領都の襲撃者! 妖・六角
本日3話目の投稿になります。
「うは、うはは、うははははははは! 最っ高の気分だぜええええぇぇぇ!!」
鬼種を率いて都を襲撃したのは六角であった。六角は先ほど自分の身に起こった事を思い出す。
都を襲撃する前、幻獣の領域にほど近い場所で、六角は懐から黒い杭を取り出した。
「へへ……いよいよだ。踏ん張るくらいしか使い道の無かった俺の霊力がいよいよ……! 見てろよ! 俺のこの力をバカにした奴ら! 一人残らずぶっ殺してやるぜぇ!」
六角は元々孤児の出である。霊力があった事から親のどちらかは貴族である事は分かった。おそらく父が貴族。母は自分を生んだ後、霊力持ちの子などいてはまともな暮らしができぬと子を捨てたのだろうと思っていた。
何しろ霊力持ちの子などいたら、自分が貴族のお手付きだと周囲に喧伝するようなものだ。代々破術士の家系ならともかく、捨てられていた子が成長し、霊力に目覚めればだいたいは事情が分かる。
初めはこの霊力が面白いと思っていた。使い方は分からなかったが、人には無い力があるとは理解できていたからだ。そして六角は破術士として成長していく。霊力がある事で強い万能感に支配されていた六角は、日々その力を使って喧嘩に明け暮れていた。
殴り合いで決して倒れたくない。そう思ううちに足に霊力が集中し、どの様な悪路であってもしっかりと大地を踏みしめられる様になった。だが破術士の世界も広い。大人になり破術士同士の交流も広がった頃。ただ大地を踏みしめるだけの六角の能力は、周囲の破術士からよく下に見られていた。六角はそれが我慢ならなかった。どれだけ修行しても、他の事に霊力が使えなかったのも腹立たしかった。
黒い杭の噂が破術士達の間で広まり始めたのはそんな時だった。曰く、その呪具を用いれば皇国の武人術士など歯牙にもかけない力が手に入ると。そして六角は霊影会に入り、実際にその場面を見た。
自分よりも大した力を持たない奴でさえ、目の前で超人……人を超える力を得てみせたのだ。六角はそれ以来、黒い杭を強く欲する様になった。だがこれを手にしても、超人と成るには二つの試練を乗り越えなくてはいけない。その一つ目が……。
「ふんっ!」
六角は自分の心臓目掛けて黒い杭を打ち込んだ。
「ガ、ガフッ……!」
心臓に杭を打ち込むなど正気の沙汰ではない。まずはこの恐怖に打ち勝ち、生き残る事。これが一つ目の試練だ。
「グ……! グオオオオオオオオオオオオ!!!!」
心臓に刺さった杭が怪しく光り、六角を包み込む。激しい痛みと強い高揚感。充実する霊力。六角は幼き頃に感じた万能感を久しぶりに感じ始めていた。全身が乳白色に包まれ、ベキベキと何かを割る様な音を響かせながら、元の倍近い身長に伸びてゆく。
「オ……! オオオオオオオオ!!!!」
肘から長大な角が飛び出し。膝には目が生える。四肢と頭があるだけに、不気味な人型をかたどっていた。そしてこれこそが二つ目の試練。このまま化け物の姿で終わるか。人間の姿に戻れるかは本人次第。
「グゥ、グヘ、ゲェ……! い、いいぞ、意識は、ある……! ここから元の姿に戻れるかは分からねぇが……! 今は奴らに、これをくれた礼をしなくちゃなぁ……!」
六角はその場で大きく咆哮を上げた。その叫びに呼応したかの様に、森から十の鬼種が現れる。
「はぁ、はぁ……! こりゃいい! 本当に命令できる! おら、おめぇら! 今から都に行くぞ!」
果たしてそれは本当に六角の命に答えたものだったのか。鬼種は前を行く六角の後を静かに追従する。
■
「あれが……!」
「妖……!」
偕達は六角の暴れる都の大路に辿り着いた。目の前の怪物はなるほど、妖と呼ぶに相応しい。人の様に頭と四肢はあるが、その有り様は決して人ではない。そして妖に続く鬼種が十。
先に到着していた武人術者は民の避難誘導や六角らの相手などやらなくてはならない事が増え、この一瞬で何を優先すべきか判断ができていなかった。だがそんな中でも立ち向かう者達はいる。彼らは鬼種には食らいついていたが、妖となった六角相手ではまるで相手にならなかった。偕の到着に気付いた術者が駆け寄ってくる。
「か、偕さん! 雫さんも!」
「あなたは、楓衆の! 応援に来ました、状況はどうなっていますか!?」
「現在、我ら協力して幻獣と戦う者と、民を避難させる者で別れて対処しております! ですが、あの乳白色の怪物が思いの外強く……!」
「分かりました! あの妖は僕たち三人が相手します! 皆さんは鬼種と民の非難に集中してください!」
「わ、分かりました!」
偕の指示を受け、楓衆は味方の援護に戻っていく。
「ごめん、勝手に決めて……!」
「へ、良いって事よ! むしろここでアレを止められるのは俺達だけだろ!」
「そうよお兄ちゃん! それにあれが妖であるのなら……! ここで退く訳にはいかないでしょ!」
「そうだ。あれが万葉様に仇なす妖なのかは分からない。でも……! ここで止められれば! 万葉様の未来を変えられるかもしれない!」
「やろう、偕!」
「術は任せて!」
「頼む! 誠臣さん、行きましょう!」
毛呂山邸を目指す六角の前に偕達は立ちふさがる。
「止まれ! ここを毛呂山領領都と知っての狼藉か!」
「ああん!? なんだ、またどこぞの武人が湧いてでたか!」
「ほ、本当に言葉を話してる……」
どこからどう見ても怪物なのに、それと会話が通じる事に驚きが隠せない。偕達にとって初めての未知との遭遇であった。
「いいぜぇ、野郎が二匹に女が一匹! ひゃはっ! この力を手にしてからというもの、どいつもこいつも相手にならなくてなぁ! 退屈だったんだよぉ! おい女ぁ! 野郎どもをぶち殺した後に、俺と遊んでもらうぜぇええぇぇええ!」
変化した身体に莫大な霊力、それに伴って六角は強い性衝動も覚えていた。さらにこの姿になってから、止まらぬ高揚感や万能感がそれらを強く後押しする。六角の雌を見る両目と膝に出現した目に、雫は強い嫌悪感を覚える。
「んじゃあ早速うううぅぅ! 死ねえぇ!」
「雫、下がって! 誠臣さん!」
「おう!」
長大な身長から繰り出される巨大な腕。それを誠臣は真正面から受ける。
「おおお! 三進! 強硬身!」
誠臣は両手を十字に交差させ、六角の腕撃を受け止めた。
「なにぃぃ!?」
家も人も薙ぎ払う自分の腕を受け止められ、この姿になって初めて六角は動揺する。そしてその一瞬で偕は絶影を用い、六角の真後ろへ移動していた。
(いける!)
がら空きの背に向けて刃を立てる。だが硬質な感触が刃を通して腕に伝わり、その背に刃を差し込む事は叶わなかった。
「そんな!?」
「あぁ!? なんだてめぇ!」
振り向いた六角の瞳が怪しく光る。偕は嫌な予感を覚え、咄嗟に絶影で距離をとる。偕の元居た場所からは火柱が上がっていた。
「火術だと!?」
「……! 誠臣さん、あいつの身体! まるで鋼です! あれを貫くには……!」
「金剛力、か!」
絶影、強硬身、金剛力は基本的に同時発動ができない。そのためその運用には素早く霊力の質を切り替えるか、もしくは神徹刀の「絶刀」の力を用いて、大きく全体の身体能力を強化し、疑似的な同時発動を展開するかだった。
そして現在、誠臣は金剛力を二進まで進めているのに対して偕は一進。今この場には三進金剛力が使える清香はいない。
「俺がやる! 偕は奴の気を引き付けてくれ!」
「分かりました!」
「なぁにを逃げてんだぁああ!?」
再び六角の瞳が怪しく光る。今度は両ひざの目も光っていた。
「くっ!」
偕と誠臣が居た辺りに炎の壁が天へ伸びる。そこを偕は正面から突破した。
「やあああああ!」
身体を炎で炙られながらも、六角の膝の目に目掛けて刃を突き立てるべく前に進む。だが六角は腰を落とすと、そのまま偕に向かって突進をしかけた。武人に自分の身体は傷つけられないと踏んでの行動である。
「吹き飛べやあぁぁ!」
相手の次の一手をいくつか予想していた偕は、落ち着いた動作で突き立てていた刃を戻し、下から払う様に切り上げる。
「金剛力! 破っ!」
力を込めた一撃。だが六角の身体を傷つける事は叶わず、偕はまともに体当たりを受けてしまった。しかし偕の一撃で大きく突進力が削られていたため、後ろへ吹き飛ばされつつも偕は受け身を取って立ち上がる。そしてその隙だらけの六角の真横に、力を溜めていた誠臣が姿を現す。
「二進! 金剛力!」
あまりの強さに、烈風巻き起こる渾身の斬撃。そしてその斬撃は六角に通じた。
「うおおおおおおあああああんんん!?」
六角は咄嗟に腕で防御したが、その腕が半ばまで大きく切り裂かれていた。今にもちぎれそうな様相を呈している。そこに雫の声が響く。
「離れて! 天駄句公よ、その御力をここに! 星辰・雷鳴剣!」
誠臣が咄嗟に離れ、そこに雫の最強符術が炸裂する。以前放った時よりもさらに霊力を込め、符も通常の物よりも位の高い霊具が使用されている。その一撃は長大な身長を誇る六角を丸ごと包み込むほどの大きさだった。夜の往来において、そこだけ別世界の様に、昼間の太陽よりも眩い光であふれる。
「おお!」
「さすが雫様!」
「偕さんたちもあの化け物を相手に……。さすがだ!」
偕達が戦っている間に鬼種も数を減らしていた。余裕のできた楓衆たちや武人たちが自分たちの勝利を確信し、歓声を挙げる。
「よっしゃあああ! どうだ、化け物め!」
「やった……!?」
「ふぅ……。お兄ちゃん、誠臣さん。ありがとう。符の耐久ぎりぎりまで霊力を込めていたから、術の発動まで時間かかっちゃった」
「いいよいいよ! さすが雫ちゃん! すっげぇ一撃だったぜ!」
「ああ。僕と誠臣さんだけだったらこうも簡単にはいかなかったと思う……。あ、いてて」
「お兄ちゃん、大丈夫!?」
「おうそうだぜ、偕! お前、まともに攻撃食らったもんなぁ! そのおかげで俺はあいつに近づけたんだけどよ」
「これくらい大丈夫さ。さぁ、残りの鬼種を……」
やっつけよう。そう話そうとした時だった。雫の雷術による煙が晴れてきたところで、そこから声が響く。
「おいおい、何を勝った気でいるんだぁ?」
「え……」
煙の中から現れる人型。その声は先ほどまで戦っていた妖と同じもの。だがその姿は妖などではなく、今度は普通の人間のそれであった。長大な身長でもなく、肘に角も、膝に目も無い。だが心臓のあるその部分には黒い棒が突き刺さっており、そこから乳白色の光が六角を包み込んでいた。
「最高だ……ああ、最高だ。最高だ最高だ最高だ最高だ最高だ最高だ最高だ最高だ最高だ最高だ最高だ最高だ最高だ最高だ最高だ最高だ最高だ最高だ最高だ最高だ最高だ最高だ最高だ最高だ最高だ。……最高だ」
六角は元の姿を取り戻していた。誠臣が切ったはずの腕は、何事もなかったかのように繋がっている。
「そんな……」
「一体……なんなんだ、お前は……」
偕達は六角から、先ほどよりもさらに強い霊力を感じ取っていた。まだ戦いは始まったばかり。そう理解するのに一秒もかからなかった。
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