1. 最推しが道に落ちていた
道に、推しが落ちていた。
コイツ何言ってんだ、と思った人も多いと思う。
私も何言ってるか、ちょっとよくわからない。
「え?は??夢???」
とりあえず、頬を思いっきりビンタしてみた。痛かった。なのにまだ夢は覚めない。
「……本物??」
もしかしたら、よく似ているそっくりさんかもしれない。そう思い近づいて見てみたが、やはり似ている、似すぎている。
あまりの造形美に、心臓が止まるかと思った。
とりあえず顔が良すぎる。むり。絶対本物じゃん。
これが本物じゃないなら、どれが本物かってぐらいの顔の良さだし、そもそもこんなに顔のいい人間がこの世に2人いてたまるかって感じだ。
「え、え、え……」
むり、語彙力死んだ、溶けた、尊い。
何食べたらこんな顔になるの?霞??
そもそも食べ物を食べるのか。
全く理解が追いつかない。
思考が停止しきった私は、どうしてこんなことになっているのか、と記憶を遡った。
ここで一度、現状の理解をさせてほしい。
突然だが、私は転生者である。
前世では、どこにでもいるしがないオタクをやっていた。
座右の銘は、『いつまでもあると思うな、推しと金』。
そう、推しを推せるときに推すために社畜をしてお金を稼ぐOLだったのだ。
推しの新イベントを死ぬ気で走り、新スチルに泣き、メインストーリーに一喜一憂し、ガチャのすり抜けと爆死に倒れ伏し、奇声を上げ、エンディングで全世界に感謝した。
春はコスプレ、夏はコミケ、秋はオフ会、冬はコミケと、四季を全てオタ活に注ぎ込み、ネットで毎日推しへの愛を叫んでいた私は多分、幸せだったのだと思う。
…リアルは1ミリも充実してなかったけど、ネットに同志たちはたくさんいたし。
その日は推しのイベント最終日で、月の綺麗な夜だった。
いつものように推しに貢ぐために働いて、癒しを求めて家に帰る、その帰り道でのこと。
推しのカードが貰えるランキングに入るには、ギリギリまで走る必要がある。今日は勝負の日なのだ。
コンビニで魔法のカードとエナドリを買いこみ、意気揚々と家路を急ぐ私は、前から急スピードで突っ込んできた自動車に気がつかなかった。むしろそれよりも、疲れきった頭で推しのことを考えるのに必死だった。
イベントを走るために徹夜が続き、判断力が鈍っていたのもあり、避けきれず、私の身体は軽々と道路に投げ出されてしまった。
一瞬の浮遊感がしたあと、ブレーキの音と凄まじい衝撃音が鈍痛と共に体に響いて、そのまま私の意識は闇へと消えていった。
次に目覚めた時には、私は、リゼ=プランツェになっていた。
私が私であったことを思い出したのは3歳の時で、何でも、魔法を無理に使おうとして失敗して気を失い、何日か寝込んでいたらしい。おそらくそれが原因だと思われる。
寝込んでいる間に記憶の整理がつき、所々ではあるが私の記憶を思い出したというわけである。
バチバチにオタクをやっていた私は当然、異世界転生ものに触れたことがあったため、あっさりと理解した。オタクは都合の良いことに物分かりがいい。
どうやらここは科学の代わりに魔法が発達した世界らしく、魔物や冒険者はないが、王政で、電気の代わりを魔力が担っているような世界だった。
どんな世界にも研究者はいるもので、研究され尽くされた魔法があるこの世界は、現代日本で生きていた私が困らないぐらいには快適に生活することができた。それを可能にしてくれた研究者さんには感謝しかない。
この世界の私の容姿は、前世に比べたら圧倒的に勝ち組だった。
白のようなグレーのような色素の薄い髪に緑色の宝石のような目で、透けてる?ってぐらい真っ白な肌。唇はグロスを塗ったみたいにぷるぷるで、体は折れそうなほど細い。
まるで羽が生えてそうな超美少女である。
この美貌を陰らせるわけにはいかないので、死ぬ気でスキンケアをして生きていこうと決意した。
しかし、この妖精フェイスをもってしても、この世界では中の上ぐらいの美貌なのである。それでも勿論、喜ぶべきなんだけど。
お母さんと一緒に街中に出ると、周りが美男美女ばかりでびっくりした。これが異世界クオリティ。前世の私だったら、きっと人権がない。
そう、お母さん!
私も相当の美少女だったが、私のお母さんは、それとは桁違いの、この美男美女だらけの世界でも天使が裸足で逃げ出すぐらいの美女だった。
金糸のようにサラサラな金色の髪に、私とお揃いの緑色の目。ぷっくりした唇。完璧なスタイル。細いのに胸もあるとか本当に何??
まさに物語に出てくる女神様みたいな容姿をしているのに性格までよくて、まるで全世界の男の人が恋するような人だった。
もし前世でアイドルか女優をしていたらもちろんトップ取ってるし、私ならCDを100枚は積んでいる。というかむしろ積ませてくれ。
しかもこれがお母さんなのだ。私に手料理を作ってくれて、手を繋いでくれて、一緒に寝てくれる。ファンサの嵐である。
なんだか、生活するうちに、「CDも積んでないのに!?」という申し訳ない気持ちになってきて、死ぬ気でお手伝いを始めた。
それを満面の笑みで褒めてくれるお母さん。最高に推せる。
お父さんは私が小さい頃に事故で亡くなってしまったようだ。というのも、私の自我が芽生える前に亡くなってしまったようで、あまり覚えていない。それでも、私はお父さんのことをたくさん知っている。
お母さんの作る手料理が好きだったとか、お母さんが好きすぎて30回求婚したとか、お母さんが好きすぎて、実家を継がずに婿入りしてこの薬屋さんを始めたとか、私のことが大好きだったとか。
お母さんはいつもニコニコしながらお父さんについて教えてくれる。
初デートの話とか、もうこっちが恥ずかしくなってくるぐらいだ。とりあえず、お父さんがお母さんにベタ惚れだったことは理解した。
そりゃあこんな女神がいたらベタ惚れするだろ。世界一の幸せものだと思う。
それを聞くたび、前世でお母さんと同じぐらいの年齢まで生きたはずなのに、「こんな経験したっけ……?」と無い記憶を漁って悲しくなるのでちょっと辛い。
違うの、きっとそこの記憶は覚えてないだけなんだよ???
ねぇ、そうだと言ってよ、パトラッシュ。
そして、そんな素敵なお母さんだが、やはり美人薄命というやつなのか、2年前に天国へ旅立ってしまった。もともと体が弱かったのもあり、一段と寒かった冬を越すことができなかったのだ。
もちろん、お母さんが亡くなってしまった直後は落ち込んだし、何も食べられなくなった。
それでも私にはお母さんに思いっきり愛された記憶があるので、近所の人に助けてもらったりしつつも何とか立ち直り、私は今、お母さんが営んでいた薬屋さんを継いで働いている。
私は今、13歳なので、親戚に引き取ってもらう選択肢もあったのだが、親戚の家は隣町で遠いし、何よりお父さんとお母さんの思い出のあるこの薬屋さんを残したかったというのもあって、1人でこの店を続けることにしたのだ。
実はもう一つ理由があって、学校へ通いたいから、というのもある。
この世界では、学校は13歳から通うことができる。そして、18歳までの間に学問を修め、卒論を書き、合格したら卒業、という形になる。もちろん、それまでに合格出来なかったら退学である。世知辛い。
しかし、みんなが学校へ通うわけではなく、魔法をもっと学びたい人や貴族の家の子が箔をつけるために通う、というイメージだ。
この世界では科学ではなく魔法が発達しているため、数学などを学ぶ必要はなく、生活に必要なことは暮らしていく中で学んでいくことが多い。
そのため、魔法庁や騎士団など、前世でいうところの公務員になりたい場合を除いて、学校へ通う必要はあまりないのである。
授業料も高く、試験に合格する必要があるため、家庭教師などを雇って知識をつけられる貴族様は入学できる年齢である13歳から、庶民はお金が貯まり次第、もしくは試験に合格でき次第と入学するというようなシステムになっている。そのため、難関学校になるほど庶民の数は減っていくらしい。
親戚の家に引き取ってもらえたら、生活するのは楽だろうけど、学校へ通うことはきっと無理だと思う。それぐらい、学校へ通うにはお金がいる。だから、自分で働いてお金を貯め、なんとか16歳ぐらいまでには学校へ入学することが私の目標だ。
別に公務員になりたい、というわけではないのだが、私はこの世界で出会った魔法薬学というものに夢中になってしまったからだ。
この世界には魔法はあるが、回復魔法に適性を持つ人間はほとんどおらず、いても国に1人、しかもほとんど遺伝しない。そのため、見つけ次第すぐに国が囲い込み、庶民がその恩恵に預かれることはない。
この世界の回復手段は、調薬師が作る魔法薬が定番だ。
その魔法薬を作り上げる学問が、魔法薬学である。おまけに、代々薬屋さんをやっているというお母さんの家系からの遺伝で、植物魔法が使えた私は、魔法薬学が楽しくて楽しくて仕方がなかったのだ。
魔法薬学は、有名ではあるがあまり発展していない学問で、簡単な傷薬や火傷薬はあっても、前世のように予防薬や頭痛薬なんかはない。
あっても、解熱剤や気持ち痛みがおさまるかな、程度の痛み止めで精一杯。外傷を治す薬、という印象が強いのである。
それを、私はなんとか発展させたかった。
そしたら、お母さんのように病弱がたたって死んでしまう人を減らせると思ったから。
こういう訳で、お母さんのお店を継いだ訳だが、やはり1人でお店をやる、というのは相当に大変なことだった。
しかし、もともとお母さんの仕事を手伝っていたのと、前世での社会人スキルがここで役に立ってくれたおかげで何とかお店を続けられている。
やっててよかった、前世で社畜。
あの苦しかった日々は推しに貢ぐためだけじゃなかったのだ。いや、それだけでももちろん十分に意味はあったのだけれど。
最近ではお客さんも増え、新たにアルバイトでも雇おうかと思っているが、信頼して任せられるような人がいないので、何とか1人でお店をやる毎日だ。
今日は、近所に住んでいるカーラさんというおばあちゃんへ火傷の薬を届けに行く予定だった。どうも、料理中に少しミスをしてしまったらしい。
火傷の薬は定番なので、作り置いたものがあり、直ぐに準備が出来たのですぐに配達へ行くことが出来た。こういうとき、1人で店をやっているのはしんどい。
店に、外出中、という札をかけ、徒歩3分ほど歩いてカーラさんの家へ到着。
こんこんこん、と扉をノックすると、中からかわいらしいおばあちゃんが出てきた。
「こんにちは、カーラさん。リゼです。薬の配達に来ました」
「あら。いつも悪いねぇ、リゼちゃん」
「いえ! 火傷、大丈夫ですか?」
「ちょっと痛むくらいよ。心配かけたわねぇ」
「もう、気をつけてくださいね」
贔屓にしてくれるのは嬉しいが、怪我はしない方がいい。
少し眉をひそめてそう言っても、カーラさんはにこにこと笑っている。もう今年に入って2回目なのだから、本当に気をつけてほしいのだけれど。
私は少し苦笑いをして鞄をゴソゴソと漁り、綺麗な青緑色の液体の入った瓶を出す。
「これ、お薬です。朝と夜に2回、患部に塗ってください。そしたら、3日ほどでよくなると思います。それでも治らなければ、また来てくださいね」
「わかったわ、いつもありがとね。リゼちゃんの薬はよく効くから助かるわぁ」
「もう、褒めても何も出ませんよ?」
私は、クスクスと笑ってカーラさん家を出た。
「ふ、ふふふ……」
そして、必死に抑えていた表情筋を開放してニヤニヤと笑う。必死に研究して作った薬だけに、褒めて貰えるとやっぱり嬉しい。
褒めても何も出ないとは言ったけど、今度お店に来てくれたら私特製のポプリでも渡しちゃおうかしら、なんて思いつつ、家路を急いでいた時だった。
今何か、視界の端にうつったような。
「……待って、こんなところに白露草が生えてるなんて!!」
白い花弁に、小さな花、独特な形の葉っぱ。やっぱり間違いない。
視界に違和感を覚えて路地裏へ入ると、そこには白露草が群生していた。
白露草は、日陰のじめじめした所によくはえている草で、解熱剤に使える。しかし、街に近いところにはあまり生えておらず、高値で取り引きされることが多い。
おそらく、ここが田舎で、路地裏はレンガで整えられていないからだろう。
「ラッキーすぎる……」
これで、解熱剤を安く作ることが出来る。
今は冬の始まりぐらいの寒さだが、これからもっと寒くなっていくだろう。風邪を引く人も増えてくる頃合いだから大助かりだ。
「もしかして、もう少し奥に行ったらもっとはえてるかも!?」
こうなってくると、欲が出てくる。
治安があまり良くないため、普段は路地裏には近寄らないのだが、まだ昼だし大丈夫だろう。暗くなるまでに帰ればいい。
そう思い、更に奥へと足を進めると、道路に何か落ちているのがわかる。
そのシルエットは動いてはいないが、明らかに生物だ。
「……まさか、人?」
近づいていくと、本当に人だった。その人は道路にぐったりと横たわっている。
周りを見渡してみても誰もいないし、まさかあんなところで昼寝している訳ではないだろう。もしかして、動けないのだろうか。
「なら、早く助けなきゃ!!」
医療従事者の端くれとして、倒れている人を見なかったことにはできない。助けられるなら助けないと。
私は慌てて駆け寄り、その人を抱き起こした。
「あの、大丈夫でッ……!?」
抱き起こしたことで、被っていたフードが取れて、その人の顔が露わになる。私は、その人の顔を見て息を呑んだ。
え、待って、最高に顔がいい。
言葉が出ない。出せない。
そこには、見慣れた顔があった。
前世で親の顔よりも見たかも知れないほどの我が最愛の推しである、メア様の顔が。
ここで話は冒頭に戻る。
推しが、道に落ちていた。