13. 課金させてください…
「………ッ〜!?!!?!?!!」
あまりの完成度に、言葉を失う。
そこには、学院の制服を身につけたメア様が立っていた。
本当になんの言葉も出てこない。すごすぎる。本物すぎる。まさに、私が一目惚れした広告に出ていた姿のままのメア様である。
なんてこった、ついに制服メア様まで3D化してしまった…!!!!
ポカン、とした顔をしているだろう私を見て、メア様はくすりと微笑んだ。あ、なんか嫌な予感がする。
「どう?僕も着てみたんだ。……カッコいいでしょ?」
そう言って、くるりとその場で回ってみせたメア様に。
「最高にお似合いです、カッコいいです、世界の宝です、ありがとう神様、ありがとうメア様、生きててよかった…!!」
全オタクは涙して平伏するしかない。
湧き出す尊みが溢れすぎて、限界オタクを隠しきれなかった。その場で崩れ落ちた私に、
「どうしたの、急に崩れ落ちて。
ふふ、まさかそんなに喜んでもらえるとは思わなかったなぁ……立てる?」
とか言いながら手を差し出してくれるメア様が王子様すぎて涙が出る。オタクの涙腺は弱い。
どうしたのって、完全に自分のせいだって分かってるはずなのに口にしちゃうあたりがあざといし、小悪魔そうな顔が好きすぎる。
もう私からは、ふーん……かわいいんだ…という脳死した感想しか出てこない。
最早直視できない、と顔を背けた私を見て、ニヤリと笑ったメア様が囁く。
「…リゼ、どうして目、合わせてくれないの?」
「えっ、いやっ、無理です。ごめんなさい、私、これ以上されたら死にます」
と、ギブアップしたのだが、
「ふふ、変なの。そんなに露骨に目、そらされたら少しは傷つくんだけど。ほら、こっち向いて?」
と、顔を近づけてくるので、ギブアップさせてくれない。もう私の口から出る言葉は、
「許して…好きです……無理です………」
という意味のない言葉だけになっている。
私は思わず自分の手で顔を覆った。
無理だ、これ以上直視したら死ぬ。
助けて。近距離でも顔がいい。
ガチ恋距離に命が尽きそう。
今までいい人生だった。
「リゼ?それじゃこっち見えてないよね?
早く、手どけてよ」
「無理です、ごめんなさいぃいい……やめて、手剥がさないでッ………えっ…顔がいい…」
そう叫んだのに、メア様に強引に手を顔から引き剥がされた。無念。顔が死ぬほどいい。
その日、屋敷に私の断末魔が響き渡った。
メア様は、一頻り私を顔の良さでいじめた後、死にかけの私を見てようやく満足したのか、
「ごめんね?リゼってすぐ照れるから、からかい甲斐があるんだよね…かわいい」
「…っ…!?!?」
「これから学院でどれだけでも見れるのにね。
学院に入学するの、楽しみだな」
と、私に死刑宣告をして去っていった。
私は、メア様が部屋を出たことを確認して、メイドさんからの生暖かい視線を受けながらベッドに倒れ込む。
「ほんとに、これだからもう、もうッ!!!」
限界オタクな私と過ごしたメア様は、なんとご自身の顔の良さを理解してしまったのだ。だってあれ、絶対自分の顔の良さを自覚してるよね!?
あざといがすぎる。尊いがすぎる。
私ったら、とんでもないモンスターをこの世に解き放ってしまったのかもしれない。
うちの推しが今日も最高に尊い。この感動を言語化したいのだが、できるほどの語彙力を残念ながら私は持っていなかった。
神様が今、何か1つくれるのならば語彙力が欲しい。求む、語彙力。
そんなこんなで、何だか薬屋さんにいた時よりもパワーアップしたあざといメア様に殺されかける毎日を送り……今日が入学式当日である。
私は、入学式の3時間前に起きて準備を始めた。だって、ゲームの舞台であるあのアルトフェリア学院に入学するのに、恥ずかしい姿では敷地の土を踏めない。せめて、せいぜい見られるぐらいの背景になるのだ。
なんとか世間話ができるぐらいには仲良くなったメイドさんに、全力でヘアメイクをしてもらい、あの制服を身につけた。自分がこの制服を着れる嬉しさに、胸が弾む。そして、前日にメア様に渡されたピアスをつけた。
それは、メア様の髪の色である黒色をベースに、紫色の宝石がハマっている高級感溢れるもので、花の紋章が刻まれていた。
どう見ても高そうなものだったので遠慮したのだが、
「ただでさえあの学院は庶民が少ないから、リゼが性格悪い奴らに絡まれないようにつけておいて欲しいんだ。…リゼが傷つくのは嫌だから」
と言われたので、ありがたくいただいた。
前世の漫画で見たように、庶民がお金持ちの学校でいじめられるのは最早テンプレである。
貴族のいじめってなんか苛烈そうで怖いし、メア様にまで迷惑がかかるかもしれないと考えたので、大人しくつけることにした。
気配りまでできてしまうとか、メア様は天才すぎる。
それに、これはメア様カラーのグッズ。しかも、メア様から貰ったものだから、公式が出してくれてる推しグッズを、推し本人から貰えたと思うとそれだけでご飯三杯は食べられる。無くすわけにはいかないので、片時も離さずに着用しよう。
そんなことを考えていると、メイドさんがメア様の準備が出来たようだと知らせに来てくれた。
私が慌てて部屋を出ると、そこには、やはりビジュアルの整いすぎたメア様がいた。今日も今日とて顔がいい。あれからも何回か制服姿のメア様にいじめられて、その姿に見慣れてはきたけれど、やっぱり顔がいい。
「メア、お待たせ!」
「………ッ」
「…メアさん?もしもし?」
何故か言葉を失っているメア様にもう1度声をかけると、口を押さえて何か言っている。
「なんで今日こんなかわいいの…」
「え?」
「…っ……何でもない、行こっか」
今、メア様がかわいいって言った気がする。
何を?……まさか、私を?
それだったら今日のために準備したかいがありすぎるし、嬉しすぎる。
「ねぇ、今なんて…」
「うるさい、早く行くよ」
でもこれが勘違いだったら恥ずかしすぎるので、確認してみることにしたのだが、早足で歩くメア様は答えてくれない。
こんなメア様は滅多にみられないので、いつもやられっぱなしだから仕返しをしてやろうと、袖を掴んで顔を覗き込んでみる。
「…ッ何?」
「ねぇメア。私の制服姿、変じゃない?」
メア様とは違い、顔に絶対的自信がないので「かわいい?」とは聞けず、「変じゃない?」と日和った私に。
普段見たことが無いほど顔を赤くしたメア様が、
「あーもう…。ほんとやだ…」
と呟いて。
「……似合ってる。今日のリゼ、最高にかわいいから、絶対このピアス外さないでね」
と、私の手を引っ張ったから、私の顔も真っ赤になってしまった。どうしよう。この言葉だけで一生、生きていける。
推しからの「かわいい」の破壊力を侮っていた私の負けである。
「〜ッ!!!!!」
ドクドクと鳴る心臓の音を感じながら、私達は馬車に乗り込んで学院へ向かった。
ようやく顔の火照りが落ちついてきて。
お互い、何故だか話す気にならずに無言で馬車に乗り続け、沈黙が気まずくなってきたころに馬車は学園へと着いた。
「ありがとうございました」と御者さんにお礼を言って馬車を降りると、そこには夢のような世界が広がっていた。
「……えっ、現実…?」
目の前に広がる景色が信じられなくて、口から思わず言葉が滑り落ちた。
アルトフェリア学院は、昔の勇者様と聖女様が次代の人材を育成するためにと各国に建てた魔法学校の中でも1、2を争う難関学校である。
優秀な教師陣に、恵まれた施設、広大な敷地と、魔法を学びたいものにここを目指さない人はいないだろう。私は長年、というよりも前世から思いこがれ続けていた白亜に煌く校舎を見て、目を輝かせた。
「これが、聖地巡礼…?」
待って、やばい興奮してきた。
これからこの校舎でマイプリの世界が繰り広げられるわけでしょ?ほんとに?…ほんとに?いいの?私、目一杯楽しんじゃうよ…??
御者の方が私達の荷物を運んでくれている間に、私は校舎の前をぴょんぴょんと飛び回る。楽しい。すごく楽しい。なんなら、そこに生えてる花まで神聖なものに見える。
「私、この世界に産まれてよかった…!!」
と、咽び泣く私を、メア様はちょっと引いた目で見ている。許して、聖地巡礼が楽しすぎるのが悪いんです…!!オタクはみんなこうなるはず。
しかし、引いた目をしたメア様に既視感を覚え、いいことを思いついてしまった。
「あの…メアにお願いがありまして…」
「なに?僕を散々ほっといて急にどうしたの?」
「えっ、いや、決してほっておいたわけでは…!」
確かに、私だけで楽しんでしまっていた。少し反省。それでも諦めるわけにはいかない。
「…まぁいいよ。何?僕にお願いって」
「あの…!今から話しかけるので、『どうして俺に話しかけるんだ?…放っておいてくれ』って言ってもらえますか?」
「何それ、演劇かなんかのセリフ?しかも、なんでさっきから敬語なの…」
だって、聖地でメア様にタメ口なんかきいたら死ぬ。私が。
訝しむメア様に、私は「ちょっと憧れてて…」と返した。そう、これはメア様がヒロインに話しかけられた時の初期の反応である。暗殺者時代に会った女の子だと気が付かずに、他のクラスメイトのように冷たく接してしまうのだ。しんどい展開である。
そのセリフが、どうしても聞きたい。メア様に冷たくされたい。冷めた目で近づかないでくれって言われたい。
最早、今のメア様の冷めた視線でも十分冷たいが、オタクたるもの欲望に忠実にいくしかない。だって、そういう生き物だから。
しかし、そう簡単にボイスが聞ける訳ではなかった。
「やだ」
え。即答…?
「僕のセリフ、高いもん。
簡単に聞けると思わないでくれる?」
「た、確かに…!!
じゃあ、いくら払ったらいいですか…」
あのメア様にお願いを聞いてもらうのだ。高くつくに決まっている。前世から、コンテンツにお金を払うのは当然なのに、最近の供給が多すぎて私ったら初心を忘れていた。我々はずっと、課金させていただく立場の人間なのだ。
課金をするのだ。
いや、課金をさせてください。
お金を。お金を払わねば。
メア様は、すぐにお財布に手をつけた私を残念そうな顔で見て口を開いた。
「お金なんかで買えないに決まってるでしょ」
「だよね…知ってた…」
むしろ、お金で買えていた前世が恵まれすぎていたのだ。ごめんなさい、お金にものを言わせようとして。『お金ならある!!』が口癖のオタクでごめんなさい。しかし、あからさまに落ち込んだ私をメア様は見捨てなかった。
「デート」
「え…?」
「リゼの1日デート券と引き換えなら、いいよ」
私の、1日デート券。誰との…?
急な出来事に頭が追いついてこない。
私が頭を再稼動させたのは、それから少したったときだった。
「えっ、メアとのですか!?」
「他に誰とのデートするわけ?」
「いや…たしかに…!」
悲しいことに、やっぱり私に彼氏は出来ていないので、そんな相手はいない。泣いた。
そして、メア様との1日デートについて、オタクの発達した妄想力で少し考えてみる。…どう考えても、メア様の一挙一動に泣く私が見える。これ、私にしか得がないのでは…?
「えっ、それでメアに得ある…!?」
「あるよ。その日には僕のために思いっきりかわいい服を着てもらうし、僕の行きたいところに付き合ってもらう。それなら対価になるでしょ?」
「…たし、かに…?」
確かに、メア様が行きたいところに付き合うのならメア様に得があるのかもしれない。きっと、パンケーキ屋さんに1人で行きにくいから行きたいとかだろう。パンケーキ屋さんに行くメア様か…かわいすぎるな…。
一瞬、デートとか言うから変にドキドキしてしまった。
そういう訳で、交渉成立である。
メア様に細かいセリフを指示して、学院の前に立ってもらった。え、もう尊い。
そして、メア様は私に冷たい視線を向けてセリフを言ってくれた。いや、言ってくださった。
「どうして俺に話しかけるんだ?…放っておいてくれ」
「……我が生涯に一片の悔いなし…」
「リゼ?……リゼ!?」
やばい待って、現実ってこんな??こんなに破壊力あるの…?
フラリと倒れ込みかけた私を、メア様は掴んで支えてくれた。不甲斐ないオタクでごめんなさい。
「リゼ?大丈夫…?」
「大丈夫です、息はしてます…目立つ前に行きましょう…」
「…もう十分目立ってると思うけどね。
でも、そろそろ時間だから行こっか」
時計を見ると、入学式まであと20分ほどだった。時間には余裕を持って行動したほうがいい。こうして、周りにいる生徒達の流れに身を任せて、私達は校舎に向けて歩き出した。
しかし、何もかも順調なのに、私には1つ気にかかっていることが出来ていた。
メア様に、私の大好きなメア様のセリフを言ってもらったのに、そこまで心が苦しくならなかったのだ。
もちろん、尊かった。それは最高に尊かった。
でも、心がきゅう、と苦しくなった訳ではなかった。
おかしい。前世の私ならきっと、1週間はこの言葉で生きていけたのに。きっと、悶え苦しんで泣き叫ぶはずなのに。
それなら、家を出るときに聞いた、メア様からの「かわいい」の方がよっぽど胸が苦しくなった。その言葉で、1週間どころかずっと生きていけると思った。一生分、生きていけると思った。
「……おかしいな」
私は、チラリと隣を歩くメア様に視線を向けた。メア様は柔らかい表情をして、咲き誇る花々を見ながら微笑んでいる。
その表情に、またドクンと心臓が震え出した。
どうしていいのか、わからない。
あれだけ好きだったメア様の冷たい視線よりも、柔らかい表情で隣を歩くメア様のほうが100倍素敵に見えるその理由が分からなくて、溜息をついた。
〜今回のリゼちゃんオタク用語〜
『ガチ恋距離』→ガチで恋してしまうような近い距離のこと。顔の良さを120%感じられる。
『聖地巡礼』→アニメやゲーム、漫画などの作品において、物語の舞台やモデルになった場所を『聖地』と呼び、実際にその場所を訪れること。キャラが作中でしたことと同じことをしたり、同じポーズで写真を撮ることを楽しんだりする。
『課金』→ガチャを回すためや、スペシャルストーリーを読むためにアプリにお金を払うこと。
1度お金の力を感じてしまうと後戻り出来なくなってしまうこともあるため、ご利用は計画的に。