最南の地の三天武 狼との鬼ごっこ
次の日からいよいよ毛呂山領でのお役目が始まった。偕達は連日休みなく働く。内容は狼十郎が言っていた通り、商人の護衛や砦への物資運搬の護衛、地方の村に出向いての幻獣討伐、時には砦の修繕手伝いなんてものもあった。
これを時に三人で、時に一人でこなしていく。中には術士と協力して行うものもあった。雫も術士としての修行を行う傍ら、偶に偕達を手伝う。今も偕は、雫の他に二人の術者、計四人で村に現れた幻獣と戦っていた。
「轟け! 烈風雷迅!」
雫は符を取り出すと、鬼種と呼ばれる鬼の幻獣に向けて放つ。符は中空で消え、そこから突風と雷鳴が轟く。幻獣は正面からまともに受けるが、それを耐え凌ぎ術者の雫に目掛けて走り出す。そこを偕が割って入った。
「二の型……疾風二連閃!」
二刀流と絶影を組み合わせた剣技が光る。鬼は初撃こそ躱したものの二撃目を受け、右腕が切り飛ばされた。
「今だ!」
「おう!」
二人の術者は身体に霊力を滾らせ、鬼を挟撃する。片腕で二人の攻撃を捌ききれず、鬼はたまらず倒れ込んだ。そこへすかさず次の術を用意していた雫が叫ぶ。
「みんな、離れて! 天駄句公よ、その御力をここに! 星辰・雷鳴剣!」
人差し指と中指の第一関節で挟んだ符が強く輝き、先ほどの術とは比べ物にならない大きな雷光が現出する。高密度な雷光は鬼を飲み込み、後には何も残らなかった。
「はぁ、はぁ……。これまでの幻獣よりも手ごわかった……。雫、ありがとう。助かったよ」
「ううん、お兄ちゃんの援護がなければ術も使えなかったし……。楓衆の二人もありがとう」
「いえいえ」
「しかしさすがは九曜一派。我らとは比べ物になりませんな……」
付き添いの術者は楓衆という組織に所属している。楓衆とは皇国に所属する破術士の集団だ。市井に生まれ落ちた彼らは平民であるため、九曜一派や葉桐一派の様に、霊力を使いこなすための修練は受けていない。
だが霊力を持っており、有能であるのは確かだ。そこで皇国は皇国軍や葉桐、九曜一派を補佐する支援部隊として平民の破術士を集め、これを楓衆とした。
その待遇は決していいものとは限らない。貴族達からは自分たちの下位互換の存在と侮られるし、同時に自分たちの恥の部分であるとも考えている。それは彼らが市井に生まれた理由……つまりは貴族と平民の子や、その血筋であるからだ。
基本的に貴族は貴族同士でしか婚姻が認められない。平民との間に子が生まれるとすれば、何か後ろ暗い事情を疑う。身に覚えがある者からすれば、楓衆という集団は側に置きたくない者達であった。
「ううん、私はみんな程強く身体の強化なんてできないし。この四人だからこそ、誰も大怪我せず鬼を倒せたんだよ! ね、お兄ちゃん」
「そうだね。僕だけだったら十分に抑え込めなかったと思う。本当にありがとう、助かったよ」
「偕殿……」
だがここは幻獣蔓延る、皇族の威光届かぬ辺境の地。ここでは共に戦う者同士、確執あれば生き抜くのも難しい。偕も雫も己の目標のため、そして皇国のため、楓衆との共闘に何も異論もなかった。
幻獣討伐の任を果たした一行は領都へ戻る。偕は刻永館で報告を行い、食事を済ませて寝る前に稽古を行おうと道場へ入った。
「あ」
「偕!」
道場には清香と誠臣が既にきており、互いに模擬刀を手に稽古を行っていた。三人はその日の仕事が終わり、領都にいる時は寝る前に道場に通っていた。そこで近況の共有や稽古を行うのだ。一通り稽古が終わったところで、三人は互いの出来事を話す。
「ああ、俺と清香も鬼種とはこの間初めて戦ったな。正直、楓衆のみんながいなかったら危なかった」
「僕もです。しかし術士の符術はすさまじい火力ですね」
「そうね。戦い方に制限はあるけど、発動すれば離れた場所からでも強力な攻撃が可能。武人が前で敵を引き付け、後ろから術士が圧倒的火力で攻撃。優れた戦略なのは理解できるんだけど……」
「俺達は術士がとどめを刺すための時間稼ぎ要員の様で面白くないってか?」
「そこまで言うつもりはないわよ。私たちは集団相手にあそこまで一方的な攻撃手段は持たないし」
偕も清香の言葉に頷く。
「適材適所だと思います。それに符術は強力な分、霊力の消耗も大きい。武人も術士も得意な場面、苦手な場面があるのですから、互いに補い合ってこそだと思います」
「ま、偕は妹が術士だからな。でも俺は正直悔しいぜ。幻獣……特に鬼種相手になると、俺は相手を引き付ける事しかできなかった。……一人で鬼種を倒せるくらい、もっと強くなりてぇ」
「誠臣……」
誠臣だけではないが、三人共毛呂山領で様々な経験を積むうちに、自分たちはこれまで世界を知らなかったと痛感していた。
皇国に居た頃も幻獣討伐の任はあったが、毛呂山領で戦う幻獣ほど強くはなかった。ここでは時に護衛をしながら、時に少数対多数で相手にしながらと、様々な場面で様々な戦いがあった。術士と本格的な連携を意識しながら戦ったのも初めての事だ。
そしていつも一緒の三人が、分かれて任に就くのも初めてである。そうした日々を通して、三人は「一人ではできる事には限界がある」と今更ながらに気付いた。
皇都では三天武と称され、今では最も近衛に近い武人とも言われ、「周りがそう言っているのだから自分は強いに違いない」と知らず知らずのうちに思う様になっていた。今ではとても自分たちが強いと思えない。毛呂山領での経験は、良い意味で自分を見つめなおす機会になった。
「俺達が思い描く近衛ってのは、鬼種一匹も倒せない奴なのか!? 違うだろ!? 幼い頃に交わした約束、あの時に思い描いた近衛はもっともっと強い武人のはずだろ!? こんなところでてこずっているようじゃ、あいつに……理玖に笑われちまう」
「……そう、ですね。兄さまは僕らの前から去ってしまいましたが……きっと今も僕らが近衛になる事を応援してくれていると思います。ここで一年のお役目をいただけたのは幸いでした。このままでは皇都に戻っても、とても近衛のお役目は果たせません。良い機会です、まずは一月以内で鬼種を単独で倒せる様に己を磨きましょう」
■
さて、ここで聞き耳を立てている男がいる。南方狼十郎である。狼十郎は三人が就寝前に道場を使っているのは知っていたが、普段は関わらない様にしていた。だが今日はいつもより長く道場の明かりがついていたため、何事かと様子を見に来た次第である。一応ここ刻永館の責任者として、そして皇都より三人の武人を預かる身であるという自覚はあった。
(……若いねぇ。日々のお役目にも前向きに取り組んでいるみたいだし、実際大した奴らだ。……理玖ってのは昔、皇国籍を抜かれた罪人だな。偕の兄ってのは知っていたが、そうか。あいつら全員、知り合いだったのか)
狼十郎は三人もこれまでいろいろあったのだろうと想像を働かせる。一方で三人のここでの働きには満足していた。術士や楓衆からの評判も良い。ここ毛呂山領では術士も武人も仲良くやっているが、他領になると仲が悪いところも珍しくない。そういった意味でも、よくできた奴らだと思っていた。
ふぅ、と狼十郎は空を見上げる。幼い頃は兄と共に、羽場真領で武の申し子だともてはやされていた。だがあの日……ある破術士の犯罪者と戦いになった時、自分は兄の様にはなれないと分かってしまった。それからは糸が切れた様にあっちでふらふら、こっちでふらふらと怠惰な日々を送る様になった。兄はその間に中央で軍に入り、どんどん出世していく。羽場真領にも居づらさを感じていたある日、辺境の毛呂山領への異動を申し出た。
毛呂山領へ行きたがる武人は少ない。当時は今ほどの活気もなく、最果ての地である辺境へわざわざ行きたがる者もいなかった。だからこそ、ここでなら誰の目も気にせずのんびり生きていけると考えたのだ。狼十郎の願いは聞き届けられ、毛呂山領への異動は了承された。
(……それが何でか最近は忙しくなっちまって。おまけに中央から近衛候補まできやがった)
誠臣の目指す近衛像。それは武家に生まれた武人であれば、誰もが夢見る姿だ。だが多くは夢と現実に折り合いをつけ、他の道を歩む。霊力を自在に操る武人であれば、別に近衛でなくとも活躍できると自分を納得させて。中には兄の様に、初めから皇国軍に入る者もいるが。
だが三人はそうしたその他大勢の武人とは違う。幼き頃に夢見た近衛の姿を今も追っているのだ。そして今、夢まであと一歩の位置にいながら悩んでいる。このままでは近衛に相応しくないと。
(ま、近衛の条件は強さだけではないが、強くなけりゃ務まらないのも確かだ。自分の強さを疑い、信じられなくなるのは、武人であれば誰もが一度は通る道。特にここでは、な。……はぁ、柄じゃないんだがなぁ)
狼十郎は道場の扉に手をかけ、大きく音を立てながら中に入る。
「随分遅い時間まで頑張ってるじゃないの」
「狼さん!」
「狼十郎さん」
「狼十郎……!」
狼十郎は三者三様の反応だな、と苦笑する。
「珍しいですね、狼十郎さんが道場にお見えになるなんて」
「えらく遅い時間なのに明かりがついてたからな。賊でもあったかと思って見に来たんだよ」
「丁度いいわ、狼十郎。ここで私と戦いなさい!」
清香は挑むような強い視線を狼十郎にぶつける。これに狼十郎は再び苦笑した。
「そうしてやりたいのは山々だが、明日に響く。今日はもう寝ろ……と言いたいが、そうだな。よしお前ら。今から時間をやろう」
そう言って狼十郎は、道場の隅に置かれていた砂時計を手にする。
「鬼ごっこをしよう。鬼はお前らだ。場所は道場内。この砂が全部落ちる前に誰か一人でも俺を捕まえられたら、剣を見てやる」
「え!?」
「三対一でですか!?」
「……言ってくれるわね。私たちじゃ三人掛かりでも捕まえられないと?」
「さて、ね。だが嬢ちゃん、俺と戦いたいんだろう? ならその資格くらい、自分でもぎ取ってみたらどうだ?」
「……! 上等じゃない……!」
狼十郎の挑発に清香は立ち上がる。狼十郎は砂時計を逆さにした。
「俺がこれを床に置いたら鬼ごっこの開始だ。そーらよっと」
狼十郎の手にした砂時計が地に着いたその瞬間、三人は俊足の移動術である絶影を発動させる。だが狼十郎は一歩遅れて絶影を発動させたにも関わらず、その身体に触れる事はできなかった。
「!?」
「いつまでそこに居るんだ~? おーにさんこっちらってな」
「く……!」
砂時計の砂は一切の抵抗なくさらさらと落ちていく。三人は狼十郎を追いかけるが、連続して発動する絶影は負担が大きい。それは狼十郎も同じはずなのに、彼は疲れた様子を見せていなかった。
「嬢ちゃん、目で追い過ぎだ。誠臣、判断してから動くのが遅い。偕、初動で移動先を予測するのはいいが、正確性に欠けているぞ。ほれほれどうした、このままだと砂時計の砂が無くなるぞ?」
「くっそおぉ!」
「はぁ、はぁ、全く追えない!?」
「く……こんな男に!」
偕は狼十郎の初動が中途半端に見えてしまうだけに、返ってその動きに騙される。
(く! これで二進絶影が使えないなんて……! やっぱり狼十郎さんは凄い! これほど洗練された絶影、他に見た事がない! ……でも何となく、どうやっているのか見えてきた!)
絶影は足に霊力を集中させる歩行術だ。移動中は常に霊力を消費している。しかし狼十郎の絶影は地を蹴る瞬間にだけ霊力を消費し、後は目的地につくまで一切地に足をつけない。文字通り飛んでいるのだ。
(清香さんの後ろをとったあの時の動き……。あれはおそらく、一旦清香さんの横か後ろへ跳び、そこで一度地に足をつけたんだ。そしてまた一足跳びで清香さんの後ろへ回った……)
常に地を駆け続けるのではなく、一度飛んでしまえば後は慣性に身を任せる。だが着地時にしっかり踏ん張れなければ、そのまま飛んでいってしまってもおかしくない。分かっても簡単な事ではないと偕は理解できた。
(でも……! 確かに飛ぶだけならその方が早い! ……時間ももうない、やってやる!)
見よう見まね。十分な修練も積まずに行うには難易度が高い技術。おそらく狼十郎もこの絶影の習得にはかなりの時を要したはず。しかし思いついたからには試さずにはいられなかった。
「……今だっ!」
狼十郎の姿を確認した瞬間、偕は狼十郎目掛けて飛んだ。これまでの絶影とは異なる速さ。この勢いで壁に激突すると軽傷ではすまない。だが危険を取った分、偕の手は狼十郎の身体に触れ……否。触れる直前に狼十郎の絶影が曲がった。
「!?」
「残念、時間切れだ」
狼十郎はそのまま飛んで行ってしまいそうな偕の腕をつかみ、壁に激突するのを阻止する。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ!」
「俺のを真似るのは構わねぇが、十分な練習もしないでやろうとすれば危険な技だ。今のお前の様にな」
「はぁ、はぁ……! さ、最後の、絶影は、一体……!?」
絶影は直線の動き。曲がるなんて聞いた事もない。清香や誠臣は何が起きたのか理解できず、また近くで見ていた偕の頭は強く混乱していた。
「俺は霊力もそれほど強い訳じゃないからな。こういう小手先ばかり器用になったのさ。だがどうやら未来の近衛くんたちには、俺との稽古はちょっとばかし早いようだな! ぶわっはっは!」
「く……! も、もう一度よ!」
「おいおい、そんなに霊力使った後でどう俺を捕まえるってんだ。それに明日に響くっつったろ。明日はお前たち三人にしっかり働いてもらう任があるんだよ」
「え……!?」
「武叡頭直々に降す任務だ。心して聞けよ?」
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本日は18時前くらいにもう1話投稿致します。合わせてご覧いただけましたら幸いです。引き続きよろしくお願い致します!




