世界に色がついた日(メア視点)
今回はメア視点の話です…!
産まれた時からずっと、世界が黒色と青色に見えていた。
食べ物や物は色鮮やかに見えるのに、どうしてか人だけはいつも黒色と青色に染まっていて、みんなもきっとそうなんだと思って尋ねてみたけれど、答えは返ってこずにその青と黒が濃さを増すだけだった。
そして物心ついた時に、ようやくこれが何を表しているのかが分かった。
どうやら僕には人の考えていることが色として分かるらしい。
青色なら悲しみ、恐怖、黒色なら嫌悪、殺意と言ったように。
それをちゃんと理解したのは、食べ物に毒を盛られた3歳のときだった。
真っ黒に赤が混ざったようなオーラを放つ人が僕の飲み物を注ぎ、飲んだ直後に胸が苦しくなっていき、痺れと共に全身が動かなくなっていくような気がして倒れてしまった時。
目覚めた後に、僕の母親からその人が僕に毒を盛ったのだと聞かされたのだ。
「全く、私の大切なメアに何してくれるのよ!!」
そう言ってワイングラスを投げ、泣き叫ぶ母親も、嫉妬や欲望、殺意が入り混じった真っ黒なオーラを纏っていて、結局この人も僕のことを大切に思っている訳ではないのだということにすぐに気がついた。
そして、周りにいる人達がみんな黒や青のオーラを身に纏っているということは、僕は誰にも望まれていないのだということも。
幼い頃は何故僕の世界はこんなにも暗い色ばかりなのかと理不尽に思っていたが、成長していくにつれ、僕の産まれと髪の色のせいだと理解した。
僕をどんな手を使ってでも跡継ぎにしたい母と、そのおこぼれにあやかろうとする汚い大人達。そのためには僕の存在なんて、存在だけあればいい。僕の中身はいらないのだ。
だから、母は必死で僕に魔法や学問を学ばせた。どうせ僕はスペアで、本当に跡継ぎになれるわけでもないのに。どうせ、無駄になることなのに。
その過程で、僕の目に見えているものがギフトと呼ばれる、大量の魔力を持って産まれて来た者にだけ宿るものだと言うことを知った。
贈り物どころか僕にはいらないものでしかなかったのだが、大量の魔力を持つという事実はさらに僕の邪魔をした。
どうやら僕の産まれた貴族というものは、昔の神話から、魔力のたくさん持つものが尊いと考えているようで、貴族や王族にとって、魔力が豊富なのはとても大事なことらしい。
神話に出てきた勇者様が初代国王だということから、強さも必要だと考えているのだろう。
嫡男がいるというにもかかわらず、僕を対抗馬に仕立て上げようという人は増加の一途を辿った。
僕達を本家に一緒に住まわせていない時点で、僕を跡継ぎにするつもりなんてないって本当は分かってるくせに。
いくら魔力があっても僕の髪が魔王と同じ漆黒である以上、僕が跡継ぎになれるわけがない。
黒髪の者は忌み子と呼ばれ、側にいるだけで不幸が移る、や、怪我をすると言われている。
何がギフトだ、贈り物だ。
何の役にも立たないくせに。
どこにいても、世界が暗く、黒に見えた。
この力のせいで休まることが出来ない。
最初は明るく見えていたはずの無機物でさえ、僕の目には黒く見えるようになってしまった。
どんどん世界が死んでいく。
きっと僕は、このまま、この黒い世界で死んでいくのだろうと思った。
明るい世界を見てみたいと思っていた時期もあったが、そんな世界が僕に訪れるはずがない。
期待をしなければ、誰とも関わらずに、人の期待や欲望にだけ応えれば、少なくとも僕の世界だけは守っていける。そっちの方が、楽だ。
周りのみんなが望む、ただ権力を得るためだけの道具になりきれば、これ以上苦しむことはない。
そう結論を出し、言いつけ通りに勉強をして、魔法を学んで、死んだように生きていた僕に転機が訪れたのは、間違いなく暗殺者が来た日だった。
その日は天気が良くて、たまには外へ出てみたいと思ったのが始まりだった。
13歳になった僕は魔法を使いこなせるようになっていたため、部屋の窓から風魔法で空を飛んで外に出た。
そのため、誰にも気づかれることなく外へ出ることが出来た、出来てしまった。
行き先は、少し歩いた先にある森だ。
人が誰もいないところへいくと空気が綺麗だし、黒色を見なくてもすむ。
最早景色に感動することはなくなっていたが、誰もいないところへ行くのは、息抜きには最適だった。
すぐに戻ればバレないだろう、と、湖の辺りに寝転がっていると、視界の端に見慣れた黒色が見えた。
赤黒い色だ。
あの日、僕に毒を盛った人間と同じ色。
その瞬間、暗殺者がいることに気がつき、慌てて家へ戻ろうとしたが、暗殺者も気づかれたことに気がついたのか、ヒュッという音と共に何かが飛んでくる。
ナイフだ。
そのナイフは、僕が先ほどまで寝ていたところに突き刺さっていた。
全身から血の気が引き、冷たくなっていくのを感じた。躊躇っていたら、殺される。
そう思った僕は無我夢中で暗殺者と揉み合い、暗殺者が怯んだ隙に習った魔法をありったけぶつけて走り出した。
「来るなッ…!!」
ハァ、ハァと僕の息をきる音だけがやけに胸に響いた。それを何回か繰り返すうちに、いつの間にか、僕を追っていた暗殺者が消えている。
「え…?」
おかしい。いくら何でも、まだ子供である僕がプロの暗殺者を撒ける訳がない。
そう思って、振り返ると、お腹から血を流して真っ赤に染まっている暗殺者がいた。
今にも息絶えそうな様子で、僕のことを血走った目で見て、「化物…!死んでしまえ!!」と叫んでいる。
まさか、あれを僕がやったのか。
そんなはずない。あんな、おぞましいこと。
「僕、は、化物じゃ、ない…!」
ふと手を見ると、僕の手は真っ赤な血で濡れていた。本当に、僕がやったのか。
母や、街行く人が言っていた忌子は、本当に僕のことだったのか。
急に、何も考えられなくなっていく。
どれぐらい時間がたったのか分からないが、呆然としている間に、「いたぞ!」と、遠くから声が聞こえた。
ふとそちらを見ると、どうやらこの暗殺者の仲間のようだった。
真っ黒なオーラが、体中から出ている。
「…逃げなきゃ」
最早何故逃げるのかも分かっていないのに、僕の体は走り出していた。
暗殺者達は想像以上にたくさんいて、何時間も追いかけ回された僕の精神と魔力は限界だった。
鮮血の赤と、殺意の黒と、恐怖の青だけが頭に残っていて、それ以外はほとんど何も覚えていない。
それだけ逃げるのに必死だったのだろう。
目覚めたら、全く知らない所にいて、目の前には人の良さそうな男の人がいた。
「あの、君、どこから来たのかな?気がついたらこの荷台に乗っていたみたいなんだけど…」
と、男の人は困ったような顔をしている。
彼の話によると、男の人は行商人をしていて、各地を回って商売をしているらしい。
ほぼ覚えていないが、記憶が途切れる前に何かに乗り込んだような気がする。きっと僕は、逃げるためにこの荷台に乗ったのだろう。
男の人は、オレンジ色をしていて、僕が見た世界の中でほとんど初めて見た色だった。
これは友好的な感情の色なのだろうか。少なくとも、普段のように僕を怖がっているような感情ではない。
それなら、この人なら、僕を助けてくれるのかもしれない。
そのとき、突風が吹いた。
まるで僕を後押ししてくれているようだ。
そう思い、僕は助けを求めようと一歩踏み出そうとして、異変に気がついた。
男の人のオーラが、青色に変わっている。
「その、髪の色…!お前、忌み子じゃないか!!」
青色は、失望、悲しみ、恐れ、恐怖を表す色だ。これまでに何度も見てきているから、この色は知っている。
どうやら突風で、さっきまで被っていたフードがとれて髪の色が見えてしまったらしい。
「早く何処かへ行ってくれ!俺に厄が移ってしまうだろ!!」
男の人は必死に、手にしていた物を投げつけてくる。ただでさえ痛かった体が、さらに痛みを訴えてくる。
「…言われなくても」
そもそも、ここに僕の居場所があるなんて思っていない。
僕は魔法を使って空を飛び、屋根の上に着地した。屋根の上は、あまり人に見つかることがない場所だと知っていたから。
しかし、それで元々なくなっていた魔力を強引に使ったからなのか、体に走る激痛が増した。
さらに、体が怠くて何故か体に力が入らないような気がする。何処か目立たないところで休まなければ。
屋根の上は、もし気絶して地面に落ちてしまったら危ない。そこで、たまたま目についた路地裏へ飛び降りた。あそこなら人目につかないだろう。
ここの街は見慣れない街並みをしているし、もしかしたら帝国ではないのかもしれない。
それなら暗殺者達も流石に追ってきていないだろう。僕にとってラッキーだったかもしれない。
別に、あの家に戻りたいとも思わないし。
飛び降りている間に、様々なことが頭をめぐる。
魔力を絞り出して、地面に衝突しないように魔法を使って風をおこし、なんとか路地裏に到着したことで僕の魔力は尽きてしまったのか、地面に倒れ込んで、気を失ってしまった。
目を覚ました時には、どこか知らない部屋にいた。身体全身が怠い。痛い。
けれど、まずはここが何処なのか把握することが大切だ。もしかしたら僕は、誰かに捕まってしまったのだろうか。
それならすぐに逃げなければならない。
そう思って身体を動かそうとしたが、やはり魔力を使いすぎたのか身体は少しも動いてくれなかった。
すると視界の端に、誰か人がいるのが分かった。僕と同じぐらいの年齢の女の子だ。
女の子は、じっと僕の顔を見つめていた。
そして、僕の視線に気づいたのか、慌てたように話しだした。
「えっと、あ、怪しいものじゃないんです。貴方が路地裏で倒れているのを見かけたから、ほっておけなくて。わ、私、薬屋をやっているんです。それで、家に運んで看病させてもらいました。勝手に連れ込んでしまってごめんなさい!!ごめんなさい、あの、うちにはベッドが1つしかないので、私のベッドに寝てもらうしかなくて。ちゃんと掃除してるから汚くはないと思うんですけど」
怪しくないって言う人の方が怪しいと思うのは僕だけだろうか?
そもそも、僕のような明らかに訳ありのものを拾ってくるなんて、もしかしたらブランシェット家に頼まれたのかもしれない。
それならば、今すぐ、逃げなければ。
そう思い、じーっ、と見ていると、彼女は更に言葉を続けた。
「あの、怪我もされていたので、あのままだと危ないと思って…!」
彼女からは、青色や黒色は感じない。
…どうやら、彼女は本当にただ通りかかって僕のことを助けてくれたらしい。
余程お人好しなのだろう。
僕のような忌み子を助けるなんて。
「5日も寝てたので、えっと、とりあえず、生きててくれてよかったです…」
絞り出すように言葉を吐いた目の前の女の子は、泣いていた。
僕が生きていたことが悲しいのかと思ったけれど、彼女からは青色は感じられない。
それどころか、陽だまりのような暖かい色を感じる。
僕の世界で初めて見たその色は、この世界で1番美しいような気がして、この色が何を指すのかが気になった。
彼女の涙のわけが、知りたくなった。
『君は、どうして泣いているの?』
そう聴きたかったのに、言葉が出てこない。
喉も痛めてしまっているのか、結局口から吐き出せたのは意味のない空気だけだった。
そんな僕を心配したのか、
「まだしんどいと思うので、寝てて大丈夫ですよ」
と言って、布団をかけてくれた。
それから、彼女はお腹を鳴らしてしまった僕のために食べ物を作り、食べさせてくれた。
こんなことは、今まで生きてきて初めてだった。
人にご飯を食べさせてもらうのも、看病してもらうのも、世界に暖かい色があるのも。
それに、何かを警戒しないで眠るのも。
この日から僕の世界に色がついた。
それを見て、この世界はもっと美しいのではないか、と、そう思ってしまった。
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