絶対に惚れさせてみせるから(メア視点)
最近、リゼの様子がおかしい。
朝だって一緒に学院へ行っていたのに時間をずらされるようになったし、学院内で見つけても話しかけてくれることがなくなった。それどころか、姿を見つけてもすごいスピードで逃げられるので、こちらから話しかけることすら出来ない。
それでも、嫌われたくないからしつこく話しかけに行くことが出来なかった。リゼの感情の色は、最近、僕といるときに寒色系のような色になることが増えたから。それに、ずっとリゼから感じていた、陽だまりのような色も薄くなっている。
どうしてなのだろうか。デートに行った時はむしろ、上手くいっていたはずだったのに。
理由を問いただしたいけれど、下手に何かを言ったら今よりも避けられてしまうかもしれない。
それが怖くて今までリゼに強く迫ることはなかったけれど、もう限界だ。
放課後。試験終わりに、たまたま寄ったカフェにリゼがいて、前にも見たことがある男と何かを話していた。
確か、ザックとかいう名前の庶民だったはずだ。前からリゼの近くにいたから気になっていて、調べていたから覚えている。
燻んだ青色の髪に、赤い目。そして、いかにも男らしい体格と話し方。
まるで僕とは正反対なのに、リゼに笑いかけられている、アイツのことが気に食わない。リゼはいつも、僕のことを大好きだって言ってくれるのに。もしかしてもう、アイツのことの方がいいのだろうか。
そう思うと不安で仕方なくて、ついつい口を挟んでしまった。
「行かないよ?」
「ッメア様…」
驚いた顔で僕を見る、久しぶりに見たリゼはびっくりするぐらい可愛くて、胸が苦しくなる。
だからこそ、コイツが僕よりも近くでリゼの笑顔を見られたということが、許せない。
「何で君とリゼが一緒に出かけるわけ?リゼ、僕と行こう。僕が、もっといい席用意するから」
演劇が見たいなら、いくらでもチケットを用意する。欲しいものがあるなら、全部リゼにあげる。
それなのに、どうして僕に言ってくれないんだろう。そのために、そのためだけに、公爵家の次期当主になったのに。
「だから、これは君に返すよ。
リゼのこと気にかけてくれてありがとう。でも、もう気にしてくれなくても大丈夫だよ。リゼ、行こう」
僕は、ザックとやらに強引にチケットを握らせてリゼを連れ出した。一秒だって、リゼが他の男に笑いかけているのを見たくない。
それなのに、謝らないとだとか、申し訳ないだとか涙目で言って、カフェに戻ろうとしているリゼは僕のことを煽っているのだろうか。
そんな可愛い顔、もう僕以外に見せないで欲しい。
僕は急いで馬車に乗って、すぐに学院を出てもらった。馬車の中なら、リゼが僕を避けることは出来ない。
「馬車の中だから、もう逃げれないね」
「……え」
僕の言葉に、ポカンと口を開けるリゼは、やっぱり可愛い。可愛くて可愛くて、どこにも行って欲しくない。
「なんでずっと僕のこと避けてたの?」
「それは…」
言い淀むリゼの周囲に、赤を帯びた紫色のような色が広がる。薬屋にいたころよりも、たくさんの色を見て、大体意味が分かってきたつもりだったのに、今まで見たことがない色で困惑する。ギフトは、肝心な時に限って役に立たない。
リゼが考えてることが、全部知りたい。
「アイツのことを好きになったから?」
「……アイツ?」
そんなことを口にするのも嫌な癖に、自分から口にしてしまうのはどうしてなのだろう。聞きたくないのに、気になってしまうからだろうか。
「さっき一緒にいたやつのこと。
……なんで?絶対、僕の顔の方が好きだよね?僕の方が好きでしょ?僕だったら、リゼの妄想にいくらでも付き合ってあげるのに。僕以外で満足出来るわけ??」
「ッザック先輩は、そういうのじゃないよ…!」
首を傾げたリゼは嘘をついていないようで、リゼがアイツのことを好きだということはないんだと分かって安心する。
安心はしたけれど。
「…何それ。信じられないんだけど」
それなら僕のことは、『そういうの』なのだろうか。今でもただ、家族として大好きな僕のままなのだろうか。
きっと違うから、悔しくなる。
どうしたら僕のことを見てくれるのだろうか。僕はずっと昔から、リゼしか見えていないのに。
悔しいぐらい、リゼは僕のことを意識してくれないから、泣きそうになった。今すぐリゼが、僕のことを好きになってくれたらいいのに。
「じゃあなんで最近ずっとアイツといるの?」
「っ、それは、メアには関係ないでしょ!!」
「関係あるよ。だって、リゼのことが大好きだから」
こっちがこの質問を、この言葉をリゼに言うのに、どれだけ緊張して、どれだけ覚悟しているかも知らないで。
それなのに、リゼも苦しそうな顔をして、
「メア、大好きって言うの、もうやめて」
というから、何も考えられなくなる。
「…どうして」
「それはもう、軽々しく使っちゃダメな言葉なんだよ」
「今まで、リゼが言ってきたんじゃん。
……もう僕のこと好きじゃなくなったの?」
「…そういう訳じゃないよ。
ただ、周りに勘違いされちゃうでしょ」
涙目でこう言ったら「大好きだよ!!嘘だよ、違うの。メアのこと、大好き」って言ってくれるはずだった。それなのに紫色は強まるばかりで、リゼの態度は素っ気ない。
虚像でも、家族愛だとしても、僕にはその言葉が支えで、救われていたのに。
それすらも、もう僕には許されなくなったのかと思うと、何も言えなかった。
勘違いされたかった。周りに、あの2人は婚約者同士らしいと、幸せそうだと言われたかった。
それでも、リゼにはまだ婚約の本当のことを言っていないし、リゼは庶民だから、周りからいじめられでもしたら許せないと思って秘密にしてある。
もういっそ、強引に結婚出来てしまえないだろうか。そんなことまで考えている自分がいて、嫌になる。
「大好きだと言わないで」と言ったリゼの色は、1番濃い紫色で、これ以上嫌われたくないから口を噤んだ。
これからも、このままなのだろうか。
それならいっそ、家族としてでも大事に思っていてくれた方がよかった。僕を本当の意味で好きになって欲しいと、欲張らなければよかった。
そう思ってももう遅くて、どうしようもない。
僕だけのものにならなくてもいいから、誰かのものにもならないでいてくれ、なんて我儘だろうか。
僕はリゼの顔が見れなくて、外を見たまま馬車に揺られ続けた。
あれから数日が経ったが、やっぱりリゼの態度は変わらなかった。それどころか、さらに距離を置かれている気がする。
もう一度勇気を出して迫って見たけれど、「適切な距離を保たないといけないの!バカ!」と言われて逃げられた。その様子を見て、リゼの友達である、ルルカ=クレセントが笑っているから、余計に悔しい。
私は隣にいていいのだと、見せつけるように笑うから。
学院にいる僕に寄ってくるのは、僕の顔と地位目当ての女ばっかりで飽き飽きする。リゼに誤解されたくないのに、望んでないことばかり起こる。
どうにも上手くいかなくてモヤモヤして、またリゼが来ないか期待してカフェで休んでいると、後ろから肩を叩かれた。
「メアリクス様」
「…誰?残念だけど、僕は今忙し…」
「何が忙しい、ですか。どうせリゼのことを考えていただけでしょう」
「……クレセント嬢」
「ここ、空いてるかしら?」
「………どうぞ」
僕に直接声をかけてくる人がいるなんて珍しい。でも、生憎だがリゼ以外のことを考える余裕がない。
そう思っていたが、クレセント嬢なら話は別だ。彼女はリゼの友人だから、雑に扱うことは出来ない。それに、彼女からは嫌な色は感じない。
僕は不機嫌な様子を隠さずに、席に着くことを勧めた。
「それで、何か用事でも?」
「えぇ。リゼに避けられていて可哀想だから、助けてさしあげようと思って」
「……生憎、そこまで困ってないけど?」
「あら。最近のメアリクス様はお疲れで気がたっていると噂されてるわよ?」
そう言ってクスクス笑うクレセント嬢は、完全に面白がっている。それなのに、いつもリゼの側にいるから腹が立つ。
だから、クレセント嬢から助けられるのは癪な気がして席を立とうとしたが、それに、と続けた言葉を聞いてその気はなくなった。
「それに、リゼが最近目に見えておかしいのよ。ついにはブツブツと、婚約破棄をする…とかなんとか呟いていたわ。貴方に関係あるのでしょう?」
「ッいつ、どうして、何で…!?」
「…落ちついてくださいな。やっぱり貴方が婚約相手なのね」
嬉しそうに笑うクレセント嬢に対して、僕の顔はきっと顔面蒼白になっていると思う。
そんな僕を見たクレセント嬢は、「このままだとこっちがモヤモヤするから、やっぱり助言して差し上げるわ」と唇を弧状にした。
「あの子、それはもう鈍いの。だから、ストレートじゃないと効かないわよ」
「……は」
「『メア様は自分のことを、恩人だから良くしてくれている』、『メア様が自分に近づくのは家族愛だ』が最近の口癖よ。普通、あれだけあからさまだったら気付くでしょうに。メアリクス様も大変ね」
「そんなの、わかってるけど…?」
今更のことだ。そう思ってクレセント嬢を睨むと、彼女は
「メアリクス様は、リゼのことを恋愛的な意味で好きだと言ったことがないのでしょう?」
と言って笑った。その言葉に核心を突かれて、心臓が冷たくなるのを感じて言葉に詰まる。
「ッ君に、関係な……」
「そうじゃないとあの子、多分気づかないわよ。何でかは分からないけれど、家族愛だと言いながら自分に言い聞かせてるみたいだから。早いうちに言っておかないと、本当に逃げられるかもしれないわね」
それだけ言って、「では、ご機嫌よう」とクレセント嬢はカフェを後にした。悪い色は見えなかったから、きっと本当に善意で僕に助言しに来たのだろう。その理由は、僕のためではなくて、リゼの様子がおかしいからだろうけど。
確かに、僕が恋愛的な意味でリゼを好きだと言ってこなかったのは確かだ。言ってしまったら、それで失敗したら、もう側にはいられないかもしれない。
そう思うだけで怖くて、ずっと曖昧にしてきたことだった。しかし、『婚約破棄』という言葉を聞いただけで、全身が凍ったように動かなくなって、冷たくなる。
今まで勝手に、僕に勝算が出来るまで待っていてくれるものだと思い込んでいたから、突然の出来事に頭が上手く回らなくなっていくのが分かった。
きっとまだ、勝算はない。今だってリゼに避けられているし、他の奴のことが好きなのかもしれない。
でも、それでリゼに逃げられるぐらいなら、そんなことは構ってなんかいられなかった。
そんな躊躇でリゼがいなくなってしまうなら、いらない。そんなことはどうだっていい。リゼを手に入れるためなら、僕は何だってしてみせる。
居場所をくれた。僕でいいと言ってくれた。大好きだと、言ってくれた。その日から、僕にはリゼ以外どうでもいい。リゼがそこにいてくれるなら、笑ってくれるなら、何だって。
「…リゼのことが好き、大好き。苦しいぐらい好き」
だから、誰にも取られたくない。
そのために、僕はリゼに想いを伝えることを決めた。
「…それで、どういったご用件かしら。私、忙しいのだけれど」
クレセント嬢がニヤニヤと僕の方を見ている。昨日とは立場が逆転しているのが、恨めしい。
彼女に頼みたいことがあったため、廊下を1人で歩いていたときに声をかけて空き教室へと呼び出したのだ。
「……リゼに、話したいことがあるから、リゼに会わせてくれないかな」
「ふふ、あなたが呼び出しても逃げられるものね」
「…はぁ?」
クレセント嬢を頼ろうとした僕がバカだった。
やっぱり、自分でどうにかしよう。
そう思って彼女に背中を向けたが、
「まぁ待ってくださいな。私、それぐらいなら協力して差し上げるわ」
と言うので、そちらに向き直る。
「ちょうど明後日、マリアベル様と私で、リゼの話を聞く女子会をすることになっているの。そこならリゼが逃げることもないと思うわ」
「…ありがとう」
「いえいえ。リゼに避けられて、食欲や体重を落としている可哀想なメアリクス様のためですから、気になさらないでくださいね」
「余計なお世話なんだけど?」
……やっぱり、クレセント嬢のことは好きになれない。しかし、助けてくれたのも事実だ。
そう思って、クレセント嬢に頭を下げて空き教室を出ようとして、どうしても言っておかなければならなかったことを思い出して振り返る。
「勘違いしてたら可哀想だから言っておくけど、リゼは絶対に僕のことが1番好きだから」
僕の言葉に、クレセント嬢はニヤリと口の端を上げる。
「奇遇ね。ふふ、私も、同じことを言って差し上げようと思っていたの。リゼは、私のことの方が好きよ」
「…は?どこが?意味わからないんだけど」と反論しようとしたが、この口論はどうにもならない。第一、今現在、リゼに避けられている僕の方が分が悪いので、僕は黙って空き教室を出た。
明日、リゼに告白をする。
例え玉砕したとしても諦めるつもりはない。
絶対に、僕に惚れさせてみせるから。
次回、ついに完結となります…!
最後までお付き合いよろしくお願いします!!