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皇国の無能力者   作者: ネコミコズッキーニ
一章 試練の無能力者
25/155

毛呂山邸に迫る襲撃者 狼の目覚め

 偕達が出て行ってすぐ。清香は狼十郎に今にも掴みかかる勢いで迫っていた。


「狼十郎! 私にも偕達を追う許可を出しなさい!」

「……」

「葉桐家の者であるからというなら、その気遣いは無用と言いました! そんな理由でここに置かれたとなれば、これは私に対する侮辱! 武叡頭といえど許せるものではありません!」


 ふぅ、と狼十郎は静かに息を吐いた。


「……二度」

「え?」

「お前はこれまで鬼種に対して二度、直接止めを刺したな?」

「……それが何?」


 狼十郎はこれまでの偕達のこなした仕事の報告、その全てに目を通していた。それは偕達からあげられた報告だけではない。術士、楓衆、商人、大工、砦に務める兵士、同門の武人。その全てだ。狼十郎が直接出向かずとも、その時の様子が容易に想像できる。


「偕や誠臣にはまだそこまでの実力はない。術士の援護があったのは同様だが、お前はその援護を受けつつも鬼種を直接その手で屠ってみせた」

「……」

「アレはここに来た武人が最初に感じる壁だ。そしてアレを屠れる武人は総じて一定以上の実力を持つ。俺はお前が三人の中で最も強い武人だと判断した」

「なら! なおさら……!」

「だからこそお前をここに留めた。今、この屋敷に残る最大戦力はお前だ。……意味は分かるか?」


 試すような狼十郎の問い。ここで答えられなければ狼十郎にやっぱり嬢ちゃんだな、と笑われる。それは我慢ならないと清香は一旦冷静になって考える。


「……街の騒ぎは囮でこっちが本命だと言いたい訳? 何を根拠に?」

「そもそも都に幻獣が入ってくるのが異常だ。都にも結界は張られているし、見回りもいる。特に周辺に出没する様な幻獣は毎日討伐されているんだ。お前も見た通り、鬼種はここから距離のある場所にしか現れない。これが十もそろって仲良く都までやってくるか? まずありえねぇ」


 狼十郎は腰に刀を挿しなおす。街に出る時には持っていなかった刀を、毛呂山邸には持って来ていた。


「鬼種が都に入ってきた時点ではっきりしている事がある。それは誰か都の結界を破った奴がいるって事だ。そして鬼種の先頭に立つ言葉操る妖。鬼種と無関係な訳がない。では何故、この期にそんな奴らが現れた? 都で幻獣が現れれば俺達はどうする?」

「……武人、術士を動員するわ」

「そうだ。その結果、警備が薄くなる重要箇所は?」

「……多くの要人が集う、この場所」

「分かってるじゃねぇか。妖に鬼種なんざいかにも分かりやすく目立ちやがる。俺は報告を受けた時、これが陽動である可能性を考えた」

「でも! やっぱり根拠がないわ!」

「何も起きなけりゃそれでいい。どっちにしろここにも有事の備えは必要だ。俺は階、誠臣、それに二人の援護に雫も付けた。あの三人ならば現場の楓衆らと協力し、鬼種の群れには十分対応できると判断してな。そしてここには実力者のお前を置いた。全てはもしもの時の備え。何もなけりゃ後で笑えばいいさ」


 冷静になった頭で狼十郎の話を聞いた事で、今の清香にはいくらか状況の理解ができていた。狼十郎は毛呂山領の武叡頭。あくまで現場の最高責任者としてあらゆる場面を想定し、それに対応しただけなのだ。むしろ火急の報せであったのにも関わらず、一番冷静に全体を見ていたと分かる。


「ろ、狼十郎。私……」


 自分の非を認め、謝罪の言葉を口にしようとしたその時。再び屋敷は喧噪に包まれる。そこに慌てた様子の術士が走り込んで来た。


「た、大変です! 結界が……! 結界が何者かによって破られました!」





「始まったか」

「こちらもいきましょう」


 偕達と六角の戦いが始まった頃。毛呂山邸に二人の人物が現れた。霊影会の菊一、そして鷹麻呂である。


「おいおい、結界が張られてんじゃねぇか」

「そのために私が来たのですよ。……と、お出ましの様です」


 毛呂山邸に姿を見せた怪しい二人を武人たちは見逃すはずがなかった。


「何奴!」

「はっ。かつての御同輩をお忘れたぁ寂しいじゃないの」

「所詮、彼らにとってあなた方はそういう存在だという事ですよ」

「けっ!」

「怪しい奴め! そこで止まらねばその首、もらい受ける!」


 刀を抜く武人たち。菊一は静かに槍を構えた。


「っるあああああああ!!」


 菊一の猛りと共に槍の先端に炎が宿る。菊一はそれを地に擦り付け、激しい動作で上空へと振り回す。そこから武人たちを飲み込む様に鮮烈な炎が巻き起こった。


「うああああ!」


 服を、肌を、髪を強く焼き、周囲には肉を焦がした匂いが立ち込める。その大熱量を前に武人たちはたまらず倒れ込む。


「武器を持ってりゃ術は使ってこねえと思ったか!? 破術士との戦闘経験が少ないんじゃねぇか、おお!?」

「菊一。破ります」


 鷹麻呂は霊力を込めた符を結界に向けて放つ。その符が結界に触れた瞬間、術を起動させた。


「これなるは絶断の意を込めし真なる刃。汝、これを防ぐ事叶わず。……通刃・両白閃」


 瞬間、結界はあっけなく切り裂かれる。鷹麻呂は対象を切断する術をいくつも作り上げている。刀を用いずとも、術ですべてを切り裂く事から付いた名が「無刃の鷹麻呂」。


 一方、菊一は自分の持つ武器に炎を宿し、並の術士の操る火術よりも強力な炎を繰り出せる。故に付いた名が「烈火の菊一」。


「さすがだな、鷹麻呂。俺の炎でもビクともしなかった結界を、こんなにあっさり切るなんてよ」

「大した術士が張ったものではなくて助かりましたよ。流石に結界術に長けた二乃花家の者がいれば、もう少し苦労しました」


 二人は空いた穴から堂々と屋敷に入る。目指すは宴会場、狙いはそこにある大型幻獣の心臓。屋敷の中からは結界が破られた事が知られたのか、混乱と狂騒が伝わってきていた。





「報告します! 侵入者は二人! 術士総出で応戦していますが、その足止める事叶わず……!」


 狼十郎は今一度、毛呂山領で起こっているでき事を整理する。都で暴れる幻獣と妖、それに呼応するかの様に現れた二人の襲撃者。


(……毛呂山邸の結界を破った事からも、二人の襲撃者のうち一人は都の結界も破った術者。術の手際の良さから並の術者でないな。狙いはなんだ? 宴会の出席者に目標がいるのか? いや、今の時点では分からない。一旦捨て置く。こっちには術士数名と武人は清香。……仕方ない、な)


 方針を定め、普段の狼十郎からは想像できない大きな声を上げる。


「狼狽えるな! 相手はたかだか二人! 動ける術士はここに集合せよ!」

「は、はい!」


 命令を受けた術士は走り出す。狼十郎は清香の方に首を向けた。


「もしもの事態になっちまったなぁ。ここで術士と共に迎え撃つ。これから人相手の戦いになる。それもおそらく高位の術者だ。お前にも出てもらうぞ」

「当然。それに人相手に刀を振るうのは初めてではないわ。やってみせる。それより狼十郎こそ大丈夫なの? さっきまで宴会でお酒も飲んでたのに」

「ん? 酒? 飲む訳ないだろ」

「……え?」

「いや、え? てお前……。これだけ毛呂山領の重鎮が集まる中、何かあった時に武叡頭が酔ってりゃどうしようもないだろ。酒なんざ武叡頭のお役目をいただいてから一度も飲んでねぇよ」

「え、ええええぇぇ!?」


 清香の狼十郎に対する印象が大きく崩れる。てっきり毎日酒を飲んで、ぐうたらに過ごしていると思っていたのだ。


 また武人は酒を嗜むもの、酒に飲まれず正しくこれと付き合うのが武人の矜持という風潮もある。これまで酒を飲まない武人など見た事がない。清香達でさえ新年の祝辞の際などの催し事があれば、お酒を飲んでいるのだ。


 狼十郎の言葉が本当であれば毛呂山領に来てからの数年、一滴も酒を口に含んでいないという事になる。ここにきてようやく、清香は狼十郎に対する見方を変えた。丁度そこに術者四人が集まってくる。


「お、集まってきたな。四人か。随分減らされたなぁ」

「狼十郎殿! 侵入者、すでにそこまで迫っております!」

「……ああ。どうやら来たようだな」


 屋敷を堂々と歩み、現れた人影二つ。菊一と鷹麻呂の二人であった。清香は刀を静かに抜き、霊力を高める。


「あいつらが……侵入者……!」

「おお? ははっ、どうやらあんたが大将の様だな! てことはこいつらがここに残った最後の戦力か! こりゃ楽勝だな!」

「やれやれ。すぐそうやって調子にのる。確かに術士は大した連中ではありませんが、武人の方は分かりませんよ」

「はっ! どうせ大した事ないだろ。おい、お前ら。大人しく引けば見逃してやるぜ?」


 不敵に笑う菊一。それに答えたのは狼十郎であった。


「ふぅ、やれやれ。あんたらが俺の仕事を増やした張本人かい。一応確認だが、ここを毛呂山邸としっての狼藉だよな?」

「くくく。聞くまでもねぇだろ?」

「そりゃそうだ。も一つ確認だけど、都にいる幻獣もあんたらの仕業かい?」

「……ほう。思えばあれだけ目立った襲撃にも関わらず、ここに来るまで随分と術士武人と戦った。どうやら我らの襲撃を予測していたようですね?」


 鷹麻呂の分析に菊一が訝しげな表情を作る。


「あん? どういう事だよ」

「あっちには最低限で対応できる人員しか割かれていなかったのですよ。本命の襲撃を予測していた指揮官がいたという事です。……あなたですね?」

「こういうのは柄じゃないんだがなぁ。一応名乗っておくが、俺はここで武叡頭を務めている南方狼十郎ってもんだ。みんなからは狼さん、て呼ばれているぜ」

「ああ、やはりあなたが南方狼十郎でしたか。幻獣蔓延るこの地において、随分上手く毛呂山領の守護職を務めておられると聞きます」

「俺が、というより配下が休みなく働いてくれる上に優秀なんでね。そういうお前らは霊影会の烈火の菊一、それに無刃の鷹麻呂……いや。元楓衆の菊一に八蔵家の術士、八蔵鷹麻呂だろ?」

「ほう……」


 狼十郎の言葉に周囲の術士、それに清香が驚愕の表情を浮かべる。


「ど、どういう事!? 元楓衆に九曜一派の術士!?」

「ああ。こいつらは昔の楓衆を知る奴らからすれば、かなりの有名人さ。ちなみに皇国籍を抜かれた大罪人でもある」

「はははっ! この辺りじゃあ楓衆でも俺らの顔を知っている奴らは少ねぇんだがなぁ!」

「顔は分からなくてもその炎宿す槍を見れば、お前が菊一だという想像がつく。そして菊一が所属する霊影会で結界を破れるほどの術士ともなれば、八蔵家の鷹麻呂だって事もな」

「大した洞察力です。ですが、一つ采配を誤りましたね」

「あん?」

「都で暴れる幻獣。必要最低限の人員で対処したつもりなのでしょうが、そう容易い相手ではありませんよ。さ、お喋りはこの辺りにして。やりますよ、菊一」

「おうよ!」


 菊一が槍を構え、鷹麻呂も符を取り出す。狼十郎は清香達に指示を出すべく口を開く。


「菊一は俺がやる! 清香は鷹麻呂だ! 術士は全員清香の援護に回れ!」

「……承知!」

「はっ!」


 少し前の清香であれば、自分にだけ援護を付けた事に文句を言っていただろう。だが今は狼十郎が互いの戦力差を見た上で、これが最も適切な配置だと判断したと考え、それを素直に受け入れていた。


 故に。清香は開幕から絶影で鷹麻呂目掛けて駆ける。それを菊一は阻止しようとして――。


「おっと。お前の相手は俺だって」


狼十郎は刀を抜き、菊一に切りかかった。

ご覧いただきまして誠にありがとうございます!

本日ですが、18時前くらいにもう1話投稿致します。合わせてご覧いただけましたら幸いです。引き続きよろしくお願いいたします!

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