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どうぞ、ご自由に、とでも言わんばかりにランドールがひらひら手を振る。
ルーファスは一瞥した後、ローズを攫った。
「ルーファス様を氷の侯爵と巷で貴族女性達が噂をしているらしいわ」
「ご冗談」
「そうね、さながら狼侯爵よ」
「生け贄の麗しい姫は我が家の大事な妹なのに」
「お姉様を泣かせたら承知しないわ」
ランドールとクラリスは小さく笑っていた。
★
「固くなるな」
ローズはルーファスの屋敷に着くなり、寝室に引き込まれた。
寝台に強引に横たえられる。
ガチガチに身体が強張ってしまい、呼吸も荒い。
「ローズ、心配しなくても大丈夫だ」
ルーファスが覆い被さり、思わず目を瞑る。
ちゅっと顳顬にキスを落とすとルーファスは離れる。
「ルーファス、様?」
恐る恐る目を開けると、暗闇の中、ルーファスがローズを見つめている。
「最後まではしない。最後まで君を食い尽くすのは結婚してからだ」
「えっ?」
聞き間違いだろうかと疑問を声に出す。
「あの夜も最後まではしていない。君は途中で意識を手放してしまったし、嘘が下手そうだ。だから黙っていたが、一線は超えていない。理事長を丸め込む為に効果的だから、ああ言っただけだ」
淡々と事実を突きつけられ、ローズは力が抜けていく。
「嘘……」
「そう。嘘だ。しかし、我慢出来なかったから、純潔を奪う以外は総て暴いてしまった。浅ましい男ですまないが、君が無防備に愛らしさを振りまくのがいけない」
そうは思わないか?ルーファスが、ローズに語りかける。
「では、私は」
「そうだ。君は何ら恥ずべき行動はしていない。悪いのは総て私だ。安心していい。何か他人に言われたとしても、俺の所為だと触れて回るといい」
ルーファスは喉元で噛み殺した様な笑い声を上げた。
「ルーファス様、ありがとうございます」
ローズが礼を言うと、ルーファスは益々笑みを深めた。
「君は可愛い人だ。これから遠くない内に食べられてしまうのに、お礼を言うとは。夜は長い。君と結婚するまでにじっくりと君を味わおう」
その宣言通りにローズはすっかりルーファスに一晩中可愛がられてしまった。
あられもない格好に狼狽え、右往左往している内にあっという間に朝になってしまった。
まるで身体中をルーファスの物にされてしまった様な脱力感だけが残された。
疲れ果て、恥ずかしさが絶え間なく押し寄せる波の様なひと時の後、ルーファスが優しく微笑んでくれた。
いつもの気取った笑みでも、意地悪な笑みでも、冷たい眼差しでもない。
何処か満足気な微笑み。
ローズはとうとう白旗を上げる事になった。
甘えてもいいのだろうか。
彼のこの表情が嘘では無いのなら。
ローズはそう考えて、束の間の微睡みに落ちるのだった。
★
「ローズ……おはよう。と言っても、もう昼過ぎだ。疲れさせてしまったならすまない」
ちゅっと優しく額に口付けを落とされローズは目を覚ます。
「ルーファス様、今はお昼なんですか?」
気怠い身体を起こすと、すかさずルーファスが肩を押して横たえる。
日の光を確認したいのに、遮光性の高いカーテンに覆われていて室内は真っ暗だ。
辛うじてサイドテーブルにある灯りを頼りにルーファスを見る。
「もうこのまま堕落して過ごさないか?明日は二人で一緒に学園に行こう。心配ならルーセル家に使いは出す。ドレスも君の為に設えたものがいくつもある。君が足りないのだ、ローズ」
ローズは緩く首を振る。
「お兄様と、クラリスが今日までは屋敷にいる予定になっているんです。今日は申し訳ありませんが、帰ります。昨日の外泊についても多分父は良い顔はしていないと思いますので」
遠慮がちにローズが言うと、ルーファスは大きく溜め息を吐いた。
「俺はまだランドールには勝てないのか」
そう言って立ち上がると、ルーファスはローズを抱き上げた。
「きゃっ!」
悲鳴を上げるローズにお構い無しに、ルーファスは寝室の隣に備え付けられたバスルームの扉を開ける。
「君は俺を置いて帰ってしまうのだ。これくらいは良いだろう?」
ローズは赤面しながらも、甘んじてルーファスに身体の隅々まで洗われてしまうのだった。
★
散々文句を言いながらも、ルーファスはローズをルーセル家に送り届けてくれた。
明日の学園への出勤には迎えに来ると念押しして去って行った。
ローズはまだ夢を見ている様な気分だった。
ルーファスは相変わらず表情は余り無いし、意地の悪い事も言うし、ローズを困らせて楽しんでいる様な所もあるが、大事にしてくれて居るのが伝わってくる。
こんな気持ちになってしまってから、ユージーンの時の様な結果になってしまったら今度こそ立ち直れないかも知れない。
去り行くルーファスの馬車を見送りながらローズは切ない気持ちになっていた。