皇帝の決断 杭と秘薬
「……なんだと?」
「帝国軍では確かにアンベルタ領に集う魔術師に対抗できないでしょう。しかしオウス・ヘクセライであれば、並の魔術師など相手になりません。それにオウス・ヘクセライは陛下の直属組織。陛下の意向を示すにも十分な働きが示せるかと思います」
皇帝は一瞬悩んだ様子を見せたが、結論は直ぐに出たようだった。
「分かった。手を打つなら早いに越したこともない。オウス・ヘクセライはこれよりアンベルタ領へと赴き、パスカエル及びグライアンの身柄を確保してまいれ」
「はっ! ……聞いての通りよ、リク。あなたも私の護衛として、一緒に来なさい」
「……いいだろう」
ヴィオルガが同行するというのなら、それはそれで構わない。俺の行動に王族のお墨付きが与えられたようなものだからな。テオラールは申し訳なさそうな顔を見せた。
「直接手伝いができず、すまない。だがアロムント殿にも話は通しておこう。父上、よろしければ聖騎士にも動いていただくというのはどうでしょう。西国魔術協会はこの先、その影響力を落とします。何も聖騎士を特別に取り立てようというのではありません。しかしここで帝国における魔術師と聖騎士の立場を、より健全なものにする事もできるのではないでしょうか。そしてそれは、将来の帝国のためになるはずです」
帝国における聖騎士の立場。これに不満を覚えない聖騎士は少ない。これには帝国内における魔術師の既得権益の問題もあるらしいのだが、テオラールとしては今の現状は正常だと考えていないようだった。これを機に帝国をより良い方向に進めたいのだろう。
そもそも聖騎士と魔術師の軋轢がなければ、皇国での騒ぎももっと違う形になっていたはずなのだ。それに聖騎士の中でパスカエル陣営に付く者は少ないだろう。下手な魔術師よりも信用ができる。
こうして帝国軍の代わりに、皇帝の勅を受けたオウス・ヘクセライと聖騎士が動く事になった。その先頭を行くのはガリアード帝国が王女、ヴィオルガである。アンベルタ領は帝都の南西、一日とかからない距離にあった。
■
「どうするのだ、パスカエル!」
アンベルタ領の領主屋敷にて、パスカエルとグライアン、それにアンベルタ家当主のメネジルドは話し合いを行っていた。懸案は今、こちらに向かってきているヴィオルガ達である。
「ふふ。何を慌てているのです、殿下?」
「これが慌てずにいられるか! ヴィオルガは父上の勅を受けて向かって来ているのだぞ! これに逆らえば、父上に……帝国に逆らうも同然! だからアンベルタ領へ逃げ込む様な真似は駄目だと言ったんだ! これもそれも全て、お前が部下に裏切られたからだぞ! 分かっているのか!」
何度目になるか分からないグライアンの喚きに、パスカエルは柔和にほほ笑む。
「殿下。どうやら覚悟が定まっていないのはあなただけのようですね?」
「……なんだと?」
パスカエルの言葉をメネジルドが引き継ぐ。
「今も我が領に集う魔術師たち。彼らはとっくに決めているのですよ。次の皇帝はグライアン殿下であり、帝国を幻獣の脅威から救うのはパスカエル様の研究に他ならないと」
メネジルドは席を立つと、窓から外の景色を見る。
「そしてそれは私も同じ。アンベルタ家はパスカエル様と殿下を全面的に支援いたしましょう。我が息子に二人の娘も同様の考えです」
「しかしこのままでは……!」
「殿下。これはチャンスなのですよ。オウス・ヘクセライといえば、帝国でも一級の魔術師揃いの組織。合わせて聖騎士を撃退すれば、皇帝陛下の手持ちの戦力で、こちらに敵うものはいなくなります。そしてその事実は、パスカエル様の研究成果をより大々的に喧伝する事にもなるでしょう。皇帝陛下は戦う力を失い、殿下の権勢は増々強いものとなる。何が不満なのです?」
「む……」
「そもそも。殿下はパスカエル様が……。杭を使用した者達が、オウス・ヘクセライや聖騎士に負けるとお思いで?」
「それは……」
「とはいえ、逸る気持ちは理解できます。いかがでしょう、殿下。部屋でおくつろぎになられては。後で殿下の世話をする様に、娘に命じておきましょう。ローゼは少し難のある体質ではございますが、その魔力はパスカエル様もお認めになられるほど。きっと帝国の……殿下のお役に立てるでしょう」
言われてグライアンは、屋敷で見たローゼリーアの顔を思い出す。確かに魔力が漏れ出る体質ではあるが、その容姿は珍しい銀髪も相まって、大層美しいものだった。
「ふん……まぁいいだろう。どうせ後戻りはできないのだ。後はお前たちに任せる。俺は部屋で休ませてもらうぞ」
「御意に」
グライアンが部屋から出たのを確認し、パスカエルはゆっくりと口を開いた。
「やれやれ……。助かったよ、メネジルド」
「殿下にはまだ心構えが出来上がっていない様子ですからな」
「しかしよく自分の娘を差し出す様な真似をしたものだね?」
「ふふ。あの殿下ではローゼの相手は務まらないでしょう。父である私でさえ身構えてしまうのです。ですが殿下はどうやら、普通の女性は見飽きている様子。ああしたイロモノが珍しいのでしょう」
メネジルドは窓から離れ、お茶を淹れ始める。それをカップに注ぐと、パスカエルへ差し出した。
「ですが実際、オウス・ヘクセライは精鋭揃い。これを撃退できればこちらの勝利は確定いたしますが、何か策はございますか? お望みとあれば私も赴きますが」
「いや、それには及ばないよ。ここは我が腹心、それに頼りになる配下に任せよう。帝都に残る貴族達にとって、丁度良いデモンストレーションになるだろう」
パスカエルの言葉が終わるのと、助手のアイリーンが部屋に入ってくるのは同時だった。
「パスカエル様。殿下を部屋に案内してまいりました」
「ああ、アイリーン。丁度いいところに来てくれたね。長く待たせたが、君にこれを渡しておくよ」
そう言ってパスカエルが懐から取り出したのは、小さな木箱だった。中には乳白色に輝く粒が入っている。
「ああ……! パスカエル様、これは……!」
「そう。この十年以上の研究の集大成。真の完成品。選ばれし者を次のステージに押し上げる、神秘の秘薬。いろいろ考えたがね。ここは一番付き合いの長い君に、最初に使ってもらいたい」
「パスカエル様……!」
木箱を受け取ったアイリーンは、感激で目に涙を浮かべる。心の底から喜んでいると、誰もが理解できた。メネジルドも乳白色に輝く粒を前に、感動を隠せていない。
「おお。おお……! それが……!」
「まだ数はそろっていないがね。それに杭の方も捨てたものじゃない。秘薬はさすがにまだアイリーン以外には渡せないからね、他の者には杭の方を使ってもらうとしよう。ああ、それと。メネジルドにはこっちを」
パスカエルは自分のカバンから別の木箱を取り出す。その中には黒い杭が入っていた。
「これも完成品の一つさ。もしよければ、折を見てローゼ君に使ってあげるといい。彼女ほどの逸材が用いれば、帝国を百年守る守護神にも成れるかもしれないよ」
「おお……! なんと素晴らしい……! 感謝します、パスカエル様! 娘も喜ぶでしょう」
「うふ。うふふふ。こうして自分の研究が形になるとは、私も感無量だね。ではアイリーン、早速だが配下を率いてオウス・ヘクセライの相手をしてきてくれるかい? 配下にも全員、杭を使うといい」
「はいっ……! いよいよ杭が与えられるのです、皆喜ぶでしょう! 私も早速、使わせていただきます」
擁立する王族、幻獣への備え、政治的な立場。あらゆる箇所で意見が食い違うテオラール陣営とグライアン陣営。
帝国を二分しかねない事態を前に、パスカエルは玩具を与えられた子供の様な笑顔を見せていた。
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気づけば投稿を始めて3ヶ月が経っていました…。
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