三天武 皇国最南の地で始まるお役目
偕達は狼十郎に案内されるまま、葉桐一派の管理する屋敷へ向かう。途中、嘉陽と雫は一行から離れた。
「私たちは九曜一派の所有する屋敷へ行きます。到着の挨拶もございますので。屋敷は互いに近いですし、またお会いできるでしょう」
「またね、お兄ちゃん!」
そうして偕達は目的地である屋敷……刻永館についた。敷地内には道場もあり、広大な面積を誇る屋敷だ。その一室に偕達は通される。
「それじゃ改めてっと。さっきも名乗ったが、俺は南方狼十郎。街では狼さんって呼ばれている。お前らも適当でいいぞ」
「い、いいんですか……? 武叡頭っていや、その領地の武をまとめる総大将なのに……」
「俺が良いって言ってんだから良いんだよ。んじゃ今度はお前らだ。ほれ端から」
促され、偕は背筋を正す。
「陸立家は当主錬陽の息子、陸立偕と申します! これからの一年、よろしくお願いいたします!」
「ん~~、硬いなぁ。まぁぼちぼち慣れていってくれや。しかしそうか、お前が噂の陸立偕か」
「噂、ですか?」
「ああ。最年少で絶影を二進まで進め、歴督様救出の折に神徹刀を賜り、今では二刀振るう天才少年。しかもあの時宗様の孫。お前の事だろ?」
「い、いえ。天才ではありませんが……」
「いやいや、大したもんだろ。俺なんて未だに二進絶影もできねぇし!」
「えぇ!?」
何がおかしいのか、狼十郎はゲラゲラと笑う。そのまま今度は誠臣に視線を向けた。
「賀上家長男、賀上誠臣っす! ……です」
「ぶわっはっは! そこは言い直さなくても構わねぇよ! お前の話も聞いてるぜ!? 何でも強硬身が得意なんだってな! 体力と頑丈さは三天武の中でも指折りだって話だ。ここじゃ体力仕事に事欠かないからな。まぁほどほどに励んでくれや」
「ほ、ほどほどっすか」
「何事もほどほどが一番なんだよ。じゃ最後いってみようか」
全員の注目が清香に集まる。だが清香は口を開けなかった。
「……清香さん?」
「おい、清香どうした?」
「…………葉桐清香よ」
ようやく答えたその声にはたっぷり棘が含まれていた。ここまでの道中も清香はほとんど口を開かなかったのだ。
「おお、何でも金剛力が得意で、変幻自在の剣筋を持つらしいな! 正面きってはやりづれぇ相手だって聞いてるぜ? ま、あんなに簡単に後ろをとられてる様じゃ、まだまだ可愛い嬢ちゃんってとこだな! ぶわっはっは!」
葉桐家は葉桐一派を率いる武の棟梁。そして清香はその葉桐家当主の娘である。狼十郎の清香に対する態度は、およそ葉桐家の者に対するものではなかった。清香は額にうっすら青筋を浮かべ、肩はわずかに震えている。偕、誠臣両名は背中に嫌な汗をかいていた。
(お、おい偕! 狼さん、ずっと笑ってんぞ! 止めろ!)
(む、無理ですって!)
バァン!
清香は手で畳を叩き立ち上がる。
「いつまで笑っているのですか! たった一度、私の後ろをとったからといって何だというのです! だいたい何ですか、あなたのその恰好は! 刀はどうしたのです、刀は! 髪もぼさぼさ、服も町人のそれと変わらない! あなた武叡頭でしょう! それが町人からは気安く狼さんと呼ばれて! 武家に生まれし武人たるもの、臣民から敬われなくてどうします! さらに狼藉者も見逃すとは! 恥を知り……」
「おう、そうだそうだ。お前らにここの事言っていかなくちゃな」
「ちょっと! 私が話している途中なんだけど!」
「わぁったわぁった、後で聞いてやるって。それでだな、まず明日からだが……」
清香の怒りもどこ吹く風。狼十郎はまるで気にせず話を進める。清香の怒りは収まらないが、武叡頭である狼十郎直々に明日からの話をするのだ、聞かない訳にはいかない。清香は仕方なく黙って座った。
(あの清香がまるで相手にされてねぇ! す、すげぇぜ狼さん!)
「ここは昔は静かで良いとこだったんだがなぁ。何でか最近、中央からやたら兵や葉桐一派の武人、それに楓衆も配属される様になった。大工も来て砦がどんどん作られていくし、今じゃ俺もすっかり忙しくなっちまった」
副音声で「仕事が増えて面倒くさい」と聞こえてくる。さっき街に遊びに出ていたじゃないの、と清香は聞こえる様に話した。
「特に最近は増設した砦近辺で幻獣と戦う事も多いし、領外まで商人の護衛や辺境の村の警備、砦建設のための物資の搬入作業と、とにかくやる事が多い。それに地域柄、犯罪組織に所属する破術士も活動してやがる。こんな土地だからこそ、三天武と誉れ高いお前らには期待してるんだ」
「狼さん……」
「お前らがしゃかりきに頑張ってくれりゃ、俺が楽できるってな! ぶわっはっは!」
「狼さん…………」
「明日からはそれぞれ受けてもらう仕事を割り振る。休みはないが、これも皇国のためだ! ぼちぼちやってくれよ!」
皇国のため……といいつつ自分が楽をしたいのが目的なのではないだろうか。思わず疑ってしまう偕である。隣を見れば、清香が額により増した青筋を立てていた。
「ああ、それとな。ここじゃいろんな奴がいる。中には皇都や他の領地で生きづらくなって流れ着いた奴らもいる。だが皇国最南まで流れ着いた奴らにとっちゃ、ここは最後の安住の地。人間はこれ以上南には逃げられねぇ。ここで生きていくと決めて、しっかり働く奴らも多いんだ。多少血の気は多い奴もいるが、そんな奴らは無理に抑え込んでも余計に手が付けられなくなる。いいか? くれぐれも割り振られた仕事以上に、厄介ごとに首を突っ込むなよ? 何かあれば先輩に相談しろ。そうやって頑張ってくれりゃ、そうだな。まぁ……たまには俺が稽古をつけてやらん事もない。……気が向けばな?」
郷に入っては郷に従え、という事だろうかと偕は考える。それにもしかしたら兄も流れ着いているかもしれない。新しい土地で新しいお役目が始まる。偕の胸には期待とやる気が満ちていた。一方、清香もまたやる気に満ちた目つきをしている。
「……今の話、本当ね?」
「ああ、武家の男児に二言は無いぜ!」
明確に稽古をつけるとは断言していないし、気が向けばとも付け加えられている。そんなあやふやな言葉で二言は無いと言われても、意味がないのでは……と偕は考えたが、清香の怒りに油を注ぎそうだったので、言葉にするのは控えた。だがもし本当に狼十郎との稽古が叶うのなら。その時はまたあの絶影が見たい。そう思う偕であった。
狼十郎との面談はそこで終わり、その日は手の空いていた先輩の武人に刻永館を案内してもらった。基本的に道場の使用は自由、部屋も三人分あるためここで寝泊まりする事になる。食堂もあり、そこで飯を振る舞ってくれるが、基本的に朝と夜の二食のみ。日中は仕事で館に居る事は少ないため、各自でとるようにとの事だった。三人は夕食を済ませ、偕の部屋に集まる。
「いよいよ明日からだな!」
「はい。緊張します。朝食を済ませたら道場に顔を出すように、とのことでしたね。そこで具体的な仕事が割り振られるみたいです」
「清香、狼さんに一本取られて悔しいのは分かるけどよ。あんまりカリカリするなよ」
「別にカリカリなんてしてないわよ。悔しいけど、あの絶影は見事だったし。でも! 仮にも皇族より毛呂山領の武叡頭のお役目を戴いているのよ!? あの服装、町人に対する態度! 武家に生まれた武人としてどれも相応しくない!」
清香は葉桐家の生まれであり、自身も皇国の武の象徴たらんと幼少より努力してきた。清香だけではない、葉桐家に生まれた者は皆、葉桐一派を率いるに相応しい実力と人格を身に付けようと、努力してきている。清香には妹と弟もいるが、その二人も葉桐家に相応しい人格を兼ね備えており、一派の尊敬も集められるだろうと考えている。
だがこれは葉桐家に限った事ではない。どの家も民のため皇族のため皇国のため、立派な武人たらんと努力するし、すべきであると考える。だからこそ貴族位を賜る皇国の武家の者に、狼十郎の様な者がいるのが許せなかった。
「確かに皇都はもちろん、どこの領地でもあの様な武人はいませんでしたね……」
「でも親しみやすい人なのは確かだよなぁ。俺、上の世代の人で、あそこまで砕けて話せる人なんて他に知らないし」
狼十郎は清香、誠臣より歳は十歳上になる。武家は実力社会ではあるが、年上は敬うという文化も強い。そのため年上の者は年下に対して、立派な姿を見せなければとはりきり、厳格な態度を示す者も多かった。
一方、狼十郎はといえば、その様な素振りは一切見せない。話しかける距離感も近いため、真面目な偕もそれほど緊張せずにすんでいた。
「なによあなたたち。今日会ったばかりの男にもう取り込まれたの?」
「い、いやぁ。あ、そういえばさ! 南方家ってどんな家なんだ? 俺、あんまり知らなくてよ」
何となく話題を逸らした方が良いと判断した誠臣は、狼十郎の家について清香に質問する。長い歴史がある分、葉桐一派に所属する武家は多い。誠臣も全ての家を知っている訳ではない。だが一派の代表である葉桐家の清香なら、何か知っているかもと思った。
「南方家は皇都の武家ではないわ。皇国の武人である以上、葉桐一派なのは間違いないけど、本元は皇都の南西に位置する羽場真領よ。狼十郎という名は知らなかったけど、南方家の長男、南方虎五郎は皇国七将の一人よ」
「え!? し、将軍!?」
武家の全てが皇国にある訳ではない。地方領に居を構える武家もいくつかある。南方家もその一つであった。
武家に生まれた武人は近衛を目指したり、皇都や地方領の守護役を仰せつかる者もいるが、その半数は皇国軍に所属する。教養があり、個人で高い力を誇る武人は指揮官としても有能な者が多いためだ。そして七つある軍の長は皇国七将と称されていた。
「地方領の武家の生まれでありながら、皇都で皇国軍の将軍に上りつめるなんて……。とんでもない人のようだな」
「というか皇国七将の名くらい覚えてなさいよ。偕は当然分かっていたわよね?」
「はい。武家で同姓は少ないですから、血縁者なのは間違いないと思っていました」
「将軍職も近衛と同じく、武家に生まれた者にとって大変栄誉ある位。同じ南方家でもこうも違うなんて……!」
「あはは……。でも狼十郎さんも強い人なのは間違いないと思いますよ」
「どうかしら。絶影だってあの年齢で二進もいっていないって話してたし。今日は確かに不覚をとったけど、稽古では模擬刀も使用する。そこでコテンパンにしてやるわ! そして武家の者として相応しい立ち振る舞いをさせる!」
「お、おお……。気合入ってんな……」
「でも確かに清香さんの言う事にも一理あると思います。覚えていますか、嘉陽さんの話。未来の皇国について」
「ああ、もちろんだ」
将来訪れる幻獣の大侵攻。そして万葉の死。その場に立ち会う偕達。事の大きさに、三人はこの一年でより真剣に強くならなくてはと考えている。
「狼十郎さんもおっしゃられていましたよね。最近、武人や大工が増えて忙しいって。都にも皇国兵が多く見られました。これらは嘉陽さんの話した事が真実である事の証左であると思います。ならば。まずは狼十郎さんから一本取れるくらいには、強くならなくては」
「そうだな……。ま、問題は狼さんが素直に手合わせに付き合ってくれるか、て事だが」
「付き合わせるのよ、しっかり仕事を片付けてね! 絶対そんな大した奴じゃないんだから!」
「あはは……」
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