魔境の理玖 試練の終わる時
「があああああああ……! ぐぅ、はぁ、はぁ……!」
どれだけの時間、そこでうずくまっていたのか分からない。数秒、数分。あるいは数時間、数日か。痛みの引いた右目から手を離す。残された右目には霧が晴れ、太陽の光をいっぱいに受ける大地が映し出されていた。
「なんだったんだ、今の痛みは……。見えてるって事は、右目は無事の様だが……」
これで右目まで謎の激痛で視力を失えばどうしようかと思っていた。だがそれは杞憂に終わった。改めて霧の晴れた大地を見渡す。目の前には馬の死骸、そのさらに奥。少し盛り上がった丘の上には明らかな人工物が見えた。
「あれは……神殿、か……?」
皇国には各地に、初代皇王と契約を結んだという大精霊天駄句公を奉る神殿がある。その神殿と少し似た雰囲気を感じた。
俺は一切の迷いなく、満身創痍の身体を押して神殿へと向かう。神殿を近くで見るが、そこまでの大きさはない。正面から静かに歩みを進める。中は一本道であり、奥には部屋が見えた。
「静寂の間と似た雰囲気を感じる。荒らされた跡がない事から、おそらくここも幻獣が入ってこない場所、か……? 多分これを作ったのも同じ連中だよな……?」
部屋へと足を踏み入れる。静寂の間と同じく、部屋全体が薄緑に光っていた。周囲には水が流れ、厳かな雰囲気を感じさせる。だがこの部屋には何よりも目を引くものがあった。部屋の奥、壁にはめ込まれたでかい顔の彫像。部屋の雰囲気に合わず、不気味さを感じさせるものだった。
「なんだ、この顔は……?」
そう言ってもっと近くで見ようと側による。すると何の予兆もなく顔の目は光り、その口が動き出した。
「よくぞ参った、試練を受けし者。そしてその資格を得た者よ」
「しゃべ!? し、しゃべった!?」
あまりに予想外の出来事に変な声が出る。落ち着け、こいつは敵か、幻獣か? 混乱する俺をよそに顔は言葉を続ける。
「我は歴史を記録し、後世に伝える役目を負う者。資格者よ、我の話を聞け。さすれば汝に新たな道を授けん」
「なに……? 資格者? 俺の事か? 一体お前は何を言っている!?」
「時はまだ人が大自然の前に無力であり、か弱き存在であった頃に遡る」
顔は勝手に話し始める。意思の疎通ができている様には見えない。俺は仕方なく顔の言葉に耳を傾けた。だがその内容は、今の世界の成り立ちに触れるものだった。
「この世界は大精霊たちがその命を育んできた。動物、植物ありとあらゆる命をだ。そしてある時、大精霊は自分たちに姿形の似た命が生まれた事に気付く。それが人間だった」
やがて人間は文字や言葉を覚え、集落を作り、国を作り、文明を築き上げていく。発展する人間に大精霊たちは大きく興味を惹かれ、その動向を見守った。
「世界はもはや大精霊の助けなくとも、自然に新たな命が生まれ落ちる様になった。ここに命を育むという役目を終えた大精霊たちは、今度は見守る事を始める」
その興味は目下人間にあった。だが人間は天災や幻獣の前には無力。いかに文明を発展させようとも、これまで何度も絶滅しそうになった。これを哀れと感じたある大精霊は世界に身を捧げ、人の窮地を救う。基本的に大精霊は命を見守るだけの存在。世界に干渉するとなると、その身を捧げなくてはならなかった。
だがそれでも大精霊は、言葉を操り文明を作る、自分たちによく似た姿の人間を放っておけなかった。そしてある時。大精霊はとうとう限られた人間を媒介にし、自分たちの力を世界に顕現させる事で、人界をより発展させようと決意する。
「当時の人間の中から優れた者を十人選び、この島にて試練を受けさせた。生き残ったのは六人。その六人は各々大精霊と契約を結び、人間は新たな力を得た」
「……! 六王伝説! 皇国では霊力、西では魔力と呼ばれる力を持った最初の王!」
今から約600年前、大精霊と契約を結んだ者が現れ、それぞれ民を率いて新たな国を築いた。その内の一つは七星皇国。そして王と交わった血筋も霊力を発現させ、今日まで人間は発展してきた。誰もが知る伝説だ。
「でもまさかこの島で大精霊と契約を結んでいたなんて……! それも最初は十人いたのか!?」
「大精霊の力を授かった契約者は、人の先頭に立ち、多くの者達を導いていった。幻獣はその数を減らし、この世界の支配者に人がついた時。大精霊たちが予測しえない事が起こった。人同士の戦争だ」
「……!」
幻獣という脅威が去り、六つの国家はこれまでにないほど栄えていった。そして何がきっかけだったのか、国同士の諍いは多く生まれ、とうとう東西両大陸で戦争が起こった。人を守るために授けられた精霊の力を、人を殺すために振るう。人同士で猜疑心も高まり、奪い奪われ、騙し騙される者も出てくる。とうとう滅ぶ国家も出てくる中、ある大精霊が新たな決意をする。
「その大精霊は元々幻獣に寄り添うものであった。彼の者は他の大精霊が人間に力を授けた様に、幻獣に力を授ける。だがその方法は大地と契約するというものであった」
「大地と……?」
「幻獣は大地に溢れる理力をその身にため込む事ができる。彼の大精霊は長く大地にため込まれた理力を用い、幻獣を多く作り出す」
もともと人よりも幻獣の方に寄り添っていたその大精霊は、ここで醜く争いを始めた人間に誅を下そうと考えた。長年かけて膨大な量をため込んだ大地の理力を用いて、幻獣を多く生み出す。領域に溢れた幻獣は、新たに領域を広げようと人の住む領域へ迫る。
突然の幻獣の大侵攻により、これまで争っていた人々は争いを止め、幻獣に立ち向かった。だがかつての様に大精霊が助けてくれる事も、大精霊と契約を結んだ六王も既にこの世になく、幻獣によって滅ぶ国も出てくる。
幻獣を大量発生させられるほど、大地に理力が溜まるのに必要な年月はおよそ150年。
「今も彼の大精霊は、およそ150年の周期で幻獣を大量発生させている。そして人は徐々にその領域を幻獣に奪われ、いつしか国同士での争いはなくなった」
「……そういう事か。かつて大精霊と契約した王は六人いたのに、今でも現存する国は二つ。幻獣に滅ぼされた国と、人同士の争いで滅んだ国があったんだな」
滅んだ国の一つは皇国の隣にあったが、これは約150年前に幻獣に滅ぼされている。今や東大陸では皇国、西大陸でも一つの国家を残すのみだ。
壁に埋まった顔は、その後の人間の歩みを伝える。450年かけ、人は確実にその生存領域を失いつつある。かつて人に寄り添った大精霊たちも、力を得た人間がどうなったのかを目の当たりにし、積極的に関与する者もいなくなった。
今、世界は緩やかにかつての状態……すなわち人が弱かった頃の時代に向かっていた。
「だが大精霊たちは何も人の滅びを望んでいる訳ではない。自分たちから積極的にはなれないが、このまま何もしないのも憚られる。そう考えた大精霊は、今より約400年前にただ一度、今も生き残る人の王に言葉を授けた」
「言葉……?」
「試練の地で待つ。かつての王と同じく、試練を乗り越えた者と我らは契約を結ぶ、と」
「……!」
「伝えられた言葉はそれだけである。試練の内容は我から話そう。まずは自力でこの地に辿り着く事。そして千日間ここで生き抜く事。その身に聖痕を刻む事である。我が前に現れし資格者よ。そなたは一人でこの地に降り立ち、既に千七百もの日数をこの地で生きた。聖痕を受けいれた今、そなたにはその資格有りと認められた。さぁ資格者よ、今より炎の大地に向かうがいい。そなたの前に道は開けるであろう」
■
顔はそれからはうんともすんとも言わなくなった。これまでの人の歩みと幻獣、それに大精霊。今までの歴史をあれほど短い言葉で終わらせる事はできないはず。きっと他に語らなかった事も多くあるのだろう。俺は馬の死骸を解体するとしばらくの間、この神殿で傷が癒えるまで身体を休めた。
「……千七百日、か」
まさかそれほどの年月が経っていたとは。そりゃ身体は成長するはずだ。顔の話していた聖痕、という言葉を思い出す。最初は何の事だと思っていたが、一つだけ思い当たる節があった。そっと右目に触れる。
「あの馬を殺した時、霧は晴れ右目と頭の中に激痛が走った。……あの時に聖痕とやらが刻まれたのか?」
おそらくそうなのだろう。試練の内容には、霊力を操る幻獣を屠る事も含まれていたに違いない。何せただ千日過ごすだけであれば、静寂の間に身を隠せば難易度は低いのだから。……いや。
「食料確保の問題は残る、か。やはりこの島で戦い続けて実力を身に付け、あの霊獣を降す事で自分こそが契約者に相応しいと示す必要があったんだろうな」
国一番の武人や術士がこの島で試練に望めば、千日は生き残れるのではないだろうか。……いや、あの顔はかつての王と同じく、試練を乗り越えた者と我らは契約を結ぶ、と話した。かつての王……つまり力を持たない人間を示すのだろう。
何の力も持たない人間が、この過酷な環境で生き残る。それこそが大精霊の残した試練。
「俺の他にも、こんな魔境で過ごした先人がいたのか……」
きっとかつての王たちは人の未来のためという大義の元、この試練に挑んでいたのだろう。そして試練を乗り越え、大陸へと戻った。
俺はといえば、左目の疼きが常に怒りという感情を生み、これを原動力に生きてきた。人界のためだとかそんな高尚な気持ちは一切ない。果たしてこんな俺でも大精霊は契約を結ぶのだろうか。
「今は考えても分からないな。とにかくこの島から出られるかもしれないんだ。傷を癒して、それから炎の平野を目指す」
今回も完治するまでかなりの日数を要した。だが以前と違って、しっかり完治するまで過ごせる安全地帯があるのは大きい。
そして身体が自由に動かせる様になったある日、俺はいよいよ東の大地を目指す。目の前には炎吹きすさぶ灼熱の大地。これ以上は近づけないな、と思っていたその時、変化が現れた。俺の正面だけ炎がその姿を消したのだ。
「……」
熱を感じながらもゆっくりと平野を進む。俺の前には炎で包まれた道が真っすぐに伸びている。
歩き続ける事しばらく、いつしか俺は宙を歩んでいた。周囲は藍色に染まった何もない空間、上下左右は炎に包まれている。俺はその炎の回廊を一人、黙々と歩き続ける。そしてその果てに、北の地で見たものよりも大きな神殿が浮いているのが見えた。
「あれが……大精霊のおわす御所、か。なるほど、あれを見てかつての王たちは大精霊を奉る神殿を建立したのか。さて、これからどうなるか。最低でも大陸に戻れるといいんだが……」
今更後戻りはできない。この地に辿り着いて幾星霜。
俺の物語は初めて動き出そうとしていた。
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