帰還した無能力者
「シュドさん! 大変だ、グレッグ一家とドンベル一家が同時に攻めてきやがった!」
「なんだと!?」
「あいつら、本気だ! いつもの小競り合いより数が多い! このままじゃいくつか島を落とされちまう!」
「落ち着け! まずは相手の戦力を把握しろ! 足りない分は援軍を回せ!」
そしてその日はやってきた。グレッグ一家、ドンベル一家が手を組んでシュド一家の縄張りに攻めてきたのだ。シュド一家は二方面から来る戦力に対抗するため、本拠地を構える島からも多くの戦力を派遣する。そうして本拠地が手薄になったところで、本命の部隊が攻め込んできた。
ドンベル一家からは誠彦を中心とした部隊が、そしてグレッグ一家からは帝国の魔術師を中心とした部隊が、それぞれ島に上陸する。
「初めまして。あなたがカガミさんですか」
「そういうあなたはカーラムさんですね」
カーラム・ディフト。ガリアード帝国から派遣された魔術師である。ガリアード帝国も魔力を近接戦で使う聖騎士と、圧倒的な火力で薙ぎ払う魔術師とで別れる。
だが皇国が武人と術士どちらも対等な関係なのに対し、帝国では魔術師の方が圧倒的に立場が上であった。実際それだけ帝国は魔術師の方が、魔力の扱い方について研究、発展を積み重ねてきている。
カーラム自身も有能な魔術師であり、その手にはセプターと呼ばれる杖を握っていた。二人は簡単に挨拶を交わすと、そろってシュド一家の本拠地を目指す。
「おや……。どうやらまだ結構な戦力を温存していたみたいですねぇ」
二人の前にはシュド一家が抱える多くの戦力が展開されている。それを見て誠彦はげんなりとした表情を浮かべた。
「はぁ……。雑魚が。面倒ったらありゃしない」
「ふふふ……。皇国の武人は帝国の聖騎士より優秀だと聞きますが、集団相手に向かないのは同じの様ですね」
「ふん。だからなんだ?」
「気に障ったのなら失礼。決して侮辱した訳ではありません。いえね、ここは私がカガミさんに代わって片付けようと思いまして」
「……勝手にしたらいい」
「では」
カーラムはセプターを前に掲げる。先端にはめ込まれている宝石が強く輝き始め、セプターの周囲には魔力の環が幾重にも重なっていく。
「これは……」
誠彦は初めてみる帝国の魔術に目を見張る。皇国の術士より短い時間で、より強い魔力の高まりを感じたからだ。
「まずは様子見といきましょう」
そして起動呪文と共に発動する魔術。目の前には広範囲にわたって、いくつもの爆発が巻き起こっていた。
「……!」
霊力を持たない者がまともに受ければただでは済まない、魔術によって引き起こされた爆発。直撃を避けられても近くにいた者はその衝撃に吹き飛ばされ、手足を失い、鼓膜が破れた者も多いだろう。
皇国の術士と違い、符を消耗せずともこの威力。誠彦はなるほどと呟き、帝国では魔術師の方が聖騎士よりも立場が上だと言われているのがよく理解できた。
「こんなものでいかがでしょう」
そしてカーラム自身、まだまだ魔力には余裕がありそうだった。誠彦は魔術師に対する評価を改める。
「ふん、確かに便利だな。だが民間人にも被害がでるやり方は好きにはなれない」
「これはこれは。カガミさんは慈悲深くいらっしゃる」
戦う意思のない民間人にまで誠彦は敵意を向けない。だがカーラムは敵もろとも周辺の街並も破壊していた。おそらく民間人にも多くの怪我人が出ただろう。加減が難しいのだろうが、こうなる事が分かっていたら魔術を使わせなかった。
「次からはなるべく範囲を絞ってくれ。それくらいの事はできるんだろ?」
「ええ。分かりました、威力と範囲には気を付けるとしましょう」
武人と魔術師。誰もこの二人の歩みを止める事はできない。
■
「シュドさん! 駄目だ、カガミとカーラム、二人は誰にも止められねぇ! あんたは早くここから逃げてくれ!」
「ばかやろう! 俺は今や泣く子も黙るシュド一家の頭領だぞ!? クソが来たからといって本拠地からほいほい逃げ出すようじゃ、恰好がつかねぇんだよ!」
「しかし……!」
いよいよ本拠地に誠彦たちが攻めてきた時、シュドは配下と言い合いをしていた。一昔前ならともかく、シュド一家は今や群島地帯の大部分を支配する王。そんな王が敵の奇襲を前に逃げ出したと知られれば、島民の中には離反する者も出るだろう。
そうでなくとも、ここで逃げ出すという選択肢はシュドの中にはない。そうしている内に大広間の扉が勢いよく吹き飛ぶ。そこに立っていたのは誠彦とカーラムだった。
「埃っぽいな……。群島地帯最大規模を誇る一家の拠点だというから、どんな屋敷だと思っていたらただのおんぼろじゃないか」
「まぁ私たちがよりおんぼろにしたとも言えますが、ね」
余裕の表情で立つ二人。一家の本拠地を攻める事など、二人にとってはお使いの様なものだ。命を懸けるような戦いでも何でもない。
シュドはこれまで破竹の勢いで勢力を伸ばしてきたが、大国に後ろ盾についてもらうような事はしてこなかった。パスカエルが西の貴族である以上、当然ではあるのだが。しかし大国の後ろ盾、これがあれば規模の小さい一家にも、特級の戦力が都合される。今の様に。
「んだぁ貴様らぁ!」
「やっちまえ!」
大広間に残っていたシュドの配下が一斉に襲い掛かる。
「……はぁ」
面倒くささを隠さない溜息を吐きながらも誠彦は絶影を使い、目にも映さぬ速さで次々とシュドの配下を切り伏せていく。次に誠彦がシュドの視界に現れた時、配下が血を吹きながら一斉に倒れたのは同時だった。
「さすがは皇国の武人ですね。全く見えませんでした」
「帝国の聖騎士も似た様な事はできるだろ。ったく、面倒な……」
「てめぇらぁ……!」
「初めまして。シュドさんでよろしいですよね。早速ですが、死んでください」
カーラムはセプターを掲げ、起動呪文を唱える。するとセプターの先端から生み出された氷の塊が、豪速球でシュドに放たれた。
「うぐっ!」
躱す事もできず、シュドは胴体にまともに食らってしまった。肋骨に強く痛みが走る。汗をかきながらもなんとか呼吸を整える。
「死んでくださいとか言いながらなんです、今の魔術は」
「加減が難しいのですよ。これで十分かと思ったのですが」
「やれやれ。いいよ、僕がやる。あなたに任せて屋敷が無くなったら、余計に埃が舞いそうだ」
そう言って誠彦は、ゆっくりとした足取りでシュドに近づく。人を斬るという事は、誠彦にとってもはやただの作業であった。
「最後に何か言い残す事は? 気が向いたら誰かに伝えるか覚えておくかしておくよ」
「……クソが!」
「そう。無頼漢らしく、最後も汚いね」
そして絶影を繰り出そうとしたところで。シュドと誠彦の間の空間が不自然に歪んだ。
「っ!? カーラムさん!?」
「私ではありませんよ。……シュドさんでもないようですね。気を付けてください、何か気配を感じます……これは一体……?」
空間の歪みはやがて円を描き、ぽっかりと穴が開く。穴の奥はどこまでも暗く、何も見通せなかった。そしてまた歪み始め、元の空間に戻った時。
「ここは……」
そこには異様な出で立ちの男が立っていた。全身を見た事もない見事な毛皮で纏い、体つきは大きく、見るからに頑健。その肉体に無数に刻まれた傷跡は、歴戦の勇士である事を証明している。左目は髪で隠れているが、右目はとても鋭く、並の者であれば強く睨まれただけで失神してしまうだろう。
異様にして異常、纏う雰囲気も間違いなく強者のもの。全身からは強い死の気配……否。実際に血の匂いがする。おそらく常に血にまみれ、死を友の様に隣に置く様な生き方をしてきた修羅。誠彦も皇国で多くの武人を見てきたが、初対面でここまで圧倒的な圧を放つ存在は見た事がない。
「これは……? もしやシュド一家の用心棒ですか……?」
「……シュド、一家、だと……?」
男は周囲を見渡し、誠彦、カーラム、そしてシュドの方を見る。さらにその周囲、破壊された屋敷と倒れているシュドの配下に視線を向けた。そこで何か得心を得たのか、ああ、と呟く。
「大陸の狭間、縁近い者の側に送るってこういう事か……。まぁ、いい。状況はおおよそつかめた。どうやら良いタイミングで戻ってこれた様だ。……さて、そこの二人。お前ら、シュド一家の敵って事でいいんだな?」
得体の知れない男からの問いかけ。誠彦とカーラムはその男の言葉の続きを待つ。二人共無意識ながら、突如現れた男に強い警戒心を持たずにはいられなかった。
「一度しか言わん。……ここで退くなら追いはしない。去ね」
大広間に充満する殺意。男の言葉に誠彦は、喉に強い渇きを覚えていた。
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