国魔術協会の幹部を集めてくれ!」
「……また何か企み事ですか?」
「はははは! 企み事とは人聞き悪い! 次の実験材料をどう集めようか思いついただけさ!」
「はぁ……」
「ああ、それと。幻魔の集いも使うよ」
「かしこまりました。ではそのように」
パスカエルの瞳には、先ほどまでは見られなかった狂喜の色が浮かんでいた。
パスカエル・クローベント。帝国の上級貴族にして天才魔術師。そして西国魔術協会の長。彼には様々な顔があるが、もう一つ世間に知られていない顔がある。
それは破術士達の組織で最も大きな影響力を持つ組織、幻魔の集い。そこの首魁であるという事。彼は黒い杭を凶悪破術士組織に流し、これまでも多くの実験を行ってきた。
主に西大陸で活動しているため、皇国はともかく帝国にはその存在をおぼろげながら掴まれている。西国魔術協会を束ねる身として、自作自演の追いかけっこも演出してきた。
だが帝国では魔術の研究が深く進んでいる分、魔術師にも様々な派閥が存在する。皇国の様に皆が皆、一つの派閥に所属している訳ではない。
聖騎士はもちろん、王族にのみ仕えるオウス・ヘクセライと呼ばれる魔術師組織もある。そういった魔術師にはパスカエルも影響力は薄い。
つまり自作自演の追いかけっこにもできる事の限界があるのだ。これまでの実験をなるべく西大陸以外で行ってきた理由でもある。だが杭の完成を目の当たりにし、そろそろ西大陸で動き出してもいい頃合いかとパスカエルは考えていた。
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