7. 推しを語るのはオタクの義務なので
リゼが推しを語りまくる話です。
長いセリフなので、ある程度読み飛ばしていただいてもいいのですが、拘っている部分なので時間があれば読んでみてください。
停止した頭を必死に回転させて考える。
忌み子、というのは誰のことだろうか。
手を握られているから、私…ではないよな。それなら、その言葉が指しているのはメア様しかいない。
マークスは、顔面蒼白のまま言葉を続けた。
「まさか、お前が新しく雇ったのってそいつなのか?ナナリーが心配してたのは、そういう…ッ。黒髪なんて、不吉の象徴じゃないか!いいから、離れるんだ!!」
私は、マークスの声をぼんやりと聞きながら、マイプリの話を思い出していた。
そういえば、最初の方にうっすらとそんな描写があった気がする。
メア様の条件は、公爵家跡取りに、イケメン、魔力適性最高と好条件なのに婚約者がいない理由に、髪色が黒だという描写があったはずだ。
他の黒髪キャラはいなかったので、ふーん、なんか珍しいんだな、ぐらいの認識でしかなかった。ヒロインがそのことについて言及することもなかったし。
確か、この世界では、魔王と呼ばれた存在はもう倒されているのだが、魔王が黒髪だったという伝承から黒髪が忌避されている、という設定だった気がする。
私が思い出せるのはこれぐらいで、特にストーリーにも絡んでこなかったため、プレイヤーからしたら、どうだっていい設定だったのだ。
私になってからの記憶も探したが、聞いた覚えはない。
おそらく、ナナリーやマークスは幼い頃に読み聞かせで聞いたことから、黒髪は忌み子だと考えているのかもしれない。
私も聞いたのかもしれないが、中身は大人だったため、中学や高校の授業で生物の授業で遺伝について習った知識があるというのもあり、バカらしいと思ったのか全く覚えていなかった。
前世が黒髪パラダイスだったからというのも大きな原因かもしれないなぁ、とも思う。
だから、まさか黒髪がここまで世間に忌避されているとは考えていなかった。
そういえば、と、衣服や家具を買いに外へ出た時も、散歩へ行く時も深くフードを被っていたことを思い出す。寒い季節だったから、寒くて被っているのかと思っていたけれど、今思えば髪色を隠すためだったのだろうか。
そして、こんなことになるのを恐れて外に出たがらなかったのだろうか。
きっとそうに違いない。
それなら、完全に私のミスだ。
無理矢理外に連れ出した私が悪い。
メア様が青ざめていたのは、このことを悟ってだろう。本当に、許されるならば自害したい。
メア様の様子を見ると、泣きそうな顔をして俯いていた。メア様のこんな顔、初めて見た。
……幸せにしたかっただけなのに。
こんな顔が、見たかった訳じゃなかったのに。
私、無意味にメア様を傷つけて、一体何してるんだろう。落ちつけ私、今は私のことなんかよりもメア様のことが大切だ。
私は、マークスの手を力ずくで振り払い、全力でメア様に近づいた。
そして、思いっきり抱きしめる。
「メアは忌み子なんかじゃない!そんなの、迷信だよ。世の中に黒髪の人だってたくさんいるし、魔王と同じ髪色なんて、そんなの何も関係ないじゃない!!もし魔王が別の髪色だったとしたら、別の髪色の人が忌み子になって悪いことをするの?つまりマークスは、生まれ持った髪色のせいで忌み子になるって言うの??メアは何も悪いことをしてないし、これからもするわけない!とってもいい子なんだから!!」
抱きしめたメア様の体は、震えていた。
私にとってはただの設定でも、メア様は現実でこの問題に悩んできたのだ。そう思うと、自分のことを殴り倒したくなった。
メア様は生きているのに、ただの設定なんて。
私って、本当にバカだ。
これでマークスも納得してくれるかとおもったが、マークスの目には未だ恐怖の色が浮かんでいた。
「それはそうだけど、そもそもそいつどこから来たんだよ!街の奴じゃないだろ?どこから来たかも分かんねぇのに、一緒にいるなんて危ないに決まってんだろ!!なんでリゼはそんな奴のこと庇うんだよ!」
その一言で、私の中の何かがぷちん、と切れ飛んだ気がした。
マークスも私を心配して言ってくれているのだろう。私は幼なじみだし、彼女の親友だし。
それは分かってるつもりだ。でも、もうダメだ。スイッチが入った。自分でも自分を止められる気がしない。
「メアが危ないわけないでしょう!?そんなに言うなら、メアが危なくなんかないって証明してあげるから!!
メアはね、本当にすごいの。私の仕事いっぱい手伝ってくれるし、一回教えたことはすぐ出来ちゃうし、本当に天才なの!メアが来てくれてから仕事の効率もすごい上がってるし、もうメアのいない生活になんて戻れないぐらいだよ!!
それにそれに、私の作った料理をいっぱい食べてくれるし、いつもは無表情なのに、トマト食べる時だけちょっと笑顔になっちゃうの最高に推せるし、ピーマン食べる時に嫌そうな顔してるのバレてないと思ってるのが尊すぎるし、お皿下げてくれるときにいっつもありがとうって言ってくれて、もう天使かな?って100回は思ったし、多分本当に天界出身だと思うから天に帰りますとか言われたらどうしようって1日に5回は悩むし、私よりも早く起きて絶対眠たいはずなのに寝るときはいつも一緒だし、待っててくれてるとか最高のエモじゃない?もう、大好きすぎる。
待って、まだある。まだ聞いて。ありがとうって言ったら、照れて顔を背けて、別に?とか言っちゃうの、かわいすぎて限界がきそう。嘘、もう限界。今までありがとう。概念としては生きてるけど、精神は死にそう。
それに、見て!この美貌!!ね、最高に顔がいいでしょ!?そもそも顔自体が小さすぎるし、顔のパーツ配置完璧だし、きっと神様が気合い入れて作ってる、神の最高傑作だと思わない!?あー、むりむり、もう優勝した。最早神々しいを超えて罪深いわ!うちのメアがかわいすぎて本当にごめんなさい。あ、更にいい匂いまでする。どうしたの、やっぱり花の妖精なの??
それに、ナナリーならうちに来た時に見たでしょ、あのメアのエプロン姿。似合いすぎて無理すぎない!?誰、あれ考えたの。私か。国民栄誉賞の受賞、まだですか???は〜!!!天才、私じゃなかったら1億円プレゼントしたい。なんの解釈違いも起こさない。最高。どうしよう、まだまだ言いたいのに語彙力が足りない。辞書片手にメアを語りたい。あ!それに…んんっ!?」
口が、塞がれた。
メア様の手だ。
いい匂いがする。
今いいところだったのに、急に何するの!?と、抗議の目線を送ると、そこには顔を真っ赤にしたメア様がいた。
それを見て、は〜〜?本当にかわいすぎて拐われるぞ??と思い……我に返った。
待って、今、私、何した。
推し最高語りをした。
だって、マークスが酷いこと言うから。
わかってる、言い訳だから、わかってる、だから言わないで。わかってるから。
明らかにやり過ぎたってわかってるから!!
結果は、光景が証明してくれている。
私の魂の叫びは、公園にいた他の人達にも届いていたらしく、驚いた目で私とメア様を見ている。
それは、さっきまでの嫌厭するような目線ではなかったけれど、ザクザクと視線が体に突き刺さった。
それに、マークスもナナリーも唖然とした顔でこちらを見ている。当然だろう。
この世界での推しはずっとお母さんで、それからは見つけていなかったし、私がこんなに必死に何かを語るのを見るなんて初めてのはずだ。
推し語りがずっと出来ていなかったこともあり、いつものオタク友達に語るような感じで語ってしまったが、あれはまずいと分かる。
でも後悔はしていない。
私1人の犠牲で、メア様がみんなに受け入れられるのならいいことだ。後悔はしていない。
でも。
真っ赤な顔でこっちを睨んでいるメア様には、どう謝罪しようか。
「んんんんん…!?」.
私は、メア様に口を塞がれたまま、無言でお店の方へ引きずられていった。
「…メア」
「………」
「あの、やっぱり怒ってる…?」
「…別に?なんで?」
メア様はそう答えて、私を引きずって家路を急ぐ。
それからは何を話しかけても同じ反応か無視しか返ってこず、家に着いた時には私の心は完全に折れていた。
もしかしたら、ここを辞めて出て行ってしまうかもしれない。
そもそも私が強引に引き止めているのに。
メア様を守ろうとしたのに、傷つけようとしたわけじゃなかったのに。
私が、傷つけた。メア様を。
そう思うと、涙がじわじわ溢れてきた。
泣くな、バカ。私に泣く資格なんてないのに。
私の、自業自得なのに。
「…ごめん、なさっ、い…」
必死に声を絞り出すと、やっとメア様が振り返った。メア様の顔はまだほんのり赤かったけど、さっきまでとは違い、慌てたような顔をしている。
「え、ちょっと、何でリゼが謝るの!?」
「だって、私、無神経なことしてメアを傷つけたし、謝っても許してもらえないかもしれないけど…!本当に、悪気はなかったの!こんなこと言っても信じられないと思うけど、メアにも私以外の知り合いが出来たらいいなって、メアが、笑ってる姿が見たかった、だけなの…!!」
ダメだ、泣かないでおこうと思ったのに。
熱い滴が目からぼたぼたと落ちてくるのがわかる。私、そんなによく泣く方じゃないのに。
それはきっと、メア様のことだから。
部屋には私の、しゃくり上げるような嗚咽が響いた。
「メアからしたら、そんなの頼んでもないことだと思うんだけど、私、メアのこと、家族みたいに思ってて…!」
転生して、お母さんがいなくなってしまって、世界に1人ぼっちの時に、前世から大大大好きなメア様に出会ってしまったのだ。そんなの、どうしたって今世も、いや前世よりも好きになってしまうに決まっている。
メア様はもう私の生活の一部で、家族のように思っているなんて言ったら、重いだろうか。
メア様と生活することで、いくら前世があるとはいえ、寂しかった心を埋めていたなんて、救われていたなんて馬鹿みたいだ。
彼からしたらたまたま拾われただけだろうけど、私は、あなたには世界で一番綺麗なものだけを見て生きて欲しいなんて思ってしまった。願ってしまった。
でも、それは私のそばじゃなくたっていい。
私のことは嫌ってもいいし、これから3年は生きていけるお金を渡すからここを出て行ってくれてもいい。どこかで幸せになってくれるのなら、それでもいい。
何よりも私が許せないのは、メア様を無神経に傷つけた私自身だった。
「だから、傷つけたかった、わけじゃなっ…」
私の唇は、言葉の続きを吐き出さなかった。
メア様の手が、私の口を塞いだから。
「…ッ!?メア、何するの!」
「だって、リゼが意味わかんないことばっかり言うから」
意味、わかんないこと?
メア様の顔を見上げると、メア様は笑っていた。
「別に、僕、少しも傷ついてないし。今まで生きてきてもう13年になるんだから、あんなの何回も経験してきたし、今更傷ついてられないよ」
「え、あ…」
私は、その答えに何と返していいのか分からなかった。何も、返す資格がなかったと思った。
黙っている私に、メア様は、「何、そんなに気にしてくれてたんだ?」と悪戯っぽく言う。
そして、こう続けた。
「むしろ、ここまで僕と一緒にいようとした人は初めてだよ。そもそも普通に考えて、忌み子な上に、どう見ても訳ありの傷だらけの病人を拾ってきて、居場所まで与えようとする人いないでしょ」
「普通、そうなの…?」
「そうだよ。少なくとも、僕はこれまで生きてきて初めて見たよ?リゼみたいな人」
メア様は完全に呆れているように見える。
そうなのか、普通、そういうものなのか。
推しフィルターがかかっていて、何も正常に頭が働いていなかった。
「別に、リゼが僕を公園に連れて行ったのも、ただ単に僕のことを思ってだって分かってるよ。でも、僕は…」
「僕は…?」
メア様は何かを言おうとして、言葉を飲み込んだ。
「ううん、何でもない。そもそも、僕はリゼが僕のことを急に語り出してきたことの方がビックリしたんだけど?」
「うっ、ごめんなさい…」
「別にいいよ。怒ってない。それに、死ぬほど恥ずかしかったけど、リゼが僕のこと大好きだって分かったし」
「えっ!?そ、それは…!」
大好きだけど、大好きだけど、大好きなんだけど…!!それを本人に言われると、死ぬほど恥ずかしい。
大好き、なんて、友達にメア様を語るのに何回も使った言葉なのに。本人に直接伝えるのが、こんなに緊張することだったなんて…!
顔にどんどん熱が集まっていくのがわかった。多分、今私の顔はゆでダコのようになっていることだろう。
そして、キャパオーバーな私の頭がさらに壊れるようなことが起こった。
「何?あんだけ言ったのに、僕のこと好きじゃないの?僕はリゼのこと、好きなのに?」
そう言って、メア様が、顔を近づけてきたのだ。
無理、待って、やっぱり世界一顔がいい。
もう何も考えられなくなってしまった。
頭の中で、キュイーンと、何かが壊れた音がする。やめて!もう私のHPはゼロよ!
ショートしきった私に出来ることは、呆然と、
「え、私も、メアのことが好きです…」
と呟くだけだった。
「そ、そう…」
メア様も聞いておいて何故か顔を赤くするしで、変な空気になってしまい、
「じゃあ僕、お店の掃除してくるから!」
と、なんとメア様が先に逃げてしまったため、取り残された私は悶えるしかなかった。
何だあれ!天使すぎだよ!反則だよ!!
あんなことされたら、もうみんなメア様に落ちてしまうに違いない。あんなこと言われて生きてる人っているんですか??修行僧でも厳しいわ。
全く、私の天使は罪深すぎる。
「…今日の夜、私、寝られるかな」
先に予言しておこう。
多分、いや絶対、寝られない自信がある。
…そう思っていたのに、掃除を終えて戻ってきたメア様が、いつもは先に手をつけなかった料理に先に手をつけ、私に話しかけてくれるようになり、私よりも先に寝てしまったのを見て、嬉しくて仕方がなくて、安心したのか、私もグッスリ眠ってしまった。
だって、メア様に私のことは信頼できると言ってもらえたような気がして。
その日は、何だかとても幸せな夢を見た気がした。
その次の日から、メア様はどんどん話すようになり、裏方だけではなくて、お店にも顔を出すようになった。
無理はしなくてもいいと伝えたけれど、メア様はニヤリと笑って、
「大丈夫だよ。だって、僕が何か言われたら、リゼがまた僕のいいところ語ってくれるんでしょ?」
と言ってくるようになった。
私のかわいかったメア様が、こんなにたくましくなってしまうなんて。いいことだし、嬉しいのだけれど、何処か納得いかないのは何故なのだろうか。
「もう!ひどい!!メアったら、また私のことそんな風に…!!」
と抗議しても、
「ごめんごめん。だって、あのとき、すごく嬉しかったから」
「っ…!!」
と言って笑うので、何も言えなくなってしまう。本当に、尊いの塊すぎる。メア様はどれだけの尊いで出来ているのだろうか。
すると、メア様は私の思っていることを見透かしているのか、
「ふ〜ん?やっぱ、そんなにこの顔が好きなんだ?」
「っ!うるさい!好きですけど!?!?
メア、やっぱり確信犯でやって…!」
「ん?リゼが見たいなら、幾らでも見ていいんだよ??」
と、言って意地悪な顔で笑い、そのたびに単純なオタクである私は、「神様、今日もメア様の顔がいいです、ありがとう」と感謝してしまうので、きっとこれからもメア様にいじられ続けるしかないのだろう。
それよりも、メア様がこんなに表情豊かになってくれたことが最高に嬉しい。
やはり、あの日に何か吹っ切れたのか、メア様はどんどん変わっていった。
後日謝りに来た、マークスとナナリーを筆頭に、私の早口オタク語りを聞いていた人がお店に訪れたときには、一言二言交わすようになったし、自分の意見もよく言ってくれるようになった。
勿論、忌み子がいるような店にはいけないと言う人もいたし、メア様がいないことを確認して店に来るような人もいたし、一時はガクリと売上が落ちた。
しかし、時が経つにつれて、普通に会話している私に何も不幸がふりかかっていないのを見て、あの日公園にいた人を筆頭に、黒髪=忌み子で不幸にされるというのは迷信だと分かってくれる人も増えていったのだ。
街の人の中には、まだメア様のことを怖がってる人も少なくはないけれど、お店に来るたびに満面の笑みでメアは最高なのだと布教する私と、それに照れるメア様を見ていると何だか馬鹿らしくなってきたらしい。
布教力の勝利である。
今ではすっかり、売上も元に戻っていた。
そして、「リゼのセンスは完全にない」と、私がメア様のために作った服は二度と日の目を見ることはなくなってしまったが、どんな服を着ていてもメア様は最高なので泣く泣く諦めたのはいい思い出だ。
それに、メア様は、休日には私と外へ出かけるようになってくれたし、魔法に興味があると言って、魔法書を読むという趣味もできたようで、どんどんメア様の人生が充実していっているように感じた。
推しの幸せが私の幸せなので、私も毎日嬉しいが、1つやめて欲しいのは未だに一緒に寝ていることである。もう一つベッドを買って、彼の部屋に置いて寝ればいいのに、メア様は、
「今更買うとかめんどくさいし、あったかいんだからよくない?」
と言って、夏になった今でもベッドを買うそぶりは見えない。
彼はいいのかもしれないが、私からすれば、毎朝、絶命級の顔が朝起きた瞬間から目の前にあるので、心臓に悪いのだ。
最初は、寝ている間にメア様がいなくならないように、出ていかないように、という意味があったが、今では全く意味を為していないため、今すぐに新しいベッドが欲しい。
それ以外は全く問題なく過ごし、あれから2ヶ月が過ぎた。
そして、現在、季節は7月。
精霊祭の季節である。
精霊祭とは、まんま日本の夏祭りのことだ。
夜には出店がでるし、魔法で花火も上がる。
さらにさらに、気になる異性と回れば幸せになっちゃうかも!?という乙女ゲーム向きすぎるイベントだ。
世の恋する乙女全員が楽しみにしていると言っても過言ではない。
しかし、例年通り精霊祭への参加が決定した私の店では、それどころではなかったのだ。
我が家は今、魔法薬学を利用したポプリ作りに必死だった。