決戦 妖・五陵坊 対 近衛
この場の近衛全員で向かわねば勝てる相手ではない。それを認めたくはなかったが、優先順位は決して見失わないのが朱繕だった。
「術士は指月様と万葉様を守れ! この場は近衛四人で抑えるぞ!」
「はっ!」
「承知!」
五陵坊の錫杖の一振りは、御所を著しく破壊する。早期に討たねば。そう考え、朱繕も神徹刀を抜いた。
「神徹刀『登美正宗』! 絶刀、御力解放!」
続けて清香たちも神徹刀を抜く。今が全力を尽くす時だと確信しているのだ。
「貴様が相手にするのは皇国最強の武人、近衛頭天倉朱繕である! 我が前で狼藉を働いた事、後悔せよ!」
「ほう……! 音に聞こえし近衛頭とはな! これは重畳! お前を討てば、皇国民のみならず武人たちの心も折れるというもの!」
朱繕たちは五陵坊を囲むようにして位置をとる。しかし御所内という事もあり、場所取りを気をつけなければ刀を満足に振るう事ができない。最悪、同士討ちの可能性もあるのだ。
だが屋内における戦闘訓練は、これまでもかなりの回数を積み重ねてきている。清香たちは即座に攻撃の主体を朱繕に任せ、自分たちはその合間を縫いながら隙を突くという戦法に切り替えた。
だが五陵坊はその無限とも思える霊力を放出し、体捌きも素人ではない。
「はっ!」
朱繕の剣筋は思わず見惚れてしまうくらい、完成されたものであった。一日たりとも修練を欠かしていない事が伺える。その剣は何度か五陵坊の肌を傷つけていた。
「ふんっ!」
しかし五陵坊は、傷ついた身体を即座に癒していく。さらに朱繕の一撃は五陵坊にとって致命傷になりづらいが、五陵坊の一撃は朱繕にとって致命傷になり得る。
その事をよく理解している五陵坊は、ある程度防御を捨てて朱繕に力押しする事もできた。
「朱繕様!」
だがここにいるのは朱繕だけではない。清香が、誠臣が、偕が、そうやって生まれた隙を的確に突いていく。
いたずらに霊力を放出してはより大きな隙を作ってしまうため、ここにきて五陵坊は慎重に対応していた。
「くそ、やりづらい……!」
「破邪救心大剣を持っている訳でもないのに、傷を癒すなんて……!」
「他の妖にも同様の報告が見られている! おそらくは、昔の杭と今の杭で性能が違うのだろう!」
妖となった五陵坊の体力がどの程度なのかは分からないが、このままではいずれ霊力も切れる近衛が不利。誰もがそう考えていたが、諦めている者は誰もいなかった。
清香たちもこれまで何度も妖と戦ってきたし、皇族を前にして今更この程度で気後れなどしない。
「かぁ!」
五陵坊は霊力による波動を細かに放ちながら、錫杖を振り回す。自分の有利は自覚していたが、やはり本堂と違って油断できる相手ではないと考えていた。
改めて錫杖に強く霊力を込める。しかし放出はしない。
「あの状態の錫杖と無理に打ち合うな! 受けた瞬間、爆ぜるぞ!」
「はっ!」
さすがに知られているか、と五陵坊は薄く笑う。長年皇国に仇なしてきた自分の獲物が、十六霊光無器だという事はよく知られている。それで何ができるのか、あるいはできないのか。武人であれば、事前に調べるくらいはしているだろう。
だが手の内が知られていようと関係ない。この有り余る霊力で押し通す。五陵坊がそう考えていた時だった。
「朱繕様!」
清香の合図と同時に、四人の近衛は五陵坊から距離をとる。不信に思った五陵坊の視界に入ったのは、万葉が六枚の符を中空に留めて、今まさに術を発動させようとしているところだった。
「な……」
皇族自らが術を習得するのはまだ分かる。しかし近衛という武格を有する者たちが入り乱れる決戦の場に乗り込んでくるとは、誰が考えられようか。
「紫電・雷鳴剣・覇玖六閃」
六つの符から細く鋭い雷鳴剣が、常人には見切れない速度で放射される。しかも雷鳴剣は五陵坊の両手両足、胸部と腹部に突き刺さった。
「がっ……!」
万葉の放った雷鳴剣は消える事なく持続し続け、五陵坊をその場に縛る。そしてこの隙を逃す近衛ではない。朱繕は三人の中で、一番足の速い偕の名を呼ぶ。
「偕! 私は右だ!」
「はい!」
二人が駆け抜けた時、同時に五陵坊の両腕が宙を舞った。
「お……おお……!」
偕はさらに振り返ると、背中から五陵坊に刃を突き立てる。
「がふっ……!」
刀を引き抜くと、五陵坊はその場に倒れた。
「はぁ、はぁ……! や、やった……!」
「見事だ、偕」
朱繕も偕と同じく、背から五陵坊を刺すつもりだった。だが僅か瞬き一回の差ではあったが、足の切り返し速度で偕に一歩及ばなかった。
朱繕は素直に偕の実力を称賛する。だがまだ襲撃者は五陵坊一人だけとは限らない。偕と朱繕は、指月と万葉の側へと移動する。
「万葉様、ありがとうございました。万葉様の術がなければ、これほど容易く仕留められる相手ではなかったでしょう」
「……いえ。私も、お役に立てて嬉しく思います」
「もったいなきお言葉。ですがもう霊力は残っておられない様子。これ以上の無理はおやめください」
朱繕は改めて今の戦いを考える。自分一人では負けはしなくても、指月たちを危険にさらしていただろう。
近衛四人で立ち向かえた事。そして万葉の援護があったからこそ、妖と化した五陵坊に誰も大怪我する事なく対処する事ができた。少なくとも並の武人術士であれば、被害が広がっていただけだろう。
(まだ近衛となって日が浅いというのに。やはり才気は本物だな)
清香たちの将来が楽しみでもある。少なくとも真っ当に武人としての武を高めている以上、いけ好かない黒霧紗良なんかよりも好感が持てる。
戦いを見守っていた指月も、安堵した表情を浮かべていた。
「どうやら御所の問題も片付いたようだね。残りは大型幻獣か……」
「それと他領の状況も気になりますね。妖も出ていますし、皇都で確認できた霊影会幹部は五陵坊と鷹麻呂の二人だけでした」
「ああ、それだけどね。実は先ほど毛呂山領から連絡があったんだ」
「え!?」
毛呂山領と聞き、清香が反応を示す。
「羽場真領は無事に解放できたそうだよ。二人の皇国七将、それに血風の栄六。これらも南方狼十郎、六郷翼。そして理玖殿の助けもあって、討つ事ができたとの事だ」
「兄さま……! 皇国にお戻りだったんですね!」
「そう、狼十郎も……!」
まだ皇都の問題が片付いた訳ではない。それでも混乱極まる皇国において、久しぶりの明るい報せだった。
■
(栄六……!)
確かに一度、心臓が止まった五陵坊であったが、妖と化した身体が持つ再生力が要因となったのか、再び息を吹き返していた。
指月たちの会話が耳に入り、これまで妖となって以来、波風の立っていなかった心に変化が生じ始める。
「理玖殿たちはそのまま左沢領に向かったとの事だ」
「そうですか! 理玖が向かったのなら、もう左沢領の解放も約束されたも当然だな!」
「ええ。どうやら事態の収束が見えてきたようね……!」
「陸立理玖、か。ふん……」
(左沢領……菊一、佐奈……!)
自分でもうるさく聞こえる程に、大きく心臓が鳴る。長く苦楽を共にしてきた栄六と鷹麻呂が死に。近衛たちの信頼厚い何者かが、左沢領へと向かった。
栄六と皇国七将を相手に羽場真領を解放した武の持ち主だ、菊一と佐奈といえども苦戦は免れないだろう。
『ドクンッ』
もしかしたら二人も既に討たれたかもしれない。新たな国が生まれた暁には、菊一と佐奈は一緒に暮らすつもりだった。
『ドクンッ』
五十鈴は元々戦闘向きの能力は持っていない。皆危険は承知で、それぞれ持ち場についた。覚悟もあった。皇都を出てからこれまでの生き方に、後悔などした事はない。
『ドクンッ』
妖となった時、自分はどの様な事にも動じない鋼の精神を手に入れたと感じていた。強靭な肉体、強大な霊力を振るうに相応しい精神を手にしたのだと。
なら。今、この身を焦がす様な思いは、感情はなんだ?
『ドクンッ』
このまま羽場真領と左沢領、そして皇都の混乱を収められてしまったら。
自分は。栄六は。鷹麻呂は。そして菊一、佐奈、五十鈴は。何のために今まで生きてきたというのか。
ああ。自分は、今。
『ドクッドクッドクッドクッ』
このまま仲間たちの死が、人生が。無駄になるのが何より恐ろしい。怖い。我等の生きた証を。この国に!
強く……強く強く、強く強く強く強く! 刻みつけなければ!
「オオオオオオオオオオオオオ!!!!」
両目から血の涙を流しながら立ち上がる。両腕の切断部からは血が噴き出し、生きているかの様に切り落とされた両腕を掴む。そのまま両腕を引き寄せると切断部にピタリとくっつく。
「な!?」
「ご、五陵坊!?」
「そんな⁉︎ 確かに脈が無かったのに……!」
再び全身に溢れる霊力。その衝動に従い、身体を変化させていく。
もはや人の形になど拘っていない。肉が蠢き、新たな形状を形作っていく。
まだだ。まだ自分には成すべき事がある。仲間たちのこれまでの人生に。
「ここで! 俺が! 応える!」
五陵坊が強い乳白色の輝きに包まれる。
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明日もお昼くらいに投稿できればと思います。
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