第6話 ソーポートの街
「失礼します、朝食の用意ができました。こちらへどうぞ。」
午前六時、ノックして女給が入ってきた。ついて行くと辺境伯が既に席についていた。
「おはよう、眠れたかい?」
「あァ、いいベッドだったよ。」
「それはよかった。」
そう言うと辺境伯はスープに口をつけていく、俺たちも席につき朝食を食べ始める。
「君たちはこの後の予定は決まっているのかい?」
食べ終わると辺境伯が話しかけてきた。
「祖国に帰る、方法は見当もつかないが二人で探すさ。すぐにでもここを出るつもりだ。」
「そうなのか、もっとゆっくり過ごしてくれてもいいのだが?」
「いや、こう見えて愛国者なんだ。気持ちだけ受け取っておく。」
「そうか、ならもし今後この国で困ったことがあったら何でも相談してくれ。やらしい話、地位と資金は貴族の中でも上位だからね。」
「あァ、その時は頼む。世話になった。」
「こちらこそ。」
お互い立ち上がり握手をする、仕事に向かう辺境伯と別れ俺たちは街へと歩いていった。
(帰国するってコトにしとかねぇと徴兵されそうだしなぁ。)
朝の街並みは昨日とガラリと様子が変わり人が溢れていた。道を歩く人、露店をかまえている人、昨日の静けさが夢のようだった。
「昨日はまだ戦争中だったからね、人も出てなかったんだと思う。ヴァイゼル辺境伯があの後オルゼイ王国の撃退を宣言したならこの活気も納得。」
「なるほどなァ、これがこの街の本来の姿ってわけか。」
人の流れに乗って露店を見ながら歩いていく。食料品、衣料が大半を占めている。工芸品も少数ながらある。果物屋の露店で桃を見つけた、近付いて確かめてみる。
(見た感じは完全に桃だな、異世界にもあんだなぁ。)
「いらっしゃいかっこいいお兄さん!モモの実なら2個で銅貨3枚ですよ!」
店番をしてた同い年ぐらいの褐色の女の子が笑顔で話しかけてくる。
(名前もそのまんまモモなのね、わかりやすくてありがてぇ。)
「じゃァそれもらうわ、これで買えるか?」
ポケットから次元収納に手を入れて金貨を1枚出して手渡す。
「わっ金貨ですか?ちょっと待ってね……はいっ!おつりで銀貨9枚と銅貨7枚です。」
「ありがとなァ。」
「またどうぞ!」
桃…モモの実を1つ紫に手渡し、道の端に移動しナイフで皮を剥いてかぶりつく。
「…味の薄い桃だなァ、不味いわけじゃねェんだがうっすい。」
「これがこの世界の桃なんだろうね、残念な桃。」
「美食にはほど遠いなァこれは。」
「うん、次に期待。」
「だな、行くか。」
モモの実を食べ終えて露店を覗きながら歩いていく。果物は異世界と思えないくらい知ってる果物が並ぶばかりで食指が動かなかった。その後目についたのは干し肉の露店、店主のおじさんに話しかけてみる。
「これは何の肉なんだ?」
「いらっしゃい兄ちゃん、こっちは狼の肉で、こっちは猪の肉だよ。」
「じゃァ狼のを2つくれ。」
「あいよ!銅貨2枚ね。まいど!」
これも1つ紫に渡し、かじりつく。
「……かてーのはいいとしてクセがつえーし素材の味のみなのなコレ。」
「…蒼、あげる。」
「マジか、食えねェか?」
「鼻に抜ける味がダメ、ムリ。」
紫は一口で断念したので2つ共俺が食った、俺も後半キツくなったが何とか食べきった。紫が小さく拍手してくれた。俺ももう食わねぇと思う。
露店の通りを抜けると街の外へ通じる門が見えてきた。街の境界線、ここを越えると昨日のゴブリンのような異形の生き物が暮らしているんだろう。
「紫、地図はコピーしてるな?」
「当然。」
辺境伯の屋敷で地図を見せてもらったとき、万能端末でコピーしておいたもの。もちろんただのコピーなので詳細な地形情報ははいってない。
「街道沿いに行けば次の街クルーンに着くみたいね、縮尺がわからないから距離もわからない。どれぐらいで着くんだろうね。」
「まァいいじゃねェか、気ままな旅なんて風情あるぜきっと。サバイバルキットもあるし飲食料もかなり入れてるだろ?」
「そのあたりは問題ないよ、ただ昨日のゴブリンみたいな怪物がどのぐらいの強さなのか…かな、心配は。」
「まァその辺もお楽しみってコトで。」
「気を抜かないように、常在戦場。」
「了解、行こうか相棒。」
「ええ。」
俺たちは次の街クルーンへと歩き出した、気ままに散歩にでも出かけるような軽さで。……馬車で約3日の道のりを。
★★★★★★★★★★★★★
「ヴァイゼル様、あの2人ですが街から出ました。方角からしてクルーンの街へと向かうかと思われます。」
「そうか。」
ニグレド=ギヌル=ヴァイゼル辺境伯は先代ほど優れた統治者ではないが馬鹿というわけではない。たった2人で国と戦争して勝ってしまうような存在をポイッと野に返すことはできなかった。だが無理矢理取り込んで腹を喰い破られても困ると監視だけを付けることにしたのだ。
「監視は続けてくれ、もう一組増やして先にクルーンへ向かわせておけ。絶対に気付かれないようにな。」
「かしこまりました、すぐに向かわせます。」
軽く礼をしてバトラーは部屋から出ていった。辺境伯は執務室で先日の報告書をまとめている。オルゼイ王国との戦争、いや、あの2人について信じてもらえるような報告書を。
「素直に書くしかないなあ、2対10万で2が勝ちましたって……報告したくねえ。」
後の辺境伯の苦悩生活の幕開けである。