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皇国の無能力者   作者: ネコミコズッキーニ
四章 復讐の無能力者
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仇敵の影 アメリギッタの選択

 ヴィオルガに呼ばれ、俺は部屋を訪ねた。部屋に入るとヴィオルガは俺を見て一瞬身構える。


「……どうしたの?」

「なにがだ?」

「あなた今、もの凄い殺気を放っているじゃない。正直心臓に悪いから止めて欲しいのだけれど」

「…………ああ」


 言われて初めて俺は、自分がかなり気が立っている事を自覚した。リリレットがここに来るまで無言だったのも、俺の態度が原因だったのだろう。自覚した後でもなかなか気を静める事ができない。


「……もしかして。見たの?」

「…………」


 何を、とは聞かない。だがヴィオルガの言葉が何を指しているのかを理解した俺は、静かに頷く。痛い程に感じる左目の疼きを意識しながら、俺は口を開いた。


「俺はある程度の距離であれば、少し集中する事で周囲を観察する事ができる。ここは帝国の要職に就く者が多く訪ねてくる場所だろ? いつか奴が現れる時がくるんじゃないかと、ずっと集中していたんだ」

「その場にいながら遠くを見通せるって事かしら? とんでもないわね……。それで見た訳ね。パスカエルの姿を」


 パスカエルの名を聞き、再び強く心がざわつく。俺はローゼリーアの事を思い出し、自分の殺気がなるべく外に漏れない様に強く右目を閉じた。


「6……いや、7年ぶりになるのか。一目見て直ぐに分かったぜ……」


 パスカエルを見た時、俺はそれが人違いだと疑わなかった。なくなった左目にあの日の出来事が浮かぶ。サリアと同じ目に合わせてやる。そう思ったが、俺は思いとどまった。


「よく後先考えずに行動に移さなかったわね……」

「移そうとはしたがな。だが途中で、ここに訪れてきた奴は本人じゃない事に気付いた」

「………どういう事?」

「さぁな。だが奴の身体は土で作られていたよ。そういう魔術だったんだろう。この建物を出た後、偽物の身体は服と共に崩れ去っていた」


 そう、ここに来たのはパスカエル本人では無かったのだ。土人形の後を追おうとも考えたが、それもできなくなってしまった。


 つまり俺は奴の姿を見ながら、何もできないばかりか、居場所を突き止める手掛かりさえも掴めなかったのだ。自分自身のまぬけさに強い怒りを覚えていた。


 だが自分への怒りで、ヴィオルガ達の心臓の寿命を縮めるのは本意ではない。俺は一度大きく息を吸うと、ゆっくりと右目を開けた。


「……もう大丈夫だ。しかしあの野郎、舐めた真似をしやがって……」

「まさか自分を模した土人形を使役できるなんて。さすがはパスカエルといったところかしら。丁度いいわ、その事であなたに話しておく事があるの」


 ヴィオルガは皇帝との会話内容を俺に共有してくれた。ヴィオルガより先に土人形のパスカエルが会いにきていた事、そして監察官が動いたという内容には強い興味を惹かれた。


「監察官はとても有能よ。これでパスカエルも終わりね」

「……だといいが」

「なによ、嬉しくないの?」

「上手く事が運べば嬉しいさ。だが奴は、皇帝と会いに行くのにも分身を使う様な奴だ。何のためにそんな事をしたのかは分からねぇが、もし何かが起こることを予見しての事であれば、相当慎重な性格だと伺える。そんな奴が監察官に対する備えを怠っていると思うか? シュドさんからの訴えが来たこの時期に」


 これまでの奴の人となりを伝え聞く限り、監察官に対する備えはあっても不思議ではない様に思う。


 もちろん監察官が本当に優秀で、パスカエルの悪逆非道な研究の証拠を掴めるのなら、それに越したことはないが。


「パスカエルがどうして土人形でここへ来たのかが分からないけれど。何かが起こる事を予見してって、さすがにそれはあり得ないんじゃないかしら? だって帝国には、パスカエルを実力面と権力面の両方で上回れる人なんていないのだから。……言っていて悲しくなるわね」

「なるなよ。まぁ俺が知らないだけで、普段から土人形の姿で動いている奴なのかもしれんが」

「それとも、理玖がここに居る事を警戒して分身で来たとか?」


 確かにパスカエルは、ヴィオルガの護衛としてやって来た俺の事は認識しているだろう。だが奴が群島地帯での出来事を覚えているかどうかは分からない。覚えていても、俺の事まで覚えているかは未知数。


「それだと俺を強く意識している事になる。だが奴に俺を警戒する理由なんてあるのか?」

「シュド王からの訴えもあったし、あなたの事、思い出した可能性もあるでしょ。それにあなたがドラゴンと化したレイハルトを降せるだけの実力がある事は、あのセイクリッドリングを持つ魔術師から聞いているはずよ」

「そういやそうだったな。あの女も見かけなぇな……」


 俺を群島地帯でかつて殺し損ねた奴と認識しているかは分からないが、それなり以上の実力がある事は知っている可能性はある。はっきりさせるには、あの女を見つけて聞きだすのが手っ取り早いんだが。


「とにかく今は、その監察官殿の仕事に期待するしかねぇな」

「ええ。きっと何かが見つかるはずよ」


 翌日、監察官の調査結果が早速ヴィオルガに伝えられた。その結果は白。パスカエルの研究室からそれらしい証拠は何も見つからなかった。





 パスカエルはアイリーン、アメリギッタと共に地下の研究室にいた。先日の監察官の顔を思い出すと口角を大きく上げて笑う。


「ふふ、うふふ。あの時の監察官の顔といえば。見ものだったねぇ」

「先生の地下研究室は、屋敷の図面にも乗っていないですからね」

「まさかこんな事もあろうかと、用意していたんですかぁ?」


 帝都内にパスカエルの研究室はいくつかある。それだけ多岐に渡る分野の研究を行っているのだ。


 その中でも自らの屋敷の地下に作らせた研究室を知っている者は、ごく限られた者達だけだった。


 またこの研究室は魔術的なロックがかけられているため、通常では見つからない上に、中へ入る際にもいくつか仕掛けを解除する必要がある。パスカエルは監察官の存在を考え、あらかじめ秘密研究室を作り上げていた。


「監察官だけは抱き込むのは容易ではないからね。下手にその様な素振りを見せれば、それだけで西国魔術協会の信用は落ちる」

「これで先生は、監察官から白であるとお墨付きを得ました。テオラール陣営は打つ手が無いでしょう」

「そうだね。これまでの研究の証拠ならここにたくさんあるが、これらを見つけられない限り、皇帝陛下といえど打つ手はない。次期皇帝指名に対する懸念はこれで無くなっただろう。あとの気がかりはリクくんの存在だけだね」


 リク、という名にアメリギッタは耳をピクリと反応させた。


「お兄さん、どうして帝国で大人しくしているのかな? あれだけの力があるのに」

「さて、ね。力を振るいたくても振るえない事情でもあるのか……」

「例の護衛ですか。先生の事を恨んでいるはずですが、ここに来てやはり先生には敵わないと考えたのでは?」


 アイリーンの予想に、アメリギッタは顔には出さず胸中で見下す。


 アメリギッタの中ではなおも理玖の方がパスカエルより上だ。そしてその理玖が帝都まで乗り込んで来た。この間のパスカエルの話と統合すると、その目的はまず間違いなくパスカエルへの復讐。


 そうなるとパスカエル陣営である自分は、このままでは危ないと感じていた。


(お兄さんがその気になれば、正面からでも堂々とパスカエル様と事を構えられる。それだけの力がある。あんまり余裕はないかも? ……ここが潮時かな? でもこのままだとどこかで出会ったら殺されるだろうし。私まだ死にたくないし。お兄さんサイドとまではいかなくても、最低限敵じゃない事は示しておきたいな~)


 自分がどれだけ理玖の事を話しても、パスカエルは自分の方が理玖より上回っているとの考えを変えない。


 これはアメリギッタにも分かっていた。これまで自分より優れた者を見た事がない弊害だろう。その実力の高さを認識していても、自分以下であるという考えは崩せない。


 だが正面からパスカエルが理玖とやり合う事になれば、勝つのは理玖であるという確信がアメリギッタにはあった。


 アメリギッタは自分がここから取るべき行動は何かを吟味し始める。思考が進む中、パスカエルはアメリギッタに声をかけた。


「そうだアメリ。今度、機会があればアンベルタ家の令嬢を連れて来てくれないかい?」

「ローゼちゃんの事ですか?」

「ああ。この間、久しぶりに見かけたのだけどね。なかなかの魔力の成長にとても興味を惹かれたよ」

「ひょっとして、ローゼちゃんを次の材料に?」

「いいや。彼女は次のステージに上がるべき側の人間だ。その適正を調べると共に、可能であればこちら側に引き込めるか探っておきたい。何でも彼女、上級貴族院を卒業後は私の元で働きたいと話しているそうだからね」


 ああ、とアメリギッタは理解する。要するに次の腹心候補という事だ。それにしても自分を含め、パスカエル様の腹心は若い女しかいないな、とアメリギッタは思った。


 だがローゼリーアを引き込みたいのは理解できる。あれだけの魔力があれば、適合するセイクリッドリングもあるかもしれない。アイリーンも納得顔で頷く。


「才ある者はやはり先生のすばらしさをよく理解しているのです。きっと喜んで先生の研究の手伝いをしてくれるでしょう」


 アメリギッタも仕事の関係で、ローゼリーアとは何度か話した事があった。そして少し前、ローゼリーアと理玖が知り合い、お茶会にも招いた事は有名な話になっていた。


 アメリギッタが知る限り、ローゼリーアがお茶会に誘ったのは理玖が初めて。二人に何らかの縁が生まれているのは誰でも分かる。


(そのローゼちゃんをこちら側に引き込む、か。……これはいよいよ、動くならここしかないんじゃない?)


 自分に選択の時がきている。しかもその選択は自分の一生を左右するものだ。その事を自覚をしながら、アメリギッタは笑顔で答えた。


「分かりました。ローゼちゃんとは何度か会った事がありますからね。屋敷に行く用事もありますし、その時にいたら話してみます」

「よろしく頼むよ」

「先生が会いたがっていると聞けば、きっと泣いて喜ぶでしょうね」


 さてさてそれはどうかな、とアメリギッタは胸中で呟いた。

ご覧いただきまして誠にありがとうございます!

明日ですが、またお昼過ぎたくらいに投稿できるかと思います。

引き続きご覧いただけましたら幸いです。

よろしくお願いいたします!

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