18. 古参マウントはよくないです!
今回はキリのいいところまで1話にいれたかったので、長くなってしまったのですが、最後まで読んでいただけると嬉しいです…!
教室を出た私達は、誰も利用していない空き教室に入った。学院では、空き教室を自由に使ってもいいことになっているのである。
私を連れ出したマリアベル様は、開口一番に頭を下げた。
「……突然お呼び出しして申し訳ありませんわ」
「あ、頭を上げてください! 今日は帰ってすることもなかったので、全然大丈夫です。むしろ暇してました!!」
私の言葉にホッとした顔をして頭を上げたマリアベル様は、やっぱり顔がいい。肌は滑らかできめ細かくてシミひとつないし、深い青色の大きな目を縁取るまつ毛は長いし、まるでお人形さんみたいだ。
同じ人類かどうか不安になってくる。まるでルルカやメア様のように整った美貌だけれど、マリアベルというキャラクターはマイプリには出てこなかったはずだ。それとも、私の覚え違いだろうか。
そう思って、じぃっと顔を見ていると、マリアベル様がクスクスと笑い出した。
「私のこと、もしかしてマイプリにいたかどうかを考えていますの?」
「……へ」
「いませんわよ。マリアベルというキャラクターは、マイプリには出てきませんわ」
そう言って穏やかに笑うマリアベル様が少し不気味に感じて、顔が強張る。それに、マリアベル様の口から、マイプリという言葉が出てきて、驚きのあまり言葉を失った。
「あの、もしかして……」
「…………はい。私は帝国の侯爵家の令嬢、マリアベルに転生したものです。転生者同士なので、口調を前世のものに変えても大丈夫ですか?お嬢様言葉って疲れてしまって」
「大、丈夫です」
あまりの急展開に、理解が追いつかない。
え、マリアベル様は転生者で? でも、こんなに顔がいいのにゲームキャラではなくて?マイプリも知っていて? 私のことを転生者だと知っている…??
ポカン、と口を開けた私を見て、
「やっぱり混乱しますよね。ごめんなさい、ずっと話しかけようと思ってたんですけど、なかなか覚悟が決まらなくて」
と苦笑しているマリアベル様からは、先程の咲き誇る薔薇のような圧力のようなものは消えていて、親しみ安さが感じられる。
それに、同じ転生者である人間を今まで見たことがなかったから、少し安心している自分がいる。てっきり私だけだと思っていたから、急に仲間を見つけたような気持ちになった。
「どうして私が転生者だと……?」
「だって、ヒロインといたり、あの人嫌いのメアリクス様といたり、明らかにゲームにはいないイレギュラーじゃないですか。目立つに決まってます」
「それは確かに、そうですよね……!」
全く以て納得しかない。
確かにそうだ。私だって、マリアベル様が攻略対象の人間達に囲まれていたら、彼女が転生者だと気づいたと思う。
私がこんなに行動を安易にしていたのは、私の他にも転生者がいる可能性を考えていなかったからだ。だって、イレギュラーともいえる私のような行動をしている人が他にいなかったから。
それにしても気になるのは、マリアベル様が転生者だということをどのように使うかである。
転生者は、この世界についての事前情報を持っているから、その使いようによっては大事故がおこる。マリアベル様は、この世界でどんな選択をするのだろうか。
回らない頭を必死に回して、何から聞こうかと考えていると、マリアベル様が先に口を開いた。
「私、別にどうするつもりもないです。だって、マイプリが大好きだったから。それに、推しも尊いし。推しが不幸になるようなことは絶対にしないので、安心してくださいね」
「えっ!? マリアベル様って、考えてることが読めるんですか!?」
「同じ転生者ですし、マリアでいいですよ。ふふ、リゼさんが分かりやすいだけです」
マリア様はそう言って笑っている。しかし、それならわざわざ私を呼び出した意味が分からない。
「マリア様は、どうして今日私を呼び出したんですか?」
「それは……」
マリア様は、急に顔色を悪くした。そして、言いづらそうに顔を歪めて、数秒黙った後、躊躇うように口を開いた。
「……今日呼び出したのは、言いたいことがあったからなんです。攻略を、やめて欲しくて」
「……え…?」
久しぶりに聞いた、『攻略』という言葉が頭に入ってこなくて固まった。乙女ゲームでいう攻略の意味はーー攻略対象と恋愛をすることだ。
私が、攻略をしている…?誰のことを、と考えるまでもない。だって、私が関わっている攻略対象はメア様だけなのだから。
私に恩があると、私に甘いメア様。私の学費を援助しているメア様。私の、仮の婚約者のメア様。確かに、今の私の状況を見たらそう思えるかもしれない。
でも、それは誤解だ。だって私は、メア様の本当の好きな人探しを手伝っているんだから。マリア様にそう言おうとしたが、マリア様が泣きそうな顔で言葉を続けたから、言葉を挟めなかった。
「好きなんです。前世からずっと。ずっとずっと、彼の隣に並ぶために努力してきたんです。ヒロインは誰ともフラグを起こしていないみたいだし、それなら私が貰っちゃってもいいかなって。だからリゼさんが、『とりあえず次に攻略しとこう』ぐらいの気持ちでいるなら、手を引いて欲しいんです。彼のこと、絶対に私が幸せにしますから。こんなこと言うと本当に嫌な女だと思うんですけど、この世界はゲームだけどゲームの世界じゃないので、身分差とか、キツイと思います。…………ズルイですよね、こんな言い方。でも、私、彼のことをずっと見てきて、だからッ、誰にも取られたくないんです!!」
苦しそうに顔を歪めるマリア様は、貴族のご令嬢というよりも、ただの女の子のように見えて言葉を失ってしまった。もしかしたら、私ほど前世の年齢が高くないのかもしれない。
悲痛な言葉は全部私に突き刺さって、その全てに納得してしまった。彼女は勘違いしているけど、私はメア様にリア恋じゃないし、メア様を幸せにしてくれるならばそれでいい。それに、マリア様は侯爵家の令嬢だし、綺麗だし。
まるで言い訳のような考えばかり頭に出てきて、自分でも困惑してしまう。
だって、数日前に見たメア様とマリア様はお似合いだった。ザック先輩もそう言っていた。メア様も、笑っていた。たまたま最初にメア様を拾ったのが私だっただけ。メア様を助けたのが私だったから、メア様は私に優しいだけなのだ。恩があるから。
本当なら、今の状況はあり得なかった。ましてや、昨日のようにデートをするだなんて。
彼女なら、メア様のことを幸せにしてくれるだろう。私よりも。
「……分かり、ました。大丈夫ですよ。私、夢女子じゃないんです。推しが幸せなのを見ているだけで幸せなので、マリア様が幸せにしてくれるなら…………うん、よかったです。安心しました」
私の言葉を聞いたマリア様は、「ほんと、ですか!?ありがとうございますッ……」とボロボロ泣きながら頷いていた。
その様子を見て、私も彼女の立場だったらよかったと思った。令嬢だったら。綺麗だったら。
今、胸が締め付けられるように痛い理由を、言葉に出来たのに。
私、今、上手に笑えているだろうか。わからないけれど、泣くのだけはダメだと思う。何故か泣きそうになるので、私はパシンと頬を叩いた。
「でも、ゲームの設定とはちょっと変わっているところがあるので、先に言っておきますね」
メア様は、ゲーム内では無表情無口のクールで一途な暗殺者キャラだ。
マリア様も今のメア様を見て気づいているかもしれないけれど、ゲームのメア様を好きになったなら、今のメア様のことを本当に好きになれるか分からない。マリア様には、今のメア様も受け入れ欲しい。
そう思って、私は明るい口調で言葉を続ける。
「食べ物は、甘いものが好きみたいです。あと、野菜だとトマト。嫌いなものはピーマンなんです。苦いのが苦手らしくて。かわいいですよね」
ゲーム内のメア様は、暗殺者時代に食べるものに困っていたことから、毒が入っているものでも何でも食べる。
ヒロインの渡す焼け焦げたクッキーを無表情で食べて、「お前が作ったんだろ?味がわからない俺には、お前が作ったものが1番美味い」という名言を残しているのだ。それはもう尊かった。そのときのスチルはずっと私のスマホの待ち受けだった。
でも、そんなメア様が、昨日パンケーキを食べて笑っていたのを思い出して、改めて嬉しい気持ちになった。それと同時に、もうあの光景を見られないことに少し悲しくなる。だってマリア様がいるのに、私とパンケーキを食べに行くことはもうない。
「それに暗殺者時代を過ごしていないので、人のことを傷つけてしまうと思って、人に触れない設定はなくなっています。魔力の制御もしっかり出来てるみたいだし、その問題に関しては解決済みです」
メア様は暗殺者になったときに、人の心を失っている。そして、最初に魔法で暗殺者を撃退したときのトラウマから、触れたもの全部傷つけてしまうと思っている。
そのため、メア様ルートでメア様がヒロインに触れることはほとんどない。エンディングでも手を握るぐらいだ。それでも、大きな進歩だと私は深夜2時に号泣した記憶しかないけれど。
しかし、今のメア様は魔法の制御が出来ているし、暗殺者時代を過ごしていないからその心配はない。
それどころか、今のメア様は容易く私に手を伸ばすから、むしろ困っている。何せいい匂いがするし、こっちの心臓がもたないから。でも、もうそんな心配をしなくてもいい。
精霊祭で手を繋いだこと。デートで、私の口元を拭ったこと。メア様との思い出を思い浮かべるたびに、じわじわと涙が出てきて、ついに視界がボヤけ始めた。
「……あ、性格もわりと原作と変わっていて、ゲームでは無口無表情だったのにちゃんと笑うし、話してくれます。それどころか、多分自分の顔の良さを分かってるから、どんどんあざとくなっていくので、困ってて……」
ゲーム内でメア様が笑うのは、最後のヒロインに告白するときだけだ。そう思うと、私はよくやったのではないだろうか。
メア様はよく笑うし……自分の顔の良さを120%使って迫ってくる。そんなメア様が大好きで、そのたびに苦しくなって…と、メア様の笑った顔が頭に浮かんで、ふいに言葉を続けられなくなってしまった。
「だから、だからッ……」
パンケーキを食べて、幸せそうな『メア』が好きだ。
手を繋いで、嬉しそうな『メア』が好きだ。
掌から伝わる体温が高めな、『メア』が好きだ。
表情豊かな、『メア』が好きだ。
私をからかって、ニヤニヤ笑う『メア』が好きだ。
自分の顔の良さを120%活用している、『メア』のことが好きだ。
得意げに笑う『メア』も、恥ずかしそうな『メア』も、全部全部好きだ。
あざとい『メア』が、大好きだ。
私の頭の中を過ぎる『メア』は、私の好きだったメア様とは大違いだった。
無表情で無口で、心が死んでいて、それでもヒロインのおかげで心を取り戻していくメア様が好きだった。大好きだった。
不器用な推しを、絶対に幸せにしたいと思ったし、守りたいと思った。
でも、泣きたくなるほど、切なくなるほど、誰かに渡したくないほど好きなのは、愛おしいのは、きっと『メア』のことだけだ。
私の中で、『メア様』と『メア』はもう、同一視出来る存在ではなくなってきている。
心の中で、何かがドロリと溢れ出したような気がした。苦しくて、痛くて、切ない。
今まで必死に、『尊い』や『しんどい』で蓋をしていた思いが、溢れたらこんなに苦しいだなんて思わなかった。それも、このタイミングで自覚するなんて、最悪すぎる。
マリアベル様を見て嫉妬したのだって、デートで胸が苦しくなったのだって、それはもう『尊い』という感情では表せられないような感情だって、本当はとっくに気がついているはずだ。誤魔化すには、限界だ。
「好き。メアのことが、だいすき……ッ」
こぼれ落ちるように口から落ちた言葉は、びっくりするほどしっくり体に馴染んで染み渡る。
そのこぼれ落ちた言葉をなかったことにしたくて口を塞ごうとして、手が濡れたことで、自分が泣いているのだと気がついた。
私がヒロインだったなら。悪役令嬢だったなら。せめて、メアと釣り合うところにいられたらよかったのに。そしたら、そもそも気持ちに蓋をしようだなんて思わなかったのだろうか。
そんなことを思って、ぼやけた視界に目の前にいるマリア様が写っているのをぼんやりと見つめて…………我に返る。
つい取り乱してしまったけれど、マリア様にメアを幸せにして欲しいと言ったそばから私は何を言っているのか。あり得ない。最低すぎる。
今のなんて、ただ古参マウントを取りにいったようなものだ。先に出会ったからって、好きになったからって、偉くなんてないのに。
そう思って、
「ッ、大丈夫です、諦めます。今すぐは無理だけど、絶対、きっと……! メアのことは、マリア様が幸せにしてくれれば……」
と言ったのに、マリア様から返ってきたのは意外な反応だった。
「…………あの、すみません。もしかして、リゼさんってメアリクス様のことしか攻略する気がない感じですか?」
「……え」
袖で涙を拭って前を見ると、そこにはポカンと口を開けたマリア様が立っていた。
「あの、乙女ゲームって、何回でもやり直せるから、全員攻略するじゃないですか。この短期間で難易度の高いメアリクス様を攻略しに行ってたから、てっきり逆ハーレム狙いなのかと思ってたんですけど…もしかして私の誤解ですか…?」
どうしよう。猛烈に、嫌な予感がする。
そういえば私達、お互いの推しを名乗っていない。
「そんなつもり全然ないです! むしろ、私はメア様が最推しなので、うちの推ししか勝たんなぁって思ってます……」
「いや、めっちゃ分かります。やっぱり攻略対象の人って顔がいいから見惚れちゃうけど、推しは別ですよね…!! あの、私の推しはユー様…ユーフェミア様なので、公式の出してる攻略順だと、効率のいい攻略順はユー様が次じゃないですか。だから、てっきりユー様の話してるって思い込んでて、にしては暗殺者時代があるのはメアリクス様のはずだし、途中からおかしいなって思ってて…!!!」
私達は、お互い青ざめた顔を見合わせて、必死でお互いの認識を合わせた。
やはり、最初に誰の話をしているかを話さなかったことがこの事故の原因らしい。
私はメアとマリア様が話しているのを見ていたことがあったから、てっきりメアの話だと思っていて、マリア様はマリア様で、攻略順から考えてユー様のことだと思い込んでいたらしい。すれ違いすぎている。
私がメアのことを語っているときに、何かがおかしいことに気がつき始めたのだが、「語るリゼさんは神妙な顔をしているし、泣き出してたから言い出せなかったんです!」と言っていた。6:4で私が悪い。
まさに大事故である。
それから私達は、先程までのお通夜のような空気が嘘だったかのように2時間ノンストップで推しのことを語り続けた。
どうやらマリア様は前世からユー様推しで、5歳の時に出たパーティーで、まだ幼かったユー様に出会ったらしい。そこで前世を思い出して、両親には女学校程度でいいと言われたけれど、必死で勉強してこの学院へ入学したそうだ。
それからヒロインであるルルカが転生者ではなく、誰も攻略しそうにないことを確認して、最近ついにユー様に初接触を果たしたらしい。
「初期だから対応が死ぬほど冷たいんですけど、言葉が聞けるだけで楽しくて、むしろご褒美なんです」と笑顔で語るマリア様は輝いていた。やはり推しがいるオタクは生きるのが楽しい。
それから私もメアがあざとかわいい話を語って、2人ともノンストップな2時間だった。やはり転生者同士だと話が合いすぎる。最後は肩を組んで、お互いの推しのキャラソンを歌って別れた。最早戦友である。
マリア様とは、また絶対に会う約束をした。
さっきまで号泣していた人間2人だとは思えない。怒涛の急展開に、目が回りそうだ。
そして家に着いた私は、別れ際に彼女が言っていたことを思い出す。
「誤解のないように言っておきたいんですけど、私とメアリクス様が話してたのって、リゼさんのことなんです。私、どうしてもリゼさんの情報が欲しくて、ブランシェット家が支援してるって聞いたので、勇気を出してメアリクス様に聞いてみただけなんです。やっぱり近くでも顔がよかったですね……! 私、思わずドキドキしちゃいました。あッ! すみません、落ちつきます。オタクでごめんなさい!!」
「大丈夫です。気持ち、めっちゃ分かるので……」
「と、とにかく。きっとリゼさんが見たのはそこだと思うし、むしろリゼさんの名前を出すまでは無視されてたし睨まれたっていうか……あっ、いや、この話は別にどっちでもいいんですけど。とにかく、『リゼさんのことで』って言ったら急に話を聞いてくれて、微笑みながら惚気話を語ってくれて。それがマイプリでは考えられないぐらいベタ惚れだったから、リゼさんが逆ハー狙いだって思い込んだっていうのもあって……あーもう!! とにかく、リゼさんは私なんかよりも100倍メアリクス様攻略に近いと思います。応援してます!!」
と、マリア様は笑顔で言っていた。
「私、仲間が出来てよかったです。リゼさんがいい人で、本当によかった。一緒に頑張りましょう!」
…………とも。
私は、連れてきていた自作のメア様ぬいぐるみを抱きしめて、ベッドに横になった。
「メアが私に優しいのは、ベタ惚れだとか恋だとかじゃなくて家族愛でしょ……」
だって、メアが私のことを好きになるようなビジョンが見えない。
あの『メア様』だよ? 顔がよくて、神聖で、高貴で美しいメア様だよ……?
どう考えても、私のことを好きだなんて思えない。
メアへの恋心を自覚してしまってからは、前まで1番嬉しかった『家族愛』という言葉までもが首を絞めてきて、涙が出る前に眠りについた。