皇国の影で動く者たち 五陵坊の睨むもの
皇国では有力貴族たちに、万葉が将来幻獣の大量発生を食い止めるため、幻獣領域へ挑む事が伝えられていた。その際、選ばれし精鋭を万葉の旅路に同行させるという事も。
選抜はまだ始まっていなかったが、忠義に厚く、何より幻獣の大量発生という災害を食い止める手伝いができるという使命感に燃えている者は多かった。毛呂山領の武叡頭、南方狼十郎は清香より送られてきた手紙に目を通す。
「選抜、俺にも受けろってか……」
はぁ、とため息を吐きながら、どう返事を出したものかと狼十郎は考えた。清香からの手紙にはお願いの体裁が取られているが、実際は命令に近い。それに今や清香と狼十郎の間柄は葉桐本家にも伝わっている。立場的にもこれを断る事は難しかった。
隣にいる配下、片瀬京三が茶化す様に話しかけてくる。
「若奥様から頼りにされていますね。うらやましいことで」
「やめてくれ。本当にもう、逃げられない状況になってんだから……」
だが、と狼十郎は選抜の事を考える。かつては自分の力量に見切りをつけ、悠々自適に過ごせる場所へ逃げてきた。しかしそんな自分も、かつては夢に燃えていた時代がある。清香にはそんな自分に今一度、夢を叶える機会を回してくれた様に感じていた。
それに自分にも男としての意地もある。清香と本当に婚姻を結ぶ事になるかは分からないが、近衛となった清香より数段劣る実力者と周囲に認識されるのは憚られた。この選抜は、そんな狼十郎の実力を分かりやすく測る場でもある。
(まだまだ清香より劣っているつもりはないが。あいつも神徹刀を得て様々な戦いを経た事で、今や毛呂山領に居た頃よりも腕を上げているだろう。だがそれは俺が追い抜かれて良い理由にはならないよな、やっぱり。……はぁ、こういうのはあんまり俺っぽくないと思うんだがなぁ……)
狼十郎は髪の整えられた頭をかきながら立ち上がる。そしてかけられていた神徹刀を握ると、部屋を後にした。
「狼さん、見回りですか?」
「いんや。ちょいと道場へ行ってくるよ」
久しぶりに再会した時、あいつに調子づかれる訳にはいかないからな、と呟くと、しっかりした足取りで狼十郎は併設されている道場へと向かった。
■
皇国某所。そこでは霊影会の幹部が集合していた。今も協力してくれている楓衆から得られた情報を、皆で精査しているところだ。五陵坊はううむと唸っていた。
「皇国の姫が、幻獣の大量発生そのものを食い止める、か。そんな事が可能だとは、とても信じられんが」
しかし、と声をあげたのは鷹麻呂だった。
「皇護三家も一丸となって動いているのです。確実性はともかくとして、幻獣の領域奥深くまで行けば、大量発生に関わる何かがあるのは確かなのでしょう。どこでそんな情報を得たのか、あるいは皇族には元から伝わっていたのか……」
「あいつらは隠し事が多い一族だからな」
次に声をあげたのは五十鈴だった。五十鈴の声量は大きくないまでも、皆によく通る声で話す。
「今、私たちが考えるべきこと。それはこの機会を好機ととるのかどうかよ」
そう言って机に置かれた物に視線を移す。そこには幻魔の集いから送られてきた、幾本かの黒い杭と一本の赤い杭があった。
先方からはこれらの杭を最後に、しばらく融通はできないと聞かされている。霊影会はこれまでも準備を整えてきたが、今の状況とどう計画を組み合わせるかが求められていた。菊一は無造作に杭に手を伸ばす。
「やるしかねぇだろ。皇国の都合なんざ知ったことか。俺達は今日までずっと準備を整えてきたんだ。あいつらに目にもの見せるのは、これからじゃねぇか」
「んー、私は五陵坊の判断に任せようかな。皇国を本当に許せないのは五陵坊だろうし。その五陵坊に私は……私たちはついて行くって決めているんだし」
佐奈は果物を頬張りながら自分の考えを述べた。聞きようによっては判断を他人任せにしている様に聞こえるが、五陵坊に従うというのは佐奈の意思だ。
佐奈には幼い頃に五陵坊に拾ってもらい、楓衆で働ける様に鍛えてもらった恩がある。今さら五陵坊の元を離れ、皇国のために働きたいとは考えていなかった。佐奈の考えをよく理解している五陵坊は再び口を開ける。
「計画は予定通り、このまま進める。それに。俺の目的は皇国という体制の崩壊だ。本当に皇族の姫に幻獣の大量発生を止める力があるなら、それをそのまま見過ごす道理もない。数年以内に起こると言われている幻獣の大量発生。現実になれば、皇国は今よりさらに領土が小さくなり、その影響力が落ちるのは間違いないからな」
450年前に初めて幻獣の大量発生が起こって以来、人は幻獣に敗北し続けている。今や大陸の約半分を幻獣に支配されているのだ。次の幻獣の侵攻規模によっては、人類はその生活圏のほとんどを失ってしまうかもしれない。
だが皇国という国に絶望している五陵坊にとって、これは歓迎すべき事であった。
「今は計画の実行日に集中しよう。杭も使いたい奴がいれば、好きにしていい」
「……それは我らであってもという意味でしょうか?」
「そうだ。他に使いたい奴に渡すのも、自分で使うのも自由だ」
五陵坊の言葉を受け、菊一は手にもっていた杭を懐にしまった。
「ちょっと菊一!?」
「早い者勝ちでいいだろ。……んじゃ、そろそろ行ってくるわ。この後、楓衆の奴らと約束があるんでな」
部屋から出て行く菊一を見送ると、鷹麻呂が静かに頷く。
「楓衆にも欲しがっている者はいると聞きますからね。現状皇族……月御門一族において、もっとも脅威なのは月御門万葉でしょう」
「そういや最近は術の習得を始めているという話だったな。何でも未来視の力を失ったためらしいが」
「ええ。ですが彼女が強大な霊力を持っている事は事実。術士に対しては暗殺も効果的ですが、さすがに近衛が周囲を固めているでしょう。対抗するには杭の力は必要不可欠。しかし懸念もあります。皇国側はこれまで、杭の力を得た者達を撃退できているという事実がある」
「でも。それは不完全な杭で時間切れを起こしたからじゃなかったっけ?」
鷹麻呂の懸念と佐奈の疑問に五陵坊は答えた。
「初期の頃はな。だがあの死刃衆の一人、騨條斎が使ったものは完成品だという話だった。何故奴が討たれる事になったのか、その詳細は分からない。もしかしたら完成品でなかったのか、それとも完成品ではあったが、それすら討てるほどの実力者が控えているのか。この辺りの情報は得られていないからな」
「その時の現場には、月御門万葉の他に術士と三人の近衛、それに霊力を持たない男が巻き込まれたと聞いています。そしてその三人の近衛は今や、皇都でその名を轟かせているとか」
「……もしかしたらその三人が破格の才を兼ね備えている可能性がある、か」
「名も分かっています。賀上誠臣、葉桐清香、そして陸立偕」
「葉桐家の武人に、陸立の姓……。あの時宗殿の血筋か」
陸立時宗の伝説は庶民にも広く伝わっている。そして五陵坊は何度か生前の時宗と直接話した事があった。
豪放磊落、あらゆる理不尽を更なる理不尽で塗り替え、目上の者であっても気に食わなければ真っ向から意見する。癖は強いが、好感の持てる人物であった。
「賀上家も葉桐一派の中では一角の武家だと知られています。そんな三人がそろって若くして近衛に召し上げられている。その才は疑い様がないでしょう」
「その三人であれば、あるいは騨條斎を倒せた可能性もある、か。計画を実行するにあたって、障害となる奴らだな」
「正面からやるのであれば、杭の力を使わねば難しいのは確かでしょう。神徹刀を持つ武人というのは、近衛でなくとも脅威なのは変わりません」
五陵坊は現在進めている計画について考えを整理する。計画が上手く成れば、皇国という国に大きな打撃を与える事ができる。
かつては皇国に尽くし、しかし今は皇国に失望し、国を捨てた五陵坊。その原因になった出来事を思い出しながら、ゆっくりと目を開いた。
「結論は同じだ。俺達のやる事に変わりはない。だが月御門万葉。この女の命だけは確実に奪う。この女は今、皇国にとって大きな精神的支柱になっているだろう。そして本当に幻獣の大量発生を食い止めたのなら、皇族により強い求心力が生まれる。これを黙って見過ごすいわれはない。近衛をどう躱し、月御門万葉に近づくか。絡め手でいくのか、杭の力で正面から挑むのか。これからの時間でそれも見極める」
そして自分たちの手で腐敗した皇国を打ち倒すのだ。五陵坊はその瞳に静かな怒りを湛えていた。
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