5. 今日も推ししか勝たんのですよ
リゼは心の中では推しのことをメア様と呼んでいますが、現実ではメアと呼び捨てにしています。
これに関しては、実際は推しのことを呼び捨てするのは恐れ多いけどそうしないと不審がられるが故の苦渋の決断ですので、誤字ではないので気にしないでください…。
推し様と暮らし始めて、今日で1週間になるが、すでに私の精神はボロボロだった。
何せ、朝起きても推しがいるし、私のご飯を推しが食べてるし、推しと同じお風呂に入って、推しと同じベッドで寝るのだ。
普通に精神が殺されそう。
ゲーム内の推しのスチルは8枚。イベントで追加されたのをあわせて、全部で14枚。
それを待ち受けにして、その数枚を眺めて、自家発電していた身からすると、公式という名の本人からの供給の多さに吐きそうだ。
そんなに私のこといじめて楽しいですか??
もちろん、私の精神が死にそうなこと以外はパラダイスの連続である。
推しの好きな食べ物、嫌いな食べ物がわかったし、寝顔が見られるし、何よりも推しに自分の好きな服を着せることができるのだ!
メアはボロボロの服しか持っていなかったので、洋服屋さんへ連れて行き、いくらでも好きなものを買ってもいいと言ったのだが、1枚あれば十分だと言って、1番安い服しか欲しがらなかったのだ。
貸し借りを気にしているようなので、お給料から引いておくと言ってもこれは譲らなかった。
どうやら、お金の心配をしてくれているようだ。
薬屋業は、人が生きていく以上不要になることがないので、安定して儲かる職業である。
それに、大天使の美貌を誇っていたお母さんを見にくるために来ていた常連さんが今もご贔屓にしてくれていることも多く、お客さんは何気に多く、繁盛している方だ。
だから、そんなことは気にしなくてもいいし、メア様に何か買うことは、公式に直接課金しているようなものなので、見せてくれる笑顔代や新しいボイス代ぐらいに思ってくれればいいのだが、流石に最近まで見ず知らずの人にそこまでされたら怖いという思いもあるのかもしれない。
しかし、メア様が着る服が洋服屋さんで1番の安物のTシャツだけだなんて許せない。メア様がよかろうと、私が許せないのだ。甲斐性なしすぎる。
私が貴族のお嬢様に生まれていたら、埋もれるほどの最高級シルクでできた服をプレゼントしたのに。
しかし、私も入学費を貯めないといけないので、メア様にばかりお金が割けないというのも事実である。
今ほど切実に貴族のお嬢様になりたいと思ったことはない。
そこで、悩んだ末に閃いた。
あっ、自分でメア様の服を作ればいいんだと。
前世の私の趣味はオタ活と裁縫である。
かけ離れた趣味だな、とよく非オタクの友達に言われたが、オタクのみんなならわかってくれることだろう。
オタ活と裁縫の相性は抜群なのだ。
なぜかというと、公式が小さく、なかなか新グッズを出してくれないところもあるし、新しいバージョンが出ているため、もう廃盤になってしまったぬいぐるみが破れてしまうことがあったときに自分で作ったり直したりすることが出来るからである。
いつまでも、あると思うな、再販売。
それに、愛が溢れるあまり、コスプレまでやるオタクだった私は、衣装作りもやっていた。
手芸もできてしまうせいでオタ活に歯止めがきかなくなったのはいいことなのか悪いことなのかわからないが、最高に楽しいオタ活の日々だったとだけ言っておこう。
そんな理由から、私は死ぬ気でメア様の服を作り、1週間で仕事のかたわら、3着ほど作ることができた。睡眠不足だが、そんなことは気にしていられない。
少しの徹夜でメア様の新衣装が拝めるのならば安いものである。
とりあえず私が行ったのは、我が薬屋の制服の変更からだった。
今までは、「とりあえず緑色のエプロンをつけておけばいいか」ぐらいの意識だったのだが、ミント色の爽やかな生地に、腰のところに白いラインをあしらい、見た目が華やかな薬草の刺繍をあしらった、ドレスエプロンのようなものに変えた。
フリルも最初はつけていたのだが、メア様にビックリするほど低い声で脅されたため、泣く泣く外すことになった。無念。
お給料をあげても無理だろうか。今度掛け合ってみよう。
こんな思考になる時点で、推しを養うってこういうことか…と実感が湧いて興奮する。
前世の非オタクの友達に聞かれたら、友達やめられそうな思考だな、と我ながら思うが、最早手遅れだ。
誤算だったのは、制服だという説得力を出すために私まで着ることになったことだが、それはもう仕方がない。
前世の私なら死刑だが、今世の私ならなんとかギリギリセーフだろう。せいぜい笑われるぐらいだ。それぐらいなら私は推しの新衣装をとる。
ほら、みんな見て!
最高にかわいいでしょう、私の推し。
「制服なら…」と渋々恥ずかしそうに着ているメア様、優勝すぎる。
えへへ、今日もメア様しか勝たんなぁ…なんてことを考えながら、最近手に入れた白露草と、薄ピンクの花の花弁がついた魔薔薇であるクラウトローズ、何種類かの薬効のある花の蜜から出来た蜂蜜を混ぜ合わせ、解熱剤を作っていると、薬の棚の整備をしていたメア様がこっちを向いた。
何!?ちゃんと仕事もしてますよ!?
不意打ちのメア様は心臓に悪い。
私は慌てて下を向いた。
「……リゼ、お客さん来てるよ」
見ていたのに気づかれたのかと思ったが、どうやら違ったようだ。
メア様を見るのに集中しすぎて、来客を知らせるベルの音が全く聞こえていない私に、来客を教えてくれた。
「え!?気づかなかった!ごめん、ありがとう。やっぱりメアが働いてくれてよかった!!」
そう言って私はメア様に微笑み、「はいはーい」と元気よく店の方へ続く扉を開けた。一階は作業スペースとお店スペースに分かれているのだ。
「リゼ、来るの遅いよ〜!も〜!」
「ごめんごめん、ちょっと作業に集中してたの」
「ほんとかな〜?」
扉を開けると、そこには、肩までの群青色のような綺麗な髪を丁寧に編み込んでかわいらしいリボンをつけていて、柔らかく微笑んでいる美少女が立っていた。幼なじみであるナナリーである。
流石幼なじみ、鋭い。
嘘ではない。(メア様を愛でる)作業に没頭していたのだ。これも立派な作業である。えっ、そうだよね?
「今日はどうしたの?」
「いつも通り、おばあちゃんの薬を取りに来たんだよ〜。ごめんね、この前は配達に来てもらったみたいで〜。ちょっと忙しかったんだよね〜」
「どうせマークスとデートでしょ?ま、いいよ。時間あったし」
ナナリーはこの前火傷の薬を届けたカーラさんの孫で、一緒に住んでいるため、カーラさんの薬を取りに来ることが多い。
マークスというのは、ナナリーの彼氏で、私もいれたこの3人がこの街では同い年なので、よく遊ぶことも多かったのだが、2人が両思いなのは暗黙の了解のようなものだったのにくっつかないので、私が強引に後押しした結果、去年から付き合い始めたのだ。
その結果、ナナリーが私と遊ぶことは減ってしまい、マークスを憎く思うこともなくはないが、馬鹿だけどナナリーを幸せにすることしか考えていない、いい奴だから仕方なく譲ってやっている。
こんなにかわいい私のナナリーを、もしも幸せにしなかったらすぐに殺す。
「で、どうだったの?デート、隣町まで行ったんでしょ?」
「そうなのよ〜!マークスがね?流行りの服屋さんがあるから一緒に行こうって言うから。ね、今、時間ある?もしよかったら話聞いてよ〜」
時計を確認したら、次の配達まであと1時間近くあるし、今日は雨が降っていて、これからお客さんは来そうにない。
「しょうがないなぁ。1時間だけだよ?」
そう言って、メア様に少し出ていると伝え、簡単なお茶菓子を用意してお店に戻った。
それから、最近できたケーキ屋さんがどうとか、やっぱり都会が羨ましいだとか、マークスとの惚気だとかを一頻り雑談した。
やっぱりガールズトークは楽しいものだ。
話していると時間はあっという間に過ぎるもので、私は会話を切り上げて裏に戻って火傷の薬を取ってきた。
「はい、火傷の薬。1週間分あるから、それでもよくなかったらまた来て欲しいってカーラさんに伝えておいて」
「はいはーい、伝えておくね〜。もう、おばあちゃんてば本当におっちょこちょいで困っちゃうよね〜?」
そう言って苦笑した後、ナナリーは噂話でもするようにぐっと顔を耳元に近づけた。
「ちょ、ナナリー、何するの!くすぐったいよ」
「ねぇ、リゼ。あなた、新しくアルバイトを雇ったって聞いたんだけど〜……本当なの?」
「え、本当だよ?メア様……あ、いや!メアって言うの。13歳で私達と同い年だから、また今度紹介するね」
「いや、そうじゃなくて、その……。
………その子ってさ、もしかして忌み…ッ」
途中まで話しかけ、ナナリーは急に怯えたように口をつぐんだ。
バツが悪そうな顔をしている。
何か言いづらいことでもあるのだろうか。
「ナナリー?どうし……」
「リゼ、次の配達の時間もう過ぎてるよ。行かなくていいの?」
後ろから、天才的に素晴らしいイケボが聞こえた。いや、まだ声変わりしてないからショタボと言った方がいいのだろうか。
振り返ると、やっぱりメア様がこちらを見ていた。
慌てて時計を見ると、配達の時間を10分も過ぎている。
やばい、今日はサーシャおばさんに傷薬を届ける予定だったのに!
サーシャおばさんは少し気難しいから、絶対に怒られるだろう。
私は慌ててメア様が準備してくれていた傷薬を持ち、支度を整えた。
「ナナリーごめん。これからサーシャおばさんの所に配達だから、急がなきゃ!!また今度話聞くね。いってきまーす!メア、留守番よろしくね」
ナナリーに別れを告げ、メア様に手を振ってから急いで店を出て走り出した。
この世界にも自転車があればいいのに!
生憎、頼れるものは私の足しかないので、全速力で走ってサーシャおばさんの家を目指す。
傘をさす余裕もなく、サーシャおばさんの家に着いた頃にはびしょ濡れになってしまった。
案の定、時間に遅刻したことを30分ほど怒られ、沈んだ気分で家に戻る単純な私の頭からは、ナナリーが何か言い淀んだことはもう頭になかった。