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皇国の無能力者   作者: ネコミコズッキーニ
四章 復讐の無能力者
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悲願への道程 立ち塞がる者

 帝都を出た俺は、オウス・ヘクセライと聖騎士達と共にアンベルタ領へと向かっていた。オウス・ヘクセライは総勢55名在籍しているが、今回の遠征に付いて来たのはヴィオルガを含めて25名になる。聖騎士からは輸送係も合わせて70名が派遣された。中にはマルクトアの姿も見える。


 さらにこの一隊にはアメリギッタも加わっていた。パスカエルの元腹心を一人、帝都に置いておくのは心もとなかったという判断もあるが、セイクリッドリングの適合者であるという理由もある。


 相手は帝国最強の魔術師。少しでも戦力は多いに越した事がない。俺は馬を走らせながらヴィオルガの隣へ移動する。


「なぁ。アンベルタ領ってローゼリーアの家だよな?」

「そうよ。アンベルタ家は帝国の上級貴族。帝都の近くに領地を持っているの」


 帝都にはアンベルタ家の別邸があり、ローゼリーアは上級貴族院へ通うため、そこに住んでいるとの事だった。


「帝都のアンベルタ家の屋敷も、もぬけの殻になっていたわ。おそらく彼女も実家に戻ったのでしょうね」

「そうか……」


 パスカエルもアンベルタ家の屋敷にいるはず。そう考えるとローゼリーアも今、パスカエルと同じ屋敷で暮らしているのかもしれない。


 ローゼリーアの事を考えていたのに、何故か俺の胸中ではサリアの事が思い出されていた。嫌な予感を無理やり押し殺すと、左目が痛いほど疼き始める。後ろからアメリギッタが近づいてきた。


「ねぇお兄さん。パスカエルの研究室からは大量の杭が紛失していたわ。間違いなくアンベルタ領へ持ち込んでいるはずよ。この戦力で大丈夫かしら?」

「俺も何度か戦ったし、弟達の話にも聞いた。確かに脅威だろうが、対処できない訳じゃないんだ、これだけの戦力があれば何とかなるんじゃないのか?」

「だといいけど。中には完成品と呼ばれる杭もあるの。それを使われたら、オウス・ヘクセライの皆さんでも厳しいんじゃないかなぁ?」


 俺を挟んで逆にいるヴィオルガが、怪訝な表情を見せる。


「確かにドラゴンみたいな奴にでてこられたら厄介だけれど。これだけオウス・ヘクセライを動員しているのだもの、資料にあった怪物相手でも引けはとらないはずよ」

「ああ、あの時のドラゴンね。まぁその心配はないんじゃないかなぁ。パスカエルもあの杭の作成には通常の杭の何倍もリソースが必要だったって言っていたし。それにパスカエルの目的は、あくまで魔術師をさらに優れた存在に押し上げる事。それなのに幻獣になってちゃ世話ないもの。あれも研究課程で偶然できたものだって話していたし、さすがに二本目は使っていないと思うよぉ」


 逆に言うと、だからこそ大型幻獣になる様なモノは魔術師ではなく、聖騎士に使わせたのかもしれないな。


「それよりあなた、これが終わったらセイクリッドリング「ゲイル」を返しなさいよ。それは失われし帝国の秘宝よ!? だいたいどこで手に入れたのよ」

「私が持っているんだから、出所なんてパスカエルに決まっているじゃない?」

「ますますあいつの罪が重くなるわね……」


 セイクリッドリングは全部で10個。その内5つが行方不明になっているらしい。だが続いてアメリギッタが語った話は、ヴィオルガをさらに驚かせるものだった。


「行方不明の5つの内、風の「ゲイル」は私が持っているけど。水の「ヴァッサー」はもう一人の腹心のアイリーンが、天の「ヒメル」はパスカエルが使っているわよ?」

「な……! なんですって!? あなた、どうしてそれを早く言わないの!」

「言うタイミングが無かったんだって」


 つまり行方不明と言われていたセイクリッドリングの3つを、パスカエルが秘密裏に保管していたという事だ。


「なぁ。風と水は何となく分かるんだが、天ってなんだ?」

「……天は風属性と雷属性の二属性を示すの。私のセイクリッドリングは冥で、扱える属性は火と爆の二属性。両方とも帝国史上、適合者は数えるほどしかいないわ」

「なるほど。つまりセプターを持っていなくても、風と雷の魔術が使える訳だ」


 風魔術ならアメリギッタのおかげで何度か目に触れたが、厄介な能力であるのは間違いない。俺が本気を出していなければだが。


「あきれたわね……。帝国の秘宝を、一貴族が欲しいままにしていたなんて。これも帝国に対する立派な反逆よ」

「あいつの罪が増える分には一向に構わんが」


 罪が重くなれば、それだけ殺しても帝国内で問題になりづらいという事だしな。


「言っておくけど、雷の魔術も十分に脅威よ。……まぁドラゴンを降せるあなたには分かりづらいかもしれないけれど」


 もし大型幻獣の類とまた戦う事となれば、血の消失には十分に気をつけなければならないだろう。何せここには万葉がいないからな。代行者としての力は発揮できない。しかし。


(どれだけ特別な武器を持っていようが、理術を使うまでもない。魔境で手に入れたこの肉体で十分だ。必ず奴を殺す)


 パスカエルの肉体を斬り刻む。その時が近づいていると思うと、自然と口もにやけてしまう。


 サリア。もう少し待っていてくれ。あの時の報いを、今度こそ奴に。俺が頭の中でパスカエルを切り刻んでいると、両端に切り立った岩場が続く、やや細い道に出た。


「ここを抜ければアンベルタ領の領都も見えてくるはずよ」

「ほう……」


 目を閉じて少し集中する。確かにこの先に街が見えるな。それと同時に不審な魔術師たちの姿も見えていた。


「ヴィオルガ。正面、誰かが立っている」

「え!?」


 しばらく馬が進むと、道を塞ぐように十人の男女が横に並んでいた。全員から強い魔力を感じる。だが何よりも。


「あれは……!」


 九人の男女の心臓部分には、黒い杭が刺さっていた。あの時のベックやサリアと同じく、全身を乳白色に輝かせている。アメリギッタは唯一杭が刺さっていない女を指さす。


「あのオバさん。パスカエルの腹心で一番付き合いの長い女よ。パスカエルの信奉者って感じで気味悪い人。名前はアイリーン」


 まだ距離はあるのに、アイリーンの声は何故かこちらまで届いた。


「アメリ……。本当に裏切ったなんて、愚かな子。そして先生のお考えを理解できない哀れな者達。ここで朽ちなさい」


 アイリーンは右腕を振り下ろして合図を出す。同時に、杭の刺さった魔術師たちは各々両腕を前方にかざし、魔術を発動させた。


「っ! みんな、散りなさい!」


 大玉の火球がいくつも襲い掛かる。後方の輸送隊は避けられず、火球の直撃を受けてはじけ飛ぶ。轟々と炎が舞い、周辺の気温が一気に上昇した。ヴィオルガは馬を巧みに操り、体勢を整える。


「く……! 聖騎士、前へ! 魔術師は支援を! 障壁魔術を張って!」

「はい!」


 マルクトアを先頭に、聖騎士達は馬を走らせる。続いて放たれる火の魔術に、オウス・ヘクセライが張った結界と、アメリギッタが巻き起こす風の魔術がぶつかる。


 俺は馬を降りると、馬よりも早く敵魔術師の元へと駆ける。途中で先行していたマルクトア達をも追い抜かした。


「はや……!」


 杭の刺さった魔術師をすれ違いざまに切り裂く。一瞬後、魔術師の首が地面へと落ちて来た。この身体でなければ、こうも容易く乳白色に輝く肉体を斬れなかっただろう。俺が側に現れた事に、アイリーンも驚きの声を出す。


「皇国人……! きさまがリクか!」

「気安く名を呼ぶんじゃねぇ!」


 距離を詰め刀を振るう。だがアイリーンは、人間には不可能な動きで俺の太刀を避けた。まるで宙に浮いているかの様に、地面を滑る様に高速移動を行う。いや、実際に浮いているのか? 


 俺はなおもアイリーンに追いすがり、連続で刀を振るう。だがアイリーンはその速さに加え、額から出て来た三つめの目と合わせて、俺の動きを凝視していた。


「……! てめぇも杭を使っていたのか!」

「私は杭などと無粋なものは使っていませんよ。ふふ、私の魔力を感じられれば、この身は既に人を超越していると分かりそうなものを。そういえばあなたには魔力が無かったのですね。それならこの素晴らしい力を感じられないのも仕方ない事。哀れですね」


 すでに周囲は混戦になっていた。聖騎士、魔術師たちは杭の刺さった敵魔術師を相手取る。俺はアイリーンと一騎打ちだ。


「はっ! 杭刺しの化け物は全員、人間の姿を捨ててんのかと思ったぜ!」

「不適合者であれば、その身に余る魔力を制御できないでしょう。しかしここにいるのは、いずれも先生によって見出された稀代の魔術師です。その身を醜く変異させる訳はありません」

「杭がぶっ刺さってる時点で十分化け物なんだよっ!」


 とうとう俺の刀はアイリーンを捉えはじめる。アイリーンは僅かに驚いた仕草を見せるが、強力な障壁を展開させて俺の攻撃を受ける。


「まさか魔力を持たない只人が、これほどとは……」

「アメリギッタから何も聞いてねぇのかよ! まだまだこんなもんじゃねぇ!」

「アメリの妄言など元より信じられるものではありません。……面倒です、これで逝きなさい」


 アイリーンはまた地面を滑る様な動きで、俺から大きく距離を取る。三つの目が俺を捉えつつ、セイクリッドリングを嵌めた指を俺に向けてかざした。


「集え集え。その大いなる力を持って全てを押し流せ。ヴァッサーよ、その力を顕現せよ。シュトレームング」


アイリーンの前方に発生した大量の水が、渦を巻いて俺に襲い掛かる。さすがにここまでの質量を神徹刀で捌く事はできない。理術を発動させようとしたところで、後方から風精の気配の高まりを感じ、俺は静かに後ろへ跳ぶ。


「ゲイル。その力を私に見せて。ヴァン・クリンゲ」


 強大な力を秘めた風の刃が、迫りくる水流を切り刻み、散らしていく。周囲に水と突風をまき散らしながら、二つの術は相殺された。後ろから今の術を放ったアメリギッタが近づいてくる。


「セイクリッドリングを持つ者同士の戦いなんて、帝国史上初めてじゃないかなぁ?」

「アメリ……。本気ですか? 今の私にあなた如きが敵うとでも?」

「うるさいなぁ。こっちはお兄さんに少しでも私の有用性をアピールしたいのよ。ね、お兄さん? ヴィオルガ様、話があるみたいよ?」

「なに?」


 ヴィオルガは俺の馬を引き連れて、こちらに向かってきていた。


「リク! ここは二手に分かれるわ! 私たちはこのままアンベルタ領へ! ここはアメリギッタ、それに聖騎士達に任せます!」


 ヴィオルガに追従する魔術師が四人いる。どうやら俺を含めた六人で先へ進むつもりらしい。俺はアメリギッタに視線を向ける。


「いいのか? 決して容易い相手ではないが」

「ここを引き受けたら、私のこれまでの罪は全て不問にしてくれるんだって。お兄さんに付いて皇国に行くためにも、断れないじゃない?」

「本気で付いてくるつもりか……」

「それにオウス・ヘクセライの皆さんや、聖騎士さんたちのほとんどはここに残るわ。私にはゲイルもあるし。オバさんや杭刺し魔術師くらい、訳ないでしょ」


 ヴィオルガの連れて来た馬に俺はまたがる。だがアイリーンは、ここで俺達を逃がすつもりはないようだった。


「逃がしません。ヴァッサーよ」

「そうはさせないわ。ゲイル!」


 再び激突する水と風。魔力はアイリーンに分があるが、アメリギッタは手数の多さや細かな魔術制御で、上手くアイリーンの水魔術をいなしていた。


「さぁ行って、お兄さん!」

「……恩にきる!」


 俺はヴィオルガ達と共に先へと進む。後方からは強大な魔力がぶつかり合う波動を感じた。


 アイリーン相手となると、俺は理術を使わざるを得ない。だが万葉のいない今、無駄に術を多用して血を減らすという事は避けたかった。


 目の前には領都が見えている。脳裏によみがえるのはあの日の群島地帯での出来事。そしてローゼリーア。パスカエルがいる事を考えると、嫌な予感が止まらなかった。





「うふふ。恩にきる、だって」

「アメリ……愚かな子。その才を先生に見出されたというのに、それを無駄に散らす事になるなんて」

「やめてよね。確かにオバさん、凄い魔力だけど。額に目を生やしてまで欲しい力だとは思わないかなー」


 アイリーンは何も恥じる様子を見せず、堂々と手で髪を撫でる。


「この素晴らしい力が分からないのも愚かしいわね。恩知らずにはさっさと死んでもらいましょう」

「オバさん、急にすごい力を得たから舞い上がってるわね。言っておくけど、セイクリッドリングの扱いは私の方が上だからね? それに……」

「アメリギッタさん!」


 アイリーンが一番の強敵である事は全員が理解している。アメリギッタがアイリーンを抑えている間に、マルクトアを始めとする多くの聖騎士や、手の空いた魔術師が集う。


「お兄さんほどの力があるならともかく。オバさん程度なら、数の暴力でなんとかなるでしょ」

ご覧いただきまして誠にありがとうございます!

明日ですが、またお昼過ぎたくらいに投稿できればと思います。

引き続きよろしくお願いいたします!

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