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復讐の協力を約束していただいた次の日の夜、私の身の上をオブシディアン様にお話ししました。
辛い話なので、話しながら思わず声を出して泣いてしまうなど、たまに取り乱してしまいました。
驚いたことに、オブシディアン様は私の話を一度聞いただけで、私を疑わないばかりか、状況を細かく把握しているのです。軍師という役職は伊達ではないと思い知らされました。
オブシディアン様の屋敷に来てから、私は毎日遠くまで出歩くようにしました。衰えた体力を早く取り戻したかったですし、魔界という未知の場所に興味が湧いたのです。
外出する時はオブシディアン様の指示でしょうか、ガーネット様が必ずついてきてくれました。
ガーネット様の話では、魔界には獰猛な生き物が生息していて、丸腰の人間が1人で彷徨くのは危ないそうです。他にも敵対する魔王の諜報員などもいるかもしれないと言います。
オブシディアン様の屋敷には本もたくさんあったので、読書もいたしました。大好きな恋愛小説は古典文学的なものしかなく、流石にトルマリンで流行っていたような口語的な軽いタッチのものはありませんでした。
中にはロマンチックな作品もありましたが、オブシディアン様に救われた夜に勝るものはありません。
そんな生活をして10日程が経過した今日、私は魔王城にあるオブシディアン様の執務室に来ています。
初めて見る魔王城は、どうやって作ったのかさっぱりわからないほどの巨大で不思議な外観の建築物でした。
ガーネット様に聞くと、この城はもうこの世にいない別の魔王様から、ガーネット様達の魔王様が譲り受けたものだそうです。
床も壁も綺麗に磨かれていて、この城を治める魔王様の権威が伝わってきました。
ガーネット様は昨日は姿を見かけず、私の世話には臨時の方がいらしていました。私は家事など全くできないので、オブシディアン様にご迷惑をかけてしまったようです。
オブシディアン様は書類と向き合っているので、ガーネット様に応接セットの椅子を勧められて、座って待たせていただくことにしました。
お仕事をされるオブシディアン様もとても知的で、仕草のひとつひとつに思わず見惚れてしまいます。
じっと見てしまったので、オブシディアン様と目があってしまいました。私はお仕事の邪魔をしていないでしょうか。
「いきなり呼びつけて申し訳ないのだが、もう少しだけ待ってもらえないか」
オブシディアン様を見ているだけで飽きないので、全く苦になりません。私は半刻ほどを楽しく待っていると仕事がひと段落したようです。
オブシディアン様はこちらにやってきて、応接セットの対面に座りました。
「ベアトリス、まず君に報告がある。事後になるが、私はトルマリン国王の暗殺を目論んでいた」
「あら、それは初耳ですわ。できれば復讐はこの目で見届けたいので、ご相談いただきたかったです」
気を悪くされては困るのですが、どこかで突然死んでいた、では復讐にならないのです。私を陥れたことを後悔して過ちを認めて謝罪していただかなくてはなりません。
それに、命まで奪うかはそれから決めたいのです。冤罪や情状を考慮しない制裁などをしては、私を陥れた方々としていることが変わらないではありませんか。
「その点は申し訳ない。私が君に同調し過ぎて先走ってしまったようだ。まだ君の気持ちを理解できていなかった。許してほしい」
よく考えたら、事情を話してからも全く動かない私の代わりに動いてくれたのだと思いました。
「いえ。私も生意気なことを言いました。申し訳ございません」
そもそも人を殺したこともない私に復讐の火蓋を切って落とすきっかけがなかなかなかったのです。
その証拠に国王陛下を暗殺という話を聞いた時から、それだけで鼓動が早くなっています。
「ただ、国王暗殺は思わぬ結果に終わった。ガーネット、ベアトリスに話してあげてくれないか」
「かしこまりました。この一週間程の間に、私はオブシディアン様のご指示で暗殺の心得がある諜報員を数名トルマリンに送り込んでおりました」
ガーネット様の報告を聞いて私は驚きました。
彼女が諜報員を管理していることは意外でしたが、諜報員がトルマリン王宮に潜入した時、国王陛下は既に亡くなっていたというのです。
「王宮は荒みきっていたようです。自然死ではなかったらしく、次代の若い王が犯人探しに躍起になっていたとか」
若い王は王太子様のことでしょう。紛らわしいのでこれからはアルフレッド様とお呼びしましょうか。
「どうも王弟が容疑者として挙げられているようなのですが、事件直後にその王弟が大聖女を拐って逃亡したそうです」
ユリシーズ様とローザリア様が王都を離れてアルフレッド様と対峙しているということは、今はユリシーズ様のルートに入っているということでしょうか。
もしそうだとすれば、ユリシーズ様がアルフレッド様を打ち倒すことになりますが、ユリシーズ様が私を陥れた者の仲間だとしたら面白くない話です。
「王の側近に勘の良い者がいて追い回されたらしく、諜報員は一旦引き上げざるを得なかったようです。その王弟の行方は、別の諜報員を放って調査中です」
ベルンハルトはアルフレッド様側に付いているようですね。彼は若干19歳で王国剣術大会に優勝した優秀な騎士です。
私は無抵抗の女性の手を捻りあげるような外道は騎士とは認めませんけれど。
ところで、この魔族による国王陛下暗殺未遂は、通常のベアトリス流刑イベントの後に必ず発生する国王死亡イベントの答えなのでしょう。
オブシディアン様の動きを読んでいたわけではないでしょうけれど、国王陛下が事前に暗殺されてしまいました。私の流刑の前倒しも含めて、これは本当に偶然なのでしょうか。
気のせいであれば良いのですが、何か悪い予感がいたします。
「オブシディアン様、私はユリシーズ様側と接触したいですわ」
「潜伏先が判明したら案内できるとは思うが、君は対話するつもりなのか?」
「はい。ユリシーズ様が黒なら王都を離れた今が復讐の絶好の機会です。ローザリア様も同じです。話して違えば内乱に便乗すれば良いかなと思いますけれど」
二人が白なら必然的にアルフレッド様は黒になります。そのまま一緒にアルフレッド様に復讐してしまえば良いのです。
もちろん、白でもユリシーズ様には数々の非礼を詫びていただきます。私がローザリア様に嫌がらせをしていると本気で考えたのだとしても、明らかにそのこと以上の悪意がありました。
ローザリア様が黒の可能性はあまり無さそうですね。せっかく私を追い出したのに、アルフレッド様と結ばれないと意味がありませんから。
ローザリア様が王国を滅ぼすべく、ユリシーズ様を裏で操っている可能性も無くはないですが。でも、自分を庇護する王国を滅ぼす意味があるでしょうか。
「今代の大聖女がどのような者か興味を引かれる。魔王様に許可いただければ私も同行したいものだ」
オブシディアン様はローザリア様に興味がおありですか。見境の無い嫉妬は彼に嫌われてしまうかもしれませんが、心が落ち着きません。
「ベアトリスさん、落ち着いてください。魔力が無駄に漏れ出ています」
横から肩を叩くガーネット様の声で顔を上げると、目を見張っているオブシディアン様がいらっしゃいました。
「また新しい情報が入り次第君に連絡しよう」
オブシディアン様はそう言うと、再び仕事の机に戻りました。
今のは彼にどう思われたでしょうか。
嫉妬で身を滅ぼさないように気をつけなくてはいけませんね。
この小説はアルファポリスに以前から投稿しているものです。