10. 本人のいる生誕祭
「祭りだー!!!!!」
私は、メア様に雑用を頼んでおつかいに行ってもらっている間に店を閉めて、部屋の飾り付けを始めた。
そう、オタクには年に一度の祭りがある。それは、世界で最も尊い日。推しの誕生日だ。
推しがこの世に誕生したことを、盛大に祝わなければならない。生誕祭だ。生誕祭を開くしかない。
といっても、本人を呼ぶことは出来ないので、前世では本人不在の生誕祭をやっていた。
友達と部屋を借りてバルーンやシャンパンでテーブルを飾り。デコケーキを作り。写真やグッズ、ぬいぐるみを飾り。推しのめでたい日を盛大に祝うのである。
推しのキャラソンを歌ったり、推しCPすごろくをやったりしながら過ごすその日は、私達にとって何よりも楽しいイベントの1つだった。
唯一の問題点は祝われている本人が不在だったことだろうか。
しかし、それはわかりきった話だ。
そりゃあ、本人を祝いたい、本人に札束と薔薇の雨を降らせたいと何度も思ったけれど、次元が違うのだから仕方ない。
そう、諦めていた。今日までは。
「リゼ、ただい………なにこれ」
帰ってきて早々に私にクラッカーをぶつけられたメア様は、目を丸くして私を見ていた。
「メア!15歳の誕生日、おめでとう!!」
「…え、覚えてたの?」
「メアが産まれた大事な日だよ!?忘れる訳ないじゃん!」
「…お店は?」
「今日はもう閉店です。これからメアの誕生日パーティーだからね!」
今日のために前倒しで薬を配達しておいたのだ。
メア様をめいっぱい祝うために、抜かりはない。
私はメア様の荷物を取り上げて、椅子に強引に座らせた。
なんとなんと、本日のメア様生誕祭には本人がいるのだ!はい、奇跡。全オタクの願いが叶った瞬間である。
本人を祝えるって、こんなに素晴らしいことだったのか…と、メア様の誕生日を祝い始めて最早数年目だが、初めての感覚に喜びを噛み締める。
まさか、メア様本人の誕生日を祝える日がくるなんて思ってもみなかったことだ。
私はメア様のオタクである。そのため、血液型や身長といった基礎プロフィールをある程度知っている。だから、メア様の誕生日は最初から知っていた。12月産まれの射手座だ。
そのため、勿論去年の14歳の誕生日も祝うことができたのだが、その時はまだメア様は家に来て数ヶ月だったため、まだまだ私と話してくれることはなかったのだ。そのときはまだ、この世界の私はメア様の誕生日を知らないはずなのである。
私としては去年も盛大に祝いたかったのだが、誕生日を教えてもいない女からいきなり祝われても気持ち悪いだろうし、私ならそんな奴のところにはいたくないと考えたため、泣く泣く知らないふりをして1日を過ごした。勿論、心の中では祝杯をあけたし、バレないレベルでその日のご飯を豪華に作りはしたけれど。
しかし、もうコソコソ祝う必要はないのだ。
偶然を装って誕生日を聞き出して、早5ヶ月。
去年の分もここで祝うしかない…という訳で、私の気合いの入り方は凄かった。
飾り付けられたバルーン。一年前から練習していた、三段ケーキとアイシングクッキー。もちろん、トマト料理スペシャルや、ハンバーグ、海老フライといったメア様の好物もテーブルの上に所狭しと並んでいる。
そして極め付けには、テーブルに置かれた自作のメア様ぬいぐるみに、植物魔法で季節外れでも強引に咲かせた、メア様の好きな花。
ぶっちゃけ、私でもちょっと引くぐらいのフル装備である。
私も内心、これはやりすぎたかなぁ…と思っていたのだが、メア様の表情で大成功したことを確信した。
だってメア様の顔には、隠し切れないほど嬉しそうな笑みが浮かんでいたから。
「これ、もしかしてリゼが全部用意してくれたの…!」
「そうだよ〜!だって、大切な大切なメアの誕生日だもん。去年は祝えなかったから、その分盛大になっちゃった!」
私の言葉に、メア様は目を輝かせて
「誰かに誕生日を祝ってもらうの、憧れてたから嬉しいな…」
と呟く。それを聞いて、やり過ぎたゲージに負けそうになっていた、やってよかったゲージがギューンと上がる。
これからは絶対毎年盛大に祝わなければ…と思って、私に来年はないことに気がついた。心にトゲが刺さったように痛むけれど、来年は無理だから、今日は精一杯祝い尽くそうと心で強く思うことで痛みを封じ込めた。
それから、いろんなことを話しながらメア様と私の作ったご馳走を食べた。
目の前に座るメア様は、この家に来たばかりのときよりも成長していて、容姿がゲーム内でのメア様に近づいてきているのを感じる。日々、推しの顔が良すぎて困る。日めくりカレンダーが欲しい。
まだあどけなかった顔はすっかり大人になっているし、身長だって同じくらいのはずだったのに、私よりも20cmほど高くなっていた。今では、お店の高いところの物を取るときにメア様の存在は欠かせない。それに。
「リゼ…?どうしたの?」
「いや、何でもないよ。
ただ、メアは素敵に成長したなぁ、と思って」
「またそれ?それならリゼこそかわいくなったよ。
昔からかわいいけど」
「んんッ!?メアに言われるなんて、お世辞でも恐れ多すぎますよ…。ありがとう…」
「本心なんだけど、絶対信じてないでしょ」
すごい忖度を呟くメア様の声は、すっかり声変わりしてゲーム内でのメア様に近づいていて、名前を呼ばれるたびにドキドキしてしまう。
どうしよう、私が耐えられていたのは、メア様がまだ小さかったからなのに。
いつの間にやらこんなに成長してしまって、本当に感慨深い。推しの成長を見守ることが出来るというのは、こんなにも素晴らしいことだったのか。日に日に成長していくメア様が、愛おしくてたまらない。
こんな機会を与えてくださった神様に感謝するしかない。こうなったら、神様にも何かお供え物をしたい。
私はおそらく空にいるであろう神様に心の中で祈りを捧げて、いずれ神棚を作ろうと決めた。メア様がいなくなったら、その隣にメア様の祭壇を作るのもありかもしれない。
そんなことを考えながら、味見に味見を重ねたメア様フルコースを食べ終わり、私はケーキに蝋燭をつけた。そして、大げさに咳払いをして部屋の明かりを消す。
「おほん。えー、これからお誕生日会、第二部を始めます!蝋燭に火をつけるので、メアは火を消してください!!」
「僕が消していいの…?」
「当たり前でしょ、主役なんだから!」
「ふふ、そっか」
メア様はそう言ってまた嬉しそうに笑って、私が付けた火を一息で吹き消した。そして、「これもう食べてもいいの?」とケーキに口をつける。
「…!おいしい!リゼ、ケーキも作れたんだ!」
「ふははは、リゼ様に不可能はないのだよ!」
「もしかして、最近夜遅くベッドを抜け出してたのって練習してくれてたの?」
「ッ〜!?なんで!?知ってたの…!?」
「……え、まさか本当にそうなの?」
メア様は驚いたように私を見つめている。
うッ…まさかこれは墓穴を掘ってしまった…?
深夜にケーキを焼く女とか地雷感すごすぎじゃん、恥ずかしい…!これは引かれるかも、と思ったのだが、メア様は顔を綻ばせて笑っていた。
「そうだったんだ…。本当に美味しい、ありがとう」
「いやいや、そんなに美味しそうに食べてもらえて、こっちの方がありがとうだよ…!?」
美味しそうにケーキを食べる推しが今日も尊くてしんどい。口にクリームをつけてるあざといメア様なんてもう、天下無敵だ。これを見られただけで死んでもいい。
しかも、そのことを伝えたら、
「どこについてるか分かんないから、リゼがとって?」
とか言ってくるし、これじゃあもうどっちの誕生日会か分からない。私にいいことがありすぎる。
えぇ、震える手で拭わせていただきましたとも…!
ここが桃源郷ですか??
これに比べたら、女友達4人で自作ケーキを食べながらキャラソンを狂ったように歌う前世の誕生日会は何だったのか。本人がいるかいないかの差がすごい。本当に私達は前世で何をやっていたのか……。やはり神棚を作らねば。
「こんなに喜んでくれるなら、毎日でもケーキ焼こうかな」と呟くと、メア様は、「嬉しいけど僕を太らせる気?」と複雑そうな顔をしていた。
もちろん太ったメア様もかわいいと思うのだが、本人が嫌そうなのでやめておく。そもそも、試食している私の方が先に太りそうだ。それだけは避けなければならない。
それから私は、ケーキを完食したメア様に、机の下に隠していたプレゼントを差し出した。
「これ、メアにプレゼント。
大したものじゃないんだけど」
「リゼがくれるものなら全部、大したものだよ。プレゼントまで貰えるなんて、思ってなかったし…。ありがとう、早速開けてもいい?」
「あはは…。プレッシャーがすごい…。
いいよ、でもあんまり期待しないでね?」
そう言って保険をかけたのに、メア様は「リゼがくれたものなんだから、何でも大事にするけどね」とか言って笑ってみせる。その言葉を聞けただけで、準備にかかった疲労は全て吹き飛んでしまった。
なんでこんなに神聖な存在なんだろうか。
きっとメア様には空気清浄機的な浄化の力があるに違いない。きっとここは、普通のところよりも空気が清いはずだ。間違いない。
もうこの2年間で最大限に尊みを摂取したのに、過剰供給すぎて死んでしまいそうだ。
メア様は包装紙を破らないように丁寧にプレゼントをあけて、その中から私が送ったプレゼントを取り出した。
「マフラーだ!もしかしてこれ、リゼの手作り?」
「え、分かった…?実はそうなの。恥ずかしながら作ってみたんだ。気に入らなかったら捨てていいからね!?」
「気に入らないわけないよ!
大事にする。一生、大事にするね」
「一生なんて大袈裟な」と笑ったが、メア様は真剣な顔をしたまま、「墓場まで持っていく」とかなんとか言うので、私も少し恥ずかしくなって小さく頷いた。もし本当に推しの棺桶に入れてもらえるならば、本望すぎる。
マフラーを贈ることになったきっかけは、幼馴染みのナナリーの一言だった。
クリスマスにどうしてもマークスへ手作りマフラーを送りたいのだと、私に作り方を習いに来たのだ。
私にはオタク業で発達した裁縫スキルがあったので、そんなものは朝飯前だと答え、安請け合いしたのだが、それが間違いだった。
ナナリーは度を超えた不器用だったのだ。
何度も失敗してはリトライを重ねるナナリーを見ているうちに、何だか私もマフラーを作りたくなってきてしまい、ちょうど冬だしこれからも使ってもらえたら嬉しいな、と思いマフラーを作ることにしたのである。
少し重いかな、とも思ったのだが、同居人の誕生日に手作り三段ケーキとぬいぐるみを作るような奴である。最早そんなことは考えてられない。
もちろん、マフラーの色はメア様のテーマカラーだった黒と紫で作ろうと思い、仕上げまでいったのだが、今のメア様は黒色というイメージではない。どちらかというと黒色よりも白色のイメージが強いな、と途中で思い直して作り直したため、時間がかかってしまった。
せっかく推しに渡すとなると、下手なものは渡せないという切実な思いから、デザインを練りに練って作り上げたこの作品は自信作である。
ちなみに、失敗作は全てナナリーやマークスにでも押し付けようと思ったのだが、ナナリーに
「それはやめといた方がいいと思うな〜…。だってそれ、メアに渡すんでしょ?ただでさえ最近リゼを独占してることで恨みかってるのに、マフラーもらったのが自分だけじゃないなんて知れたら殺されちゃうよ〜!?私、まだ命が惜しいの…!」
とか、なんとか必死に言われたのでやめた。
いやいや、まさか。
メア様がそんなことするはずないし、そもそもする理由がないと言ったのだが、ナナリーは聞く耳を持ってくれなかった。
もう少し仲良くして欲しいと言ったのだが、「仲良くすることとこれは違うよ〜」と言われたので、よくわからないが仕方がないと諦め、完成した一作だけがメア様に届けられることになったのである。
私は、マフラーを巻いて喜ぶメア様をみて、とても嬉しい気持ちになった。心の奥底から、ポカポカした気持ちが湧き上がってくる。
初めて我が家に来たときは、あんなに無表情で笑わなかったメア様がこんなに幸せそうなのだ。しかも、自分の贈ったものを一生大切にすると言ってくれてる。
そんなの、オタク冥利につきるに決まってる。
だからもう、満足だ。
「ねぇ、メアは今、幸せ?」
唐突な私の問いに、メア様はきょとんとして、だけどしっかりと頷いた。
「うん、すごく幸せだよ?
リゼってば急にどうしたの?」
「いや、なんか聞きたくなっちゃって」
メア様の口から、そんな言葉が聞けるなんて。
嬉しすぎて、心の中が集中豪雨だ。
大雨洪水警報が鳴り響く。
「それなら、私がいなくても大丈夫だね」
「………え?」
私の呟いた言葉は、メア様に聞こえていただろうか。
タイミングよく、メア様の声をかき消すように、チリンチリンと来客を知らせる音が部屋に響いた。
一階が薬屋、二階が薬草室、三階が居住スペースになっている我が家には、前世でいうインターホンのような便利な魔道具がついているのだ。
思ったより、早く来ちゃったな。
私は、「お客さんかな?」と白々しく席を立ち、ドアを開ける。すると、そこには予想していた通りの人が立っていた。
くっきりした目鼻立ちに、スラッとしていて完璧なスタイル。高級そうな衣服に身をつつんだその人は、髪の色が濃い青色だということ以外は、メア様にそっくりだった。
「お客さんですか?すみませんが、今日はもう営業を終了しておりまして…」
「突然すまない。客ではなく、少し聞きたいことがあってな。ここにメアリクスという黒髪の男がいるか?」
「…メアリクスさんという人は知りませんけど……あ!もしかして、メアの知り合いなんですか?」
私の言葉に、隣にいた護衛の人が声を荒げた。
「お前、その口の聞き方はなんだ!この方を誰だとッ!」
「…うるさい、黙っていろ。そうか、やはりメアリクスはここにいるのか」
ルーシア様は護衛の人を冷たく黙らせ、ゆっくりと言葉を繋げた。
「私は、ルーシア=ブランシェット。メアリクスの父親だ。…メアリクスに、会わせてもらえないだろうか」