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皇国の無能力者   作者: ネコミコズッキーニ
二章 帰還した無能力者
49/155

万葉の願い 理玖 対 妖

「だ……だれ……」


 目の前の化け物に向かって啖呵を切っていた女が、俺を呆然とした瞳で見つめていた。その瞳が急に淡く輝く。


(……霊視の眼か)


 その目で何を見たのか、女はその場で胃の中のものを吐き出した。


「う……! げえぇぇ! ご、ゴホッゴホッ! はぁ、はぁ……! な、何であんな地獄で………! い、生きている、の……!?」

「人を見るなり吐くとは失礼な女だ。何を見たのか知らんが、ちょっと傷ついたじゃねぇか。……まぁいい。おい、お前が指月の妹の万葉で間違いないな?」


 隣の女に俺は問いかける。その身から特別強い霊力を感じる。まず間違いなく目的の姫だろう。


「……あなたは、一体……? 確かに、私が月御門万葉ですが……」

「ふぅん、そうかそうか」


 状況を見るに、指月の話していた運命の時が今まさに訪れている最中という訳か。結構ぎりぎりじゃねぇか、指月の誘いに乗って皇都に行かなくて良かったぜ。一安心している俺に化け物が話しかけてくる。


「貴様、何者だ? この状況で姿を現すとは、よっぽどのもの好きか自信家か、はたまた己が見えぬ愚か者か……?」


 化け物は分かりやすく圧を飛ばしてくるが、俺はそれを流す。


「うるせぇよ、四本腕。今は俺の要件が先だ。……おい、万葉。俺は指月に雇われたお前の護衛だ」

「……指月兄様の……?」

「ああそうだ。だが実際にお前を守るかどうかは俺が決める。おい、お前はどうしたい?」

「……?」


 こいつの眼を見た時、俺には微かな苛つきがあった。全てを諦めた様な、自分の終わりを受け入れているかの様な眼。


 俺も何度も死にそうになったし、魔境にいた頃なんて常に死地、毎日生きた心地はしていなかった。だがそんな中でも決して諦めなかった。左目の熱が俺に生を諦めさせてくれなかった。


 自分と比べてどうだとか偉そうな事を言うつもりはない。だがこいつ自身がもし自分の生を諦めているのなら。俺はそんな奴のために動こうとは思わない。


 自分を救うのはいつだって自分の意思、そして行動だ。俺は万葉の瞳に見える、諦めの色の中に僅かに混じる欲望に語りかける。


「ここで死にたいのか、生きたいのか。お前の望みを嘘偽りなく話せ。俺がどうするかはお前の言葉次第だ」

「わ……わたし……は……」


 何かに迷う眼。表情。指月に聞く限り、今日までこいつも様々な思いを飲み込みながら暮らしてきたんだろう。


 だがそんな事、知った事じゃない。急に現れた男にいきなり自分の事を話せなど、普通はあり得ないだろう。それくらいは俺も理解している。だがそれでも今は、そうしなければならない時だ。俺はその瞳を右目だけで真正面から覗き込む。


「そうだ。ゆっくりでもいい。お前の心からの望みを、俺の眼を見て話せ。今、この瞬間は皇国の事、民の事、兄の事。何も考えなくていい。自分の都合、欲望に正直になれ。お前の望みを言ってみろ」


 こいつから見た俺の右目はどの様に映っているだろうか。きっと怒りや執着、そういった濁った感情で沈んだ眼をしているだろう。


 だがこの眼を前にすれば、自分も欲望に正直になってもいいと思えるはずだ。こんなにも自分に正直な奴がいると分かるのだから。


「わ、たし……。私は、生きたい……」

「聞こえねぇな。もっとでかい声で話せ」

「……わ! 私! い、生きたい! まだ死にたくない! 生きて明日を迎えたい! こんなところで! 死ぬのはいや! 殺されたくない!」


 必死の叫びが周囲に響く。俺は万葉の願いを耳にしながら薄く笑う。


「なら俺を頼れ。そう願え」

「た、助けて! 死にたくない! あの妖から、私を護って!」


 こんな風に自分の望みを叫んだのは初めてだったのだろうか。もしかしたら大声も出した事が無かったのかも知れない。万葉はぜぇぜぇと肩で息をし、その顔は涙でぐちゃぐちゃになっていた。俺は万葉の頭を撫で、気を落ち着かせる。


「よく言った。ここに指月との契約は成った。俺はお前を護ろう。さて」


 四本腕の化け物に俺は身体を向ける。


「そういう訳だ。お前はここで死ね」

「……その隻眼、お前が慈雷の話していた男か」

「……? 誰だそれ」

「ふっ、まぁいい。確かに相当な使い手の様だが、霊力も武器も無しでどう俺に立ち向かうつもりだ?」

「ふむ……」


 改めて化け物の姿を観察する。なるほど、よく探ってみるとこいつはモノが違うな。どういう仕組みか分からないが、昔戦ったベックとは違う種類の強さを感じる。いうなればより完成されている気配だ。


「そうだな。お前にはいいだろう」


 そう言って俺は右手を一振りする。そこには俺が家から持ち出したじいちゃんの形見、神徹刀「越乃花霞」が握られていた。


「む……。神徹刀、か? どこから取り出した。いや、お前は皇国の武人なのか?」

「やめろ。そんな上等なもんじゃねぇよ。この国にあっては只の罪人だ。こいつも勝手に持ち出したもので別に俺が使い手という訳でもない。まぁいろいろあって今では一番手に馴染む刀だがな」

「妙な男だ……。何ができるか知らんが、せいぜいそこの近衛よりは楽しませてくれよ!」


 そう言うと化け物は俺に向かって走りだす。ここでやり合うと万葉も巻き添えをくうな。俺は戦場を変えようと化け物に向かって走りだす。化け物は四本の腕と剣を振るってきたが、それらを全て受け流し零距離まで詰める。


「っらぁ!」


 至近距離で渾身の力を込めた蹴りを放ち、その巨体を大きく吹き飛ばした。そのまま化け物を追って駆ける。すでに化け物は態勢を整えていた。


「この身を蹴り飛ばすとはな! 面白い!」


 迫る剛腕、だが見切るのは容易い。これらを躱し、腕が伸び切ったところを狙ってその太腕を切り落とす。さらにその肉体にも幾重に斬撃を重ねていく。中空に妙な霊力の気配を感じ、そこにも刀を差し込んでおく。辺りには化け物の血が飛び散っていた。


「ぬおお!? だが!」

「!?」


 このまま切り刻む……と思っていたが、化け物は片っ端から傷を修復していく。腕は新たに生え、その肉体に付けた刀傷は塞がっていた。おそらくはあいつらの気配を漂わせる、あの剣の能力によるものだろう。


「面倒な奴だ……」

「まさかこれほどの実力者とは! 霊力を持たぬその身でよくぞ我が肉体をこうも容易く! だが!」


 化け物の周囲にいくつか発光体が現れる。それらは予測困難な曲線を描いて四方八方から俺に向かって飛んで来た。難なく躱すが、発光体が触れた木や草は焦げている。高熱の発光体、触れれば大やけどではすまないだろう。


「いつまで躱せるかな! ふん!」


 複数の発光体がタイミングを合わせて俺に迫る。回避は不能。なら。俺は神徹刀に力を込め始める。その刀身に僅かな光が宿った。そのまま迫る発光体を切り裂いていく。切り裂かれた発光体は力を失い、その場で消えた。


「なに!?」

「大道芸士にでもなりたかったのか!?」


 俊足で距離を詰め、頭部から大きくその身を切り裂く。再び化け物は大量の血を吹きだすが、その傷も瞬時に治った。


「ちっ、これも治すか」

「貴様……! 何者だ……!?」

「言ったろ。武人でも何でもねぇよ、ただの罪人だ。そして万葉の兄に雇われた護衛でもある」


 こいつを倒すにはあの剣を何とか封じないとな。腕ごと斬り飛ばしてまずは手放させる!





 偕達は大きく負傷している中、何とか万葉の近くまで移動した。今は皆で隻眼の男と妖の戦いを見守っている。


「す、すげぇ……」

「え、ええ……。あの妖を相手に、あそこまで一方的に……」

「というか。あれ、理玖……よね……?」


 あらかじめ理玖が隻眼であったと聞いていなければ。そしてこの東大陸に戻っていると聞いていなければ、直ぐには気づかなかったかもしれない。その顔には確かに昔見た面影が残っていた。


 だが記憶にある理玖はあそこまで鋭い目つきではなかったし、霊力が無いのにも関わらずこれほど圧倒的な気配を感じさせる事も無かった。


 自分たちの知らないこの六年で尋常ではない事態があったのだろう想像がつく。今も目の前で自分たちが敵わなかった妖相手に一方的な戦いを見せていた。


「万葉様、この事は夢に……?」

「……いえ。私が見た夢にあの方は出ていません。むしろ……」


 万葉には理玖に何か大きな力が流れているのが感じ取れていた。霊力とは違う、もっと自分たちの力の根源に近しいもの。おそらく霊力の上位互換とも呼べるもの。格の落ちる霊力ではその未来を覗く事はできないだろう。


 万葉は、理玖は自分の予知で干渉できる相手ではない事を悟る。だが過去なら覗き見る事ができた。雫は口元を拭う。


「す、すみません、お見苦しいところを……」

「雫! 大丈夫!?」

「は、はい……。その、あの人の過去が見えてしまって……」


 雫の雰囲気に、想像を絶する異様な世界を見たのだと誰もが悟る。


「何が見えたの……?」

「地獄、です」

「地獄……?」

「はい。人の身では立ち入れない、人外魔境の地獄。怪物に目を食われ、その身は毒で汚され、血をすすり肉を食らう。おそらくあの服の下にはその痕が刻まれています」


 思い出すとまた気分が悪くなったのか、雫はうっと口元を押さえた。


「兄さま……。一体、これまで何を……?」

「それに霊力もないのにどうやってあんな強さを手にしたというの……?」

「……いいじゃないか」

「誠臣……?」

「あいつは……理玖は。今、この時に間に合ってくれた。どんな形であれ、あの時の誓いを果たしてくれた」

「あ……」


 近衛となり皇族を、そして皇国を護ると誓った四人。近衛ではなくとも、こうして最大の窮地にかけつけてくれた。自分たちをも圧倒する力を持って。


「で、でも。霊力の無い兄さまは無限に傷を再生するあの妖にどうやって勝つつもりなのでしょう? 僕も参戦した方が……!」

「……やめなさい。今、私たちが前に出たら理玖の足手まといよ。その事が分からない訳じゃないでしょう?」

「清香さん……。でも……!」

「……信じましょう」

「万葉様!?」


 万葉は一歩前に進み、理玖の戦いを注視する。


「あの方を……。私の望みを聞き届け、護るとおっしゃられたあの方を。一度信じたからには私はここで見届けます。それしかできないから……あの方の勝利を疑わず、ここで見届けます」

「万葉様……」


 偕達も一緒になって理玖の戦いを見届ける。今、その刀は妖の剣を奪おうと振るわれていた。


「ぬぅ! ならば、こうするまで!」


 妖は理玖から距離を取ると大きく口を開けてその剣を飲み込む。


「ああ!」

「そんな……! あれじゃ再生を止められない……!」

「ははは! 残念だったなぁ! これで俺は更に無敵だ! お前がどれだけ俺を傷つけようが、俺を殺す事はできない! お前の体力も無限ではあるまい! ジリ貧になれば有利なのは俺の方よ!」


 再生を防ぐ手段を失った今、確かに妖の言う通りに思えた。このまま戦い続ければ、今は理玖が有利でもいつかは体力の限界を迎える。万策尽きたか……と偕達が思っていた時だった。理玖からこれまでとはまた違う気配が漂い始める。


「……はぁ。本当に面倒な奴だ。目撃者も多いし、あんまり使いたくはなかったが。仕方ねぇな」


 そう言い、次に理玖が右目を開けた時。その眼は紅く不気味に輝いており、複雑な文様が刻まれていた。

ご覧いただきまして誠にありがとうございます!

明日ですが、正午過ぎたくらいに投稿できると思います!

また先が気になる、面白い等思っていただけましたら下の☆☆☆☆☆より評価いただけますと、ものすごく励みになります! 是非ともよろしくお願いいたします!(既にご評価いただいた方、ブックマークいただけた方々には重ねてお礼申し上げます!)

引き続き皇国の無能力者をよろしくお願いいたします!

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