8. 推しと…お祭りイベントですか…?
「もー!!!もう、ムリー!!!!」
私がそんな叫び声をあげたのは、精霊祭の1週間前のことだった。
「もう無理、間に合わない、魔力が足りない、お腹すいた、薬草なんてもう見たくない、お腹、すいた…」
「リゼ、落ちついて。あと100個作ったらノルマ達成だよ。もうすぐだよ、がんばろ」
ゾンビのような呻き声を出す私の背中をそっとさすり、天使のような笑顔で私を励ましているのはメア様だ。今日も今日とて顔がいい。
そう言うメア様も、かれこれ5日は連続で薬草を詰めたり袋を縫ったりとバリバリ働いているのに、その美貌に陰りが全く見えないのは何故なのか。メア様が綺麗すぎて今日も幸せだ。
普段はメア様がいるだけで何でも出来てしまう私だが、今回はきっと無理だと思う。多分。
「ほんと?すぐってあと、どれだけ?何時間?それに、2時間前もあと100個って言ってたような…」
「…リゼ」
メア様は神々しい笑顔で、こう言った。
「リゼがあと100個作れたら、何でもリゼの言うこと聞いてあげる」
そんな言葉には騙されなッ……何でも…?
「…本当に!?何でも、言うこと、聞いてくれるの…?」
「そうだよ。僕に出来ることの範囲にはして欲しいけどね」
「何でも!?!?今、そう言った!?」
「え、うん。何でもって言ったけど?」
前言撤回。やっぱ私って、推しのためなら何でも出来ちゃうかもしれない。
私は、放り出していた薬草を掴み、植物魔法を唱える。
「我、リゼ=プランツェの名に応えよ!
ヘリクラウト・ベシュロイニゲン」
すると、緑色に光る魔法陣のようなものが現れ、薬草がみるみるうちに成長し、枯れていく。こうすることで、薬草を乾かす時間を短縮することが出来るのだ。
私はそれをひたすら繰り返した。
魔力が尽きかけでしんどいけれど、やれないことはない。
だって、メア様が何でもって言ったんだもん。
何してもらおう。
新衣装?新ボイス…?夢が広がりすぎる。
何でも言うことを聞く、と言って、邪なことを考えてしまうのはオタクだけなのだろうか。
いや、きっとそんなことない。
メア様が天使すぎるのが悪いに決まってる。
ちらり、とメア様を見ると、張り切りだした私を見てニコニコ笑っている。
「リゼ、この調子ならあと200個作れちゃうかもね」
その言葉に、私の顔から血の気がひいた。
訂正、天使の顔をした悪魔かも。
それでもやらねばならない。推し活のために…!私はそう決意を決め、ひたすら植物魔法を使い続けた。
精霊祭へ出すためのポプリ、500個が出来上がったのは精霊祭の前日だった。
ポプリは、乾かした植物に香り付けをしていかにも女の子が好きそうな袋に入れ、熟成させて出来るのだが、これが結構めんどくさい。
袋まで手作りしようとしたのがいけなかったし、魔法で何とかなると工程をサボりすぎたのがいけなかった。…それでもなんとか完成はしたのでよしとする。
私は、メア様と一緒に設営した露店にポプリを並べ始めた。
「ふふーん。今年のポプリは売れると思うんだよね!!」
「そりゃ、精霊祭でこれを身につければ好きな人と結ばれる!とか書いてたらね」
「ひどい!その言い方だと詐欺みたいじゃない!ポプリには恋愛効果のある薬草を使ってるから嘘じゃないんだよ!!」
確かにスピリチュアル商売みたいなことを書いてあるが、そこに一切嘘はない。
何せ、この世界は異世界で、魔法があるのだ。効力は弱いが、確かにこのポプリには少し気持ちを積極的にさせてくれる効果が宿っている。
「月恋草と、紅薔薇、水羽草、あとはシナモンにオレンジで、恋愛効果が生まれるの!」
胡散臭そうな顔をしているメア様にドヤ顔で説明すると、メア様はクスクスと笑って1つ手に取った。
「じゃあ、僕も恋愛効果が欲しいからもらっておこうかな」
「もう、信じてないでしょー!?」
メア様はゲームでも現実主義だったなぁ、と、そんなことを思い出して、さっさと準備して明日に備えようと、ひたすら手を動かした。
そして翌日。
待ちに待った精霊祭当日である。
「ねぇ、これ、恋が叶うポプリですって!」
「あの薬屋さんが出してるの?効き目ありそう!かわいいし、お揃いで買おっちゃおっか!!」
と、私達の作ったポプリは、恋する乙女に売れに売れた。
やっぱりみんな、背中を押してくれるものが欲しいのだ。恋する乙女は大変なのである。
実際にこれを持っていたからと言って、告白したら100%付き合えるというほど効果が高いものではないが、その辺のお守りよりもよっぽど効果があるはずだ。
花が咲いたような笑顔でポプリを愛でてくれる女の子達を見るのは楽しいし、飛ぶように売れて私も笑いが止まらない。よかった、死ぬ気で作って。一瞬三途の川がみえたけれど。
ふふ、これなら学費の足しになりそうだ。
私1人分ならたまらないこともないのだけれど、ブランシェット家がメア様を本当に迎えに来るとも限らない。保険をかけとくに越したことはない、という理由で、メア様の分の学費も貯めることになったので、今の我が家にはお金が必要なのだ。
去年までは、せいぜい気持ちが落ちつくぐらいの薬草紅茶を売っていたのに、今年からターゲットを恋する乙女に変えたのはこれが理由だった。
そして、乙女たちの間で口コミが広がり、時間が経つにつれてポプリを買い求める人は増え続け…なんと、午後に入る前にはポプリ500個は完売していた。今年は、これ一本に絞っていたため、今日売るものは無くなってしまったので、周りの店の人に挨拶をしてから店をたたむ。
「メア〜!!本当に助かったよ、ありがとう」
「全部売れてよかったよね。
これならもっと作った方が良かったんじゃない?」
「メア様…ドSですか…」
私は、泣きそうな私を見て笑っているメア様を見上げた。今日のメア様の服装は、精霊祭バージョンである。
いつものエプロンに、ポプリと精霊の刺繍を縫い付けており、さらに色を赤色に変えた。そして、髪色が目立たないように、大きめのフードつきのパーカーを羽織ってもらっている。もちろん、自作である。
え?そんなことしてるからポプリが間に合わなくなったって?何それ聞こえなーい!!!
メア様が着る服は何故こうも輝いて見えるのか。無論、メア様が輝きの塊だからなんだけど。メア様…今日もよくお似合いです…。
それだけでも尊いのに、これが好きなんだろとばかりに萌え袖までしてくるのでもしかしたら私のことを殺す気なのかもしれない。
私が死んだら、棺にはメア様の写真と私物を1ついれてください…。
感極まる私はいつものことなので、メア様は荷物を運び終わって私に尋ねた。
「どうする?片付けも終わっちゃったし、僕達も精霊祭周りに行く?」
「えっ…」
まさかの推しとお祭りイベント。
課金してないのに、そんなことがあっていいのだろうか。それに、ヒロインよりも先にお祭りに行かせてもらうなんて、おこがましすぎるのでは??
驚いてメア様を見つめると、メア様が素晴らしいお顔をグッと私に近づけた。
「…ダメ?僕、お祭り行ったことないから見てみたいんだけど」
「ダメじゃないに決まってるじゃん!私が完璧に精霊祭をエスコートする!!いや、させてください!!!」
そんな顔されたら行くしかない。
脊髄反射で返事をすると、メア様が笑っているのがわかる。
どうせまた、リゼってば本当に僕の顔に弱くてチョロいとか思われているんでしょう。ええ、そうですよ、弱いし激チョロですが??
「ふふ。ありがとう、リゼ」
「全然いいよ。全部見て回ろっか!今まで楽しめなかったぶん、最高潮に楽しんでもらわなきゃ」
「やっぱりリゼは優しいね。だから大好きだよ」
メア様はそう言って、私の手を取って歩き出した。
私はもう、メア様に顔を見られないように必死だ。だって、うちの推しが小悪魔すぎる。
なんと、私がメア様語りをした日からメア様はよく大好きという言葉を使うようになってしまったのだ。いや、悪いことではないけれど、ないのだけれど…!
ゲーム内ですらヒロインに好きだと言うのがラストシーンだけのメア様が、こんなにおしげなくこんな台詞を言っていいものなのか。
それも、ヒロインならまだしも、私のようなモブになんて!と思い、
「これが私じゃなかったら100%勘違いしちゃうよ…!」
と言ったのだが、真顔で、
「逆に何でリゼは勘違いしないの?はぁ…リゼが勘違いしないならよくない?」
と言われ、それ以上注意出来なくなってしまったのだ。前世の私なら一億回は死んでいる。
私は、必死で赤くなる頬を隠して精霊祭を案内することだけを考え、出てきた限界オタクを脳の隅へ追いやる。
そして少し歩いて、私達はまず最初にメイン通りへやってきた。
「ここが精霊祭、最大の目玉なの!1番たくさん出店が出る通りなんだよ。有名店が格安で商品を売ってくれてるんだ〜」
とは言え、結局いつもよりも無駄遣いしちゃうんだけどね。
私は、初めて祭りに来たというメア様のために、精霊祭の見所を解説しながら案内した。
確か、ヒロインとも精霊祭に来ることがあったはずだ。そのときに、メア様が恥を掻くようなことがあってはならない。
そのために、私がメア様のデートの予行練習相手となるのだ!いや、それは恐れ多すぎるな。都合のいい説明キャラぐらいのポジションがいい。
そんなことを考えながら、メア様に、
「今度誰かと来たときに、その人をエスコートしてあげてね」
と言うと、
「……そうだね。まぁ、リゼ以外と来ることは無いと思うけど」
という返事が返ってきた。
どうやら、メア様は自分の魅力を理解していないらしい。
自分が黒髪だから、ということをまだ気にしているのだろうか。
街に馴染んできたメア様は、黒髪であってもそれを補いつくしてプラスになるほど顔がいいので、メア様のことを好きだと言っている女の子もいるのになぁ、と思ったが、メア様は全くそれに気づいていないので、私がそれを言うのはお門違いだろう。
そう思って、
「そんなことないよ!!メアはカッコよくて最高で優しくて世界一素敵だから、すぐに私なんかと来てくれなくなると思うよ」
とだけ言っておいた。
私の言葉に、「またリゼのベタ褒めが始まった」とメア様はクスクスと笑っているけれど、私とメア様が一緒にいられるのはあと3ヶ月だけである。
メア様の、2回目の誕生日が、3ヶ月後に迫っていた。
帝国へ行くメア様はきっと、もう私とお祭りへ行くことはないだろう。
それでいい。メア様が、帝国で相応しい扱いを受けて幸せになってくれたらいい。
だって私は、メア様のオタクなんだもの。
あわよくばだけれど、欲を言うなら、お世話になっていた薬屋へ顔を見せに行く、みたいなイベントをファンディスクでやってくれたなら、もう満足すぎて泣いてしまうだろう。
いや、ファンディスクも恐れ多いな。
店舗特典のSSペーパーで十分だ。
そして、その隣にメア様を大事にしてくれる人がいたなら、もう感情のキャパシティを超えてしまうと思う。非常に無理だ。
この無理、というのは、好きという感情が溢れすぎて心が受け付けない、という意味なのだけれど。
そんなことを考えてしんみりしていると、通りからいい匂いがしてきた。どうやら、食べ物系の出店ゾーンへ突入したらしい。
「そういや、片付けに必死でお昼ご飯食べてなかったね。私、お腹すいちゃった。何か買ってこようかな。メアも何か食べる?」
「そうだね。…何食べようか迷うから、リゼと同じものにしようかな」
「そう?私のオススメはね、精霊祭限定で売られる、精霊焼きそばだよ。味は普通の焼きそばなんだけど、いつもより美味しく感じるの!まさに精霊祭マジック…!!」
そう言って笑うと、メア様は、「リゼらしいね」と言って笑った。そして、そばにあったベンチに私を座らせ、荷物を置いて立ち上がった。
「じゃあ、混んでるしリゼはここで待ってて。
焼きそば、1つでよかった?」
「ありがとう。んー、2つ!」
「だと思った。じゃ、行ってくる」
そう言って微笑み、メア様は列に並びに行った。
そして、メア様が見えなくなったのを確認して、私は緩んだ頬を押さえた。
「私の推しが尊すぎる…」
無意識で、そう呟く。
なんですか、今の行動。
控えめに言って、最高すぎる。
これをやられたら、ヒロインはきっとメア様のこと、好きになっちゃうでしょ。
やっぱりメア様は最高だ。
そんなことを考えつつ、メア様とヒロインの精霊祭のデートを妄想して、メア様が帰ってくるまでの時間を潰す。
メインストーリーでは描かれてなかったけど、メア様とヒロインは絶対にかき氷を交換するし、足を痛めたヒロインをおんぶするし、花火で聞こえないからって耳元で好きだ、とか言うんだろうな。
きっと、多分、絶対。
やばい、萌えてきた。なんて。
こんなこと考えてるから彼氏が出来ないんだろうな、とか、唐突に思った。
「ダメだ、私も彼氏作らなきゃ…」
そもそも、メア様がさっき私と祭りに来るしかない、みたいなことを言っていたのは、もしかしたら私が他に祭りに行ってくれる人がいないからだと考えているのかもしれない。
数年後、もしメア様が会いに来てくれたとして、やっぱりリゼは独り身なんだね、とか言われたらちょっと恥ずかしい気がするので。
「よし、決めた…!!来年までに…彼氏…!!」
「……は?何?リゼ、彼氏欲しいの?」
「ッ!?」
唐突に聞こえたメア様の声に驚いて上を向くと、メア様が苛立った様子でコチラを見ていた。