6. 大好き程度で満足出来るの?
そして精霊祭当日。
「ちょっとリゼ、動かないで〜!」
「むりむり、苦しいってば!!」
私は、ナナリーにぎゅうぎゅうと浴衣の帯を締められていた。これじゃあ何も食べ歩き出来ないじゃん!
しかし、オシャレに犠牲はつきもの。どうにかナナリー先生から合格を貰った私は、メアとの待ち合わせ場所へ向かった。
私は最初から一緒に行けばいいのに、と提案したのだけれど、メアが待ち合わせにしたいと言ったことから、今回は待ち合わせデートである。何だか、私とメアの初デートのときを思い出して緊張しちゃうなぁ。
そんなことを考えながらテクテクと歩いて待ち合わせ場所に到着すると、もうすでにメアが待っていた。おかしい。これでも30分前なのに、なんでもうここにいるのか。
「メア、待たせてごめ……」
私はそこまで言って、すぐに口を噤んだ。え?何ですか、この今世紀最大級に神々しい生き物は。
「待って、無理。かなり無理。本当に無理」
「何が無理なの?」
「ッ……!」
「ねぇ、ちゃんと言って?言えるよね?」
ダメだ、今日も今日とて顔がいい。本当に、顔面偏差値カンストの致死量級チャンピオン殿堂入りイケメンだということを理解した言動をして欲しいのに、まだまだメアは理解してくれない。
私は、着流しを着て、艶やかに微笑むメアの眩しさから目を逸らすように顔を背けた。
だって、和服はダメでしょ。全女子の妄想じゃん。同人誌で溢れ返る殿堂入りのネタじゃん。
「あの、カッコいいです」
「はい、知ってます」
「き、綺麗です。あの、とても。本当に」
「ふふ、分かってます。だって、リゼが好きだと思って着てきたんだからね?」
私が喉から絞り出した必死の称賛をクスクスと笑ったメアは、意地悪気な顔をして私を見ていた。
これだからイケメンは嫌なんだよ!だって、絶対勝てないじゃん!!この顔のよさには勝てないじゃん!!
もう私に出来ることは、
『やっほー!みんな!今日は私の単独ライブin墓の底に来てくれてありがとー!!みんな、生きてるー!?私は死んでるー!!』
と、限界オタクコールアンドレスポンスをふることしかできない。相変わらず自分の語彙力が無さすぎて恨めしい。
「ねぇ、悶えてないで早く行こ。花火までに出店、いっぱい回りたいでしょ?」
そう言ってメアは、顔を真っ赤にした私の手を取って歩き出した。繋いだ手から、全部私の気持ちが伝わってしまいそうで、怖い。
確か1年前はまだこんなに苦しくなかったはずなのに、今の私は心臓の音がうるさくてうるさくて仕方がない。それこそ、雑踏よりも自分の心音の方が気になるほどに。
今日のメアはカッコいい。それはもうカッコいい。帽子で髪色を隠しているメアは、さっきから周りの視線を集めまくっている。でも、その視線に同意を覚えてニコニコしていられる時期はもうとっくに過ぎていて。
全部、私のメアがいい。和服は着て欲しかったけど、部屋の中だけがよかったな。嬉しいけど、私だけが見ていたかったなんて、少し独占欲が強すぎるだろうか。……言葉にしたら、重いと引かれてしまうだろうか。
「……今日も好き」
それから悩んで悩んで、この一言だけを口にしてメアの手に指を絡ませた。自分から恋人繋ぎをするのは初めてなので、緊張して顔を背ける。すると、メアは
「急にそんなかわいいことされると困るんだけど」
と言って笑ったあと、徐に私の手を引いてお面屋さんへ向かった。そして、キツネとクマのお面を手に当てて首を傾げる。
「どっちが似合う?」
「んー……キツネの方かな?」
「そう?じゃあこれにする。すみません、これください」
するとメアはあっという間に店主の人にお金を払ってお面を買ってしまった。え、え?なんで?
そんな私を見て、メアは悪戯げに笑って口を開いた。
「これなら周りにじろじろ見られないでしょ。家に帰ったら外すから、そこでじっくり見たらいいよ」
「……もしかして、やきもち焼いてるってバレてたの?」
「へー、焼いてくれてたんだ?」
「っっ……!!そういう訳じゃ…!」
「ん?」と、いい笑顔でこちらを見ているメアは、絶対に気がついている。それが悔しくて、私にも慌てて欲しかったから、背伸びをしてメアの耳元に口を寄せた。距離が近いせいで、メア特有のいい匂いがして頭がくらくらする。
「……うそ。そんな訳、ある」
そして、囁くように言葉を続けた。
「メアのこと、帰ったら独り占めしていい?」
これは私にとっても挑戦だ。いつもメアばっかり余裕で、私の気持ちが筒抜けなんてずるい。メアにも、私でいっぱいいっぱいになって欲しい。
そう思って、じっとメアを見つめると、
「……そもそも最初からずっとリゼのだし」
と、お面の向こうから、いつも通りの声色で声が聞こえてきた。肝心の顔はお面に遮られて見えないから、ちょっと残念だ。もっと動揺してくれてもいいのにな。やっぱりまだまだ研究が必要なのかもしれない。今度また、マリアに協力してもらおう。
そう思って、離れていた手を繋ぎ直そうとすると、バッと避けられる。え、なんで。もしかして私、やり過ぎた?これでも重かった?紙に墨汁が広がるみたいに、不安が心に広がっていく。
すると、メアが慌てて言い訳をするように口を開いた。
「……ッ、今、手汗すごいから。余裕ないから、ちょっと待って欲し……」
「やだ。繋いじゃう」
何それ。かわいいじゃん。かわいすぎじゃん。やっぱり私の推しは、世界一かわいい。
メアの言葉を聞いた私は、言葉を遮って手を握る。もっと余裕無くなっちゃえ。私の気持ち、思い知れ!普段からずっとこうなんだから、たまには仕返ししたって許されるはずだ。
そして、慌てるメアをじっと観察していると、首がじわじわと赤く染まっていく様子が見えた。耳なんて、もう真っ赤である。今、メアがお面をしていることが少し悔しい。
「メア、真っ赤だぁ。ふふ、嬉しい」
「……うるさい」
「あ、かき氷あるよ。クールダウンする?」
「…………する」
「りょーかい!」
それから、メアの意外な一面が見れてルンルン気分の私は、出店でかき氷を2つ買って歩き出した。お祭りはまだまだこれからである。
それから、次に私達が寄ったのは綿飴屋さんだった。漂ってくる甘い匂いの誘惑に勝てず、吸い寄せられるように買ってしまったのである。だ、ダイエットは明日から!そもそも綿飴は軽いからカロリー0なんだからね!!
「リゼ、美味しい?」
「めちゃくちゃ美味しい!甘いし、ふわふわだし、幸せの味がする!!」
私がそう言ってメアに笑いかけると、クスクスと笑われた。
「……なに?子供っぽいって思ったでしょ」
「そんなことないよ。僕にも一口くれる?」
「ん、どうぞ」
そう言って綿飴を差し出すと、メアが少しお面をズラして綿飴に直接口をつけた。てっきり、千切って食べるのだろうと思っていたから、ビックリして綿飴を落としかけてしまいそうになる。それを慌てて止めたものだから、手にべったりと綿飴がついてしまった、
「何で直接食べにきたの!?危ないじゃん!」
「……恋人と間接キスしたいって思っちゃダメなの?」
「っっ!?それは、ダメじゃない、けど!……それなら先に言ってください!!」
そうだった。こういうとき、メアに抗議しても勝てた覚えが一つもないんだった。私は諦めて、一瞬で赤くなった顔をパタパタと扇ぎつつ、メアに
「手、洗ってくるからここで待ってて」
と言うと、綿飴がついた方の手を掴まれた。
そして、
「何で?勿体ないじゃん」
と悪戯げな顔で言った後、私の手を口元に寄せ、ベトリとついていた綿飴を舐めとった。え、何ですか。今の。
「……え?」
頭の中が整理しきれずに、思わず口から漏れた私の言葉に、メアはクスクスと笑っている。その様子がまた色っぽくて、どんどん体感温度が上がっていくのがわかった。
「ありがと、美味しかった。……あれ?リゼ、顔真っ赤だね」
「ッ!?誰のせいだと……!」
「かき氷買ってこよっか。クールダウンしなくて大丈夫?」
そう言って笑うメアは、意地悪だ。どうやら、先ほどのことを根に持っていたらしい。私はそんなメアに、
「しなくていいから!」
と叫んで歩き出す。本当に、どこまであざとくなるつもりなのか。もう私はメアにベタ惚れなんだから、これ以上好きにさせないで欲しいのに。
それから、焼きそばにりんご飴とお祭りフードを制覇した私達は射的に挑戦していた。メアはやったことがないと言うので、私が見本を見せると自信満々にやり始めたところまではよかったんだけど──
「お嬢ちゃん。惜しかったね〜」
「……悔しい。まさか1つも取れないなんてー!」
やる気と実力は比例しないものなのである。
ガックリと肩を落とした私を見たメアは、クスクスと笑って
「じゃあ、リゼにカッコいいところが見せれるように頑張ろっと」
と、輪ゴム銃を構えた。待って待って、メアさん。構えからガチ勢なんですが!?
「あ、当たった」
「すご過ぎない!?」
そうだった、うちのメア様はなんでも出来るんだった。あっさりと景品であるぬいぐるみを手に入れたメアは、ニコニコ笑っている。おかしい、そもそも人間のスペックが違う。
「……私もメアにカッコいいとこ見せたかったのに!!」
「ふふ、じゃあ僕が手伝ってあげる」
「え?」
メアは悔しげに呟いた私の後ろに回り、私を抱きしめるように後ろから銃を持った。そして、コツを説明してくれるのだが、距離の近さで全く頭に入ってこない。
最初は大人しく説明を聞いていたのだが、限界を感じた私が
「近くない!?」
と抗議すると、
「そんなことないよ。僕は真剣に教えてるだけなのに心外だなぁ」
といい笑顔で言われた。
お巡りさん!この人、完全に確信犯ですよ!!これじゃ、また外すに決まってるってば!
しかし、私の思いとは裏腹に飛ばされたゴムは小さなぬいぐるみを撃ちぬいた。納得がいかない。
それからも2人で屋台を回り、しばらくしたころには空が暗くなり始めてきて。私とメアは、花火のよく見えるエリアへやってきていた。
そして、「楽しみだね」と言い合いながら花火が上がるのを待っていると、メアがこんなことを言い出した。
「そういや前も一緒に花火見たよね」
「そっか、じゃあもうあれから1年か!」
ん?もう1年!?自分で口にしておいてあれだけど、1年の間にいろいろありすぎでは!?
そういえば、あの時の私達はまだ推しとオタクだった。ただメアに幸せになってもらうことばかり考えていたから、メアが私のことをどう思ってるかなんて少しも考えたことはなかったわけだけど。
今、よく思い出してみれば、彼氏が欲しいと言ったときにすごく怖い顔をしていた気がする。思えば、メアはあの時から私のことを好きでいてくれたのだろうか。
そんなことを思って、キツネのお面を被ってなお、完璧にかっこいい人だと分かるメアの姿を見つめていると、ふいにメアが口を開いた。
「ねぇ、リゼ。……僕が、去年の精霊祭で何か言いかけてやめたの、覚えてる?」
「…………?あ、覚えてる!!」
確か、メアが何か言いかけたときに花火が始まって有耶無耶になってしまったんだった。その様子を思い出して、それがどうしたの?と尋ねると、メアは一歩私に近寄って、お面をズラして耳元で囁いた。
「……実はあのとき、リゼに大好きだって言うつもりだったんだけど」
「へぇ、そっ……うぇ!?」
メアの突然のカミングアウトに奇声をあげた私を見て、クスクスと笑っているメアは、囁くように言葉を続けた。
「それで、今日はそのリベンジをするつもりだったんだけど、止めることにするね」
「……え」
聞きたい。何回でもいいから、メアから好きって言われたい。そう思って、「何で?」と横を向いて言おうとした言葉は、メアの艶やかな声で遮られた。
「だって、大好き程度で満足出来るの?」
そして、メアがそう言った瞬間、ドォオオオンと花火の上がる音が響いた。空が赤く染まっていくのが分かるのに、焦がれるようなメアの顔から眼を逸らせない。その視線に当たってるだけで、魔法にかけられたみたいだ。メアしか見えなくなる、魔法を。
「……愛してる」
そんな私を見たメアは少し口角を上げて、より私の耳に顔を近づけて、こう囁いた。その瞬間、外の雑踏の音全部が聞こえなくなった気がした。その分、「今回は花火に勝った」と嬉しそうに呟いたメアの声がよく聞こえる。
突然のメアからのサプライズに、完全に惚けている私の肩を叩いたメアは、ふと空を指差す。それに釣られて上を見ると、空には大輪の花火が広がっていた。
きっと私は一生、メアと見たこの景色を忘れないのだろう。そして、花火を見るたびに今日のことを思い出すに違いない。
そして、次々と上がる花火をキラキラとした目で見ているメアを見ていると、愛おしさが抑えられなくなってきた。でも、直接言うのは恥ずかしいから、また来年までの課題ってことにして。
私は、次の花火が上がるタイミングを見計らって、花火の音に紛れるように小さな声で
「私も愛してる」
と呟いた。
(ちなみに射的の件ですが、メア様は事前に練習しています。勿論初めてなんかじゃないということをここで報告させてください)