混迷の皇都西部 左沢領で暗躍する者
俺たちは馬を走らせ、左沢領へと向かう。領主の士空は良い馬を用意してくれた。この分だと直ぐに目的地に到着できるだろう。
「狼十郎。左沢領にはどれくらいの戦力が回されているんだ?」
「第一皇国軍に、武人と術士がいくらかだな。これで武人術士に余裕が無くなり、羽場真領へは皇国軍が三軍派遣されたって訳だ」
そう聞くと結構な戦力だな。総数はともかく、霊力持ちの比率が高い。もしかしたらもう事を収められている可能性もある。しかし翼の表情は明るくなかった。
「もし左沢領でも、剛太の様な妖が出ていたら……」
確かにその懸念もあるか。パスカエルほどではなかったとはいえ、並の妖とは一線を画す強さだったのは間違いない。そもそも並の妖でさえ、近衛ほどの実力者でなければ苦戦を強いられるのだ。
「羽場真領にはお兄さんがいたから良かったけど。あんな怪物がまた出て来たら、普通は対処できないわ」
「まぁ剛太くらいの奴なら苦戦するだろうが。それ以外の妖なら、多分大丈夫じゃないか」
何か確信があるのか、狼十郎は薄く笑う。
「何故そう言い切れる?」
「派遣されたのは第一皇国軍だろ? 皇国七将はそれぞれ、近衛と同等かそれ以上の武を誇る。だが第一軍の将だけは、七人の中で最強の武人がその位に就く。昔からの慣習でな。そして今の第一軍の将軍様は、結構な有名人だ」
皇国軍版の近衛頭みたいな感じだろうか。つまり狼十郎は、第一軍の将軍であれば妖程度、問題ないと考えているのだろう。
「そいつも裏切っていなけりゃいいけどな」
「不穏な事を言うなよ……」
「で、その将軍はどんな奴なんだ?」
俺の疑問に答えたのは翼だった。
「黒霧紗良。私たちの界隈でもかなり特殊な武人よね。聞いたことない?」
「ああ。何せ鬱屈とした幼少期を過ごした上に、国を出た身だからな」
「反応に困る……!」
黒霧紗良。京三や近衛頭である天倉朱繕と同年代の武人らしい。この世代ではこの二人の女武人が、頭一つ抜けているという。
片や近衛頭、片や第一軍の将。だが有名人というのは本当で、狼十郎も会った事はないものの噂はいろいろ聞いているとの事だった。
「武人としては珍しく、神速の抜刀術を得意としていると聞くな。しかも神徹刀の御力と相性がかなり良いらしく、その技は神域に及ぶと言われている。間違いなく俺なんか相手にならないだろうよ」
「短期間だけど、九曜一派に師事していた事もあるわね。さすがに規模の大きな符術は扱えないけど、簡単な術は習得していると聞くわ」
「……それも武人としては珍しいな」
普通に武家に生まれ育った者であれば、まず行きつかない思考だ。通常は金剛力などの習得にその霊力を使うのが武人というものだ。
よほどの変人か、何にでも興味を持ちやすい性格なのか。はたまた何でもそつなくこなせてしまう女なのか。霊力に苦労した身としては、うらやましい限りだ。
「霊視の眼を持っている事でも有名よ。これも居合いと相性が良いらしいわね」
「つまり本人の実力に加え、神徹刀に霊視の眼。これらが神速の抜刀術を、神域に押し上げているって訳だ」
「聞けば聞くほど、裏切られていた場合が悲惨だな……」
加古助と剛太の件もある。俺達はまだ見ぬ左沢領に、多少の不安を抱きつつも前へと進む。
■
霊影会幹部、烈火の菊一と必中の佐奈。二人は左沢領内の某所を拠点に活動していた。
「ここまでは順調、だな」
「うん。さすがに第一軍の将軍が派遣されてきた時は、どうしようかと思ったけどねー」
「ああ。今のやり方に切り替えて正解だった」
菊一たちも当初は羽場真領と同じく、妖共々領都で好き勝手に暴れようとしていた。そうして皇都から戦力を吐き出させ、この地に釘付けにする。
しかし派遣されてきたのは、想定外の戦力だった。
「下手すればせっかくの妖共々、全員あの女に斬られていた」
「皇国最強の武人、その片割れだもんねー」
天倉朱繕と黒霧紗良。この二人は、今が全盛期の強さを持つと言われていた。
かつての六角の様に「成った」妖ならともかく、通常の妖程度であれば瞬く間に斬り刻まれてしまう。それくらい隔絶した強さを誇っていた。
菊一は自分が持つ槍に視線を移す。
「せっかく手に入れたコレだが。相手があの女じゃ……な」
はぁ、とため息をつく。菊一が新たに手にしたのは十六霊光無器が一つ、柳震時閃槍。せっかくの十六霊光無器も、黒霧紗良を前にすると、振るう前に斬られてしまうだろう。
「でも五陵坊との約束は何とか果たせそうね」
「約束の日まで、皇都の眼をこっちに向けさせる。これ自体は問題ないだろう」
差し向けられた戦力に黒霧紗良がいる事を知った菊一と佐奈は、戦力を領都内に固めるのを止め、各自領地内で好きに暴れさせる事に決めた。
黒霧紗良を始めとする武人術士はこれらに対応するため、各地に戦力を割り振っての対応を迫られる。現在まで左沢領に戦力を留めるという事には成功していた。
「……なぁ佐奈」
「なぁに?」
「今からでも」
「菊一」
菊一が何を言おうとしたのか察した佐奈は、その先を止めた。
「大丈夫。上手くいくよ。またみんなで一緒に皇都で暮らそ?」
「…………ああ。そうだな」
そうだ。上手くいきさえすれば、何も問題はないのだ。そのために今自分にできる事を成そうと、菊一は立ち上がる。
「今頃五陵坊たちは、皇都の近くまで移動した辺りかな」
「鷹麻呂もいるんだもん。何も心配いらないよ」
「そう……だな」
こんなのは自分らしくない。しかし胸に宿る嫌な予感を消せないまま、菊一は足を進める。
■
菊一によって左沢領内各地に放たれた妖と破術士は、いくつかの組に分かれ、徒党を組んで暴れていた。
こうなると山賊と何も変わらない。賊たちは領内各地の村を襲い、好き勝手に暴れていた。
これらの対処で領都を空けると、隙を伺っている妖たちが襲撃にくる可能性もある。そのため黒霧紗良は、ある程度の戦力を領都に残しつつの対応を迫られていた。
そして現在。とある村に、三体の妖と複数の破術士集団が襲撃をしかけていた。しかしこの村にはたまたま武人術士が滞在しており、これらの対処に乗り出す。
「くそ! 破術士如きがぁ!」
「誠彦さん! 前に出過ぎよ!」
「うるさいっ! お前も早く援護しろ!」
破術士が複数で誠彦を襲う。相手も手練れ、多人数相手になると武人にもできる事は限られる。
誠彦は苛立ちながらも破術士を引き付ける。そこに符術が飛んだ。
「穿て! 瞬閃雷蛇!」
雷撃が蛇の様に曲線を描きながら破術士を襲う。術を放ったのは六郷雫だった。雷撃に触れた者は痺れでその場にうずくまる。
そこを誠彦が留めを刺していくが、不意に巨大な拳が目の前に現れる。それは妖となり、巨躯を手にいれた者の腕撃だった。
「うああ!?」
とっさに強硬身で身を守るが、吹き飛ばされてしまう。追い打ちを仕掛けてくる妖を正面から止めたのは、もう一人の武人。葉桐涼香だった。
「誠彦、油断しないで! 二進……金剛力!」
涼香は妖を確実に仕留めるべく金剛力の一撃を放つが、妖は見た目にそぐわぬ身軽さでそれを躱す。
村で戦える戦力はこの三人のみ。他に脅威らしい脅威がないと判断した妖たちは、破術士と共に三人を包囲していく。
「じ、冗談じゃない! こんなところでお前ら如きにやられてたまるかよ!?」
「当たり前でしょ! ここで少しでも数を減らして、村人たちが逃げる時間を稼ぐのよ! 雫、時間は私たちが稼ぐ! 雷鳴剣で道を作って!」
「わ、わかったわ!」
妖二体に加え、多くの破術士にも囲まれ、三人に逃げ場はない。だが元より逃げるつもりもない。すでに一体、妖を倒しているのだ。
数で負けていても、それが理由で負ける事を許されている立場ではない。ましてや葉桐の者であれば尚更だ。
迫りくる破術士から雫を守る様に、涼香と誠彦は刀を振るい続ける。
「準備できたわ! いつでも撃てるよ!」
雫の言葉に涼香はどうするか考える。雫が強力な術を用意している事は、妖側も気付いているだろう。ここで放っても、躱されてしまう可能性が高い。
本来は前衛が隙を作り、確実に術を当てられる環境を整える必要があるのだ。
「よし! 雫、すぐ撃て! ほら、何してんだよ!」
「待って、誠彦! 今撃っても……!」
「うるさい! 囲まれているんだぞ!? 術を撃って、そこを起点にこの包囲から抜けだすのが先だろ!」
誠彦の言う事にも一理ある。しかし包囲から抜ける事によって、一部の破術士が自分たちから逃げた領民に狙いを変えないかという不安があった。
少なくとも今なら、全員の注意を引き付けていられるのだ。
「雫っ! さっさとしろぉ!」
「涼香さん……!」
「っ……! 雫、撃って!」
僅かな逡巡。しかし自分たちがやられては元も子もないのも確か。涼香の意を汲んだ雫は、前方に向けて自身の最強最大の雷術を放つ。
「天駄句公よ、その御力をここに! 星辰・雷鳴剣!」
妖に向かって巨大な雷光が放たれる。しかし破術士や妖はやはりあらかじめ警戒していたのか、これを躱す。だが何人か巻き添えを受けた破術士もいた。
そうしてできた包囲の穴を、誠彦はさっさと絶影で離脱する。涼香も雫を背負うと、同じく絶影で抜け出した。
「涼香! あっちに破術士がいた! ぼ、僕はそっちの対処に向かう!」
「え!?」
言うや否や、誠彦はさっさとその場から離脱する。後に残った涼香と雫に向かって、破術士と妖二体が向かってくる。
「術士に気を付けろ!」
「武人の体力も限界だ、一気に片付けるぞ!」
遠目には涼香たちに興味を失い、村を荒らそうと別方向に動き出す破術士たちの姿も見える。その者たちを放ってはおけないし、何より向かってくる妖を前にして、退きさがる訳にはいかない。
一刻も早く、目の前の者たちを斬り伏せなければ。そう焦る涼香の耳に、自分たちとは別の声が聞こえた。
「天駄句公よ、その御力をここに! 星辰・雷鳴剣!」
突如別方向から放たれた雷鳴剣により、村を荒らし始めた破術士たちが焼かれる。
「え!?」
妖や破術士たちも突然の出来事に驚き、術が飛んできた方角に視線を移す。そこには馬に乗った者が三人、こちらに向かってきている姿が映った。
「あれは……!」
「お、お姉ちゃん!? それに……!」
先頭を駆けるのは理玖。その姿を見た時、二人は安堵した。もうこの場は大丈夫だと。
そして狼十郎の姿も確認した雫は、隣にいる涼香を見て動悸が早くなるのを感じていた。
ご覧いただきまして誠にありがとうございます!
明日もお昼くらいに投稿する予定ですので、引き続きご覧いただけましたら幸いです。
また面白いと感じていただけましたら、ポイント評価及びブックマークいただけますと、とても大きな励みになります!既にご評価いただいた皆様方には感謝申し上げます!
明日もよろしくお願いいたします!




