皇族との対談 万葉の選択
「人……ですか」
指月も興味を持ったのか、探る様な視線を向けてくる。
「誰を探しているのか聞いてもいいだろうか。もしかしたら協力できる事もあるかもしれない」
「ああ。探している人物は二人。一人はパスカエルという西の魔術師。もう一人は六年前、俺を暗殺しようと刺客を放った奴だ」
俺の言葉に指月と万葉は反応を見せる。特にあまり表情が変わらない万葉が反応を示した事で、俺は二人が何かを知っていると察する。
「知っているのか?」
「ああ。パスカエルというのはパスカエル・クローベント氏の事では?」
「家名までは分からんが。……で、そいつは?」
「パスカエル・クローベント氏はガリアード帝国の大貴族であり、魔術師でもある。皇国に術の九曜一派があるように、帝国には西国魔術協会という組織がある。彼は若くしてそこの長に就いた、帝国きっての天才として名高い魔術師だね」
「帝国の……。そうか……」
指月は知る限りの事を教えてくれた。パスカエルは人間を幻獣の上位種にしようという研究を続けている事も。ベックもサリアも、もしかしたらその研究のため利用されたかもしれない。左目に熱がこもり始める。
「君に刺客を差し向けた者の名は分かっているのかい?」
「いや。皇国民なのは間違いないんだが」
「そうか……。分かった、私の方で調べてみよう」
「……いいのか?」
「これくらいはかまわないさ。それに君とは今後も良好な関係を続けていきたいと思っている。こんな事で少しでも君に恩を売れるなら安いものさ」
あくまで打算だと指月はほほ笑む。こっちとしては調べてくれるというなら大人しく受け入れるだけだ。
「何か分かれば改めて伝えよう。それで……君はそのパスカエル氏に会いに帝国へ行くのかい?」
「会いに……?」
瞬間、左目の疼きが強くなる。俺の心はどこまでも黒く黒く塗りつぶされ、残った右目に濁りとして浮き出る。
「殺しに行くんだ。奴は必ず殺す。障害があれば障害ごと潰す。立ち向かってくる奴がいれば全員殺す」
「……君ほどの男からそれほど強い恨みを買うとは、ね」
俺は一度息を吐くと心を落ち着かせた。
「皇国では過去、俺に刺客を差し向けた奴を。帝国ではパスカエル。それぞれに用がある。お前が刺客の件を洗ってくれるというなら、俺は帝国へ向かう」
「そう……ですか」
万葉がやや重い口調で答える。そこに指月が考える様な素振りを見せながら口を開いた。
「ふぅむ。ところで君の術を使えば帝国にも飛んでいけるのかい?」
「……いや。察しているだろうが、万葉の様に一部の限られた奴を媒介にしないと転位はできない」
「なるほど。となると、今は簡単には帝国に行けないかもしれないね」
「どういう事だ?」
「帝国はしばらく前から渡航制限を設けているんだよ」
「……なに?」
話を聞くと、死刃衆という破術士組織が帝国を出た事をきっかけに、帝国は外からの渡航者を制限しているとの事だった。
散々帝国内で暴れていたらしく、再び入国させたくなかった事。それ以外にも国内の犯罪者を外に逃がさないためだとか、帝国で大きな祭事があるからなどいくつか理由があるらしい。
「今は国からの許可証がなければ、帝国へは行けないね」
「ならその許可証をくれよ」
「君が皇国籍に復帰するならそれも可能だよ。君にその意思があるなら私は直ぐに恩赦を与えるとも」
「ぐ……」
皇国としては罪人に許可証なんて発行する事はできない。指月が個人的に発行したくとも皇国の法がそれを許さない。
だからといって皇国籍に復帰するとなれば、俺はまた皇国民に戻る事になる。そして皇国民と皇族は対等ではなく、主従関係が発生する。
今更皇国民に戻ってもそんな主従関係には従わないが、問題はそこではなく俺と指月との関係……つまり対等な間柄という関係が崩れる事にある。
罪人の身であれば皇護三家を始めとした貴族がうるさいだろうし、いくらか力を見せた今、皇国籍に戻ったら黙ってはいないだろう。同じ面倒ならまだ自由な身を謳える罪人を選ぶ。
「君であれば許可証を持った船に忍び込むという手もあるだろうが……」
「俺は刺客じゃない。なんでそんなコソコソとしなきゃいけないんだ」
何よりあの野郎のためにそんな暗殺者じみた方法を取りたくない。いつもの変な意地ではあるが、この意地は曲げたくない。……まぁ曲げなかったせいで涼香とやり合う事態にもなったのだが。
……そうだな、何を優先すべきかを考え、必要とあらばいくらかは曲げよう。あくまで最後の手段としてだが。
「……仕方ない。帝国行きはおいおい考える。あまりに時間がかかるようであれば最悪密航も考えるさ」
「渡航制限が解ければ君に知らせよう。……どうだろう、君に向けられた刺客の件でも、我々はこれからも話し合う機会は多いと思う。君さえよければ連絡が取りやすい様に家を用意するが」
つまり分かった事があれば、使いを出せる先を決めておきたいという事か。さすがに一々万葉に呼んでもらっていては、時期が悪ければ連絡が遅れる事もある。この間の様に万葉自身が皇都を離れる用事もあるのだから。
「……いや、やはりやめておく。皇族にそこまで面倒をみてもらう訳にはいかねぇよ」
既に万葉護衛の対価は貰い、人探しまで手伝ってもらう言質をとっている。その上住む場所の手配までされては対等な関係にヒビが入る。俺がどう考えているのか何となく察したのか、指月は提案内容を変える。
「ではこうしよう。私は君の住む場所を手配する。その代わり、君には定期的に万葉の護衛を引き受けてほしい。割り引いた値段でね」
「ふむ……」
毎日ではないとはいえ、定期的に万葉の護衛を必ず引き受ける。その代わりに家を手配する、か。
おそらく指月は、俺が何らかの理由で万葉の安全を確保したがっている事に気付いている。その上で俺が乗りやすい形で提案してきているのだろう。
「だが罪人を皇族の護衛として雇うのは、いろいろまずいんじゃないか?」
「既に君の実力は皇護三家の知るところだ。文句を言う者はいるだろうが、私にはそれを無視できるだけの権威があるし、君には無視できるだけの実力がある。問題ないだろう?」
「……悪い男だな」
「妹の安全確保のためだ、兄としてこれくらいはするさ。付け加えると、万葉の護衛以外にもいろいろ仕事を請け負ってくれると嬉しい」
「いろいろ?」
「ああ。皇国内には依然として凶悪な破術士は潜んでいるし、幻獣による被害も多い。特に最近は南だけではなく、東からも幻獣被害に悩まされていてね。そして治安の乱れは、賊やよからぬ事を考えている破術士達からすれば絶好の機会だ。私としても立場上、君が皇国に留まってくれるのはありがたい」
なるほど。早い話、家を用意する代わりに皇国のためそれなりに働いてくれ、という事か。
「確かに俺としても、皇都内でお前と確実な連絡手段があれば便利なのは確かだ。……いいだろう、ただし俺達の関係はあくまで対等。請け負う仕事はこっちが選ぶし、報酬も用意してもらうぞ」
「ああ。もちろんだとも」
「それから家の場所だが。貴族街はやめてくれ。下町の……そうだな。適度に外れた場所が望ましい。大きさは何でもいい」
「夕方には入れる様に直ぐに手配しよう」
「……理玖様。これからよろしくお願いします」
「ああ」
ある程度話がまとまったところで指月は安堵に胸をなでおろす。
「君がしばらく滞在してくれそうで良かったよ。万葉の見た予知夢の一つは回避されたが、もう一つの未来があるからね……」
「もう一つの未来?」
俺の疑問に万葉が答える。
「……はい。理玖様のおかげで自分の死を夢で見る事はなくなったのですが。もう一つ、幻獣の大侵攻により皇国の大部分が幻獣の領域になる未来があるのです」
どこか気落ちした声で万葉が話す。それを聞いて俺はああ、と呟いた。
「七年後の幻獣大量発生の事だな」
「……!?」
「……待ってくれ。七年後? 何故そんなはっきりと時期が分かるんだい? 万葉も時期がいつかまでは分かっていないんだが……」
む……。余計な事を言ったか。別に俺は皇国が幻獣に荒らされようが知った事ではない。だがこいつらは違う。皇国の未来のため、必死で対策を練るだろう。
それこそ俺が魔境で生き抜いた様に、何が何でもという気持ちで臨んでいるはずだ。……まぁ上得意の皇族とこれからの付き合いを円滑にするためと考えるか。
「幻獣の大量発生は七年後というのは間違いない。その時期に幻獣を大量発生させられるだけの理力が大地に溜まるからだ」
「理力……? 理玖殿、君は一体何を知っている……?」
「この世界の成り立ちや仕組みについての知識がいくらかあるだけだ。だが幻獣の大量発生はもはや自然の摂理も同義。本気で立ち向かう気か?」
「……もちろんだ。皇族だからじゃない。この国に生きる一人の人として、私は最後まで自分に何ができるのか問い続ける。幸い、それができる立場にあるのだしね」
「……万葉もか?」
多くは語らないが、万葉も強い決意を込めた目で頷く。まぁ分かっていた事だ。だからこいつらは皇国民から強く慕われる皇族でいられる。
「……幻獣の大量発生。それ自体を食い止める方法が無い訳じゃない」
「なんだって……!」
「あくまで可能性の話だ。絶対に食い止められるものではない」
「それでもいい! お願いだ、理玖殿! その方法を教えてくれ……!」
指月の悲痛な訴えが部屋に響く。妹の安否と同じく、真に皇国を思うが故だろう。……こんな皇族を持てて皇国民は幸せだな。
「その前に聞きたいんだが。万葉、お前は何か術は使えるか? あるいは武人の使う金剛力の様な霊力でもいい」
俺の問いかけに万葉は静かに首を横に振る。
「……いいえ。私の霊力は未来を見通すために使われてきました。他に術は使えません」
「そうか。確かに未来視ともなると相当の霊力を消耗するだろうしな……」
「理玖殿。幻獣の大量発生と万葉の霊力に何か関係が……?」
どこまで話すかと考え、俺は口を開く。
「関係はある。そしてもし本気で幻獣の大量発生を食い止めたいならば、万葉は様々な事に霊力を使える様にしておいた方がいい」
「……なぜ?」
「霊力の使い方を一つしか知らなければ、その時が来た時、自分で自分の霊力をどう制御すればいいか分からなくなるだろう」
「その時、とは?」
「まぁ待て。それに危険な目に合うのは間違いない。自衛の意味も込めて、今からでも術の習得に時を費やした方がいいだろう。幻獣の大量発生を止められるかは、大前提としてまず万葉にそれだけの力が付いてからだ」
「……しかし、私は予知夢で霊力を消耗するため、術の習得も難しいのです」
強大な霊力を持つ万葉ではあるが、夢にその霊力を使っていては他の事には使えない、か。なるほど、もっともだな。もしかしたら今までも術を習得しようとした事があったのかも知れない。
「分かった。俺ならお前の未来視を封じる事もできる。そうすればその莫大な霊力の使い道にも選択肢が増えるだろう」
「え……」
「どうする? 決めるのはお前だ、万葉」
万葉は僅かにも迷った素振りはみせず、直ぐに頷きを返す。
「お願いします。皇国の未来のため、私にできる事は何でもしたいです」
指月に視線を向けるが、彼も黙って頷いた。
「……分かった。万葉、俺の眼を見ろ」
「……はい」
いつかの時の様に真っすぐに万葉と視線を交わす。俺は右目に刻印を浮かべると二つの術を発動させた。
「理術・霊魔無為法・封陰棺」
この術は万葉の未来視の能力だけを封印する。
「これで俺が封印を解かない限り、お前は未来を視る事はない。直ぐにでもその絶大な霊力を自由に使える様になるだろう。五年以内にお前が相応の実力を身に付ければ。その時は幻獣大量発生をどう食い止めるのか教えてやる」
「五年後……? 七年ではなく?」
「実際にやるとなるとそれなりに時間はかかる。取り組むなら早い内がいい。やる事は何でもいいから霊力を柔軟に使える様にする事、最低限の自衛の力を身に付ける事だ」
そうして時がくれば、俺は契約に基づき幻獣の領域最深部に導く。そこで万葉が大地と契約した大精霊と交信できれば良し、できなければ未来は変わらない。
「……ありがとうございます。早速九曜家に術を教わろうと思います」
「ああ。それにしても皇族が揃って俺の言う事を信じるとはな」
「不可能を可能にし、未来を変える力を持つ君の言う事だ。信じるとも」
その後、指月は俺の住む家の手配を始める。指月の言った通り、その日の夕方には住める状態で家が用意された。
俺は指月達と別れると早速用意された家へと向かう。部屋を出た時、呼ばれた場所が御所だった事に気付き驚いたが。
家は皇都にあって御所からはそれなりに離れた静かな場所にあった。大きさは一人で暮らすにはやや広いくらい。帝国へは直ぐには行けそうにないし、しばらくはここを拠点にして情報を集めるか。
ご覧いただきまして誠にありがとうございます!
明日も正午前くらいに投稿できると思います!
引き続き皇国の無能力者をよろしくお願いいたします!




