理玖と指月 罪人と皇族
本日2話目となります。
俺の宿泊している部屋は一人部屋。三人が入ると流石に手狭に感じる。
「指月様をこの様な場所に……」
指月は興味深そうに周囲を見渡しているが、女はずっと不機嫌だった。まぁこいつも貴族、市井の生活する場には馴染みがないだろう。俺も皇都を出るまでそうだったしな。
「改めて挨拶させてくれ。私は月御門指月、現皇王の息子だよ。こっちは私の警護を務める……」
「……天倉朱繕だ」
「現近衛頭を務めてもらっている。よろしく」
「ああ」
皇族に近衛頭、か。近衛は大原則としてその実力が問われる。そこの頭という事は、皇国最強の武人と言っても差し支えないだろう。現近衛頭が女というのは知らなかったな。だがなるほど、確かに親父よりやりそうだ。
「実は理玖殿がここに居る事を、錬陽殿に伝えたのは私でね。葉桐一派の中には君を見つけ次第、亡き者にしようと考えている者もいたからね。こそっと彼に情報提供したのさ」
「あいつも俺を殺す気満々だったけどな」
「だがそんな錬陽殿を相手に君は生き残った。そればかりか返り討ちだ。しかも見たところ君はどこも怪我をしていない。どうやら皇国を出てから相当な修行を積んでいたようだね?」
「さぁな」
結果的に修行になったが、毎日命がけであがいた結果だ。それにしてもこいつ、狙いはなんだ? 敵意は感じないが、まさか罪人である俺と交流を深めたいという訳でもないだろう。
「そろそろ要件を話してもらおうか」
「貴様……! さっきからなんだ、その態度は! 武家の生まれでありながら、皇族に対して礼節もわきまえられないのか!」
天倉の言葉に、俺は心底不思議なモノを見る視線を向けながら口を開く。
「……? 礼節? 俺はもはや皇国人でも何でもない。他ならぬお前たちの判断でな。そんな俺が何故今更皇族に礼を尽くさねばならん」
「言わせておけば……! もはや捨て置けん! 貴様はここで斬る!」
「これだから市井に暮らす平民の苦労を知らん箱入り貴族様は……」
「なに!?」
わざとらしく大きな溜息を吐く。
「こんなところで暴れたら部屋は荒れ、血で汚れるだろう。だれが現状復帰すると思っているんだ。だいたいお前、さっきから騒いでいるけどな。これだけうるさくされたら周囲から不審に思われるぞ。ここに泊まっているのは俺だけじゃないんだからな。お忍びじゃないのか?」
天倉は流石に分別はつくのか、唇を噛みながらも元の位置に座りなおす。だが今にも刀を抜きそうな雰囲気はある。武人は頭に血が上りやすい奴が多いのかね。偕達もこんな風に育っていなけりゃ良いんだが。
「朱繕。私は構わないよ。彼の言う事も一理あるからね」
指月の言葉に天倉はいよいよ黙る。
「私の要件を述べる前に教えてもらいたい。君はどの様な手段で錬陽殿に打ち勝ったんだい?」
「起きたら本人から聞くんだな。俺から話す事はない」
神徹刀を抜いた錬陽は、流石に理術無しでは簡単に勝てる相手ではなかったが、可能な限り伏せておきたい能力だ。
理術も使うには条件もあるし、大きな術はそう簡単には使用できない。下手に情報を与えて解析される可能性は避けたい。こいつは何となくそういうのに強そうだし。
「そうか……。錬陽殿の御容態は?」
「結構血は流させたし、いろいろ苦しい目にもあわせたからな。多少は後遺症も残るかもしれんが、武人の身体は頑丈だろ? まぁ治療がしっかりしていれば生き残るんじゃないか」
俺の言葉に錬陽がそこそこの重症だと判断し、指月は天倉に指示を出す。
「朱繕。すまないが診療所へ行って錬陽殿の御容態を確認してきてくれ。必要なら皇都の医師と治療室を用意させる」
「しかしこのような場所に、指月様と罪人を二人にさせる事などできません!」
「ふふ、大丈夫だよ。理玖殿は誰彼構わず噛みつく様な狂犬ではない。それより錬陽殿に何かあれば、それこそ皇国にとって大きな損失だ。頼む」
「……くっ! おい理玖! 指月様に何かあれば私が許さないからな!」
天倉は強く圧を込めて睨んでくるが、俺はそれをニヤニヤと笑いながら軽く手を振った。まだ何か言いたげだったが、天倉は大人しく部屋を出て行く。
「さて、話しやすくなったところで要件を聞こうか」
「ふふ、そうだね」
ふぅ、と指月は息を吐く。次に顔を上げた時、これまでの柔らかい雰囲気は無くなっており、真剣な表情で俺を真っすぐに見てきた。
「理玖殿。私の予想が確かなら、君は大精霊と契約を結んだ。600年前の六王と同じく。……どうかな?」
「……!」
なるほど、やはり只者ではないな。おそらくこの話をするため、天倉を部屋から追い出したのだろう。
「答える気はない。が、参考までに何故そう思うに至ったか聞こうか」
「あくまで仮説に仮説を重ねた、机上の空想の様なものだよ。実は君が群島地帯で賀上家の次男と戦ったと聞いた時、違和感を感じてね。密かに君の動向を追っていたんだ」
「ほう……?」
「元々君の事は陸立家の長男である事以外、知っている事は無かった。そして数年前に霊力に目覚めず出奔。だが再びその姿が確認されるや、葉桐一派の武人を降してみせた」
俺は親父が話していた事を思い出す。
「何か卑怯な手を使っただけかもしれんぞ」
「君は霊力を持つ葉桐一派の武人が、何か策を弄されたくらいで霊力を持たない者に負けると思うかい?」
その質問に対しては「思う」が答えだ。あの魔境で生き抜いたからこそ思う。例えどんな窮地、どのような強大な相手であれ、俺は怒りを原動力に戦い続ける。俺の左目の疼きは、それくらいでは収まってくれない。
「……もしかしたら君は例外かもしれないね。だが私はまずそんな事はあり得ないと思っている。どの様な策、どんな謀略を張り巡らせたところで、武人たちはそれを真正面から打ち破る力を備えている」
「皇族にそこまで言ってもらえるなんて、武人どもも本望だろうよ」
「そんな私からすれば、君が賀上家の次男を降したという報告はとても信じられないものだった。さらに調べてみれば、西国の魔術師まで降している。彼の国の魔術師といえば、相当な強さを兼ね備えていると有名だ。例え君に何か策があったとしても、二人の武人魔術師相手に立ち回れるとは考えにくい」
確かに魔術師といえば、皇国の術士よりも神秘を操るその力は上だとされている。そして西国の聖騎士よりも上だと言われる皇国の武人。その二人が揃って霊力を持たない者に負けるはずはない、と考えるのは自然なことだろう。
「……それで?」
「何でも君は、賀上家の次男の前に突如姿を現したそうじゃないか。その風貌はとても人の営みを続けて生きてきたようには見えなかったそうだね」
確かに群島地帯に戻った時、俺は全身鎧の様に加工した毛皮を纏っていた。さすがにあの姿は大陸広しといえど見かける事はないだろう。
「続いて入った報告。これは葉桐涼香くんと君との戦いだった。直前に武人二人を屠れるほどの何者かと戦い、涼香くんとの戦いに至っては素手でいなしていたという。……彼女も葉桐家の者らしく、とても優秀な武人だ。賀上家の次男よりもその武は上と言い切れるくらいね。突如姿を現した君は葉桐一派の武人を軽くあしらい、そして今日錬陽殿まで降して見せた。その時に思ったのさ。君は初代皇王と同じく、大精霊との契約を果たしたのではないかと」
「なかなか面白い考察だが、葉桐一派に勝っただけで大精霊との契約に繋げるのは、いささか発想が飛び過ぎていないか?」
「実は皇族にしか伝わらない、ある伝承があるんだよ」
「……伝承?」
「ああ。今から約400年前の事だ。幻獣の領域が南からじりじりと北に延びてきており、当時東大陸にあった隣国も幻獣の侵攻により滅んだ時だった。時の皇王の夢の中に、大精霊からお告げがあったのさ」
「……!」
魔境の霧の大地。その神殿の奥、壁にはめ込まれていた、でかい顔が話していた事を思い出す。
確か幻獣の侵攻を止められない人を哀れと考えた大精霊が、時の王族の夢枕に立ったんだったか。そして「試練の地で待つ。かつての王と同じく、試練を乗り越えた者と我らは契約を結ぶ」と神託を下した。どうやらその時のお告げが今も皇族に口伝として伝わっていたようだな。
「かつての六王と同じ試練を乗り越えた者と、大精霊は再び契約を結ぶ、という内容だったらしい。……理玖殿。君はこの数年、その試練を受けていたのでは? そして見事その試練を乗り越え、人界へと帰ってきた。その時、最初に帰還した場所こそが群島地帯。……どうかな?」
「……やはり話が無理やりだな。俺が突然姿を現したから、大精霊の試練を受けていたとは限らないだろう」
下手にこいつに情報を与えるのは危険だ。こいつはちょっとした情報から様々な事柄を線で繋ぎ、広い視野で物事を捉える。さらに得た情報を飛躍させ、もしかしたらの想定まで考えを深める。伊達に皇族の一員ではない、という事か。妙に直感力にも優れているみたいだし。
「ふふ。確かに何も確証はない、妄想に等しいものだ。……さて、ここからが私の要件だ。理玖殿。君のその力を見込んでお願いがある」
「皇族が罪人にお願い、か」
「ああ。もし聞いてくれるのなら私にできる事は何でもしよう。私でよければ頭も下げる」
皇族に頭を下げさせたと知られたら、葉桐一派に加えて九曜一派まで全員敵になりそうだな……。
「内容次第だ。なんだ、願いってのは」
「私には万葉という妹がいる。どうか彼女に未来を授けてほしい」
指月の口から出てきた人物の名は、俺が探していた皇族の姫の名だった。
ご覧いただきまして誠にありがとうございます!
明日ですが、昼前に投稿できるかと思います。
もしよろしければポイント評価、ブックマークを検討いただけましたら幸いです!
既にしていただいている方々には厚くお礼申し上げます!
引き続き「皇国の無能力者」をよろしくお願いいたします!




