表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
皇国の無能力者   作者: ネコミコズッキーニ
二章 帰還した無能力者
43/155

指月の願い 理玖の事情

 月御門万葉。おそらく当代において、最も大精霊の力を色濃く引き継いで生まれた存在。大地と契約した大精霊と意思疎通を図れる可能性のある、ある意味で全人類の希望。


 そして俺は契約により、皇族全てとは言わずとも最低限力ある者は守らなければならない。これは人に希望を残したいという、ある大精霊の願いでもある。


 探していた目的の人物は指月の妹、か。それだけ霊力が強いならもう少し歳上かと思っていた。


「どういう意味だ? 未来を授ける?」

「ああ。実は我が妹には死期が近づいている」

「……詳しく聞こうか」


 おいおい、手掛かりが見つかったと思えば、もう死にそうなのか!? 指月は万葉の事情について説明をする。予知夢、そして幻獣の大侵攻と自分の死。


「妖……」

「それらしきモノとは君の弟、偕くんが一度戦っている」

「偕が?」

「ああ。賀上家の長男、それに葉桐家の清香くんと一緒にね」


 ここでその三人の名が出てくるか。懐かしくはあるが、生きている事が知れただけで十分。今は万葉の事情が先だな。


「何をしても変わらなかった未来、妖によってもたらされる自分の死、か」

「ああ。彼女は10才の時からずっと自分の死を見続けている。変わらない未来のために、誰かを危険な目に合わせる事にも強い抵抗を感じている。本当に優しい子なんだよ。万葉は自分の死期が近いという事にも気付いている。私は皇族として、そして兄として様々な手を打ってきた。だが今日まで何も変わらなかった。私自身毎日絶望していた。だがそこに現れたのが理玖殿、君だ。君の力なら万葉を死の運命から救えるのではないか……?」


 指月の訴えには気持ちがこもっている。本当に妹を大切にしているのだろう。それにしても妖、か。脳裏に浮かぶのは怪物に姿を変えられたベック、それにサリア。その原因であるパスカエル。


 あの日の事を思い出し、左目が熱を帯びながら強く疼きだす。話に出てくる妖というのが何かは分からないが、パスカエルに繋がる可能性もゼロではない、か……? 考え事で無言になった俺をどう見たのか、指月は深く頭を下げた。


「頼む……! もしこの願い聞きとげてくれるなら、今すぐ君の皇国籍を戻す様に働きかけよう! 一生困らないだけの金も用意する! 他に希望があればそれも叶えよう! もう時が無い、万葉のため私は私にできる事全てしたいんだ!」


 皇族が罪人に頭を下げる、か。おそらくこれまでの問答は、俺が本当にその力を持つかどうかの探りの意味もあったんだろう。


 そしてどこかで確信を得た。俺に妹の死の運命に介入できる力があると。もしかしたらこういう直感力も、初代皇王の血筋たる皇族の力なのかもしれない。それに万葉の安全の確保は俺の都合とも合致する。


「……いくつか条件がある」


 俺の言葉に指月はバッと顔を上げる。


「皇国籍は戻さなくていい。別に困っていないしな。だが金はもらう。お前は金で妹の警護役を雇うんだ。俺も陸立家の生まれだからといって無条件に皇族を助けるんじゃない。金で雇われたからその分働く。俺達の関係はあくまで金で繋がっているだけ、対等の間柄だ」


 ここははっきりさせておかなくてはいけない。あくまで俺達は互いに対等。片や罪人認定し、片や国を捨てた身。今更皇族への忠誠心で動く気はないし、周囲からそう思われたくもない。金で雇い、金で雇われた。仕事上の付き合い。間に互いの家柄や事情など入らない。


「支払いは成果を出した時でいい。額もそっちで決めてくれ。それからもう一つ。俺自身が万葉を救いたいと思ったなら、だ」

「それは……」

「慈善事業でもなんでもないんだ。いくら報酬を貰えても、気に入らない奴のために張る命はない。俺が実際に会って、救いたいと思ったなら。その時は大人しく金で雇われてやるさ」


 万葉の安全は確保したいが、必ず万葉でなければならないという訳でもない。皇族最後の生き残りでもなければ、気に入らないのにわざわざ助けようとも思わない。これも譲れない条件だ。


「……分かった。それでいい。いや、頼む。私に君を雇わせてくれ」

「ああ。だがその判断は俺が万葉に会ってからだ。今はどこにいる?」

「丁度春の例大祭の主管として生天目領に行っているね。六日程前に皇都を出たから、あと四、五日もあれば皇都に帰ってくるだろう」


 生天目領か。皇都からなら近いが、ここからなら少し距離があるな。


「皇都の外に出すとは、随分余裕だな。命の危険が迫っているんだろ? 襲撃者からすれば絶好の機会じゃないか」

「事情があるのさ。もちろん私は大反対だったとも。これは父上の決定なのさ、私では覆しようがない」


 指月は暗い顔で苦い表情を作る。皇族にも当然何かしらの事情はある、か。


「もちろん人事には手を突っ込んだけどね。護衛には腕利きの近衛に術士も付けた。理玖殿はこのまま私と皇都に来て欲しい。葉桐一派に見つかるとややこしいから、しばらく皇都内で身を隠せる場所を提供する。折を見てそこに万葉を連れて行こう」

「……いや。場所が分かれば十分だ。今から生天目領に行く」

「今からかい?」

「ああ。何も妹としっかり問答しようっていう訳じゃないしな」


 俺は立ち上がると荷物をまとめ始める。といっても荷物は少ない。


「しかしもう日も沈んでいるが……」

「合間合間で休息を挟みながら向かうさ。この仕事、請けるかどうかはまた連絡する。心配するな、例えお断りだったとしても連絡はいれる」


 指月の目の前でこの街で購入した釣り具を消して見せる。俺はある程度の手荷物であれば、静寂の間に作成した陣地内の物とやり取りができる。その様を見て、指月の目は僅かに見開く。


「……あくまで興味本位だが。もし。近衛頭たる天倉朱繕と戦いになれば。君は彼女に勝てるかい?」


 その質問にはいろんな意味が込められていたのだろう。俺の実力を測りたい、心強い返答をもらって安心したい、妹を任せたいと思えるか確かめたい。そんな気持ちが伝わってくる。……雇い主になるかもしれない男だ、多少強気に答えるか。


「さっきの女だな。親父の相手をする手間と変わらんだろ」





 理玖が去った部屋に朱繕は急いで戻って来た。


「ああ、朱繕。ご苦労だったね」

「指月様! あの罪人は!?」

「彼ならもうこの街を発ったよ」

「え!?」


 自分がいながらみすみす罪人を逃がしてしまった。その事実に朱繕は唇を噛む。


「それで。錬陽殿の容態はどうだった?」

「はっ! ……それが」

「重症、かい?」

「……はい。おそらく当面目は覚まさないかと。急ぎ皇都で治療を行うべきかと思います」

「それほどか……」


 理玖は葉桐一派でも無双の武人を重症に追い込んだ。この事実を以ていよいよ指月は確信を深める。


「一体何と戦ったのか……。多くの血を失い、身体には細かい穴が複数空いておりました。また軽度ながら腕と足には凍傷の痕も見られます」

「……それは確かに、何と戦ったのか分からないね」

「はっ。あの罪人めは盗んだはずの神徹刀を持っておりませんでした。また錬陽殿の身体に刀傷も無く」

「つまり理玖殿がどうやって戦ったのかは分からない、か」

「はい。あの男からは霊力の気配も感じませんでした。もし本当に真正面から錬陽殿に挑み、あの様な傷を付けたのだとすれば、妖術の類によるものとしか思えませぬ。……指月様、奴が件の妖なのでは?」


 東大陸に戻ってきた理玖が葉桐一派を降したのはこれで三人目。霊力を持たない者にできる事ではない。朱繕がそう考えるのは当然の事と言えた。


「いや、それはないよ」

「……どうしてです?」

「直感さ」


 少なくとも理玖は自分の訴えを真摯に聞き、その上で対等な関係を要求してきた。そういう風は装っていたが、自分の願いを聞き届ける形で落ち着くように話をまとめた様にも思える。


 そして相手は言葉の通じぬ狂犬の類でもなかった。これでもし理玖が妖だったのなら、自分は絶望の果てに自決するだろう。


「今は急ぎ錬陽殿を皇都へ運ぶ手はずを整えよう。理玖殿の事は一旦横に置いておいてくれ」

「……は」


 もちろん朱繕は納得した訳ではない。だが錬陽の容態を優先させなければならないのも事実であった。

ご覧いただきまして誠にありがとうございます!

明日ですが、いつも通り昼前くらいに投稿できるかと思います。

引き続きよろしくお願い致します!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ