理玖の事情 皇国の噂
俺は王となったシュドさんの部屋で話をしていた。内容は五、六年前に群島地帯を出てから俺に何があったのか、シュドさんがどう生きてきたのかだ。
「そうか、おめぇよくその地獄で生き残ってくれたなぁ……」
「ああ。今も疼くこの左目が、いつも俺に生きる事を諦めさせなかった。……サリアのおかげさ」
「リク……」
サリアによってくりぬかれた左目ではあるが、あの魔境で生き残れたのは間違いなくこの失われた左目のおかげだ。眼帯の上からそっと触れる。ちなみに今は伸びた髪も切り、数年ぶりに人らしい服を着ている。服も眼帯もシュドさんが用意してくれたものだ。
「それだけの力を得て、おめぇはこれからどうすんだ?」
「いくつか……やらなくちゃいけない事がある」
「……復讐、か?」
「それもある。だがその島である契約を結ばされてしまってな……。それが人界に帰してもらえる条件だったから、呑まない訳にはいかなかったんだ」
「超常との契約、か……。とんでもねぇな……」
「本当に迷惑だけどな。そのせいで一度皇国に渡って、いろいろ状況を確認しなくちゃならないんだ」
結論から言えば、俺はあの人外魔境の島で大精霊と会合を果たす事ができた。あいつらは俺を人界に帰す力を持っていたが、その力を使ってもらう代わりにある要求を呑まされた。パスカエルはいずれ殺すが、契約履行のためにもまずは皇国に行かなくてはならない。
「だがおめぇ、皇国ではいっぱしの罪人だって話じゃねぇか。行ってどうすんだ」
「ああ……うん、そうだな……」
誠彦の話していた事を思い出す。既に俺は皇国籍を抜かれた罪人との事だった。それは群島地帯を出た時、嵐の甲板で襲撃してきた破術士も俺の事を罪人だと言っていたし、そうなんだろうなぁとは思っていた事だ。
「ま、何とかなんだろ。皇国には元々皇国籍を抜かれた破術士も多いんだ。何も罪人は俺一人って訳じゃねぇ」
「そうか。行くなら船を都合してやる。なるべく目立たない場所で降ろすように言っておこう」
「助かる。シュドさんもこれからまだまだ大変だろう。そうだな……」
俺はシュドさんに剣を貸してくれと話す。受け取った剣の刀身に指で文字をなぞっていく。
「? 何をしてんだ?」
「おまじないさ。俺の力が必要な時は、この刀身に向かって強く俺の名を呼んでくれ」
「ははは! なんだ、そりゃ。呼べば来てくれるってか?」
「ああ」
俺は至って真面目に答える。その声を聞いてシュドさんは笑いを止めた。
「……まじかよ」
「ああ。もちろん簡単な事ではないけど、な。だが帝国も派遣していた魔術師を一人失っているんだ。何か動きもあるかもしれない。用心さ」
俺はシュドさんに剣を返す。剣ならいつも持ち歩けるし、そう簡単に失くす様な事もないだろう。
「それにしても皇国、か。離れてもう六年くらい経つのか……」
一度は国を捨てた身だ。もう帰る事もないと思っていた。それが何の因果か、こうして再び戻る事になるなんてな。
いざ戻るとなると、やはり思い出すのは幼少の頃。近衛を夢見たあの日。四人で誓いを立てたあの時。そして霊力に目覚めず、孤立していく日々。……良い思い出がまるでないな。
「シュドさん。皇国について何か情報はあるかい?」
「そうだな……。目新しい情報といえば、数年ぶりに近衛に新しく入った奴らがいるってのとか、最近姿を見せる様になった皇族の姫とかか」
皇族の姫、というところに反応する。契約に関係するところだからだ。
「姫ってのは?」
「ああ。何でも皇国には未来を見る姫がいるって話でな。これまでも何度かその力で皇国の危機を救ってきたって話だ」
「へぇ……」
「まだ若い姫らしいんだが、ずっと御所に閉じこもっていたところ、最近催し事で姿を見せる様になったとかでな。何でも大層な美しさと威厳の持ち主で、見れば誰もが言葉を失うって話だ」
間違いない、初代皇王と契約を結んだ大精霊の力が強く発現した皇族だろう。皇族はガリアード帝国の王族に比べると、かなり厳選に血筋をコントロールしてきていると聞く。600年経った今でも、大精霊の力を色濃く残している所以だな。
「あとはそうだな……。最近、西でも東でも破術士の活動が盛んだってとこかな」
「破術士が?」
「ああ。もちろん元々群島地帯に居る奴らの事ではないし、それでいて国に仕えていない奴らの方だ。東西渡り歩く奴らも出てきている。おかげでここも中継所としていろんな奴らを見かけるんだが。そこで変な話を聞いてなぁ」
「……それは?」
「何でもある破術士組織が、莫大な力を引き出す呪具を作っているって話だ。それを使えば並の魔術師や皇国の武人をも圧倒する力が手に入るとか」
「そりゃ……怪しいな」
「ああ。まぁあくまで噂、眉唾もんだ。だが大陸の一部では、実際にその力を使って暴れた奴が何人もいるって話だぜ」
噂は尾ひれ背びれ付くもの。だが所詮破術士の世迷い事と切り捨てるには、気になる部分もあるな。
「あとは?」
「うん? ……おお、そうだ。おめぇ死刃衆って知ってるか?」
「いや……?」
「皇国出身の破術士、その四人組グループだ。どいつもこいつもキレた奴ららしい。長い事西大陸で好き勝手していたんだが、最近東大陸に戻ったんだよ。俺の配下で見たって奴がいた」
「へぇ。その言い方じゃ当然罪人なんだよな?」
「ああ。西でも東でも大罪人さ。これまでも相当数の聖騎士、魔術師が殺されているらしい」
そんな奴らがまた皇国へ戻った、か。皇国でも罪人の身なのに。
「ありがとな、シュドさん。覚えておくよ」
さて。さっさと皇国での要件を済ませて、パスカエルの野郎をぶっ殺しにいかないとな。左目がまた疼きだす。
ああ、もう少し。もう少し待っていてくれ。
■
皇都では賀上誠彦が、果たせなかったお役目について父の誠志、そして葉桐家当主の葉桐善之助に釈明しているところであった。
誠彦は理玖に沈められた後、ドンベルとの取引で解放された。取引の内容は、ドンベル一家は島の支配権をシュド一家に引き渡す代わりに、誠彦は返して欲しいという内容だった。
ドンベルはこれまでずっと皇国の後ろ盾を得てきた。貸し出された誠彦に何かあれば、自分は皇国から狙われる身になる。大国を敵に回して生きていけるとは思えないし、逃げてもずっと皇国の影におびえ続ける生を送る事になる。それは絶対に避けたかったドンベルは、自分の島の支配を諦めた。
そもそも西の魔術師と誠彦、二人に勝てる戦力をシュド一家が有しているという時点で、どう立ち回ってもドンベル一家に勝機はない。放っておいてもシュド一家に滅ぼされていただろう。
「それでお前は用心棒としての役目を果たせず、おめおめ逃げ帰ってきたのか」
「ち、父上……」
誠彦に敗北の記憶はない。あの時、確かに理玖目掛けて絶影で駆けた。そして気付けば顔に大怪我を負い、歯は何本も無くなっていた。まさか理玖に負けたとは思えない。そんな事はあってはならないからだ。もし無能者に負けたとあれば自分は家から追い出され、楓衆として生きて行く事にもなりかねない。そうはなってたまるかと、必死に釈明をする。
「そ、そうだ、聞いて下さい! あの罪人……理玖が生きていたのです!」
「理玖……?」
「あいつです、陸立家の長男、偕の兄の! 武家の生まれでありながら霊力を持たない無能者です!」
「……ああ」
「あいつが群島地帯のシュド一家に協力しているのをこの目で見ました!」
誠彦の報告を聞き、誠志は肩をわなわなと震わせる。
「まさか、お前は……。霊力を持たないその理玖に負けたと言うのか……!? 葉桐一刀流を修めし皇国の武人が……!?」
父の本気の怒りが誠彦まで伝わってくる。当然だ。よりによって葉桐家当主の前で、自分の息子の無能振りが明らかにされようとしているのだから。
「い、いえ! 違います! 奴はとっくに武人の誇りを捨てた男! 凶暴なシュドと共に何か卑怯な手を打った事は間違いなく! そうでなくては私も西の魔術師も二人そろっていながら敗れるなんて事、あるはずがございません!」
「…………」
誠志の怒りの形相はおさまらない。それを鎮める様に善之助が口を開いた。
「まぁ落ち着け。誠彦の言う事も一理あろう。考えてもみろ。武家の生まれとはいえ、霊力を持たない者が数年修練を積んだところで我らに勝てるか?」
善之助の問いに誠志は緩やかに首を振る。
「否。我ら武人と只人の間には絶対的な差があります」
「そうだ。誠彦は絶影を行ったと同時に気を失い、負傷していたと聞く。理玖といえば、我らがまず絶影で距離を詰めてくる事は予想できよう。あらかじめそれに備え、薬か何か仕込んでおったのやもしれぬ」
「……」
霊力を持たない者が武人に敵うはずがない。これは持つ者、持たざる者の誰もが疑わない共通認識だ。だが葉桐一派の手の内を知っていれば、何かしらの対策を練っていた可能性はある。善之助の助けを得た誠彦はここぞとばかりに吠える。
「そ、そうです! あの男に正々堂々という考えはございません! 卑怯にもあの罪人、魔術師も同様の手口で意識を奪い、無抵抗を良い事に首を刎ねたに違いありません!」
「黙れっ!」
誠彦の弁明に誠志は一喝する。
「例え相手がどの様な卑怯な手を用意しておったとしても、お前が遅れをとったのは事実! 自らの未熟を自覚しろ!」
「っ! す、すみません!」
謝りながら誠彦は強く拳を握っていた。理玖相手に不覚をとった事は、いずれ葉桐一派の武人に知られるだろう。偕がうすら笑う様を想像し、思わず歯ぎしりをする。
自分が笑いものにならない様にするためには、徹底的に理玖が卑怯者であると喧伝する必要があると考える。何とかせねば。そこに再び善之助の静かな声が届いた。
「理玖がどの様な手を使ったのかは分からぬ。だが結果として皇国は、群島地帯における足掛かりを失った」
「それは……! そもそもドンベルがグレッグ一家と手を結んで、シュド一家を攻めるなんて無茶な事を言わなければ……!」
「ドンベルからは、お前からシュド一家を攻めるべしと提案があったと聞いているが?」
「なんと! 所詮は貴人を要さぬ辺境の島民! 自らの過ちを認めぬばかりか、私にその罪を!?」
再び誠志が吼えかけたところで、善之助は手で制す。
「この際いきさつはどうでも良い。結果として皇国は群島地帯における足掛かりを失ったと話しておるのだ。彼の地に送る人選には私も関わっておるし、誠彦一人の責ではない」
「ご当主様……!」
「だがお前に責があるもの事実。よって一ヶ月の謹慎を命ずる」
「!」
謹慎。皇国軍に所属せず、お役目をいただく武人にとってこれは恥とされる。謹慎中は当然、お役目は与えられない。それは未成年と同様の扱いであるという事を意味する。本人はもちろん、家にとっても不名誉な処置だ。何故こうなったのか。あいつだ。全てあの罪人が悪い。卑怯者の罪人。偕の兄。誠彦の処遇が決まったところで、誠志は善之助に問いかける。
「しかしここにきて数年前に出奔した、陸立家の長男が群島地帯で見つかるとは。ご当主、かの者は神徹刀を持ちだした罪に問われております。いかがされますか」
「どうもせぬ」
善之助の答えに、誠彦は驚愕の表情を浮かべて顔を上げる。罪人を誅するというのなら、汚名返上にその役目を受けようと志願するつもりだったのだ。
「その男、罪人とはいえ今は群島地帯におるのだろう。あそこは皇国の法が及ばぬ土地だ。それに群島地帯を支配したシュド一家に所属している可能性もある。今、皇国としてこのシュド一家とどう関係を作っていくかを、薬袋家が中心になってあれこれ知恵を絞っておる。我らが何かする必要はない」
「しかし……!」
「かの地に罪人がいる事は薬袋家にも伝えておく。罪人の引き渡しに協力すれば、皇国が後ろ盾になるとシュドに話を持ちかけるなど、何かしらの手を考えるかもしれん」
「いずれにせよ群島地帯にいる間は手出し無用、ですか」
「そうだ。だが、もし。その男が再び皇国の地に足を踏み入れるのなら。その時は罪人として、皇国の法に則り誅を下す。それで良いな、誠彦」
「……はい」
決して良いと思っている訳ではない。だが今の誠彦にはそう答える事しかできなかった。
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