3. 今日が命日かもしれない
オタクは、死んだり生きたり忙しい。
掃除を終え、部屋を高級ホテルばりに磨き上げてもメア様は目覚めなかった。
メア様の熱は全く下がらなかったのだ。
それなのに、手足の先だけが氷のように冷たくて、その事実が私の心配を煽る。
安らかになるのは、睡眠薬のような副作用のある解熱剤を投与した時だけである。
そんなメア様をおいて寝ることも出来ないので、メア様に付き添い続けて早3日目だ。
しんどそうなメア様を見ていると、私までしんどくなってくる。食事も喉を通らない。
私の作った、メア様の回復祈願のお札も50枚を越えた。そろそろホラーになってくる。
気になるメア様の病状だが、私は恐らく魔力切れなのではないかと考えている。
魔物と戦っていた昔はよく起こっていたみたいだが、今では無理をしてまで魔法を使わなければならないことはほぼないため、魔力切れに陥ることはほとんどないので、最初は気がつかなかったのだが、本で調べてみて気がついた。
あまり有名な病気ではないが、仕事などで1日にたくさん魔法を使う職業の人の間では今でもたまに起こるらしい。
魔力切れの主な症状は、発熱と身体全身の痛みだ。どうやら、身体に魔力がなくなると生命力を使って魔力を使うことになるらしく、その反動が熱や痛みになって現れるようだ。
メア様の症状にドンピシャである。
もし、本当にメア様が魔力切れならば、魔力切れを起こすほど魔法を使ったということになるので、「何に使ったのかが気になるところだよね」とか1日目は楽観的に考えていたのだが、3日目にもなってくると、メア様が死んでしまうかもしれない恐怖の方が強くなってくる。
調べてみると、魔力切れで死んだ人はほぼおらず、1日ほどで目覚めるケースが多いみたいだった。
メア様は、魔力切れを起こしてからどれだけ魔法を使ったのだろうか。使わなければ、ならなかったのだろうか。
想像するだけで胸が痛む。
本によると死んだ人はほぼいないとのことだが、その裏を返せば、0人ではないということである。
よく漫画やゲームでメインキャラが死にそうになったときには、「いや、メインキャラだから死なないでしょ」と言われることが多い。
そのため、私も最初はわりと楽観視していたのだが、ここは今の私やメア様にとっては現実世界なのだ。どうなってしまってもおかしくない。
メインキャラ、絶対死なないの法則が本当に働いてくれるかどうかもわからない。どうしよう、最悪の考えばかり頭によぎる。
最早、メア様が生きてさえいてくれたらいい。
そもそも、魔力切れにかかることが珍しいため、魔力切れの治し方はどの本にも載っていなかった。そのため、私はひたすらうなされるメア様の看病をしたり手を握ったりして励ますことしかできない。
せっかく薬屋なのに、何の役にも立てないなんて。
途方もない無力感に苛まれながら、私には神に祈ることしか出来なかった。
そして、メア様が目覚めたのは、作った回復祈願のお札が100枚を越えた、5日目の夜だった。
うなされているメア様の手を握っていると、5日間ほとんど動かなかったメア様の手がピクリと動いたのである。
「………」
パチリ、と、メア様の目が開き、こちらの方を見た。
紫水晶のように、透き通った紫色の瞳。
形のいい唇に、びっくりするほど小さい顔。
そして、完璧な顔の配置。
美形の多いこの世界でも、圧倒的と言えるほどの顔の良さ。寝起きなのに顔が良すぎる。本当に同じ人類とは思えない。
顔も国宝に登録ができるのならば、きっとメア様が最初に登録されるだろう。断言できる。国宝への登録、まだですか。
うっとりと顔に見惚れていると、メア様が怪訝そうな顔でこちらを見ていることに気がついた。
それもそのはず、彼と私は知り合いでもなんでもないのだ。怪しい女に手を掴まれて顔を見つめ続けられるなんて怖いに決まっている。
私はそっと手を離し、顔を必死に取り繕ってメア様に話しかけた。
「えっと、あ、怪しいものじゃないんです。貴方が路地裏で倒れているのを見かけたから、ほっておけなくて」
「……」
「わ、私、薬屋をやっているんです。それで、家に運んで看病させてもらいました。勝手に連れ込んでしまってごめんなさい!」
「……」
「ごめんなさい、あの、うちにはベッドが1つしかないので、私のベッドに寝てもらうしかなくて。ちゃんと掃除してるから汚くはないと思うんですけど」
「……」
メア様は不審そうな顔でこちらを見ている。
ダメだ、どれだけ弁解してもやってることが不審者でしかない。推しを家に連れ込んで自分のベッドに寝かせるって、控えめに言って死刑だ。自分でもどうかと思う。
「あの、怪我もされていたので、あのままだと危ないと思って……」
ダメだ、言い訳が止まらない。
怪しいけど助けてくれた人、ぐらいの関係を築きたいと思っているのだが、圧倒的に不審者にしかなりそうにない。
そもそも、この5日間ほとんど寝ていないので、頭も回っていない。脳死状態すぎる。
目を覚ませ!!ここで二次創作で養った語彙力を使わないでいつ使うの!ここでやらなきゃオタクじゃねぇ!!
いや、落ち着け、そんなことはどうでもいいのだ。何よりも、メア様が目を覚ましてくれたことが重要なのである。
生きててよかった、私の推し。
私のことをどう思ったとしても、メア様が生きてさえいてくれたらもう、なんだっていい。どうしよう、なんか泣けてきた。
「5日も寝てたので、えっと、とりあえず、生きててくれてよかったです……」
泣きながらそう言う私に、メア様は何かを感じ取ったのか、掠れた声で何かを呟いたが聞こえなかった。
多分、この5日間声を出していなかったからだろう。何て言ったのか気になるが、病み上がりのメア様に無茶をさせてはいけない。
「まだしんどいと思うので、寝てて大丈夫ですよ」
そう言ってメア様に布団をかけると、メア様からぐきゅー、というかわいらしい音が聞こえてきた。
布団が動いて、少しまるまる。
お腹の音だろうか。かわいすぎる。
なんだこの推し。かわいすぎてハゲそうだ。
きっと天界生まれなのではないだろうか。
推しがお腹を空かせているのだ。
これは今すぐにご飯を作らなければならない。
私はすぐに台所へ向かい、直ぐにお米を鍋にいれて火にかけた。
今までは、「あれ?物の名前とかが前世と同じだな」と思っていたのだが、きっとここがマイプリの世界だからだろう。マイプリには料理のミニゲームが存在していて、食品名はほとんどそのままだったので、それが関係しているんだと思う。
お米をほぐして煮てから、そこに卵をいれて混ぜ、器に盛り付けたら完成だ。
私は、出来上がった卵粥をすぐにメア様のもとへ運んだ。
「あの、お腹空いてませんか?もし食べれそうだったら、お粥を作ったので、お口にあえばいいな、と思って……」
と言うと、メア様はじーっとこちらを見ている。やはり、不審人物からの食べ物を食べるのは怖いのだろうか。
それも、メア様の育ってきた環境を思えば当然のことだと思う。何せ暗殺者に狙われていたのだし。
「毒とか入ってないので、安心してください。あ、いや、こんなこと言っても怪しいとは思うんですけど!!」
やっぱり見せる方が早い。
そう思って、私は一口掬ってお粥を食べた。
うん、おいしい。
メア様に出しても許される味付けだろう。
「ね、安心でしょ?」
そう言ってメア様に、スプーンで掬って、ふーふーと覚ましたお粥を差し出すと、メア様は恐る恐るといった様子でお粥を食べた。
同じスプーンで食べさせるのは気がひけたが、スプーンに毒を塗っていると思われたら本末転倒である。ものすごく恐れ多いことだが、事故ということで許して欲しい。
そして、モグモグと咀嚼していたメア様から、思わずといった感じで声がこぼれ落ちた。
「……おいしい」
「ほんと!?よかったぁ……」
つい身を乗り出して喜んでしまった。
落ちついて、私。よかったね、やったね私。
お母さんが死んでから2年間、めんどうでも自炊をしてきてよかった。その全てが報われた気がする。
待って、もう今日死んでもいい。
推しと会話ができて、しかも自分のものを食べてもらって褒めてもらえたなんて、もう満足だ。もしかして今日が命日かもしれない。
最早それでもいい。
我が人生に一片の悔いなしというやつだ。
「いっぱい食べてくださいね……!」
そう言って私は、メア様にスプーンを差し出し続けた。なんとメア様、完食である。
よほどお腹が空いていたのだろう。
そりゃあ5日間も食べていなかったらお腹も空く。
私は食器と鍋を片付けたあと、メア様の元へ戻った。
メア様はお腹も満たされたことで、すっかり眠っている。
昨日までとは違う安らかな寝顔に安心し、メア様の顔を眺めていると、なんだか私も眠たくなってきた。
さっきまでは推しへの興奮でアドレナリンが出ていたのか、全く眠たくはなかったけれど、なんだかすごく眠たい。5徹の疲労が一気にきたのかもしれない。
それに、メア様が無事生きていた安心感で気が抜けたというのもあるだろう。
それにしてもメア様は本当に顔がいいなぁ。
メア様を見ながら寝られるなんて、最高すぎる。ちょっと仮眠して、明日の朝早く起きてメア様においしい朝ごはんを作ら、なきゃ…。
そんなことを考えながら、私は睡魔に誘われるまま、夢の世界へ飛び立った。
そして翌朝。
目を覚ますと、完璧な美貌が目の前にあった。