12. 推しに養われるオタクとは…?
あれから1週間後。
私は、帝国にあるブランシェット家の別荘にいた。理解が追いつかないことが連続で起こった、本当に激動の1週間だった。
あのメア様の爆弾発言の後。
ショートしかけている頭を必死に回して、
「…メア、私、メアの発言したこと全部がよくわかんないんだけど??婚約者って何?しかも、何で私まで帝国へ行くことになってるの!?」
と問い詰めたのだが。
メア様は、叱られた子犬みたいな顔で、
「だって、リゼと離れて1人で帝国へ行くのがどうしても怖かったから。リゼが一緒に来てくれるなら安心だと思って。それに、リゼが帝国の学術都市にあるアルトフェリア学院に入りたがってるって知ってたから、リゼも一緒に帝国へ行くことになってもいいか聞いたら、公爵様がリゼを婚約者にしたら都合がいいって言ってくれたから……。勝手に決めちゃってごめん。やっぱり迷惑だった…?」
と、涙目上目遣いで私に言ったのだった。
…涙目上目遣いとかして私をどうしたいんだ?お金か?お金を払えばいいのか??いくら必要なんですか??言い値を払いますが???
あまりのあざとさとかわいさに思考が停止した私のことを、一緒に帝国へ行くのを嫌がっているのだろうと思ったのだろう。
メア様は、さらに私に追い討ちをかけてきた。
「本当にごめんね、僕の我儘に付き合わせようとしちゃって……。もう僕といるのなんて嫌だよね……」
私の目には、しゅん、と垂れた犬耳がメア様の頭に見えた。多分、絶対本当にあった。
……ッ何このかわいい生き物。世界が取れるぞ??
いや、なんなら私がとってメア様に世界を捧げる。悪魔に魂でも売って。
壊れかけた理性で、悲しそうにそんなことを言われて、メア様限界オタクな私が拒否できるはずがない。
あれだけ、もう側を離れるんだと心に固く誓ったはずなのに、気がついたときには、
「嫌なわけないじゃない!!!私でよければどこでもついていくよ!!!!」
なんて答えてしまっていたんだから、限界オタクは手に負えない。
しかし、いろいろ問題はある。
私が帝国へ行っている間、この薬屋をどうするかとか、そもそも何故庶民の私を公爵様が許したのかとか、私が婚約者になっちゃったらメア様の好きな人探しをどうするかとか。
勢いで答えてしまったけれど、現実的に厳しいのではないかと思い、メア様にそのことを言うと、なんと1日で解決されてしまった。本当に意味がわからない。
婚約者問題は、私を帝国へ連れて行く理由にするだけであり、むしろ私がいることでメア様が他の人と政略婚約することがなくなって、学院で本当に好きな人を見つけられるメリットがあると言うのだ。普通は婚約者がいる状態で好きな人が出来たら大事故が起こるが、相手は私なのでそんな問題は起こらない。
その説明を聞いて、私の危惧していたことはなくなったので婚約者になることはとりあえずいい。推しの婚約者、とか、文字を見るだけで気絶しそうな程のパワーワードだが、この話を聞く限り、私はメア様のための都合のいい存在だ。まさか、推しの同居人、及び雇い主から、推しの都合のいい女へと進化できると思ってなかった。もちろん、私はメア様の幸せの礎になれるなら何だってやる。
そして、薬屋問題もあっさり解決してしまった。なんと、この話を聞いたナナリーとマークスが、このお店を手伝ってくれると言ってくれたのである。商品に関しては、私が帝国で作ったものを前世の宅配のようなもので週に1回送ることになった。
この世界の風魔法で、隣の国である帝国からだと2日程で届くそうだ。魔法の力ってすごい。
2人は、売るだけだしボランティアみたいなものだと思ってくれと言ってくれたのだが、お金のことで揉めて、大事な幼馴染みを失う訳にはいかない。しっかりお給料を出すことを約束した。
割りのいいバイトをゲットした、と2人が笑ってくれたのが幸いである。本当にいい幼馴染みを持った。
しかも、メア様の婚約者ということで、ブランシェット公爵家が学費まで出してくれると言う。
流石にそれぐらいは自分で出すと言ったのだが、メア様を保護したお礼ということで受け取ってくれと言われたので、ありがたいのは本当のことだというのもあってご厚意に与ることにした。さらに、制服などの備品も用意してくれると言うため、至れり尽せりすぎる。
私もメア様と2年間過ごせただけで同居代、同じ空気を吸う代を払いたいぐらいなのに…と思ったが、ブランシェット家次期当主になったメア様は最早、私より5億倍は優にお金持ちなので意味がないだろう。
1人で帝国へ行くメア様を、本当に好きな人が見つかるまで支えることで、その分を支払っていこうと心に決めた。
という訳で、逆に帝国へ行かない理由がなくなってしまった私は、先に帰ったルーシア様が遣わせてくれた馬車に乗って帝国へ来ていた。
この1週間が本当に激動すぎてジェットコースターにでも乗っていたような1週間だったと思う。私の鋼メンタルでも少しやつれかけた。
そんなこんなで、今、私は帝国の首都であるリーフェにあるブランシェット家の別荘で生活している。帝国に家がない私に、婚約者だから一緒に住んでも問題ないということで、公爵様が別荘を貸してくれたのだ。
その別荘は、別荘とは思えないぐらい本当に広くて豪華だった。まさに漫画や映画でしか見たことのない典型的な大富豪のお屋敷だ。
白を基調とした洗練されたお屋敷に、初めて見たときは庶民丸出しでポカンと口を開けてしまったほどだった。
さらに、中に入ると、使用人の人が数人控えてくれていて、一斉に頭を下げて出迎えてくれた。前世も今もゴテゴテの庶民で生きてきた私にとって、信じられない世界である。
私が使うようにと準備された部屋だけでも、私の薬屋さんの1フロア全部よりも広くて、なんだか落ちつかない。広すぎて、つい何かが見ているのではないかとソワソワしてしまうが、慣れていくしかない。
さらに私には、もう一つ慣れなければならないことがあった。それは、使用人が常に後ろに控えていることである。
クラッシックメイド服を華麗に着こなした綺麗なメイドさんが、私が視線を向けるだけで何でもしてくれるのだ。それはとても便利だしありがたいのだけれど、中身は庶民で束の間の婚約者の私からすると、申し訳なく感じてしまう。
このままでは、庶民に戻った時にダメ人間まっしぐらの生活である。
そのことをメア様に相談すると、
「リゼは何もしなくてもいいんだよ。
ここにいることが仕事だと思って」
と微笑まれた。それが許されるのは、パンダかメア様だけである。もしかして私のことをダメ人間にしたいのか。そうなのか。
そんなメア様は、バチバチにこの屋敷に馴染んでいて、もう次期当主としての勉強が始まったようだ。私の状況と天と地すぎる。流石すぎて泣きそうだ。
「何もよくないからね!?私は、そんな起きて食べて寝る生活が許されるような人間じゃないんだよ…!」
という訳で、微笑むメア様に涙目で返答した私は、自分に出来ることを探し始めた。
しかし、仮にも私はメア様の婚約者。
使用人の人の仕事を奪うわけにもいかないので、何もすることがない。
それどころか、毎日貴族衣装を身につけたメア様が眩しすぎて目が潰れそうである。ご飯も美味しいし、推しは尊いし、こんなに幸せでもいいのだろうか。このままでは推しに養われるダメニートなのではないか。
推しに養われるダメニートでいいのか!?!?
推しに養われるダメニート。パワーワードが過ぎる。そうじゃん、今の私、まさにダメニートじゃん!!と気がついてしまった私は、それから毎日、メア様と話す以外の時間全てを学業に費やした。
もともと学院に通えるぐらいは自力で勉強していたけれど、推しが頑張っているのに何もしていない私、という状態が許せなかったのだ。
推しが働いているのに私は何をしているのか。
自分に厳しくいこう。このままだと本当にダメ人間になって社会復帰出来なくなってしまう。そんな私を見て、メア様は不服そうに、
「はぁ…どうしてこう上手くいかないかな…」
と呟いていた。何を上手くいかせるつもりだったんだ。まさか、本当に私をダメ人間にしたかったというのか。
ダメニートメア様には需要しかないが、悲しいことにダメニートリゼには需要がないのだと言ったけれど、呆れたような顔をして、僕には需要しかないと言っていた。私への恩人フィルターが分厚すぎてつらい。推しに養われるオタクとは…?
しかし、リゼはいるだけでいいと言ったメア様の言葉はあながち間違いでもないのかもしれない。使用人達は皆、黒髪であるメア様に怯えているようで、メア様にとってこの屋敷で気安く話せる存在は私だけだったし、現に父親であるルーシア様も別居という選択肢を選んでいる。
私が来なかったら、メア様はこの屋敷でまた緩やかに感情を失っていっていたかもしれない。
今、メア様の味方になれるのは私だけなのだ。
私は、メア様の勉強が終わったら自作のお菓子と薬草紅茶を持っていくことを私の仕事内容に加えた。
そのたびにメア様がとびっきり嬉しそうな顔をしてくれるから、それだけでも私もこの屋敷に来てよかったと思える。
しかし、メア様のリゼダメ人間化計画はそれからも進んでいたようで、時折、
「教科書よりも僕の方が大事だよね?ねぇ、なんで構ってくれないの??」
と、死ぬほどかわいいことを言うメア様に邪魔をされたりしながら勉強を続けること数ヶ月後。
学院の試験を受け、見事合格した私達は、晴れてアルトフェリア学院の生徒になった。そして、勉強した成果が出たのか、なんと私は特待生合格である。ニートを脱したし、学費も抑えられたし、勉強してよかった。
アルトフェリア学院は、魔法学校の中でも上位に位置する有名な学校で、貴族に生まれて家庭教師をつけて勉強しても受からない人がいるぐらいには難しい。
それに、ある程度の魔力量も必要だ。私が合格できたのは、お母さんからの遺伝で魔力量を多めに受け継いだことと、前世である程度の常識とファンタジー作品を嗜んでいたからだ。完全に前世補正がかかっている。
ヒロインはそんな学校に、ほんとの実力で入学してくるんだからすごい。人として尊敬する。
そして勿論、乙女ゲームの舞台になるのだから、制服のデザインが最高にいい。白をベースに、赤と黒のラインが入った制服で、男子は黒と白のストライプのネクタイを、女子はリボンをつけるのだが、それがまためちゃくちゃかわいいのだ。
現実で見ると、よりかわいい。
前世でもコスプレ衣装として作って着たことがあったが、それとは使っている生地が違うので、高級感が違う。まさか本物を身につけられるなんて感無量だ。届いた制服を着て、鏡を見るだけでニヤニヤしてしまう。
「かわいすぎてテンション上がりまくる…!」
鏡の前でファッションショーをしていると、後ろから声が聞こえた。
「リゼ、学院の制服すごい似合ってるね」
声でわかる。メア様だ。
「ありがとう」と言いながら私は振り返って…
「………ッ〜!?!!?!?!!」
あまりの完成度に、言葉を失う。
そこには、学院の制服を身につけたメア様が立っていた。