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私は今、船に乗っています。魔の島に連れてこられた時と同じくらいの規模の船ですが、数名の魔族の皆様が落ち着いた様子で船を運用していらっしゃいます。
この船は海路で王国南部にあるライムストーン辺境伯領の港を目指しています。
そのライムストーン辺境伯がユリシーズ様を匿っているのです。
ライムストーン辺境伯領は王国南部の海沿いに広大な領地を保有していて、穀倉地帯での農業、沿岸での塩業や、そして意外にも鉄鋼業が盛んです。
広大な穀倉地帯で採れる麦は王国の食料供給を大きな割合で担っていて、その麦は非常に立派で品質が良いそうです。
また、ライムストーンで製錬される鉄はライムストーン鋼と呼ばれ、強度が普通の鉄より硬く、高品質な鉄製の武器や道具を作れるそうです。
全てお父様から教わりました。
農業で生計を立てている領主とは基本的には折り合いが悪いお父様でしたけれど、ライムストーン鋼で作られた採掘道具は宝石の採掘業には必須でしたので、ライムストーンには多額の投資をしていていたようです。交流があったのかはわかりません。
ライムストーンはその生産力と技術力でマリアライトに次ぐ利益を得ていた領地です。
地方領主による王国への反乱に表向きは加担していなかったので、反乱が鎮圧された際にお咎めはなかったのですが、その豊富な資金や武器を反乱軍に提供していたという黒い噂が流れていました。
今後のことを考えると、ユリシーズ様やローザリア様のこととは別に、親交を深めておくことが必要かもしれません。
それはさておき、転移門からは海を越えないと王国には行けません。
てっきりあの夜のように空でも飛ぶのでは無いかと思っていたのですが、ローザリア様の結界でそれは不可能でした。人間と同じく船で渡るしかないようです。
オブシディアン様が命じると、複数の魔族の方々が協力して魔法で船を作り出しました。
魔法なので結界で消えないか心配していると、オブシディアン様が創造魔法で物質化した魔力は結界を越えても消えないと教えてくださいました。
出航してから暫くは魔力で動いていたようで、見たこともない速度で船が進んでいたのですが、結界を過ぎてからは帆を広げて帆船としてゆっくり航行しています。
今回も結界を通過する感覚を感じましたが、魔族の皆様も当然感じたらしく、緊張がこちらにも伝わってまいりました。
人間は結界の外に出ると魔族が襲いかかると思っていますが、魔族は結界に入ると魔力が使えなくなるということで、お互いに無駄に警戒し合っている状況です。
久しぶりの人間界ですが、私は流刑にされて以来、約1か月で魔の島から帰って来ることになりました。全く独力ではなく、オブシディアン様には感謝しかありません。
いよいよ王国に着くのですが、私をあんな目に合わせた国や人に関わる不安が半分と、やっぱり生まれ育った場所に戻れる安堵の気持ちが半分で、とても気持ちが落ち着きません。
オブシディアン様がそんな私の話し相手になってくださいました。
オブシディアン様も船に乗ってからは特にすることが無いらしく、私に構ってくれながら本を読んでいます。
「そろそろ陸が見えてくるはずだ。上に見に行かないか」
オブシディアン様がそういうので、私はデッキに出ることにしました。
出航は早朝だったのでまだ日は高い位置にあり、海からの照り返しが非常に眩しいです。
デッキに立つと海を遥か彼方まで見渡せました。マリアライトは内陸の領地なので海はありません。魔の島に行く時にベアトリスとしては初めて海に出ましたが、行きは牢につながれておりましたし、前世でもあまり船には乗らなかったので新鮮です。
今はまだ水平線しか見えませんが、船が進んでいる方向が陸地ですので船首の方に向かいました。
海は穏やかで船が酷く揺れることはありませんが、船首にいると揺れが大きいので、手すりを持つ私を更にオブシディアン様が支えてくれています。
「人間界の海は穏やかで美しいな。魔界の海ではこうはいかない」
「魔界にも海はあるのですか?」
「あるにはあるが陸地と同じで危険な魔物が潜んでいるから安心はできぬ」
お約束の巨大な八本足やら十本足の生物でもいるのでしょうか。
オブシディアン様は海を見て情緒的にでもなっているのか、陸地を探しているのではなく私を見ているような気がします。
オブシディアン様を見ると、やっぱり目が合いました。
「私の顔に何かついていますか?」
「いや、君は復讐が終わったらどうするのか、思いを巡らせていただけだ」
「復讐が終わったらですか」
まだこれから復讐を始めるところなのですが、流石は魔王様の右腕と呼ばれる方は余裕なのでしょうか。
「まだそこまで考えられませんが、オブシディアン様の屋敷にいても時間を持て余してしまうので、私も魔王様の雑用でもさせていただきましょうか」
「ジェバイトが聞いたら喜びそうだ。奴も君を気に入っているようだから」
ペンダントもいただいてしまいましたし、頻繁にお茶をご一緒しているお友達ですからね。
「君は人間界に帰るつもりはないのだな」
「そんなつもりは全くございません。オブシディアン様が人間界に住まわれるなら残りますけれど」
「それを聞いて安心した」
心なしか、私を支える手に力が入った気がします。
こうしていると、復讐がどうでも良いわけではありませんが、そのことを忘れてしまいそうになります。
結局、自分が幸せでないから他人を恨んだり妬んだり陥れたりするのだと考えさせられます。私を不幸に追い込んだ者も何かを考えていたのでしょうか。
そんな取り留めのないことを考えていると、水平線の辺りに陸地が見えるようになりました。
微かに大きな街が見えます。ライムストーン辺境伯の屋敷がある港街ライムストーンでしょうか。
より近づくと延々と続く塩田と、その奥にいっそう広がる穀倉地帯が見えてきました。
「念のため警戒を怠るな。髪色の不安な者は早めにフードを被っておけ」
私達は一旦船室に戻りました。
この船は商船にカモフラージュしています。積荷も魔法で毛皮や木材などの扱いやすいものを作り出していました。
赤や青の髪の人間はいないので、赤髪のガーネット様などは目立ってしまいます。どの道、耳が人間とは違うので全員フードを被ることになりますけれど。
港にはガーネット様の諜報員が用意した馬車が待っている予定です。フードの集団がぞろぞろ動くと目立つので、私とオブシディアン様、ガーネット様の三人で場所に乗って、領主の屋敷を目指します。
ライムストーン辺境伯との接触は真正面から行うつもりです。アルフレッド様と対峙するために私も力をお借りしたいと考えています。
「ベアトリスさんも準備しておきましょう」
ガーネット様が私の身なりを整えてくださいます。
オブシディアン様の世話係のはずですが、女性の着付けでもなんでもこなせる凄い方です。
持ち込んでいるドレスを着せていただき、髪を結って軽く化粧をすると久しぶりに貴族の装いになりました。
「若さですかね、髪も艶々で化粧もほとんど要らないし羨ましい限りですね」
ガーネット様が褒めてくださいました。
自慢ではありませんが、オブシディアン様の屋敷の美容品が良すぎて、髪も肌も艶々になっているのです。
魔法で作っているのでしょうけど、人間界で売ったらひと山当てれると思います。
船は無事に港の端に停泊したようです。
特に見張りの者が寄って来る様子も無いので、船を降りることにしました。
ユリシーズ様を匿っているので警戒しているはずですが、王都がある陸側を見張っているのでしょう。
「有事には我々を待つ必要はないから出航してくれ」
オブシディアン様はそう言って船を降りました。私もエスコートしていただいて船を降ります。
奥の方に背の高い建物が見えます。あそこが領主の屋敷でしょうか。
この小説はアルファポリスに以前から投稿している作品です。全59話。




