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4. 推しは美貌テロリスト

 




 目が覚めたら、完璧な美が目の前にあった。


 え、え、なんだこれ。


 起き抜けで頭の回っていない私にクリティカルヒット。



「おはよう、起きた?」


「……」



 こんな彼氏、私にいたっけ…?

 何この、彼氏に優しく起こされる朝、みたいなシチュエーションCDみたいな状況。


 私のこと殺しにきてる??



「……まだ寝ぼけてるの?」



 やばい、違う、目を覚ませ。メア様だ。


 私は必死で昨日の記憶を引っ張り出してきた。


 メア様が不思議そうな顔で私の顔を覗き込んでくる。本当に本当に顔がいい。


 朝からこんな顔面国宝を見せられるなんて、ある意味テロだと思う。美貌テロ。最早、メア様は美貌テロリストに違いない。


 自分の顔の良さを自覚してくれ、頼むから…!!やばい、やばい、顔がよすぎて何も考えられなくなってた。



「ね、寝ぼけてないですッ!おはようございます」


「そう。おはよう」



 メア様はそう言って、ベッドから起き上がった。


 どうしよう、昨日、ちょっとだけだと思って寝てしまってから記憶がない。


 もしかして、朝まで爆睡してしまったのだろうか。なぜ仮眠を取ろうと思ったのか。いっそのこと6徹すればよかった!私のバカ!


 メア様よりも遅く起きるなんて罪すぎる。

 しかも、こんな寝起きの顔を見せるなんて!


 急いでどうにか表面だけでも取り繕わなければならない。私は慌てて身体を起こし、髪型を整え、ヨダレチェックをした。


 これでもメア様の前に立つには恥ずかしいけれど、世界一美しいメア様からしたら、ほとんどの人類はきっとほぼ同じように見えているはずなのでこの辺で許して欲しい。


 待って、メア様が起き上がった!?



「あの、もう起き上がっても大丈夫なんですか!?」


「もう魔力が戻ったから大丈夫。助けてくれて、ありがと」


「いえ、そんな、よかったです……!!」



 よかった。本当によかった。


 これで回復祈願のお札を作ったかいもあるってものだ。このまま神に感謝したい。


 迷ったけど、助けて本当によかったと思える。


 メア様はそのまま立ち上がり、シワのついた服をパンパンと整えると、首にかけていた何かを外して私に差し出した。



「あの、これ」


「……?」



 恐る恐る手を出して、受け取ってみると、掌にずっしりとした重さが伝わる。


 それは、透明に澄んだ宝玉のようなものだった。大粒で、まるで宝石のようにキラキラと光っている上に、ほんのりと魔力まで感じる。


 渡されたものに釘付けになっている私に、メア様は無表情で、



「ごめん、お金もないし、それしか渡せそうなもの持ってなかったから。いらないかもしれないけど受け取っておいて」



 と言って、窓を開けて窓枠に足をかけた。


 え、飛び降りようとしてるの?

 ここ、三階なのに??


 何故だろう、もしかして、もう家から出て行こうとしているのだろうか。


 それにしてもそんなところから!?


 三階といえど、ここは結構高い。


 このまま飛び降りたら、骨の2、3本ではすまないだろう。想像しただけで血の気が引く。


 私は慌ててメア様に近寄り、今にも飛び出しそうなメア様の服の裾を握った。



「なんで飛び降りようとしてるんですか!?死ぬ気ですか、こんなところから落ちたら死んじゃいますよ!?病み上がりで何してるんですか!?」


「え?僕には魔法が、」


「出ていくにしても、それなら出口を案内しますし、まだ病み上がりの人間をそのまま行かせるわけないでしょう。もし帰る場所があるのなら、そこまで案内しますから、言ってください!」


「いや、帰る場所は別にないんだけど……。

 でも、これ以上迷惑をかけるわけには」


「何にも迷惑じゃないです!!本当に、どれだけでも家にいてくれてもいいぐらいです!いや、むしろいてください!!私はただ、私が勝手に助けたくて勝手にやっただけですから!」



 そう言い切った私の迫力に負けたのか、メア様はゆっくりと家の中に戻ってきた。


 かなりセリフが変態だった気もするが、そこは気にしないで欲しい。


 それに、と、私はメア様に渡された宝玉のようなものをメア様の手に握らせた。



「だから、これは受け取れないです。

 あなたの大切なものでしょ?」



 明らかに重要そうなアイテムを、モブである私に渡さないで欲しい。困る。

 

 しかし、メア様は突き返すように私に宝玉を押し付けてくる。



「いいから、受け取って。僕に差し出せるものなんて、これしかないから」


「だから!!何にもいらないんですってば!!」



 というか、「顔を拝ませてもらってる時点でこっちがお金払いたいぐらいなんですってば!」という心の声を言えるはずもなく、そこから、どちらも折れる気配がないのでこのような言い合いが10分ほど続いた。終わる気配もない。


 メア様は意外に頑固で、なんとしてでも私に何か返したいようだった。


 ゲームのままの人生を歩んできているのだとしたら、メア様の人生は、あまり人を信頼できるようなものではなかったのだろう。


 おそらくだが、見返りを求めない優しさというものが怖いのだと思う。だから、私に借りを作ることを恐れているのだと推測した。


 だったら、と、話を切り出す。

 話し合ってる間に、私にはいい案が浮かんでいた。



「分かりました。それなら私、貴方に頼みたいことがあるんですけど、その宝玉を受け取る代わりにこの頼みをきいてもらってもいいですか?」


「……わかった。それで借りが返せるのならなんだっていい」



 そう言って安心したような顔をしたメア様は、私の言葉を聞いて目を見開いた。



「私、この薬屋を1人でやっているんですけど、最近人手が足りなくて困っていたんです。だから、ここで働いてもらえませんか?」



 私はそう言って、にっこり笑った。





 確かメア様はさっき、帰る場所はないと言っていた。ゲーム通りに考えると、ちょうど暗殺者に追われて逃げてきたところなのではないだろうか。


 メア様が身につけていた物は、所々擦り切れた服と破れてボロボロの黒いフードつきのローブと、あの宝玉だけだったし。きっと逃げる過程でボロボロの姿になってしまったのだろう。


 これは、メア様に直接どうして路地裏にいたのか聞けない空気だから、ただの推測なのだけれど。


 そう考えると、あれだけ栄養が足りていない外見をしているのも納得できる。


 ゲーム通りに考えると、きっとメア様はあのまま路地裏で奴隷商人に捕まることになっていたのだろう。


 こんな田舎でも、奴隷商というものはいるし、メア様は何せ顔がいいので目立つ。

 

 むしろ、奴隷商じゃなくても拾う。私とか私とか私とか、私みたいな人とか。


 だから、このまま外に出してしまうのは危ないと思う。


 メア様をブランシェット家が迎えにくるのは、メア様が15歳になったときである。ブランシェット家で問題が起こったため、失踪したメア様のことを、国宝級の魔法道具を使って探しにくるのだ。


 つまり、もしもメア様が暗殺者にならずに過ごしたとしても、メア様はブランシェット家へ戻ることが出来る。


 その場合、ヒロインが解決するメア様の心の闇は減り、ゲーム通りにストーリーが進むかどうかは分からないが、メア様がヒロインと幸せになるかどうかも分からない。


 ゲームの世界では何回も最初から始められたけど、この世界は一度きりだ。


 マイプリには、メア様の他にも4人の攻略対象がいるので、まずメア様が選ばれるのかも分からないし、ヒロインが転生者の可能性もある。


 メア様の確実な幸せを考えるなら、とりあえずブランシェット家に戻ってさえもらえればいいだろう。


 それなら、ブランシェット家が迎えにくるまでの間、私がメア様を養う方が確実に安全に生存していただくことが可能になると考えたのだ。


 それに、最近人手に困ってるというのも、全くの嘘ではないし。


 さらに、推しが職場にいてくれるだけで1.5倍は働ける自信がある。まさに一石三鳥の素晴らしい計画だ。



「もちろん、お給料もちゃんと払いますし、部屋が余っているので、住み込みで働いてもらうことができます。それに、朝昼晩、私がご飯を作ります。それで、お金が貯まってこの仕事をやめたかったり、やりたいことが出来たら相談する、というのはどうでしょうか?」



 がんばれ、私。

 ここで前世のプレゼン力を使わずにどうする…!!

 にこにこと笑って続けると、メア様はこちらをじぃっと見つめた後に、



「それは、こっちに得がありすぎるでしょ。しかも、見ず知らずの人間を雇おうとするとか、本気で言ってるの?むしろ借りを返すどころか、さらに借りを作りそうだし……」



 と呟くように言ったが、私は食い気味に言葉を重ねてゴリ押した。



「大丈夫です!!少し物を配達してもらったり、掃除したりしてもらうだけでいいんです。最近、本当に人手不足で困ってるんです!!私を助けると思って、どうかここで働いてくれませんか!?」



 というか、本当にメア様がここにいてくれるだけで助かる命がある。こっちだって必死だ。


 本当に私を助けると思って……!


 そんな、鬼気迫る勢いの私の思いはどうやら届いたらしい。


 でも、だって、と言い訳を続け、いつ逃げようかと窓の外にチラチラと視線を向けるメア様に、説得を繰り返すこと30分。







「ね、本当にむしろそこにいてくれるだけでもいいんです。それで、たまーにお店のことを手伝ってくれるだけでいいんですよ、本当に!!」



 ついに私の熱意という名のしつこさに負けたのか、15回目の説得でメア様はやっと首を縦に振ってくれた。



「……分かった。別に行くところもないし、そこまで言うならここで働かせてもらうことにする。でも、給料は受け取れないから。僕の家賃と食費と借りを返す代わりに、ここで働くっていう条件なら引き受ける」


「本当ですか!?貴方がそれでいいなら、その条件で大丈夫です。やったぁ…!!」



 ということで、まさかの、全オタクの夢、推しとの共同生活の始まりである。もし前世の友達に知られたら、首を絞め殺されるだろう。


 私、今、最高に幸せです。

 ごめんなさい、こんなに幸せで。










「じゃあ、部屋はここを使ってください。

 それと、洗面所はここで…」



 と、部屋の案内を始めると、袖を引かれた感触がある。メア様が、私の服の袖をつかんでいた。



「待って、まだ君の名前聞いてないんだけど」


「あ、そうでしたっけ?」



 やばい、私がメア様を知ってるから、勝手に自己紹介を省いてしまっていた。


 あっぶな、今まで名前を呼ぶ機会がなかったからよかったけど、これでメア様とか呼んでたら、不審者一直線だったところだ。



「私の名前はリゼ=プランツェ、13歳です。

 ここ、へーメルの街で薬屋さんをやっています。

 今更自己紹介なんて遅いですね。

 あなたの名前も教えてください!!」


「名前……名前、は、」



 私が問いかけると、メア様は言い淀んでしまった。

 そうか、メア様は追放されている身なので、自分の名前を語ることが出来ないのかもしれない。


 無理に名前を言わなくてもいい、と言おうとしたその瞬間、意を決したようにメア様の口が動いていた。



「僕の名前はメア、同じく13歳だよ」



 やっぱりメア様はメア様なんだ、と思いつつ、そこで何かがおかしいことに気がついた。


 メア様が自分からメアと名乗ることは、ゲーム内では1度もなかったからだ。


 人と関わるのを嫌がるため、自分の名前が愛称で呼ばれることさえ嫌っており、最初は、そう呼んだだけで取り返しがつかないぐらい好感度が下がる選択肢だった気がする。


 本当に最後になったときに、ヒロインだけに特別だと言ってメア様呼びを許してくれるはずだった。


 ……なんて深く考えてみたけど、ただメア様は自分の本名を略してみただけかもしれない。


 そのまま本名を語ることが出来ないから、仕方なくだろう。何もおかしいことはないのに、どうして気になったのだろうか。


 そんなことを考えていると、メア様が私の袖を掴んだまま、こう続けた。



「あのさ、僕は君に雇われることになったんだから、雇い主の君が僕に敬語使うのはおかしいでしょ。君もタメ口にしてよ」


「そんなの許されるんですか!?」



 恐れ多すぎる。むしろ敬語が使いたい。

 そう答えると、メア様はクスクス笑って口を開いた。



「ふふ、変なの。そんな雇い主、普通はいないよ」


「え!?じゃ、じゃあ、タメ口を使わせてもらいます……」


「もらいます?」


「あ、いや、もらうね!」



 私が慌てて言い直すと、メア様は何が面白かったのかまだ笑い続けている。


 かわいい。世界一かわいい。


 ゲームでは毎日つまらなさそうに生きていたメア様が、こんなに笑っているなんて。

 それだけでも、この世界に転生してよかったって思えた。


 敬語撤廃の件は難しいが、これから頑張っていくしかない。


 今でさえ緊張で死にそうだが、メア様は今、13歳だと言っていた。これから、メア様がうちを辞めない限り、この生活が2年間続くのだ。


 どうにかして慣れていかないと、私の心臓の方に限界がきてしまう。


 よし、落ち着け私。


 これは推しが健やかに、幸せに生きるために必要なことなのだ。


 もうすでに供給が多すぎて死んでしまいそうだが、この限界オタクっぷりをどうにか沈めて暮らさなければならない。


 よし!全ては推しの幸せのためなのだ。


 パチンと、私は自分の頬を叩いて気合いを入れ、メア様に手を差し出した。



「これからよろしくね、メア」



 それを聞いたメア様は、こっちを見て固まっている。やっぱりいきなりタメ口と呼び捨てはダメだったのだろうか。


 でもここでメア様なんて呼んだらおかしいし、メアくんとかメアさんも、一応同い年なのだからおかしいし、と思った結果、呼び捨てしか頭になかった。時を戻したい。



「あ。呼び捨てしたらダメだった?」



 調子に乗ってしまって恥ずかしい。

 穴があったら入りたい気分だ…と思っていると、なんとメア様が差し出したままだった私の手を掴んだ。



「いや、大丈夫。ただ、あんまり名前を呼ばれることに慣れてなかっただけ。よろしく、リゼ」



 待って、待って、待って。頭がパニックだ。


 まさか推しから自分の名前が呼ばれることがこんなに嬉しいものだと思わなかった。


 ゲームではデフォルトネームを使う派だったので、慣れてなさすぎて顔が熱くなってくるのがわかった。


 それに、手も繋いでしまっている。


 CDも積んでいないのに、握手してしまって本当にいいのだろうか。今すぐお金を払いたい。


 長年オタクをやりすぎて、無料のファンサを受け慣れていない身からすると、何か悪いことをしているような気になってくる。


 きっとこれから一生手を洗わない。


 洗いたくない。


 むしろ、目の前にメア様がいなかったら、空気すら保存したいぐらいなのに、と気持ち悪いことを考えるのが止まらない。


 これからの共同生活、無事に生きて2年間過ごせるかがとても心配になった。










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