皇国の無能力者、再び
「あ……」
五陵坊の肉体は、元の大きさよりも二回りは大きくなっていた。霊力も先ほどの比ではない。あの大きさで暴れられたら、周囲はめちゃくちゃになるだろう。
何より人の大きさを逸脱しているため、対人戦とは勝手が大きく違ってくる。そして万葉に霊力はもはやなく、清香たち三人も既に二回も全力戦闘を行っている。
目立った外傷はなくとも、霊力に余裕がある訳ではないのだ。
そして。まだ五陵坊が動き出すまでに時があると考えた万葉はためらわなかった。万葉は左腕に強く意識を集中させる。その様子を見て、朱繕以外は事態を把握した。
「万葉様……!」
「私たちにできる限りの事はしました。ここは素直にあの方の……理玖様の助力を乞いましょう」
そして小さくその名を呼ぶ。だが声は小さくても、そこには強い感情が込められている事を、聞いていた者たちは理解できた。
一瞬、乾いた風が吹いた様な錯覚を覚える。そしていつからそこにいたのか、万葉の隣には理玖が立っていた。
「久しぶりの皇都……で良いんだよな?」
「兄さま!」
「理玖!」
突如姿を現した理玖を前に、朱繕は逆に警戒心を強める。一方で、これが万葉によって引き起こされた事。そして万葉は理玖に全く警戒していない事にも気づいていた。
万葉を死の運命から解放したのが理玖であるという事は、知ってはいるのだ。
「とりあえず万葉は無事みたいだが。……ておい、皇都に大型幻獣が出てんのか!? それに目の前のあれはなんだ!?」
「……理玖様。お呼び立てして申し訳ございません。助けて……ください」
理玖は改めて周囲に視線を送る。指月は何かを話そうとしたが、それを手で制した。
「……報酬はいい。俺も訳有りだからな。力押しで解決できるのなら幸いだ。万葉、協力しろ」
「え……?」
■
万葉の呼び声により、俺は皇都に戻ってくることができた。しかしここは御所……だよな? 随分と荒らされてるじゃねぇか。
しかも大型幻獣まで入り込んでやがる。一体いつから皇都は、こんな魔都になったんだ。だが偕たちも無事な様子だ。
「理玖、様。協力とは、一体……?」
俺はどう話すか一瞬悩む。指月や万葉には構わないが、あまり大人数に聞かせたい話でもない。
……いや。ここにきて俺から距離をとる理由はもはやないか。
「簡単だ。俺の側にいればいい」
「え……」
「実は万葉が近くにいるだけで、俺は代行者としての力が振るえるんだ」
みんな突然何を話しているのだろうと思っているだろう。理術の詳細まで話す気はないが、これくらいならまぁ良いさ。
「代行者……?」
「大精霊の、な」
「……!」
俺の発言に全員の顔に緊張が走る。指月たちは薄々気付いていただろうが、俺から明確に認めたのは初めてだからな。どういう心境の変化があったのかと思うだろう。
「……! 敵さんも準備が整ったようだな!」
とりあえず目の前の妖からだな。強い輝きが収まると、そこには巨人が立っていた。
金色の両目からは血が流れている。背中からも腕が生え、計六本もの剛腕が見える。六本の腕は一つの錫杖と、二本の刀を握っていた。
いずれも大精霊の気配を感じる事から、十六霊光無器と神徹刀だろう。妖は俺を真っ直ぐに見ていた。
「……誰だ、貴様は。武人……いや、違うな」
「俺か。俺は……」
問われて、改めて俺とは何だろうかと考える。
一度は皇国を捨て、群島地帯に渡り。復讐を決意してずっと生きてきた。そして復讐を遂げたら、今度は新たな使命みたいなものを背負わされてしまった。俺一人では考えるのも面倒な使命だ。
だがどこかで、こういう芯となる様なものを持って生きる事に、憧れていた様に思う。近衛を夢見ていた時は、確かに持っていたのだから。
……第三の契約が、俺にとって芯となるのかは未知数だが。
「そうだな。俺は」
いろいろ遠回りしてきたのだろう。だが。やはりこれまでの生き方に、何一つ後悔などない。
たとえ何度人生をやり直す事になっても、その度に同じ選択をしただろう。どれだけ昔に戻れたとしても、俺には霊力が無いのだから。
「皇国の……無能力者だ」
「なに……?」
「一応、理玖という名もあるがな。で、お前はどこの誰だ?」
「……霊影会が長。五陵坊」
こいつが……そうか。元楓衆で、罪人に身を落とした者。だが、こいつの目。これには覚えがあった。
「お前も……復讐に生きてきたのか」
「……ふ。不思議なものだ。さっきまでは確かに、俺の中から復讐心など消えていた。だというのに。今は憤怒の感情が……激流となって押し寄せている。憎い。俺に無実の罪を着せた武人が憎い。破術士だからと碌に捜査もせず、刑を執行した皇族が憎い。仲間たちと苦労を背負い込む原因を作った、皇国が憎い……!」
俺も……確かにこんな目をしていた。俺は復讐を終え、新たな目標みたいなものを手に入れた。五陵坊は、今も復讐の最中なのだろう。
「復讐は否定しない。誰が何と言おうが、俺だけはそれを否定できねぇ。そしてその感情から解放されるには、復讐を終えるしか手がない事も理解している。……まぁ、でも」
こいつもその道を選んだ時から、とっくに覚悟はしているだろう。
「お前の復讐のために、死んでいった奴らもいるだろう? そいつらの知り合いが、今度はお前に対して復讐を誓っている訳だ。……俺も自分の復讐のために、随分多くの人間を殺してきた。今度は俺が恨まれる番だって事も理解している」
「…………」
「それでも。それが分かっていても、俺達はこの道しか選べなかった。お前も。恨まれる覚悟も。自分が復讐の刃に倒れる可能性も考えているだろう?」
「……ふ」
何故か視線を交わしているだけで、お互いに心情が理解できた。復讐の対象は違うが、皇国を捨てて罪人になったところまで、俺達は共通している。
「復讐などくだらない、どこかでその連鎖を断たねば……などと、くだらない事を言わなくて良かったよ」
「俺はもう終えた側の人間だからな。なにより。復讐を成すため、強大な力を求める気持ちもよく理解できる」
きっと出会う順序や時期が今と違っていれば。こいつとは、また違う関係が築けていたかもしれない。
しかし今は。五陵坊の気持ちが理解できるからこそ、この衝突が避けられないものだと分かってしまう。避けるつもりもないが。
「この姿を前にして、俺の気持ちを理解しようなど、変わった奴だ……。だが分かっているのなら、そこをどけ。俺は皇国人を皆殺しにしようと考えている訳ではない」
「ふん……。お前の前に俺が立ちふさがる事になったのも、お前の今日までの行いによるものだろう。つまりお前が復讐の道を進み続けるのならば、俺は避けて通れないという事だ。……残念だったな」
「お前が……俺の歩みを止めると?」
「止まるさ。同じ復讐の刃を胸に抱いても、俺とお前では。歩んできた道も、得た力も。そして出会ってきた人も。全てが違うのだから」
右目に複雑な刻印が浮かび、紅く輝きだす。五陵坊からは、魔人と化したパスカエルに近しい気配を感じる。
あの時は聖杖エファンゲーリウムの力がなければ難しい相手だった。だが今の俺は、万葉を護る大精霊の代行者。油断はできないが、自分の実力の程はよく理解しているつもりだ。
「あくまで皇族に与するか……」
「それは違うな。俺も一度は皇国を捨てた身だ。今さら国や皇族へ捧げる忠誠心など持ち合わせていない。が、ここにいる奴らに加え、家族も暮らす地だからな」
自分で話していて驚く。まさかこの口からこんな言葉が出てくるとは。
だが今さら何かを守るため、誰かのために戦うだなんて事は言えない。それは自分で自分の生き方を否定している様な気になる。
俺が戦うのはいつだって自分のため。他人のために振るう力など持ち合わせていない。やはり根本的なところで、涼香たちとは強さの性質が違うのだ。
「そいつらがいなくなったら、新たに俺に課せられた、お役目みたいなのを果たすのが難しくなるからな。あくまで俺の目的のため。お前にはここで死んでもらう」
「では俺も俺自身の歩みを止めないため。その先を行くため、ここでお前を踏み砕いて進むとしよう! いくぞ! 皇国の無能力者よ!」
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明日もお昼くらいに投稿できればと考えております。
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引き続き皇国の無能力者をよろしくお願いいたします。




