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オブシディアンが魔界の門に入っていく。
私は全く知らないところに行く未知の体験に身体が強張ってきた。
「私がいるから安心していい。慣れないうちは転移酔いするかもしれないが、それは頑張って耐えなさい」
それがオブシディアンに伝わったらしく、優しく声をかけてくれた。低く落ち着いた彼の声は心地よく、聞いていて少し安心した。
光の中に入ると確かに無重量状態みたいになって身体が軽くなった感じがする。ジェットコースターでたまに椅子からお尻が浮き上がる時と似たような感じだ。
怖くなって思わずオブシディアンにしがみ付いてしまった。抱いてくれる彼の手に少し力が入った気がした。
オブシディアンは体格もしっかりしていて、こうしていると凄くときめいてしまう。こんな素敵な人が魔界の門番なんかしてるんだから、魔族は本当に底が知れない。
私がオブシディアンを堪能していると、光を抜けて魔の島に似たような場所に出た。流石に戻ったわけじゃないよね。
「本当にここが魔界ですか?」
「そうだ。もっと恐ろしい場所だと思ったか?」
恐ろしい場所といえば岩石しかない荒野とか、溶岩が流れる火山地帯とか、近づくことさえできない毒沼とか、そういうのだろうか。
隠しルートを攻略している私は、魔界も人間界も大して変わらないことを知っている。はい、とだけ言っておいた。
魔界は昼夜もあったはずだ。今は真っ暗だけど。
「私の屋敷までもう少しかかる。身体は大丈夫か?」
身体のことを聞かれて、オブシディアンにしがみ付いていたままだったのを思い出した。パッと離したが、結局抱かれているのでたいして変わらなかった。
「大丈夫です。その、私重くないですか?」
「君は羽のように軽いから心配しなくていい。それから、安定するからしっかりつかまってくれても構わない」
せっかくなので再びそうさせてもらった。
羽のように軽いなんてベアトリスが聞いたら喜びそうだね。
オブシディアンは私を抱きながら再び大空を駆けてゆく。私はこの状況が楽しくなってきた。
見えてきたオブシディアンの屋敷は、随分と立派だった。マリアライトの屋敷くらいはあるんじゃないかな。勝手に門番扱いしたけど、もしかしたらかなり偉い人なんじゃないだろうか。
「長い移動になってすまなかった。部屋を用意させるから少し待ってくれ」
オブシディアンが屋敷の扉に触れると勝手にドアが開いた。魔力でやってるんだと思うけど便利だね。
「お帰りなさいませ」
扉の向こうには赤い髪を結い上げたとても綺麗な女性が立っていた。
まさか奥さんじゃないよね?オブシディアン様は確かに凄く素敵な人だし、既婚者でもおかしくないけど。
私は胸が少し痛くなった。出会ったばかりなのに厚かましい限りなんだけど。
「ガーネット、部屋を用意してほしい。こちらの女性を休ませたい」
すいません、抱えられたままなんです。正直そろそろ寝ちゃいそうなくらい限界で、立てる気がしません。
ガーネットは胡散臭そうに私を見た。
「部屋はすぐに用意できますが、その格好では承服いたしかねます」
わかる。王国で着せられた綿地の服をそのままずっと着ているのだから。ボロボロだし凄く汚いから私も早く着替えたい。
「湯浴みする程の体力は無いと思う。身体を拭いて着替えさせる程度でよい」
「かしこまりました。案内いたします」
ガーネットを追いながら、オブシディアンが彼女を紹介してくれた。この屋敷の使用人らしい。
言われたらそういう服装だけど、実際にそう聞くとほっとしている私がいた。
「彼女は1人でこの屋敷を管理してくれる有能な使用人だ。何かあれば彼女に相談しなさい」
ガーネットが案内した部屋のベッドに私を寝かすと、オブシディアンは私にそう言った。
「私は一度城に向かう。ガーネット、後は任せる。栄養剤を飲ませてすぐに寝かせるように」
「かしこまりました」
オブシディアンはガーネットに指示すると、今度は私の方に向き直った。
「ゆっくり休みなさい。また起きたら君の話を聞きたい」
そう言うとオブシディアンは部屋を出て行った。
オブシディアンが出かけた後、ガーネットは言われた通りに私の全身をお湯で拭いてくれて、着心地の良い綿地のワンピースの寝巻きを着せてくれた。
最後にとても苦いお薬を飲まされた。オブシディアンは栄養剤とか言ってたっけ。
その栄養剤で身体が温まり、1週間ぶりの柔らかいベッドの中で私はすぐ眠りについた。
この小説はアルファポリス様に以前から投稿している作品です。