かつての復讐者と今の復讐者 理玖 対 五陵坊
「むうううぅぅん!!」
五陵坊は剛腕を鋭く突き出してくる。その巨躯に似合わず、動きは素早い。
なにより警戒すべきは手に持つ錫杖。あれの直撃を受けては、さすがに俺も無事ではいられないだろう。俺も刀を抜くと、素早く立ち回りながら剛腕を斬りつける。
「ちっ」
やはりと言うべきか。太すぎる剛腕を斬り落とす事もできず、さらに斬ったそばから傷は癒えていく。
「どうした! その程度か!」
剛腕と斬撃を交互に繰り出してくる。それもかなりの速度だ、並の武人であればすでに全身を砕かれていただろう。
だが俺は回避を繰り返しながらも、血に刻まれた力に意識を集中させる。
「理術・痺勁雷轟法・灼昇青雷」
突如天より、青い稲妻が五陵坊に降り注ぐ。周囲にすさまじい轟音と衝撃をもたらし、御所の屋根もいくらか吹き飛んだ。
「ほう……」
これで五陵坊の全身を焦がすつもりだったが、当の本人は無傷だった。よく見れば錫杖が強く輝き、その輝きが全身を覆っている。
おそらく結界の役割を果たしたのだろうが、それでも理術をここまで完璧に防ぐとは。だが驚いたのは五陵坊も同様のようだった。
「これほどの規模の術を、予備動作もなく発動させるとは……! だがおかげで、我が神天編生大錫杖にこの様な使い道があった事に気付けた」
「おいおい、この土壇場まで知らなかったのかよ」
「ふ……。窮地に追いこまれれば、何とかなるものだな」
いやそれはおかしいだろ。今の術もどういう性質のものか、知らなかったはずだ。発動と同時に身を守るという選択肢を考えていなければ、とても防御が間に合うタイミングじゃなかった。本能的なもので術の危険性を即座に理解したのか。
「そして! 今ので神天編生大錫杖の声が、はっきりと聞こえた!」
「……あん?」
「ふんっ!」
五陵坊は錫杖を真っすぐにこちらに向ける。その先端には霊力が集い始めていた。
「雷刃剣!」
錫杖から高密度の雷撃が放たれる。術の発動速度だけなら理術と同等だろう。俺の身体は自分が認識するよりも早く、手に持った神徹刀で術を斬り裂いていた。
「この距離で反応するとは……!」
「俺も驚いてるよ! なんだ、今の術は!」
「神天編生大錫杖にこの様な使い道があったとはな……!」
「お前も今知ったのかよ!」
俺達は再び接近戦を繰り広げる。ちっ。今まで戦ってきた奴の中では一番面倒な手合いだ。五陵坊自身の実力に加え、初めから俺を侮っていなかった。
これまでの相手は自分の力を過信し、霊力を持たない俺をどこか侮っていた。しかし五陵坊にはそうした様子が見られないのだ。
「理術・地牙木法・樹穿刺」
「こしゃくな!」
一見すると、五分の勝負をしている様に見えるだろう。だが既に俺には勝ち筋が見えている。
五陵坊の全身を覆う結界は、術に対しては有効だが物理的な力には作用しない。こうした方面から放つ術や斬撃には効果がある。
傷は癒されてしまうが、一方で五陵坊は俺に手傷を負わせられていない。自分だけ一方的に傷を負うというのは、それだけで精神的な圧となる。
そして万葉が近くにいる以上、俺にはこのまま力押しができるのだ。要するに、圧倒的な物理で押せばいい。
 
■
 
清香たちは先ほどよりも距離をとって、理玖と五陵坊の戦いを見守っていた。うかつに近づくと、術や衝撃が飛んでくる。今も二人は、己の肉体と術を行使し合っていた。
「あれが……理玖殿の力か……」
声を出したのは指月だった。指月、朱繕は理玖が戦い、術を使うところを初めて見るのだ。話に聞いた事はあっても、聞くと見るでは全然違うものだと感じていた。
「大精霊の……契約者……」
誰かが呟く。六王が人界に現れて約600年。一体誰が、今のこの時代に七人目の契約者が現れると思っただろうか。
普通であれば、大精霊と契約したと言われて信じる者はいない。しかしここにいる誰もが、目の前の光景を見て理玖が契約者であると疑わなかった。術が、身体能力が。既に人の域を超越しているのだ。
「指月様。初代の皇王様も、兄さまと同じような力が振るえたのでしょうか……?」
偕の質問に指月は、記憶の引き出しから知識を取り出す。
「……いや。詳細な記録が残っている訳ではないが。少なくとも地面から樹を生やしたり、時に干渉する様な事ができたという記録はないね」
これまで見聞きした理玖の力は、初代皇王とは異質なものだった。万葉の未来視を封じ、腕を切断されても切断される前に時を巻き戻す。
また距離に関係なく、召喚者が望めば跳躍も可能。そして今も目の前で発動される理玖の術を見て、指月はいくつか考察していた。
「理術、という言葉も聞いた事はない。少なくともご先祖様が持っていた力は霊力だった」
「え……。じゃあ、理玖の力は……」
「これはあくまで私の仮説だが。理玖殿は大精霊と契約したが、霊力は得られなかった。その代わりに理術を操る術と、空間や時に干渉する術を得た。これらは似て非なる力だと考えている」
指月は話しながら自分で立てた仮説に、思わず笑ってしまいそうになる。
「初代皇王が契約を結んだ大精霊の名は天駄句公だが、帝国の初代皇帝はアンセスターという大精霊と契約を結んだ。他の四人の王も、それぞれ別の大精霊と契約したはずだ。……理玖殿は、一人で複数の大精霊と契約を結んだのではないか、と私は考えているよ」
「な……!」
歴史上、その様な人物は存在しない。人の身で複数の大精霊との契約など、通常であれば想像もつかないだろう。
だがそれ故に理玖は、種類の異なる力を振るえるのだと指月は考えていた。
「皇族以外に……そのような事、あるはずが……」
「朱繕。私に……今の皇族に、大精霊の契約者に相応しい力を持つ者はいないよ。それに大精霊が自ら契約を結ぶに相応しいと考える者は、血筋など関係ないのではないかな。皇族というのも、初代皇王が契約者だったからこそ呼ばれる様になった呼び名なのだから」
皇族に口伝として伝わる、大精霊の試練。それがどの様なものなのかは知る由もないが、自分では乗り越えられないだろうと指月は感じていた。
理玖が何故今になって、自身の力の源泉を明かしたのかは分からない。帝国で何かあったのだろうとは思う。だが万葉にとって悪い影響は出ないでほしいと願う。
「あ……」
万葉が小さく声をあげる。視線を理玖に移すと、新たに術を発動させるところだった。
「理術・騰豪烈敢法・流爆球破」
理玖の指から生み出された小さな球体が、大量に五陵坊へと襲い掛かる。球体は五陵坊の身体に触れると大爆発を起こした。
「無駄だ! 俺の身体に術による攻撃は通用せん!」
「だが結界の維持に集中しなければならない事は確かだ。……理術・創耀統造法・現剣界導」
「なに!?」
まだ一つ目の術の効果が持続している最中に、二つ目の術を発動させる。
理玖の周囲には複数の刻印が浮かび上がり、そこから大人の身長と同じくらいの長さのある剣が生まれる。それらは真っすぐに五陵坊へと向かっていった。
「がああああ!?」
「一度に発動できる理術に制限がある訳ではない。……このままその厄介な錫杖を飛ばす!」
二つ目の理術の効果も持続しており、連続して剣を生み出し続ける。五陵坊は全身に剣を受け、錫杖を持っていた剛腕にもいくつも突き刺さった。そしてとうとう錫杖を手放してしまう。
■
 
五陵坊が錫杖を手放したと同時に理術を解除、さらに俺は前へと全速で駆けだした。身体に突き刺さっていた剣が消えた事で、五陵坊の傷も再生が始まるが、もはや決着はついた。
俺は五陵坊へ勢いをつけた蹴りを放つと、その身体を大きく吹き飛ばす。その隙に厄介な錫杖を拾い上げると、それを偕の方へと投げた。
「偕!」
「は、はい!」
こうなれば話はさらに単純だ。もはや五陵坊に俺の術を防ぐ術はない。その事はよく理解しているのか、五陵坊は立ち上がると真っすぐに俺に視線を向けてくる。
「ふふ……。強いな。それがお前の得た力か、無能力者」
既にほとんど傷は癒えている。だが勝敗は明らかだ。互いにゆっくりと歩みだす。
「偉そうな大精霊どもの試練を生き抜いた結果だ」
「ほう……。残念だ、俺もその試練とやらを受けてみたかったよ」
「やめとけ。死ぬだけだ」
俺も復讐に憑りつかれていなければ、即座に生きる気力を失っていただろうしな。さらに前へと足を進め、とうとう互いに至近距離まで近づいた。
「もっと……早く。俺にこの力があれば」
「それは俺もたまに考えるが。答えは分かっているんだろう?」
「ああ。もしあの時、この力があれば。今日までの生で得られたものは全て、幻となっただろう」
あの時、サリアの死を防げていれば。俺は今も群島地帯で、シュド一家として暮らしていたのだろうか。
しかしそうなると、今頃万葉はこの世にいなかっただろうし、皇国や帝国での多くの出会いも無かった。
墓参りの時にも思ったが、人界に戻ってからの人との縁は、全てサリアからの贈り物だと思う。そしてその贈り物を、いくらか大切にしたいという気持ちもあった。
「すでに復讐を終えたといったな。それほどの力を以て成した相手だ。さぞ大物だったのだろう」
「お前のその胸に刺さっている黒い杭。それの作成者が、俺の復讐相手だよ」
俺の言葉を受けて、五陵坊は血で染まる金の相貌を大きく見開く。
「幻魔の集いの首魁、か……。ふ、くく……。やはりどうあっても俺達は、ぶつかり合う立場だったらしい」
「その様だ。……何か言い残すことは」
「ない。何より、俺はまだ自分の復讐を……運命というものを、諦めてはいない!!」
五陵坊は両腕に握った神徹刀を振りかざしてくる。俺はより早い速度で刀を振り抜く。
「理剣・遍太刀」
五陵坊を直接斬ったのは一太刀のみ。しかし術の効果により、五陵坊の肉体には何重にも「斬った」という結果が襲い掛かる。
神秘の力に対して親和性の高い神徹刀と、理術を組み合わせた俺の秘技だ。超近接技だし、使いどころを選ぶ上に血も多く消失するから、普段ならばまず使わない。
だからこそ。五陵坊への手向けに相応しいと判断した。
「がはぁっ!!」
数えきれない裂傷が全身に刻まれ、五陵坊はその場に崩れ落ちる。しかしまだ再生の力まで失った訳ではない。
「さらばだ、復讐者。理術・滅灰撫熱法・焼塵訣」
五陵坊の身体を、白い火柱が徹底的に燃やし尽くしていく。術を防ぐ手段を失った五陵坊は、炎に焦がされる自分の身体を止める事が出来なかった。
そして。炎が止んだ時、そこには灰のみが残っていた。
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引き続き皇国の無能力者をよろしくお願いいたします。
 




