6. 近所に布教しに行きます
突然だけれど、私はオタクだが、俗に言うガチ恋とか、リア恋、夢女子タイプのオタクではない。
名前があるのかどうかは分からないけれど、しいて言うならば、推しが幸せで健やかに生きていてくれたらなんでもいいタイプのオタクである。
マイプリはゲームこそ乙女ゲームだったけれど、私はヒロイン=私で楽しんでいるタイプではなく、推しが好きな子と幸せになるまでを見届けてるような感覚で楽しんでいた。
マイプリは乙女ゲームなので、私のような人はマイプリ界隈では珍しく、友達は夢女子タイプが多かったので、
「それはそれでなんか怖い。
リア恋同担拒否勢よりも闇が深い」
「わかる。無償の愛が一番怖い。
私の方がまだマシだよ」
「てか、完全に枯れてるくない?
大丈夫?最早老後の精神じゃん。
孫を見てる感じじゃん」
と、ヤバイ奴扱いされることが多かったが、アイドルオタクや女性向けソシャゲのオタクをしている人には分かってもらいやすいのではないかと思う。
もちろん最高に好きだし、この世の誰よりも好みだし、世界一幸せにしたい。しかし、彼氏にしたいのか、結婚したいのかと言われるとちょっと違うような気がするのだ。
公式から供給されるイベントストーリーに萌え、神絵師様があげてくれる創作漫画や絵に尊いとむせぶだけで満足しちゃう感じ。
あれだ、男の人が、アニメでは高飛車で我儘なお嬢様キャラが好きでも、実際に付き合いたいのは得意料理が肉じゃがのほんわかした女の子だっていうようなものなのだと思う。
いや、もしかしたら高飛車お嬢様が現実でも好きな人もいるかもしれないけどさ。
だからと言って、現実で彼氏がいたのかと言われると話は別なのだけれど。
うるさいな、言わせないでよね!
というわけで、私はメア様を幸せにしたい。世界一幸せで、明日が来るのが楽しみで、健康な状態で生きていってもらいたいのである。
推しの幸せな姿が私の幸せだ。
と、改めてこんなことを再確認したのは、メア様が今言った様な状態ではなかったからである。
気がついたのは、小さな違和感からだった。
夕食を作り、2人分机に並べてメア様を呼んでも、メア様はきょとんとした顔でこちらを見たまま席に座ろうとしなかった。
まるで、どうして2人分あって、自分のことを呼んだのかわからないみたいに。
そこで、
「メアの分だよ。座らないの?
あれ、もしかしてお腹減ってなかった?」
と聞くと、びっくりしたような顔をして、数秒ためらってから恐る恐る席について、私が料理を口にした後に、まるで高級料理でも食べるのか、というぐらいかしこまったマナーで食べ始めた。
違和感を覚えた事はこれだけではなかった。
まず、メア様は、何にも触ろうとしない。さらに、絶対に私よりも早く起きているし、私よりも早く料理に手をつけない。
加えて、この世界で家電のように使われている魔道具の使い方が分からなかったりもする。お風呂に入ったときも、やけに疲れた様子で出てきたので、理由を尋ねると、
「…別に、何でもない」
と言っていたが、後で確かめると、貯水タンクの水が一切使われていなかった。
おそらく、シャワーの水の出し方が分からずに自力で魔法を使って水を出したのだろう。
1から水を作るのは、相当な量の魔力を使うため、通常はやらない。メア様だからできたことだ。だから疲れていたのだろう。
そう思って、もう一度、魔道具の使い方を細かく伝えた翌日は貯水タンクの水が使われていたので本当に安心した。
他にもいろいろ理由はあるが、これから分かるように、メア様は完全に何かを警戒して生活しており、常識的なことに疎い。
このことから、もしかしてメア様はお母さんに虐待を受けていたのではないかと考えた。
警戒しているのは暗殺されかけたショックからだと思うが、メア様は普通に生きていたら5歳児でも知っているようなことを知らなかったりする。
それなのに、所作は貴族のように整っているが、口調は下町のものだ。この継ぎ接ぎ感が見ていて少し不気味に思える。
これは完全な推測だが、メア様のお母さんは自分の息子をブランシェット家の当主にと考えていたのではないだろうか。
だから所作を学ばせ、貴族のようにしたが、言葉は下町暮らしにより下町のものになっていて、メア様をあまり外に出すことがなかったから常識に疎いのではないかと思う。
…いろいろ難しいことを考えたが、とりあえず私が考えればいいのはメア様を幸せにすることだ。
今、推しがあまり幸福な状態ではないのであれば、私が幸せにすればいいだけである。
むしろ、そのために私が生きている。
そう思って、メア様を世界で一番幸せにするための計画をたててみた。
私は馬鹿なので、幸せと聞いてパッと思い浮かんだのは、まず第一に心地よいところに住むことができ、美味しいものを食べ、綺麗な衣服を身につけられることだった。
そう、一つ目はまず、衣食住の充実である。
これが整ってないと意味がない。ということで、お店が休みの日に一緒にお店に出かけた。
メア様の部屋はお母さんが使っていた部屋なので、わりと家具は揃っているのだが、ガタがきているものも多かったからだ。
メア様は何も欲しがらなかった…というよりも、必死に、もう帰ろう。別に欲しいものなんてない。十分すぎると私に訴え、涙目で首を横に振り続けていたが、こればっかりは聞くわけにはいかないので、私セレクトで新しい家具を買った。
あとでセンスが悪いとか、絶対に言わないで欲しい。
と言っても、買ったのはほんの少しで、新しくベッドやソファーを買おうとしたのに、それは高すぎるからとメア様に店から逃亡されたので諦めた。
最早私の精神が死ぬのが先か、推しにベッドを買うのが先かの二択である。
そして、服はメア様がどうしても譲らなかったので、私が作ることで落ちついた。
メア様は、迷惑をかけたかった訳ではないと頭を抱えていたが、むしろ推しに好きなデザインの服を着せられるという私に得しかない仕様なのでありがたい。
公式への直の課金が楽しすぎる。
Vの者のファンの友達がよく、推しを札束で直で殴れるの楽しいと言っていたが、彼女の気持ちがわかってしまった。まさか分かる日が来るなんて思ってもみなかったのに。
最後に、食は私の料理スキルにかかっているが、努力はするので許して欲しい。
見た目はまともなので、どうにかなっていると思いたい。
メア様はデフォが無表情であるため、無表情でご飯を食べているのが怖くて仕方ない。
実は不味さを必死で堪えていた、とかだったらどうしよう、と思ったりもしているが、そこら辺は信じるしかないので、今後努力に努力を重ねて、いつかフルコースを作れるようになりたいと思っている。
そう、そして2つ目の目標は表情筋の復活である。
何せ、メア様は無表情がデフォだ。
それもそれで顔がいいのだが、推しが幸せそうに笑っている姿を見てみたい。というより、推しには幸せで毎日笑っているような日々を過ごして欲しい。
これは私が直接どうにか出来ることではないけれど、助けぐらいにはなればいいな、と思い、人生、豊かにしようプロジェクトを始めた。
私が我儘を言っていろんなところに連れ出し、いろいろなことを経験してもらうことにしたのだ。
私の想像だが、メア様の情緒が乏しいのは今までに経験してきたことが少ないからだと考えている。
だから、『本当に楽しいことを知ってもらおう!』という企画を立てて、数日前から仕事が終わったあとに近所を散歩したり、一緒に料理を作ったり、お花を摘みに行ったりといろいろしているが、まだメア様の笑顔が見れたのは病み上がりの時の一回きりだ。
これからも精進していきたい。
そして3つ目は人間関係の充実だ。
メア様には友達に囲まれる幸せな日々を過ごして欲しい。
ゲームでも結局、ヒロインとしか関わることがなく、友達と楽しそうにしている姿は見られなかったからだ。
流石に毎日友達と遊ばれたら泣くが、いや、もしも、明日友達と遊びに行くから弁当作って、とか言われても泣くが…いや、どうなっても泣くな。こういうところがおばあちゃんとか言われる理由なのだろうか。
とりあえず、メア様にも何でも話せる友達が出来たら嬉しい。愛する人まで出来たらなお良い。それを応援するのが3つ目だ。
そういう意味も込めて、近所のお店にメア様を連れて顔を出したいのだが、メア様はあまり人と関わりたがらないので今後の課題だ。
実は、メア様がお店に出たがらないのもこれが理由だったりする。
メア様の顔の良さを布教するために、お店に立って欲しいと思っているのだが、それはどうしても嫌だということで裏でのサポートをお願いしているのだ。
いつかお店に出てほしいと考えてはいるが、そもそも私も仲良いといえるまで仲良くなれた訳ではないし、わりと話してくれるようにはなったが、話しかけてくれることはないし、業務会話が多いので私も頑張っていきたいと思う。
「今日は天気がいいな〜〜!!」
「…うるさいな、だから何」
「公園に行きたいな〜!!青空の下でお弁当が食べたいな〜〜!!私、外で食べるご飯がすごく美味しく感じちゃうタイプだからな〜!!!」
「…食べてくれば?」
「あれ!?お弁当、2つ作っちゃった!私ってばうっかりしてる。あーあ、一緒に食べてくれる人がいたらなぁ〜!!」
「1人で2つ食べたらいいでしょ」
「もう、私は女の子なんだから1つしか食べられないよ。あれ、メアってばもしかして時間ある?」
「ない」
「ありがと!じゃあ行こっか!メアとピクニックするの初めてだな〜、楽しみだな〜!!嬉しいな〜!!」
「……」
手を取り、玄関に向かうとメア様が信じられないものを見るような目でこっちを見てくる。
蔑まれる視線がつらいが、メア様がこの街に来て、もう6ヶ月がたつ。
それなのにメア様が私以外の人と話している姿を見たことがないのは流石に問題だと思う。
一早くメア様にはこの街に馴染んでもらいたい。自分のことは尊い犠牲だと思って忘れよう。
というわけで、今日はメア様を世界一幸せに計画のいっかんとして、メア様と一緒に行きたいと我儘を言って近くの公園まで来てみた訳なのだが、何かがおかしい。
私達の周りに、誰も人が近付かないのである。
ここは近所でも有名な公園なので、近所の人もたくさん来ているし、現に私の知り合いもちらほら見える。
それなのに、誰も話しかけてこないし近寄ってこないし、話しかけようと思ってさりげなく近くに移動しても、目も合わないし、そのまま遠ざかられる。
これはどうしてなのだろうか。
私に何かおかしい所があるのかと思って全身を確認してみたが、特段普段と変わりない。
もしかして、メア様の顔が良すぎるが故に近づいてくれないのだろうか。
その気持ちなら分かる、分かりすぎる。
きっと私も、お母様と前世で美形な人間に慣れてなかったら話すことすら出来なかったと思う。そうなのだとしたら仕方ない。
何回か公園に来たら、いずれみんな慣れるだろう。
そう結論を出すと、私のお腹からぐきゅー、と音が聞こえてきた。…恥ずかしい。
「お腹空いちゃったね。お昼にしよっか」
私は誤魔化すように笑って、レジャーシートを広げ、その上にお弁当を並べた。
「ほら、メアも座って!今日はね、卵焼きとタコさんウィンナーをいれたの。ほら、かわいいでしょ??それにね、おにぎりの具も3種類あって…メア?どうしたの?」
返事がない。
気になって隣に座っているメアを見ると、青ざめた顔をしていた。
「…どうしたの、メア。具合でも悪い?
人が多いから、酔っちゃった?」
しかし、メア様は首を横に振る。
具合が悪いわけではないらしい。
それならどうして、こんなに青ざめているのだろう、と思っていると、公園に新たにナナリーが入ってきたのが見えた。彼女の彼氏であるマークスも一緒である。
手を組んでイチャイチャしているのは、最早いつものことなので気にならない。
はいはい、バカップル、安定です。
悔しくなんかないんだからねっ!幼なじみなのにこの格差、とか一回もないし!!と心の中で叫び…ん、幼なじみ?
そうだ、2人なら同い年だし、メア様とも友達になりやすいのではないか。
私とも仲がいいので、2人がいい人なのは知っているし、メア様を傷つけるようなことはしないはずだ。
これはいいことを思いついてしまった、と思い、私はすぐにバカップルを呼び寄せた。
「ねー!ナナリー、マークス!」
すると、ナナリーとマークスはすぐにこっちを向き、手を振ってこっちに来てくれた。
しかし、2人の足が途中で止まる。
「…?どうしたの、2人とも」
2人の不思議な行動に首を傾げて問いかけると、マークスが私の手を引っ張ってメア様から引き離した。
「ちょっと、マークス!?何するの!?」
強い力で引っ張っているのか、握られた手が痛い。私、何かしただろうか。デートの邪魔をしたことなら、そんなに怒らなくてもいいのに。
そう思ってマークスの顔を見ると、マークスの顔は青ざめている。そして、怖い顔をして私を睨みつけた。
「どうして忌み子と一緒にいるんだ!危ないだろう!!」
「……え?」
その言葉に私の思考が止まり、世界の全てが停止したように感じた。
〜作中のオタク用語解説のコーナー〜
リア恋→推しにリアルで恋していること
同担拒否→同じ推しを推している人を拒否していること